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    あをあらし

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    あをあらし

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    https://twitter.com/05_A3OArAsh1/status/1432557834282024963?t=MQY2V1RG0n2zEpN8bmEg_Q&s=19
    ↑のツイートを元に「褥に磔にされる話」として書いているものの、ちょうど磔にされている場面です。全編は書き終わりませんでした。
    書きかけの号さんパート抜粋→ https://privatter.net/p/8015866

    磔刑のち串刺し 審神者のそれよりも一回り、いや二回りは大きな両手が、目釘か杭かといった具合に左右の節を押さえ付け、褥へ磔にした。された方はたまったもんじゃない。十尺六分余を体現した器の、その重みの全てをたった二点に掛けられているのだ。手関節がみしりと嫌な音を立てたような気がした。掌も指もろくに持ち上がらない。こんな夜中にとんでもない無体を強いて一体どういうつもりだ、そう抗議するために睨み付けた日本号の顔は、予想だにしないものだった。雨に濡れた仔犬、といった愛嬌があればまだよかった。しかし目前に迫ったその表情は、今にも獲物に喰らいつかんと興奮を惜しげもなく発露させながら、その奥の戦慄をも晒していた。あの日本号が、血潮を滾らせたまなこが、欲望を湛えたまま怯え、戸惑い、震えているのだ。怯えたいのはこちらだ、などと無粋を思う余裕はなかった。なぜそんな顔をしているのか。たった一瞬で、審神者の頭はひとつの疑問に埋め尽くされた。その隙を、日の本一の槍が見逃すはずがなかった。

    「夜這いに来た」

     腹の底が打ち震えるような、低い低い声だった。聞き慣れているものよりも遥かに深い音が、審神者の鼓膜を揺らす。夜這い。意味はわかる。わかるが、それにしては少々手荒すぎやしないだろうか。じとりとその目を見詰めるが、日本号は熱の溢れる眼差しをその双眸に突き付けたまま微動だにしない。仮に無言の中で否応を問われているとすれば、答えは否である。ひとまず解放してほしいと頑丈な体躯の下で体を捩れば、殊更強く手首を掴まれた。ぎり、と皮膚が軋む幻聴と共に、視線がより一層鋭くなる。

    「逃げるな」

     寸前に示唆された行為からは程遠い、底冷えした温度が審神者の四肢を褥に留める。喘鳴は辛うじて喉の奥へ飲み込めた。しかし、付喪神が、数多くの逸話を持った槍がその存在を最大限に活かして掛けた圧だ。目を逸らすことすら許されないその抑制は、ただの人間には酷だった。中心から末端にかけてが僅かに震えたことを、恐らく日本号は察しただろう。相対する緋色が微かに揺れたことを、審神者は察せられなかったが。
     呼吸ひとつするだけで憔悴してしまう。そんな空気をまた、傲岸不遜な槍が塗り替える。

    「俺はあんたに戀してる」

     それは静謐の淵からもたらされた咆哮だった。話者の本質に違わず真っ直ぐに響き、審神者の耳をつんざいた。今まで明らかにしなかったものを、日本号は自ら捌いて見せたのだ。堂々たる声の宣言に対し、審神者は睨み付けていた目に剣呑さを増すことで返事とした。仮にも戀されているもののする目ではないだろうに、日本号はそれを受けてさらに言葉を連ねた。自然な抑揚で、不自然なほど静かに発せられる音が、審神者の腹に突き刺さる。
     中途半端はもうやめだ。余裕ぶった振りもやめだ。俺はあんたがひいた足を引き摺り戻す。あんたが忘れようとしているものを刻み込む。
     ひとつひとつを刺すたびに、常日頃から毅然とあることを意識している顔がかげる。その表層に浮かびつつあるものが、確かな手応えを伝えていた。だからこそ続いた一言が、ひとつめの錘を破壊するに至った。

