瞳に映るはソファに座る彼女はソワソワと落ち着かない様子だ。
「あの、お手伝いを……!」
「いい。座ってろ」
向こうから待っているのが申し訳なさそうな顔で立ち上がろうとするのを制し、コンロに火を点ける。
徐々に急かすような音が聞こえ始めた。
けたたましい音が鳴り、用意していた急須と湯呑にゆっくりお湯を注ぎ少し冷めるのを待つ。
今日は9月最終日。
殆ど出払っている寮内にはいつもの賑やかさがない。
夏の暑さもだいぶ鳴りを潜め日差しも和らいできた。
ぼんやりそんな事を思いながら冷蔵庫へ。
昨夜忙しい同級生に教わり作ったものを皿へ乗せ黒文字を添える。
湯呑のお湯もいい頃合だ。
急須のお湯を捨て茶葉を入れ、湯呑のお湯をゆっくり注ぐ。
2分半待ち丁寧に注げば玉露の完成だ。
盆に其々乗せると落ち着かない様子の彼女へ持っていく。
「待たせたな」
「あ、ありがとうございます」
そっと八百万の前にお茶と菓子を出せば戸惑いながらもお礼を述べられた。
「玉露と、こっちはさつまいもの茶巾絞り」
「あの……、本当にいただいてもよろしいのですか?」
八百万が戸惑うのも仕方ないだろう。
今この場にいるのは俺と彼女だけだ。
「ああ。八百万に食ってほしくて作った」
茶が冷める前にと促せばいただきます、と菓子を一口。
「おいしいです!」
「砂藤に教えてもらった」
「さすが砂藤さんのレシピですわ!」
それからゆっくり味わう様にお茶を飲むとほぅ、と息を吐いた。
「お茶もお菓子の甘さがすっきりして、とてもおいしいです!」
「そうか」
うまそうに食べる顔にホッとしながら自分もご相伴させてもらう。
八百万はごちそうさまでした、と綺麗に食べ終えるとずっと抱いていたであろう疑問を口にした。
「お菓子にお茶、とてもおいしかったです!ありがとうございました。でもどうして私に?」
「先週誕生日だっただろ?」
「はい」
「祝えなかったから……」
その日インターンで寮に戻れず俺は八百万の誕生日を祝えなかった。
「そんなお気になさらず。メッセージをくださったじゃないですか」
八百万がそのくらい気にしないのはわかっている。
「祝いたかった」
「……」
「八百万の誕生日、祝いたかったんだ」
去年は事情が事情だったし、こうやって皆で祝えるのはもう最後で……。
来年も祝えるかなんて余計わからない夢に自分達は進んでいくから……。
「生まれた日を祝う奴は、多くていいだろ?」
「……ふふ。そうですわね、私何て幸せ者なんでしょう。ありがとうございます、轟さん」
心底嬉しそうに笑いながらお礼を述べる彼女がとても眩しくて何となく目が細まる。
すると八百万は一瞬きょとんとすると恥ずかしそうに笑った。
「どうした?」
「い、いえ……、轟さんがとても……、優しいお顔をなさるものですから……」
「そうか?」
自分では顔が見れないから何となく頬を摘んでみる。
八百万はまたそわそわすると空になった湯呑を俺に差し出す。
「あ、あの!折角ですから、もう一杯お茶を頂いても?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
受け取った湯呑を持って台所へ。
湯を沸かしながらぼんやり考える。
八百万がこぼした言葉。
『何だか愛しいものを……』
愛しいものを……。
何でかその言葉の続きが聞きたくて、早く湯が沸かないかと自分自身もそわそわとするのであった。
終