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    nekobosureturns

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    nekobosureturns

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    五月雨江と村雲江がお話してるだけ
    ※雲が泣いちゃうので注意

    体温この世の何をもってして己を己たらしめるのかを村雲江は知っている。
    世界を美しく愛おしむ菫色の瞳。
    彼を通すとどんなに濁って淀んだ空気も澄んでいるような心地になる。
    彼の瞳が映す世界に自分がいると思うと、二束三文の自分でも許されるような、そんな気になってくるから不思議である。

    つまるところ、村雲江を村雲江たらしめるのは五月雨江であると村雲江は知っている。

    雨上がりの水溜まりに虹がかかるような、太陽に照らされた朝露の輝きのような、そういったどうしようもない美しさに打ちのめされて救われるのだ。
    五月雨江という刀が自らを癒す理由など、そういった理解し得ない本能が感じる部分でしかない。

    刀である自分のそれを本能と括ってもいいものかは村雲江にもわからないけれど。



    ───────────



    最近、村雲江の様子がおかしい。

    この本丸の初期刀である加州清光は新刃が加入してくるとしばらく本丸を案内したり様子を伺うことが常となっている。
    出陣、遠征、任務をこなすことにも慣れてきて江の仲間内以外とも楽しく過ごしていたので、そろそろ大丈夫かと思った矢先。

    修行を終えた五虎退の虎が廊下でうたた寝していた鯰尾藤四郎の頭上で欠伸をし「え!?これ俺噛まれない!?大丈夫なやつ!!?」とびっくりしたところを髭切が面白がって「がおー!」と大声を上げるものだから虎の方がびっくりして鯰尾の頭を咥えこんでしまった。
    見事涎まみれになった鯰尾を見て通りすがりに大笑いしていた村雲江が嘘のような調子なのである。
    余談だがもちろん五虎退の虎は普段は噛んだりはしない。あれは全面的に髭切が悪い。

    極めつけは本日歌仙が作ったとびきり美味しいいちご大福に目を輝かせなかったところだ。
    いや、目は輝かせてはいたのだが次第に眉間に皺を寄せ何かを堪えているようだった。
    ダイエットしてんのか?とも思ったがそういう感じには見えなかったのでここは相棒に相談してみるのが一番だろうと早速遠征帰りの彼に声をかけた。

    「やっほー五月雨お疲れ様」

    「加州さん。ただいま戻りました」

    「ん。歌仙の作ったいちご大福、冷蔵庫にあるからもらっときなー」

    「おや、そうですか」

    普段表情をあまり変えることのない五月雨江が優しい顔つきになったのを感じて、やはり疑問に思っていたことを口にすることにした。

    「ねえあのさ、村雲がちょっと最近、思いつめてるみたいなんだよね」

    「流石は長くこの本丸に在る刀。そうですね、少し思うことがあるようです」

    「だよね……五月雨、任せてもいい?」

    ぱちくり。
    目を真ん丸にさせたあとしっかりと頷く。

    「ええ」

    言われずとも、なんて言いたげな五月雨江を見て加州はにっと笑う。

    「愛だなぁ」



    ───────────



    どんなに幸せを感じても涙が流れてしまうことがある。
    満たされているはずなのに苦しいことがある。
    本丸で過ごす時間は夢のようで、俺の心はこんなにも癒されている。

    だけどたまに、俺は俺のことを思い出して、なにもかも嫌になる時があるんだ。
    そういう時はこうやって、布団の中でひっそりと涙を流す。
    特定の何かがあるわけじゃない。
    強いて言うならこれは多分、俺の業。
    業なんて言葉は、重すぎるか。
    村雲江が村雲江として語られた故の形なのだろう。
    ただそうあることが俺であるというだけだ。

    同室の雨さんには気づかれているだろうか。
    いや、いつも雨さんが寝息を立てたところを確認しているので、大丈夫のはず。
    雨さんのことだから、もし気づいていても気を遣ってそっとしておいてくれているのだろう、と甘えた考えでいた。

    だが今日はいつもと違った。

    雨さんが起き上がった気配と共に思わず息を潜める。
    ひたり、ひたり。
    足音が近づいてくる。

    どうしよう、厠かな?いやでも近づいてきて……やっぱり迷惑だったんじゃ。
    よく考えたら幼子でもないのに夜中に布団の中で泣きじゃくっている様はかなりおかしい。
    気が触れたと思われてしまうのではないか。

