もうすぐ死んでしまう私と君のお話 6 いってらっしゃい※死ネタを含むオリジナルです。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
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任務の話が舞い込んだのは、それから1週間が過ぎてからだった。
相変わらず座学も実技もこなして、朝昼夕練も出れるメンバーで進めて行く。
棘には翌日、改めてありがとうと告げたが、気にする様子もなく、ただ「しゃけ」と軽く返されただけだった。
きっとこのまま、何事もなく日常は続いていく。
明日の朝、唯は学校を出て任務に着く。
主になるのは後輩の伏黒くん、唯はいつも通りサポートに回り、場数を踏みたいと野薔薇ちゃんが手を上げた形で3人となった。
3級相当の呪霊がいる、と言われているが今一ハッキリしていない。本来なら伏黒1人でも行けそうな任務だが、そこがサポートに人数を当てられた理由だと思われる。
それとは別に、棘は任務で今日の授業後に学校を離れると聞いた。
何とはなしに唯は寮を出て学校の方に歩いてく。半袖のTシャツに薄手のパーカーを羽織って、小さな肩掛けの鞄を持って、コンビニに向かってみた。
…と、言うのは口実で。
時間はわからないがもしかしたら棘に会えるかもしれない、という期待も勿論あった。
授業後、準備をして職員室に出向いて説明を受けてー…。確実ではないが、緊急でなければ出発時間の予想も着く。
別に何でもないけれど。
「いってらっしゃい」と言えたらいいなぁ、なんて思ってしまった。
日が暮れて、辺りは暗くなり電灯が灯り始めた頃。少し歩けばやはり出入り口に車がって、唯は足を止める。
探していた癖に、いざとなると動けない。
車を見て迷っていると。
「…ツーナ!」
背中をトンと叩かれた。
唯の心臓が跳ね上がる。
「…と!棘くんっ?!」
振り返れば、首を傾げる棘がいた。
「ツナマヨ〜」
制服を来て荷物を手に、軽く片手を振ってくれた。
「明太子?」
「私?あ、えっと、コンビニ…に行こうかなって思って」
棘は目を瞬いて、明らかに驚いた様子でこちらを見ていた。
人差し指を1本立てて、
「高菜…?」
1人かと棘が尋ねる。
唯はきょとんとしてそれに答えた。
「1人だよ。ちょっと小腹が空いちゃって」
笑って見せた。
そう言えばこんなに暗くなってから1人で出かける事はあまりない。
…棘くんに会えたら、なんて思っていたとは口が裂けても言えないけれど。
「おかか…」
「……え?」
棘は困ったように考えこんでから。
「おかか!」
両手でバツを作って唯を止めた。
少し考えたけれど、状況的にたぶん…。
「1人でコンビニはおかか、ですか」
「しゃけ。こんぶ!高菜っ!」
まくし立てる棘。
「心配してくれてる…の?」
高専の関係者ならともかく、相手が一般の人なら、よほど何かがあっても体術だけで負ける気はしない。夜道もコンビニに行くくらいは1人でも問題ないと思っている。
「たぶん、大丈夫だよ」
笑って見せたけれど。
「おかか!」
棘はあからさまに、わざとらしく怒った顔を見せる。
そんな風に心配してくれるのが嬉しくて、思わず笑みが溢れた。
棘はポケットに手を入れる。ゴソゴソと何かを取り出し、握られた手を唯に差し出した。
「いくら」
「………?」
訳がわからなかったが、唯が手を差し出すと握られた手が開かれて、中からは小分けされた飴の袋が1個出て来た。
黄色いパッケージにハチが描かれたのど飴が、唯の手の中に落ちる。いつも棘が舐めているイメージのあるヘビーそうなのど飴とは明らかに違った。
「はちみつのど飴?」
「しゃけ」
もう一度ポケットに手を入れて、更に2個唯の手に乗せた。反対側のポケットからまた3個。
唯の手が黄色い袋でいっぱいになる。
「たかな〜」
「もらっていいの?」
「しゃけしゃけ」
唯を見て棘は笑う。
