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    あをあらし

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    あをあらし

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    おてて本丸(爪鑢や手ックスしてる本丸)のif話。
    Ωの主と第二の性を持たない号さん。
    ヒート期間“だけ”主を独占できることに思うところがある号さん。

    つがいごと 時代の最先端、二二○○年代に生きる人間は、繁栄と引き換えに不可思議な性を獲得したのだという。異国の文字列を由来とし、階級別に名を振り分けられた第二の性は、個人の生活だけでなく社会的生活すら左右されるほどの影響力を持っているのだとか。あるふぁ。おめが。べーた。ひーと。ふぇろもん。ねすてぃんぐ。聞き慣れず舌に馴染まない言葉ばかりの説明を、俺は一つ残さず呑み干した。一等大事な主のためともなれば、物事の好き嫌いなど言ってはいられなかった。
     
     ごまんといる審神者の中にも、第二の性を持つ者がいる。その数は決して多くはないが、少なくもない。斯くいう俺たちの主もまた、特殊な性を持っていた。おめが、と呼ばれるそれは、現世においては被差別側に置かれるもので、とても生きにくい性なのだとか。幸いなことに、審神者は霊力の度合いでのみ優劣が付けられる職であり、本丸内に主以外の人間はいないため、この特徴のせいで虐げられるという事案は格段に減った。……らしいのだが、俺たちからしてみればその「格段に減った」現状ですら憤りを感じるものだったし、現世ではこれより酷い扱いを受けていたのかと思うとやるせない気持ちになった。
     主は演練に行くとき、いつも襟巻きを身に付けている。常に環境が一定に保たれているあの場所では防寒具などいらないのだが、おめがにとって首元は一番の弱点であるため、外ではできるだけ守りたいのだと言っていた。卑劣なあるふぁが行きずりに首を噛む、なんて事件も有り得ない話じゃないと聞いて、本丸の全員が演練に行きたくないと言ったが、真面目な主は品のない輩に絡まれてもなお、俺たちの意見を聞き入れてはくれなかった。
     あるふぁという性を持つ人間は、おめがのふぇろもんがわかるという。おめが特有の気配や匂いを察知できるらしい。そういう奴と演練で当たると、大抵ろくなことにならない。主の匂いを嗅ぎ付けた途端、下品な目でこちらを見下すのだ。相手方の刀剣男士までもがそんな態度を取った日には、ああまたこういう手合いかと辟易しながら全員の膝を折る。逆上せるのは勝手だが、優位な性だと誇りたいのなら相応の実力をつけるべきだと、その身でもって思い知らせる。それを見た相手の審神者のほとんどが喚き散らすが、それもまた主君たる器じゃないと口々に言えば赤ら顔で俯くしかなくなる。主は礼を言いつつもやり過ぎないようにと注意をしてくるが、あの下卑た眼差しが主に向けられたというだけで腸が煮えくり返るのだから、命を取らないだけまだましだと思われたい。
     そんな卑しさの塊としか思えないあるふぁを、俺は少しだけ、本当に少しだけ羨ましいと思ってしまうことがある。おめが特有の気配や匂いの変化を感じ取れるからだ。
     審神者が第二の性を持つからといって、顕現された刀剣男士にも同じような特徴が必ず現れるわけではない。審神者が望めば付与されるという話もあるが、それなら俺たちの主はそう望まなかったのだろう。俺はあるふぁでも、おめがでも、普遍的だと言われるべーたでもない。純然たる『日本号』そのものとして顕現した。その上で、主の隣に座し、いつ何時でも主の傍にいることを許されている。例えひーとの真っ只中であったとしても立ち入ることができるのは、一重に俺が俺であるからに他ならない。そうわかっていても、やはり少しだけ羨んでしまう。もっと早く主の不調を察知できれば、こんなに辛い思いはさせないのに、と。
     