    「俺に畏れを抱いている時点で、あんたもとっくに戀してんだよ」

     押さえ付けられた手が震える。顔を逸らそうとしたのも、両手の力を強めたのも、どちらも反射的なことだった。逃げるなとより強められた重圧に耐える貌は、憐れみたくなるほどの畏怖を滲ませている。恐れ怯えても何らおかしくない状況で、審神者は日本号を畏れている。それこそが、審神者の中に『戀』が芽生えていることの原拠だった。生易しい、人が回避し得る『恋』の先を審神者が自覚している証左だった。
     しかし、自覚があるからこそ逃避を図るのだともいえる。実際審神者は、日本号にひとつの疑問を呈した。それは本当に戀なのかと。修行から帰ってきてからの行動に親しさがあったことも、それを野放しにしていたことも紛れもない事実だ。けれどもそれは、どの刀剣男士も持ち得る主への親愛や信頼なのではないか。その内にあるものを、本当に戀であると言いきれるのかと。
     あると言うのは簡単だが、それを証明するのは余程難しい。目を眇めて問に向き合った日本号は、なるほど鋭いところを突くと感心していた。刀剣男士の修行とは、鋼を擦り上げ、直し、持ち主に添うかたちへ作り替えることと似ている。適合するように作り替えられれば、その分親しみを持ちやすくなるものだと言われているのだ。間違ってはいない。専用に誂られたものは、その用途に執着し、全うせんと一途になる。そうした本能を受けてなお、これは己のものだと言いきれるだけの根拠を、日本号はその身に収めている。
     確かに俺は、修行を通してあんたに合わせてきた。聞いた審神者の視線が鋭さを増す。それ見たことかと都合よく解釈し、逃げを打たれる――その前に、思考を穿つ。俺は位階も矜持も、何一つ置いてきてはいないと。全てを抱えたままここに帰ってきたと。必要以上によく回る頭を持つ、過剰なほど聡い審神者にとって、これこそが一番効果的な答えだろうと差し向けた穂先は、確りとふたつめの錘を貫いた。
     審神者は刺し貫かれた胸を押さえることすらできず、ただ呆然とその言葉を正しいかたちで受け入れた。逸らすことを許されない目に、釘付けになっていた。そうだ、この目だ。審神者は最初、この目に惹かれたのだ。決して媚びることをせず、おもねるようなこともなく、己の本質の全てを象り差し向けてくる目に。自分にないものばかりを宿した槍に魅せられた。憧れ、羨み、畏れた。そこから畏れを掬い上げ、先日まで大事に温めることを望んでいたのは、他でもない審神者本人だ。そして、これまでとこれからを見詰め、己の力量を鑑みて、捨てることを決めたのもまた、審神者だった。自分はそれを抱えたまま、審神者として生きてはいけないと。日本号の想いに応えてしまえば、自分はもっと欲深くなる。いつか自分を律せなくなる。審神者として、主としていられなくなってしまう。
     だから審神者は逃げた。己の保身のために。決定的な行動を取れば、この槍は自分を刺し捨ててくれるだろうと看做して。今このときに失望や憤怒でこれまでの信頼が失われることよりも、受け入れた後の未来で堕落した自分を軽蔑されることの方が怖かったから、逃げた。それがまさか、こうも執念深く追い掛けてこられるだなんて。常に間合いを測る槍が、前後も考えずに突っ込んでくるなんて。
     浅はかだった。日本号も、審神者も。浅はかで、素直だった。
     ようやく顕になった急所。開いた腹の奥に狙いを定める。

    「あんたがこれを、俺を、荷が重いと感じているのは知っている。それでも言う」

     嫌だ、言わないで。聴きたくない。聴きたい。聴いたらだめ。だって、聴いたらわかってしまう。わかったら、認めることしかできなくなってしまう。
     審神者が審神者でいるためには、それを知るわけにはいかなかった。認めるわけにはいかなかった。けれどももう、日本号は認知すること以外の全てを許さなかった。

