🐑👹「一口くれ」
風呂上がりに上裸でアイスを食べているヴォックスの後ろから手が伸びる。機械仕掛けのソレは、ファルガーの腕を払おうとするヴォックスを上手く掻い潜ってアイスを奪った。大きめの一口でがぶりとアイスに齧り付く。ファルガーは今から風呂の予定だが、確かに風呂上がりのアイスも良いかもな、と思考を巡らせた。何ともなかったかのように棒付きアイスをヴォックスの口に戻す。文句を言おうと開いた口は、そのアイスによって塞がれた。
「了承を聞いてからにしろ早漏」
「いいだろ別に、減るもんじゃねぇし。てか早漏はお前の方」
アイスは減る物だが、不機嫌そうなヴォックスにしてやったり、と上機嫌にファルガーは言葉を返す。髪からぽたりとタオルに水分が滴るまま、ヴォックスは嘲るような笑みを浮かべた。
「聞こえてるぞ」
「聞こえ……、はぁ!?」
何が、と返すわけでもなく、何か思い当たるものがあったようでファルガーは声を荒らげる。急に慌てた様子を見せるファルガーにへへ、と楽しそうに笑い声を漏らした。
「冗談だ、冗談。面白いだろう?」
「こ、っの……!」
クソ悪魔!そう毒吐いて拗ねたように舌打ちをしてから風呂に向かう。まだまだ兄に敵わない弟とが面白くて仕方がなく、絡まれたから揶揄い返すのがヴォックスの楽しみの一つであるのだ。
さっきとは打って変わって不機嫌そうに足音を鳴らしながら脱衣場に入ったファルガーは、扉を閉めたと思えばそのまま地面に崩れ落ちた。その原因は先まで話していたヴォックスである。ソファで上裸のままでいる姿があまりにも扇情的であった。こんな感情を兄であるヴォックスに抱くのはおかしいと自覚しているが、一度芽生えた感情は収束することなくどんどんと育ち続けている。きっかけという大それたものはない。ただ、ある夏の暑い日、長い艶やかな黒髪をポニーテールにしている時に見えたうなじを、エロいと思ってしまったのが始まりだった。その時はそんな筈はない、暑さで頭がおかしくなってしまっているだけだ、と言い聞かせたのだが、意識してしまえばもう駄目で。無駄に一挙一動がエロいのだ、ヴォックスは。何をするにしても色気が伴う。
先、聞こえているとヴォックスが言った時には危うく心臓が泊まるとこだった。あの話の流れだと自分が自慰している声をヴォックスに聞かれている、ということだろう。冗談だと言っていたが真実は分からない。実のところファルガーはヴォックスで何回かは抜いている。名前も多分呼んでいただろうし、もしも聞かれていたら身投げしようかと思うレベルだった。邪な気落ちを払うためにも、ファルガーはいそいそと服を脱いで浴室に入る。
完全防水の身体を洗い流す。機械部分は汗もかかないため、そう洗う必要はなかったりするのだが、一度埃を落とす作業だと認識してしまえば、やらなければ満足出来ないようになってしまっていた。冷水を浴びながら頭を冷やす。だが、何をどうやっても無防備すぎるヴォックスの上裸が脳裏に浮かんで壁に思い切り頭を叩きつけた。
「……痛い」
自分がよく読む漫画のような状況に頭を抱えそうになる。自分が巻き込まれるのは地雷ではないが、ただ傍観者として見ていたいだけだ。と自分の秘め持つ感情を無視して地面に残る泡を流してから風呂を出た。
リビングへ向かうと、流石に冷えたのだろうヴォックスは上の服を着ていた。少し残念に思いながらも冷蔵庫を開けてヴォックスが食べていたアイスを取り出す。ビリ、と乱雑に袋を破いてゴミ箱に放り捨てる。ソファに座ってテレビを見ながら食べ始めると、食卓の方で作業をしていたヴォックスが近付いて、隣に座った。
「なんでこっち来るんだよ」
「用も無しに近付いたら悪いのか?どうやら随分と器の小さい弟を持ってしまったようだ」
「そのペラペラと回る薄っぺらい口を縫い付けてやろうか」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」
腹が立って再び舌打ちをする。どうしてこんなムカツク男に興奮してしまうのかが本当に分からない。理性的な脳はやめろとずっと言っているというのに、本能は童貞ばりに反応してばかりいる。一回ちんこの誤作動かと思ってAVを見たりもしたが、正直ヴォックスを組み敷いているのを想像する方が興奮を覚えてしまった。だがまァムカツクもはムカツクために、ヴォックスの言葉は無視してアイスとテレビに集中する。冷たいアイスで口と頭を冷やしていると、唐突に空いている右手を掴まれた。驚いて手を引こうとすると、それ以上の力で逃さまいと握られる。どうやっても振り解けない力の強さに、ハァと深く溜息を吐いて諦めた。ヴォックスは手持ち無沙汰のようにファルガーの手をグーパーと開かせたり、指一つ一つを観察する。
「手繋ぎたいなら自分の手でも握っとけ。お前のその二つの手は何のためにあるんだ」
「いやなに、どのようにして物を感じ取っているのか気になっただけだ」
