桃花園 参ゴッと鈍い音を立てて、細い身体が岩にぶつかるのを綱は絶望と共に見つめた。
力の入らない足を奮い立たせ、なんとか膝でにじり寄る。
「金時っ……!」
けれど、その腕も大人の男の力には適うわけもなかった。
男の足に蹴り上げられて、金時の細い身体はまるで陸に放られた魚のように跳ねる。
「やめろっ」
なんとか逃げだそうともがくが、綱の手首を掴んだ大きな手はびくともしない。
二人の男はいとも容易く、小さな逃亡者達を捕まえたのだった。
朝日の色の髪からは、真っ赤な血が滲んでいる。
「きんときっ!」
呼んでも、その身体は動かない。綱の心臓は激しく弾み、額からは冷たい汗が滴っていた。綱が身をよじればよじるほど、男は強く綱を拘束し、そして、辺りにはこの場にふさわしくない程に甘い香りが広がっていく。
「きんとき!!」
綱の悲痛な声は届かない。男達は下卑た笑い声を上げて、綱を荷台の上の小さな檻に閉じ込めた。中には正絹の柔らかな座布団が敷かれている。それは痛む足を優しく受け止めたが、そんなことはもう、どうでも良かった。
四方を囲う柵に取りすがって、動かない身体に呼びかける。
「きんとき!」
「う、」
地面に溶け込むように落ちていた身体が、ぐらりと揺れた。
「金時!」
生きている。死んではいない。綱は、はっと目を見開いて、届くはずもない腕を伸ばした。
「こ、ころすなっ。おれがわるい、だから」
何でもするから、と。
すると、その襤褸切れのような身体を今にも蹴りつけようとしていた男の足が、ぴたりととまった。檻の横に立っている男と早口に何かを話し合うと、じり、と後退る。
綱には、男達が何を喋ったのか理解できない。綱には学がなかった。否、その優秀すぎる頭脳を恐れた男達は、学をつけさせないように、綱を育てたのだ。だから殆ど、大人の喋る言葉の中身が理解できない。
大人達と喋ったことは殆どないので、綱の言葉が通じるかもあまり自信はなかった。だがどうか通じてくれと願う。必死に祈っていると、がちゃんと鍵の開く音がした。
太い腕が綱を乱暴につかみだし、荷台の上に転がした。所々破け、傷んだ絹の衣が無骨な板の上に広がる。
金時を痛めつけていた男は、にたりと笑みを浮かべた。
綱は、この笑顔の意味を知っている。良く知る笑みだ。
同時に、金時がきっと助かっただろうことを理解した。
この笑みを浮かべた男達は一様に、暫くすると、腑抜けになるのをしっている。
「きんとき」
呟く。きっと聞こえてはいないだろう。
けれども、生きているならばそれで良い、きっと、逃げ延びてくれる。会ったことはないが、よく話にでてきた烏のじいさまとやらが助けにきてくれるだろう。
よかった、と、綱は安堵の笑みを浮かべた。
薄暗い森の奥。
ギイギイと木の軋む音だけが、不気味に響いている。
残酷な木漏れ日が、綱の生白い肌を斑に浮かび上がらせていた。