    「雲さん、起きていますね」

    「ぅ…………………………うん」

    「では少し失礼します」

    「ぅえっ!?」

    ひんやりとした空気と共に雨さんが布団に侵入してきた。
    そして俺の頬にそっと手を触れる。

    「………雲間から 滴り落ちる 五月雨」

    「…え?」

    「雲さん。雲から流れる雫は、雨ですよ」

    ぱちくり、瞬きひとつ。
    すると、目に浮かべたままの雫が一筋こぼれ落ち、雨さんの繊細な指先に吸い込まれていった。
    それがなんだか畑の土に染み込んでいく雨のようで、畑で優しく作物を見守る桑くんの姿が思い浮かぶ。
    あまりにいつも通りの光景だったので少し気持ちが落ち着いて力が抜けた。

    「ふ、へへ…」

    「おや、雲間から太陽が顔を出しましたね」

    布団の中でうっすらと見える雨さんの顔はまだ少し心配そうな色を残している。
    急に申し訳なさがこみあげてきて俺は自分の薄ら笑いをすぐに消し、冷えきった手足をもぞもぞとさせていたら雨さんの両手が俺の頬から手に移動した。
    あったかい。

    「……雲さん、泣いていた理由を伺っても?」

    「あ…えっと、何かあったとかじゃないんだけど」

    「ええ、ゆっくりでいいです。雲さんが何をどう感じているのか。雲さんの世界を、よろしければ私に話してください」

    「ん…」

    俺は拙いながらも言葉を紡ぐ。
    手から伝わってくる温もりに少し解された心から見えない何かが染み出してきた。

    「───不安、なのかな。よくわかんない、けど」

    まとまらないまま吐き出すそれを雨さんは熱心に、聞き漏らさないように、真剣に聞いてくれた。

    どうにも泣きたくてたまらなくなることがあるということ。
    それでも隣に雨さんがいれば。
    雨さんがいてくれさえすればそれでよかった。

    それなのに。

    唐突に遊ぼうと駆け寄ってきては周りを笑顔で跳ね回る今剣。
    厨からくすねてきたおやつをこっそり分けてくれる大和守安定。
    風呂で鼻歌を口ずさむ普段口数の少ない肥前忠広。
    いつも自然とれっすんに混ざり共に汗をかく御手杵。
    顕現一周年記念と題して浴びるほどの酒を用意して散々絡み酒をした挙句に眠りこける次郎太刀。
    小指を障子の角にぶつけて大きな身体を小さく縮こませる静形薙刀。
    月明かりに照らされてこの本丸を愛おしそうに眺める三日月宗近。

    村雲江を村雲江たらしめるのは、いつの間にか五月雨江だけではなくなっていた。
    この本丸が、ここに存在している刀たちこそが、村雲江を村雲江たらしめていた。

    そのことがただひたすらに恐ろしかった。

    「ここで過ごす時間が増えるほど、俺が俺じゃなくなっているようで、それがなんだか怖くて…うまく言えないんだけど」

    しどろもどろになりながらも、言葉にすることで自分の中でも少し形が見えてきた。
    雨さんはただ静かに優しく耳を傾けてくれている。

    「雲さん。雲さんが今までの村雲江でなければいけないということは、きっとないのです」

    「え?」

    「いえ、これでは言葉足らずですね…少し昔話をしても?」

    「う、うん」

    少しだけ考える素振りをした後、すっと息を整えた雨さんは語り出した。
    手が少し汗ばんでいるような気がした。

    「雲さんが顕現する前、私は渇望していました。皆と共に過ごす時間や季語を見つけることは私の心を揺さぶった。私を五月雨江たらしめんとするのはやはりあの方が私の名を詠んでくれたから…だというのに、ずっと何かが足りない気がしていて」

    まあ細かくは割愛しましょう。
    などとさっくり省かれてしまった。
    思わず「え?」と素っ頓狂な声が出たが雨さんがまだ本題に入っていないようなので集中する。

    「あなたが顕現した時、私は喜びにうち震えたのです。私はずっと、私の心を揺さぶるものに出会ったことを、雲さんに伝えたかった」

    「…俺に?」

    「はい。美しい景色も、楽しい時間も、暖かい温もりも、私は雲さんと共有したい」

    雨さんが目を逸らさずにいてくれる。
    俺はそれが心底嬉しかった。
    それなのに俺は。

    「俺だって……そうなんだ。雨さんと楽しく過ごしたいのに、こんな……」

    「ええ、ですからそれでよいのです、雲さん」

    「……?」

    ぎゅっと握りしめた手に力を込めていると、雨さんは包み込んでいた手をまた頬に移動させた。
    雨さんが温めてくれたからもう俺の手は冷たくなくなっていた。

    「私は目の前にいる雲さんと過ごした時間こそを筆に綴って残したい。あなたが何を見て、誰と話して、何を感じたのか、心をたくさん分け合いっこしましょう」

    例えばきらきらと色とりどりに輝く砂糖菓子。
    瑞々しくつやりとした西瓜。
    皆で共に丸めた月見用の団子。
    炬燵で暖を取りながら口の中で溶ける氷菓子。

    「あとは……」

    つらつらと五月雨江の口から挙げられるのはどれも共に食したものばかりだ。
    ん?分け合うってそういうこと?