「今更すぎるだろ」
「掴む動作は脳、神経によって可能なのだろうが、触覚はあるのか?」
「人の話を聞けクソヤロウ」
自分の興味を持ったことには愚直なヴォックスの質問攻めが続く。触覚はある。それが作られたものかは分からないが、今この瞬間も、己の手に触れるヴォックスの体温や、観察でしかないのだろうが、どこか際どい触り方も全てファルガーには伝わっていた。
「オナニーする時は痛くないのか?引っ掛かったりしそうだが」
「いや……って、誰が言うか!そういう性癖でもあるまいし」
「いいじゃないか。俺でオナっているんだから聞く権利はあると思うが」
ヴォックスのその言葉を聞いて、ファルガーは一気に身体中の血の気が引いていくような感覚に陥った。何か言わなければ、と頭を全力でで回転させる。誤魔化しは効かない、さっきカマのようなものを仕掛けてきたあたり、しっかり聞かれていたのだろう。どう考えても自分が兄をオカズにする気持ち悪い奴にしか思えなくて、ファルガーは諦めて口を開いた。
「クソみたいなデリカシーだな。普通そういうのは黙ってるもんだろ」
口を開けばヴォックス相手に喧嘩口調が漏れ出るこの性格は今だけ助かる。家の壁は厚いし、深夜にこっそりとシていたのに何故バレたのだろうか、恐怖と驚愕がごちゃ混ぜになってどうにもならなくなってしまった。
「兄弟間にデリカシーも何もないだろう」
ファルガーがヴォックスに兄弟に抱く感情以上のものを持っていると知っておいてこれだ。とんだ意地の悪い兄である。
「どーせ勘違いだとか気持ち悪いとか言うんだろ、そんなの知らねぇしアンタが聞いたのが悪い。俺は注意払ってたんだからな」
吐き捨てるように言って思い切りヴォックスの手を振り払うようにする。しかし、それは許されることがなくてグイ、と引き寄せられた。その勢いで溶けかけていたアイスが棒からずるりと落ちて手にべったりと付く。当然服にも落ちて、風呂に入ったばかりだというのに、という思考とヴォックスの行動の理由が分からなくて困惑する思考が混ざり合う。パンクしそうなファルガーをよそに、ヴォックスは楽しそうに笑ってファルガーの腕に舌を這わせた。少し温くなったアイスを舐めとっているだけなのだが、ファルガーの顔をじぃと見つめながらそんなことをするものだから、意図せず喉がゴクリと鳴る。煽られてついソファの上に押し倒しそうになるのを必死に理性で抑え、ヴォックスの顔面を横払いに引っぱたいた。鈍い音が鳴って緩んだ腕からファルガーは逃げ出してソファから立ち上がる。
「何するんだ」
「こっちの台詞だクソ、自分が何やってんのか分かってんのか!?」
そう叫ぶと、ヴォックスは余裕そうな笑みを浮かべ、殴られたとこを押さえながら口を開く。
「試してみるか、と言っているんだが」
「は?」
ファルガーが眉を顰める。ヴォックスの言葉の真意が読み取れなくて、つい聞き返してしまった。何度も繰り返すようだが、デリカシーのなさすぎる言葉にファルガーの堪忍袋の緒は少しづつブチブチと千切れていく。
「ヤるか、ヤらないか。ほら、どっちだ?」
人差し指と親指で輪っかを作った中で舌を出す。明らかに誘っている動作に脳の血管がぶち切れるような音が聞こえ、ファルガーはヴォックスの襟先を引っ掴んで何も纏まらない脳のまま言葉を放った。
「ふざけんなよジジイ、慣らさないままぶち込むぞ」
「やれるものならな」
煽られてそのままヴォックスに口付ける。乱暴に口内を抉じ開けて蹂躙しようと舌と舌を絡ませる。ヴォックスは抵抗も拒みもせずにファルガーを受け入れて負けじと交戦した。ぴちゃぴちゃと生々しい水音が二人の間に反響して理性が全て吹っ飛んでいこうとする。鼻で息をするも苦しくなってくるものがあって、ヴォックスの肩を押して唇を離す。互いに息を切らして顔を物欲しそうに見つめていた。理性が全て無くなる寸前で、顔を真っ赤にして肩を上下させるヴォックスを欲しい、という思考が顔を出す。自分の舌をギチリと噛んで無理矢理正気に戻し、ソファに思い切りヴォックスを押し付けてから中指を立てた。
「死ね、クソヤロウ」
「っは、同じ言葉しか繰り返せないのか?意気地無し」
これ以上同じ空間にいると本当に我慢が効かなくなりそうで、ファルガーは煽り返しそうになるのを唇を噛むことで抑え、身を翻して自室へと戻って行った。
ファルガーを見送った後、ソファに身を投げ出したままヴォックスは天井を見つめる。もうすぐで流されそうだったのだが、と溜息を吐く。
「理性が強いというのも考えものだな……」
獲物を狙うような瞳を思い出してフルリと身体を震わせる。ヴォックスもヴォックスで、ファルガーに重い感情を抱いていた。弟だとか関係なしに此奴になら抱かれても良いのだが、と考えながら乱れた髪を手で直す。
火照る身体に気が付かないフリをして、汚れたソファを綺麗にするためにも、シーツを外そうとヴォックスは立ち上がったのだった。