ノスタルヂアまたは追憶からー、かわいい私のーー、いつも笑顔でーーね、ーーーればーーー、きっと……
ノイズ混じりの音声は、あの頃のようにふわりと頭に置かれ、心の内側をひと撫でした。柔らかく苦い余韻が、上質なシルクの舌触りと相まる。
背筋を伸ばした赤い悪魔の舌の上で、珈琲の香り挽き摺り出されたレコードが再生される。
その細い指で更に傾けられたカップから、喉仏が上下する。飲み干した奥深い薫りが喉を滑り降り胃の腑へと堕ちていく。
途切れ途切れの子守唄、夜風にひるがえる白いカーテン、まだらな点点模様、鮮やかな赤は黒く染まっていく。そして忌忌しい犬の鳴き声が
………………。
擦り切れるほど繰り返した悪夢は、もう、顔も思い出せない。面影の残像は、死ぬその日の朝までベッドからアラスターを飛び起こさせた。
あれほど馴染み深い冷や汗の感覚も、首から上の消えかかったセピアのフォトグラフのように退色している。
今はただ、古いモノクロームのフィルムを、ふと思い出したようにゆっくり廻しなおす映写機だった。
そこに感慨というものはなく、ただ、手放しがたかったような、ウィルオウィスプ欠片、が、跳ね返る光に震えて反射する。
静かに、カップをソーサーが受けとめる。陶器の底に沈む薄い飲み残しから、立ちのぼったかすかな記憶。慣れ親しんだ味とはほど遠いものの、この色も味も香りも何もかもが、置き忘れてきたものを揺らめかす。
放置された独特の酸味。
見た目だけの立派な色み。
ダイヤルを回す指先。
チャネルを探す針先。
この手に残された、ジャンバラヤのレシピはまだ完成しない。
亡くしたはずの舌が覚えていた、最後の隠し味は何だったのか。
意地を張らずに聞けばよかったのだと、作るたびにぼやいたのは誰だったか。
そういえば、ケイジャンスパイスが切れそうでした。
ジャンバラヤに欠かせない調味料の瓶棚とそこ数ミリの残量が浮かぶ。
ね、アラスター?
邪気の無い声と無条件の笑顔、信頼しきった安心感の空気。どれもが馴染みが無く、馴染み深い。腐臭漂わせる沼底の汚泥の、下敷きになった土くれの、更に下から舌を刺すようなピリッとしたケイジャンスパイスの刺激臭。
そして
パンケーキよりもジャンバラヤは如何です?