    「ま、待って、なんだか食べ物ばっか出てくるんだけど」

    「はい、雲さんは食べるのがお好きなようですから」

    「えっなんで……」

    わかったのか、などと問うのは愚問なのかもしれない。
    それでも雨さんの口から答えを聞きたい。

    口ごもった村雲江の続きを促すように五月雨江は優しい視線を送る。

    「……わかったの?」

    「雨上がりの水溜まりに虹がかかるような、太陽に照らされた朝露の輝きのような、そんな美しい瞳を雲さんがされるので」

    「えっ」

    「その美しさは、私の中にたくさんの季語をもたらすのです」

    五月雨江は、流れる雨より雲間から射し込む光を見られることが何より至福だった。
    己を己たらしめるものなど、移りゆく季節のように変化していってもいいのだ。
    それこそがきっと、こころなのだと五月雨江は知っている。

    「こうして手を伸ばせば、あなたの涙を拭ってあげられることが私はこんなにも誇らしい」

    「やっぱり雨さんは、すごいや」

    「私は雲さんのほうがすごいと思います」

    いつだって私と共に在ってくださるのですから、と雨さんは美しく微笑んだ。
    その微笑みがあまりにも優しかったから、俺の瞳はまた潤って雨粒が頬を伝った。
    布団の中は陽だまりのようにぽかぽかと暖かかった。


    ────────────

    ⬇五月雨江が割愛した昔話

    ────────────



    五月雨江は北へ向かう。
    それは己の名を詠んだ彼の人を思うが故に。
    一度こぼれ落ちたその名がこの世の何よりも尊いものと錯覚するほどに、その想いは自己を定義するそのものであった。

    であれば、旅をして彼の人を想起させる場で季語を見つけることは何より至福であるはず。

    だというのに、五月雨江には「なにか」足りなかった。
    その綻びがある限り満ち足りることがないことを、五月雨江は知っていた。

    己に何が欠けているのか、顕現して間もない五月雨江にはまだわからなかった。



    ───────────



    ひどく身体が痛む。
    まぶたが重く、身じろぎすることも躊躇われた。

    「ねえさみだれさま、ふりそそぐめぐみをそのなにもつかたな」

    温かい。
    自らを形作った炎には程遠い、血の通った温もりが手に宿るのを五月雨江は感じていた。

    「あなたがもうひとふりのだれかをさがしていること、ぼくはきがついています。ぼくもおおきくてつよいあのひとふりをまっていましたから」

    自らの心にぽっかりと穴を空けている何か。
    顕現して間もなく、自分の隣が欠けていることに気がついた。
    人の身を得るとはかくも不思議だと目を丸くさせたのを覚えている。
    それを満たしたくて、焦がれてたまらなくて、ひたすらに出陣していた五月雨江は慣れない身に疲労を溜めてついには遡行軍の打刀に隙を見せ重傷を負った。

    きゅ、と体温を分け与えられている部分に力がこもった。
    それは自らか、彼のものか。

    「あせっていたぼくに、あるじさまはこうしてぬくもりをくれました。だからぼくもせんぱいとして、このほんまるのいちいんとして、あなたにわけあたえます」

    幼子のような声色で、達観した物言いをする刀だ。
    この本丸で初めて主が鍛刀した刀だと聞いている。
    修行からも帰還し、彼の切り開く戦場でこの本丸のモノたちは戦ってきたのだというのだから、正しく彼は「先輩」である。

    握られているのは手のみ、だというのに五月雨江は身体全体がじんわりと包み込まれているような感覚に震えた。
    安堵感、であるのだろう。

    「あなたのもとめるひとふりはかならずこのほんまるにやってきます。えにしとはそういうものですから。あんしんしてください。だからかれがやってきたそのときには」

    五月雨江の目尻から一筋、流れ星が瞬く。

    「あなたがあたためてあげてくださいね」

    こうして五月雨江は晴れてこの本丸の一員となったのだった。




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