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    hagiw0

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    雨の日の現パロ金綱
    なんでもない雨の日の朝のはなし。

    ##きんつな

    雨の日目を覚ますと辺りは薄暗くて、まだ夜の中にいるのかと思えた。けれども夜の空気にしては温かい。水族館の魚にでもなったような心地だった。夜の昏さではなくて、光源のない暗さ。深く、海の底に部屋ごと沈んでしまったような。
    綱は、考えるでもなくぼんやりと想像する。斑に揺らめく水面に向かって、ゆっくりと湧き上がる空気の粒。スポットライトのように海底を照らす陽光。きっとあのカーテンの向こうには、深海魚たちが優雅に尾を引く姿があるのだ。
    足に触れるのは砂地ではないが、さらりと冷たかった。音を立てないようそっとカーテンを引く。窓の向こうには雨の天蓋が降りていた。なるほど、この湿度と音で、まるで水に沈んだようだと感じたのだ。
    寝室には時計がない。ゆっくりとする場所に、時間を報せるものを置きたくないと今ベッドで眠る男が主張したからだ。仕事の日にはスマートフォンで起きれば良いと。
    確かに、お陰で休みの朝に時間を気にすることは殆どなくなった。それまではあまりにきちっとした生活をしていたから、きっとこれくらいが良いのだろう。
    とはいえ、綱は時計がなくても大抵同じくらいに起きてしまうのだ。カーテンを少しだけ開けたまま、そっとシーツの波間をのぞき込む。金色の睫が、同じ色の髪の間で静かに伏せられていた。
    音を立てないようにドアを閉め、浴室へ向かう。外は豪雨なのに、部屋の中でシャワーを浴びていると思うと、少し不思議な気分になった。
    楽な部屋着に着替え、キッチンへ向かう。髪はまだ湿っている。
    だぶつく袖をまくって、ケトルに湯を沸かした。
    冷蔵庫を覗くと、葉物が少し残っている。卵もある、あとは冷凍してあった鶏とベーコン。ブレッドドロワーには、バタールが半分だけ。
    さて、と思ったときにケトルが鳴いた。キャニスターを開けると、コーヒーももうあまり残っていなかった。
    ──後で買い物に行こう
    雨だから車でいこうと思いながら、二人分の珈琲を入れた。
    キッチンに珈琲の香りが充満する頃には、鶏肉とベーコンが解凍されている。適当に切ってオリーブオイルと一緒にココットに入れたら、あとはオーブンに任せれば良い。
    レタスとルッコラをちぎって、くし切りのゆで卵と一緒に皿に盛る。そのくらいにオーブンを覗くと、もう良さそうだった。ココットから油だけをボウルにあけ、レモン汁と塩こしょうと混ぜる。
    白いプレートの緑の上に、玉子とグリルしたチキンとベーコン。ドレッシングは食べるときに掛けた方が良いだろう。ミルした胡椒をかけて、完成だ。
    テーブルに、サラダと、コーヒーポット、マグは二つ。バタールは切り分けて、オーブンの予熱で温めておく。ミネラルウォーターのボトルを出せば、準備はできた。
    やっと時計をみると、もうすぐ八時半になる。窓の外はまだ灰色で、陽が差す様子はなかった。
    「金時、」
    ケットにくるまれた肩をそっと摩る。
    「おはよう、きんとき」
    綱よりも、金時の方がよく眠る。それは昔からで、同じ時間に寝ても起きるのはいつも綱の方が早い。
    金時が身じろぐと、ベッドの中でぬくまった空気がふわんと綱を包んだ。汗と石鹸と金時のにおいが混ざった香り。じわ、と鳩尾の辺りが温かくなる。
    ゆっくりと金色のカーテンが持ち上がって、青空が覗いた。
    「おはようきんとき」
    その言葉を口にするだけで、綱はなにやら柔らかな気持ちになる。やわく、ぬるく、ほんのすこしくすぐったい。
    「はよ、兄ィ」
    「ん」
    大きな手が綱を引き寄せ、こつ、と額が触れあう。寝起きの身体は、幼子のようにあたたかい。触れあった唇はかさついていた。
    「朝食が出来ているから、起きてこい」
    「……いいにおいする」
    「珈琲をいれた」
    「サンキューな…でもそれじゃねえ」
    くん、と高い鼻梁が綱の首筋を擦る。
    「ん、」
    金時が鼻面を突っ込んだ先には、昨日自分がかじりついた痕がある。寝起きの緩んだ理性は遠慮なく、そこへ唇を押しつけた。
    「っ、きんとき」
    「んんー」
    「不味くなる……」
    綱の力からは考えられない程の弱さで肩を押され、金時は素直に顔を上げた。
    作って貰った食事を、無下にする男ではない。
    「……目ェ醒めた」
    綱を拘束していた腕が緩まる。ぎ、とベッドが音をたてて、金時の背中からケットが滑り落ちた。
    「おはよ」
    「ああ、おはよう」
    ちゅ、と音をたてて目尻の辺りを吸われる。口づけてさっさと起きていってしまった義弟の後ろ姿を追って、寝室をでた。
    すっかりと覚醒した金時は、テーブルについてポットから二人分のマグに珈琲を注いでいる。
    「美味そう、食おうぜ?」
    「うん」
    オーブンからバタールを取り出す。
    テーブルには大皿のサラダと、二人分には少ないバタール、湯気の立つ珈琲。
    マグカップに口を付け、ちらりと見上げると、視線が絡んだ。太陽のように、にかりと笑われる。
    「金時」
    「ん?」
    「買い物へ行きたい、車を出してくれないか」
    「お、いいぜ」
    車なら綱も持っている。けれど今日は、すこし甘えたい気分だった。
    綱の珍しいお願いに、小さな青空はぱちぱち瞬きながら嬉しそうに笑う。
    「何処行きたい?」
    願うなら月までだって連れていきそうな男は、快晴の笑みで言う。綱は小さく笑って、ささやかなお願いを口にした。
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