「でも棘くんの分が…」
「ツナマヨ」
聞くと鞄を指差した。
流石にちゃんと用意はされているらしい。
「ありがとう」
笑って、のど飴を両手で握った。
胸の前で握り締める。
「棘くん、…気を付けてね」
言われた棘は目を細めて笑う。
優しい笑顔。
棘はゆっくりと手を伸ばした。唯の頭に、男性の大きな掌が乗る。
「ツナ、高菜」
唯の顔に熱が昇る。心音が煩い。
暗くて良かった、と思う。唯は今、きっと耳まで真っ赤になっている。
明日の任務を、心配してくれているんだろう。
「ありがとう。
いってらっしゃい」
**
翌日、問題なく唯たちは任務に向かった。
高専からさほど離れた場所ではないオフィスビルだったであろう廃墟。
持っている呪具の刀は鞘ごと左手に携え、制服には簡単なポーチをぶら下げて、ポケットにはおやつの飴が入っている。
ポーチの中には昨夜自分で作ったお札と、白紙のお札に筆ペン。それから、白、青、赤、黄色のチョークをまとめた布のペンケース。大体これをワンセット必ず持ち歩いている。
唯には、呪力や術式は使用しないようにと以前から警告があった。それは勿論、呪力に触れれば唯の身体に障りがあると見なされたからだろう。
けれど、唯は正直これには懐疑的だった。
呪具だってまともに扱える訳でも無い。体術も並から域を出ない。
呪術師になる為に。
その為だけに、幼い頃から生きてきたのに。
何も出来なくなる事に、
この世界で生きる意味が見出せなかった。
だから唯は時折、術式を使う。
少しずつ、ほんの少しずつ何かを削って。
消えて無くなって行く何かを追って。
帷が降りたその中は、とても呪霊がいるとは思えない程に空虚だった。でも、いることは微かに感じる。たぶんその違和感のような何かは、全員が感じていた。
前衛には玉犬を連れた伏黒、後衛は野薔薇と唯。玉犬は呪霊に反応すると説明されたが、いくら進めど静かだった。
「足、くったくたなんだけど」
ビルは8階建てで、1階から順に確認して8階まで行って、屋上にも出た。更に8階から1階まで降りて見ても、何も見つからない。
野薔薇が伏黒に文句を言うが。
伏黒もこれには、仕方ないだろと溜息を吐く。
階段を行き来するだけなら、普段から鍛えている高専生なら大した事はないだろう。ただ、部屋を1つずつ確認して行くとなれば骨も折れる。
「やっぱり、二手に別れた方がいいんじゃない?」
埒が開かなくなり座り込む野薔薇に、伏黒も腕を組む。けれど、渋い顔で唯を見た。
「…否。相手が分からない以上、戦力を分散するのは得策じゃない」
「でも、それが分かんないから手も足も出せないんでしょ?」
野薔薇の溜息は重い。
実際ここでは何も見つからないのだ。
唯も口を開く。
「実際に、呪霊は確認されてないんだよね。誰も見てない。本当にここにいるのかな」
ぼんやりと、外を眺めた。
否、居るには居るんだろうけれど。探せど誰も何も掴めない。ー…ここには居ない。
「何か、入り口に入る道順があるのかもね」
「道順?」
唯は古い路を思い出す。
「儀式、みたいな。反復動作、同じ動作を繰り返したりとか、必ず決まった場所を通過しなきゃ辿り着けない、路順」
曖昧な記憶を辿る。
「昔読んだ文献に載っていた、怪奇の一種。違う空間へ繋がってるとか、結界内に入るとか」
あるかないかも分かんないけどね、と付け足した。
「まぁ、そんなの何にしても探し出せないよね」
先の見えない現状に、疲弊が溜まる。
「違う空間、とかは現実的じゃないですけど、結界に身を隠す…とかならありかもしれないですね」
現状、それも正解なのか分からないけれど。それが結界だと言われれば、破れるかもしれない。突破口になれば、と思った。
唯は少し考える。
むしろ、何もない以上、他にやることもない。一か八か結界だと仮定して動くのも悪くない。違ったらまた別の方法を探せばいい。
「やった事ないから成功するかわかんないけど…結界に扉、作ってみる?」