Trick or Treat[トリック or トリート!!
お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ ]
何処かで見た事のある定型文に。
受け取った文章に顔を上げれば、送り主であろうその人の足音が背後から近付く。
古びた木造の校舎に、やたらと長く延びた廊下。
「ツナ or マヨー?」
ふわりと伸びた腕が、唯の身体を包み込むように肩から伸びて胸元で結ばれる。
眉根を顰めて振り向けば、覗き込まれた吊り目がちなその瞳が唯を捉えていた。
「来ると思ってましたけど…!」
言いたい事は勿論理解出来るが、ツナが正解なのかマヨが正解なのかまでは正直よくわからない。
そもそもマヨはおにぎりの具じゃない…。
のしかかるように密着する背中の近い距離。
付き合う前から先輩は距離が近かったが、付き合った今でもやっぱり慣れない距離感だった。ドキドキと鼓動が速くなっていく。
「ツナー?」
そんな唯に気付いているのかいないのか、肩口から覗き込まれた紫の瞳が楽しげに目を細めた。
唯は胸元の手に触れる。
いつもやられっぱなしの唯。
でも、今日は余裕のある笑みで狗巻先輩に笑顔を返す。その手を解くと、踵を返してそちらを見た。
そんな唯に狗巻先輩は目を瞬く。
「Happy Halloween!」
一応は宗教系の学校だ。ハロウィンだからと然程騒ぐものでもないけれど。
ちょっとだけ猫耳カチューシャなんかをして、人数分の小さなお菓子も野薔薇ちゃんと一緒に用意してみた。
2年生には昼練の前に配ったけれど。
「はい。これもあげます」
笑ってそれを狗巻先輩に差し出した。
簡単なラッピングがされた市販のチョコレートクッキー。出会った同級生は勿論、先輩や先生に配って渡したのでこれが最後のお菓子だった。
重ね重ね言うが、2年生には昼練の前にも配ったけれど。
「明太子」
狗巻先輩はやや考えるようにそのお菓子を見た。
少し不服そうにも見える。
「…いらない、ですか?」
「おかか」
差し出されたお菓子をやんわりと受け取った。
それを後ろ手に持っていくと、わざとらしく自分の背に隠す。
その顔が、悪戯に笑った。
「ツナ or マヨー?」
言われた唯はその言葉に大きく目を見開く。
「…………?!」
言われた意味が一瞬理解出来なかった。
…否、今でも理解が追い付かない。
勝ち誇った顔で腰を屈め、唯に目線を合わせる狗巻先輩。すぐ目の前に、紫のアメジストのような綺麗な瞳があった。
距離を詰める先輩に、一気に顔に熱が昇る。
「ズルい…!今あげたじゃないですかっ」
唯は赤くなる顔を背けた。
「ツナー?」
狗巻先輩は、素知らぬ顔で唯に笑い掛ける。
片腕がそっと伸びて、男性の人差し指が唯の輪郭をなぞる。くすぐったくて。
その頬に触れて、滑った指先は顎を持ち上げるようにして唯の顔を正面に向けた。
「…………っ」
片足が一歩引けば、そのまま肩を押されて壁に背が触れる。
ネックウォーマーをズラして露わになるのは口元の蛇目の呪印。その唇が弧を描く。
「ツナマヨ」
悪戯しちゃうぞ。
小さく笑って呟くと、ゆっくりとその顔が近付く。唯の小さな胸ははち切れそうなくらいに煩く鳴っていた。
柔らかな色素の薄い狗巻先輩の髪が唯の顔をくすぐる。
触れるのは、甘い吐息。
柔らかな唇が頬に触れて、首筋を這うようにつたい落ちる。
首元にチリと痛みを感じた。
唯はぎゅっと瞳を閉じて。
End***