    にほんごうを背負ってくれ」

     音を聞き入れ、脳で咀嚼し、なによりまず、息を飲んだ。誰かを背負うことはなく、かといって背負わせることもせず、己一本でありのまま立つことを矜恃とするあの槍が、一介の人間相手に懇願している。審神者の動揺を見留め、なおも日本号は言い募る。
     俺は、俺自身を抱えて、あんたを背負って生きたい。あんたの過去も現在いまも未来も、全部余すことなく俺に寄越してほしい。その上で、あんたにも俺を背負って生きてほしい。俺の過去も現在いまも未来も、全部纏めて渡すから、最期のときまで傍に置いてほしい。
     懇願ともとれる告白に、審神者は確かに歓喜が湧き上がる予兆を感じ取った。それをすぐさま昇華させる人間だったなら、初めからこんな拗れ方などしていないのだが。
     結ばれたままの目が微かに煌めき、しかしそれまで強く引き合っていた視線が瞼に遮られる。拒絶と否定を前に、追撃の手が緩むことはない。往生際が悪いとがなりそうになりながら真意を探る。突き立てた穂先で傷を抉る。
     互いに互いを想っている。互いが戀をしている。それ以外に何が必要なのか。何が邪魔をしているのか。ありのまま以外のもので納得はできないと、審神者が必死で繕ったものを引き裂いていく。
     容赦のない攻勢に審神者のあちこちが痛む。握られた手首が、貫かれた胸が、暴かれた腹が、なにより耐え忍び押さえ込んでいた心が、痛くて痛くて仕方がなかった。
     そうして堪えきれず零れ落ちたのは、残酷で純粋な真心だった。

    「私は、貴方を置いていく」

     どうしようもない事実を、審神者は引き攣った声で呟いた。閉じた瞼の先では、激情に染まっていた眼が青さを取り戻していた。人と物だからこその葛藤。生きている間にどれだけ戀焦がれ愛そうとも、死んでしまえば口はなくなる。他所の本丸への譲渡も、生前の刀解もしたくない。縁起でもないことを考えたくはないが、もし叶うならば共に死にたい。戀に殉じるなんて、理性を持っていては成し得ないのだ。結ばれてからより湧き上がるであろう欲を抑えながら、審神者としてやるべきことをやり、主たる姿勢のまま生涯を過ごすことなど、矮小な人間には到底できない。
     そうおもうのは、もう既に戀を受け入れ、愛しているからだと、審神者は自覚していない。
     無音のまま、張り詰めた空気を揺らし、審神者の頬に何かが当たる。軽いものがふわりと滑り、かと思えば瞼に温かいものが弾けた。何事かと開いた視界の先には、じわりと潤み滲んだ深紫と、ひらひらと舞い落ちる桜があった。
     ぎょっとする間にも雫はぼたぼたと滴り、見開いた目やその周りを熱し、冷やしていく。泣き喚くことと対局に位置しているであろう気質を持つ槍が、しずかに号哭していた。流石の審神者もこれには慌てたが、拭ってやろうにも両腕は縛められたままで、当の日本号も腕を離す素振りがない。大粒の雨を甘受するしかない中、また一粒が目に差し迫るのに気付き、審神者は目を瞑った。天幕に水が跳ねる。それを追うように、唇を柔らかなものが覆った。ほんの一瞬、気のせいかと錯覚してしまうだけの時間で、しかしすぐに離れたそれはもう一度唇に触れる。引き締められたそこを開かんと、何度も何度も押し付けられる。口付け、されている。
     呼吸など構うものかと休みなく、繰り返し触れられて、徐々に力が抜けてしまう。じわじわと綻び始めたところに槍が入り込む。薄く開いた両唇を、肉厚な舌がこじ開けた。ずるりと這入って口腔を占領し、避けた舌を絡め取って引き摺り出す。開きが大きくなるにつれて、覆うだけだったものがかぶりつくものに変わる。口と口を繋げて、より広い空間へと誘われ、神気ごと唾液を流し渡される。くぐもった水音が響く中で、嚥下の音だけが一際大きく鳴る。酒を飲ませるように神気を飲まされ、三度目のそれを喉奥に収めたところで、ようやく蹂躙が止んだ。
     ぜえ、はあ。喘鳴を繕う余裕もなく、開いた口もそのままに酸素を取り込む。内的な理由でぼやける視界には、同じように肩で息をする日本号がいた。涙は止まったようだが、桜はむしろ撒き散らかすといった勢いで降り注いでいる。審神者はもう、何に驚けばいいかわからなくなっていた。こんなに余裕のない日本号など知らなかった。気に入ったものを相手にする態度は知っていたが、好いたもの相手にどうするかなど、知らないままでいたかった。傷口に熱湯を注がれた気分になる。焚き付けられた体が、神気に反応して沸き立つ霊力が憎らしい。そうだこれは夜這いだったと今更思い出して、それならもう勝手に抱けばいいと投げやりになる。意地を張って悪足掻きをしている自覚はあったが、これが最後の逃げになることを、審神者は後から思い知る。
     これももう何度目だとうんざりしつつ、上目で睨み付けた視線の先。予想に反して冷静な色を保ったままの眼が、じっと審神者を見下ろしている。寸前の色艶をすっかり削ぎ落とし、神様らしい荘厳な雰囲気を纏わせている姿に唖然として、ああ神様だったなと気を持ち直す。神様だ。人よりもずっと長く世に残る、付喪神だ。生きる時間が異なりすぎている。それを抱えたまま生き抜くだけの覚悟は、自分にない。ないというのに。
     酷く冷たい色を湛えた眼が、煮え滾った激情の籠った視線が、とけそうなほど熱い声が、とどめを刺した。
     俺はあんたを愛してる。
     だから――