     一昨日は手拭いが、昨日は大盃が、そして今日はついに内番着の予備がなくなった。とすればそろそろか、そう思い至ると同時に部屋の障子が無遠慮に開け放たれ、不満たらたらの顔をした近侍から七日間の暇が告げられた。恨めしげな目線に混ざる焦燥の色に、今回もまた酷いのだろうなと心配になりながら、適当な衣服と己を手に主の部屋へと向かった。
     ねすてぃんぐ。巣作りとも呼ばれるこの行為は、ひーとという一種の発情が起こった際に、あるふぁの匂いに包まれたいがゆえに取る行動だという。この発情期には理性が散々になるため、本能のままに突き動かされる主は、いつからか俺のものを使って巣を作るようになった。しかし、いくら普段使っているものばかりだとしても、その匂いには限度がある。匂いが感じ取れなくなれば、不安を抱き、心身に負担がかかる。そのため、主が巣作りを終えてから発情期が終わるまでの七日間、俺は主の世話をすることになったのだ。
     もはや通い慣れた離れへと辿り着き、一声掛けて襖を開けば、そこにはいつもと変わらない……いや、いつも以上の景色が広がっていた。枕辺に大盃を置き、内番着を布団のように掛けて、手拭いを抱え込んで、敷きっぱなしの褥に横たわる主。いつの間に持って行っていたのか、肌着も何枚か散りばめられていて、端をくしゃりと握り締めている。顔を赤く染め、熱の篭った息を苦しげに吐きながら布地を掴んでいる様は、何度見ても憐れでいじましい。しかし、俺の匂いがするからといって、俺本体ではなく他のものばかりを持って行かれるのもまた、何度体験しても少々不満が募る。だから俺は、部屋に入ってから主が俺に気付くまで、決して声を出さない。今すぐ落ち着けてやりたいという気持ちを宥めすかし、早く俺に気付けと出せもしないふぇろもんを意識しながらじっと待つ。今この部屋は主のふぇろもんに満ちているらしいのだが、生憎と俺には何も感じられない。それが悔しくて大きく息を吸えば、その音でようやく他者の気配を感知したようで、主がゆっくりと寝返りを打った。見えない目を見開き、息をひとつ吸って、呼吸に急かされていた唇が「にほんごう」と音を紡いだのを確かに聴く。それで俺はやっと主の傍へ寄るのだ。
     熱に浮かされたようにただ俺の名を呼ぶ声の、一つ一つに返事をしてやりながら、部屋の仕上げにかかる。始めに予め渡されていた呪符を使って、防音と防護の結界を張る。それから持ってきた衣服を褥の上にばら撒いて、内番着の上から紋付羽織を掛けてやって、大盃と一緒に本体を置き、最後に俺が主の横に同じように転がって不完全な巣を完成させる。あとはもう、主が求めるままに傍にいてやるだけ。枕の代わりに腕を差し出し、胸元に抱いて、旋毛に鼻先を埋める。ゆっくりと解けていく身体を支えながら、曝け出された喉に柔く口付ければ、僅かに唸ってからくるりと身体の向きを変えたので、襟足に口付けながら無防備な項を眺める。
     おめがが首を隠すのは、この項を噛まれないためなのだという。あるふぁにここを噛まれたら最後、その番として一生呪われるのだと。だからおめがにとって首は一番の弱点であり、狙われるわけにはいかないのだと。忌々しさを隠しきれないまま呟いた主の顔を、俺ははっきりと覚えている。だから主は、『あるふぁでない』俺をこうして傍に置いているのだろう。その信頼に背くわけにはいかない。頭ではわかっていても、心はいまひとつ納得できなかった。もし俺があるふぁなら。あるふぁである上で主の傍にいることを許されたなら。それなら俺は、こうして隣り合うことをもっと喜べたのだろうか。今でも十分すぎるほどだが、さらなる悦楽があったのだろうか。汗が滲み、赤みを帯びた項を柔く食む。俺がこのまま歯を突き立てても、主は俺だけの主にはならない。それならたったの七日間を、ただ穏やかに謳歌した方が有意義だ。
     考えても詮無きことだと頭を振り、邪な欲望に蓋をするまでが仕上げ。項から口を離し、脇腹のあたりに手を添えて撫でる。すぐに聞こえ始めた寝息に耳を傾けながら、瞼を閉じる。
     
     もしも俺が主の番になれたなら。そんな夢を、今日も見る。
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