ただいま、と※死ネタです。
自己責任でご覧下さい。
棘×名家の優しい女の子
呪言解釈違いかもしれません。
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唯が死んだ。
そんな事、あるはずはない。
と思ったけれど。
でも、予感はあった。
「いってらっしゃい」
といつものように告げた彼女に「しゃけ」といつものように短く返した。
背を向けて歩き出すと、唯はぎゅっと棘の制服の裾を握る。
「こんぶ?」
首を傾げて彼女を振り返り見れば。
何だか不安気で、少し寂しそうだった。
ごめん、と唯は慌てて手を離した。
「大丈夫。何でもない」
笑うその顔は、今にも泣きそうで。
棘は思わず目を見開いた。
長期の任務でもない上に、危険度も低いように思った。
彼女も棘もここにいる以上、こうして別れるのは今に始まった事でもない。
棘は踏み出した一歩を止めて、唯にまっすぐ向き直った。
両手で、包み込むように頬に触れる。
温かい。
本当はずっと触れていたい。
けど。
棘はその頬をぎゅーっと摘んだ。
「…ひゃっ?!……?!」
「すじこ〜」
ふざけて笑って見せると、唯もまた笑い出した。いひゃいよ〜と訴えて笑う。
笑顔の彼女は、いつも通りだった。
やっぱり、笑っていて欲しいから。
棘は唯の頬から手を離して、口元を隠しているネッグウォーマーを少しだけずらす。露わになった口元を、ほんの少しだけ屈んで彼女の唇に重ねた。
柔らい。唯の、甘い香りがした。
「いってらっしゃい、棘」
「しゃけ」
安置された彼女の顔は、眠るように綺麗だった。
けれど、よく見れば手足にアザや傷があり、胴体は見ないようにと告げられていた。
「おかえり」
と言う言葉はもう聞けない。
棘が任務に出た後、緊急で唯も任務に向かったらしい。それは個人的に連絡が来ていて知っている。
けれど、しばらくして連絡が付かなくなった。
大きな任務ではないと聞いていたので、単に電波が悪いのかと思ったけれど。
高専から電話があって、唯の危篤を知った。
間に合わなかった。
眠る唯の頬に触れれば、驚くほどに冷たくて。
唇は乾燥してかさついている。
ーーその優しさは、彼女の身を滅ぼす。
と、誰かが言っていた。
それ位に、唯は優しい人だった。
呪術師に向いていないのは明らかで。
本人も頑張ってはいたが、それは認めている。
やはり血筋か、唯の力は大きかった。
自分と同じか少し劣るかくらいだと認識している。
けれどその優しさは、唯の昇級の邪魔になった。今一歩届かない。
「才能ないんだよ。御家柄だけ」
と、いつも笑っていた。
「私に才能がないのなら、みんなのサポートが出来ればそれでいい」
「でも、ただ守られているのは嫌だから、頑張るの」
唯は逃げ遅れた少女を守って、
死んだ。
「こんぶ?」
と、尋ねてみる。
「ツナ」
と、ただいまを繰り返す。
「ツナ?」
「ツナ?」
「明太子?」
けれど返事はなくて。
次第に視界がぼやけてくる。
ぎゅっと奥歯を噛み締めて、耐えた。
何故?
もし、自分が任務に向かわなければ。
一緒に任務に行っていたら。
文字通り、『止める』事が出来たかもしれない。
何で、
ねぇ、
「…なん、で?」
呟く棘の言葉は、もう呪言としての意味を成さない。
呪言を聞く『相手』がそこにいないのだから。
震えながら、痛いくらいに両手の拳を握る。
しなないで。
小さく口の中で呟くと。
涙が言葉と一緒に溢れた。
『 死なないで 』
今度ははっきりと、もう開く事のない目を見ながら声に乗せる。
涙が次から次へと溢れて。
袖で拭っても止まる事はなくて。
「おかえりって、言って…」
「ねぇ、…?」
「ただいまって、言うから」
「ちゃんと、言うから」
「 唯 」
初めて呼んだその名前は、
もう彼女に、届く事はない。
***