    「あんたも俺を愛してくれ」

     否定も肯定も待たずに、日本号は再び審神者に口付けた。一方的に縛めていた手は解かれ、代わりに冷えきった指を覆い絡み付く。こいびと繋ぎ、なんて青臭い言葉が審神者の脳裏を過ぎるが、拾い上げる間もなく奔流に押しやられた。決して荒々しい訳ではなく、けれども穏やかとは言えない勢いで注がれて、飲まされて。浮かされるままに舌が伸びれば、さらに深く貪られた。流れ込む神気が温かくて、心地好くて、苦しくなる。太い指を挟み、厚い手を握り締めて加減を訴えるが、衰退する気配はない。むしろ握り返されて、さらに強請られる始末だった。合わさった掌までもがあつくて、求めてくる目があまりにも真っ直ぐで、駄目だ駄目だと抑え込む鎖に亀裂が生じる。
     勢いに呑まれて頷くものではない。半端な気持ちで応えるなど以ての外だ。それなのに、鋼の内を晒されて、己の腹の奥を暴かれて、何もかもが明るみに出たままで愛されてしまったら、逃げる足を止めるしかなかった。己とも、日本号とも、向き合うしかなくなってしまった。
     息継ぎのために離された口が再び合わさる。一つ覚えのようにあちこちを舐る舌に、審神者は初めて自分から触れた。意識して先を動かし、微かな霊力を乗せて絡め取った。差し出されたそれを確と受け取り、呑み込んだ顔が至福に蕩けるのをまざまざと見せつけられて、審神者はようやく観念した。散々逃げ回って無礼を働いて、それでもなおこうして追い掛けてきた槍に、戀をしている。未来に必ず抱くであろう苦難と悔恨を受け入れてなお、日本号を欲して止まない。これはもう、大人しく御縄を頂戴するしかないだろう。諦めにも似た境地で、審神者は戀に殉じる覚悟を決めるべく、痛む心のままに広い背中へと手を伸ばした。


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