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    mayura_BL

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    mayura_BL

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    嘘を吐くと閻魔さまに舌を抜かれてしまうんですよ。
    (反省文以上)
    はい。長曾我部緑ルート後の石田と長曾我部についてでした。
    あそこで長曾我部に生かされたところで、その後の毛利含めて西軍の全ての責を負わなければならないのはどう足掻いても石田だよなあ、と思った末の小話でした。でも家康は敢えては三成を処断したくないし、このルートはその「敢えて」の理由付けとして長曾我部がいる、と主張するでしょうがしかし。

    大将首 俺の預かりとなった石田は、思っていたよりも(というか、家康に聞いていたよりも)ずっと真っ当に俺の城で過ごしていた。船に上げておくのは流石に非礼に当たると思ったし、そもそも船はもうほとんど必要なかった。

    「馳走になった」
    「おう」

     石田は確りと箸を置き、手を合わせると、上座の俺に一瞥をくれて一言言った。俺が扇子の音を一つ立てると、女中が全て食べ尽くされた膳を下げる。それに礼を取る素振りを見せないあたりが、コイツのひどく手慣れたところで、同時に周囲に無駄な気を遣わせないことだった。
     上に立つ者としての心得をほとんど間違いなく備えており、同時に上に立つ者に仕える者としての心得も備えている、有能というよりは、奇妙な男だった。

    「家康のやつがよ」
    「……」
    「お前は飯も食わねえから、って言ってたんだが、案外食うじゃねえか」
    「饗されたものを食さぬのは非礼の極みだ」

     淡々と言った石田に、俺は息を吐く。

    「話があるそうだな」

     石田は俺が何か言うよりも早く居住まいを正して言った。俺は、その話というのを出来ればしたくなかったので、大きく息を吐く。そうしたら、彼も呆れたように息をついた。

    「私が言えた事ではないが」

     呆れたように息をついて、それから彼は続けた。

    「私をここに留置くのは、兄のために全くならぬ」

     横柄で尊大な態度の割に、彼は俺に対し「兄」という尊称を用いた。それもそうだろう。あの日俺が「死んだ」と言っても、ここに存在している以上、「石田三成」は西軍総大将だ。俺は、自身の国の位置としても、そうして作られた「理由」としても、あの一件までどちらかと言えば西軍に寄っていた。
     貴殿、貴公…俺に対してではどちらを使っても、それが西軍総大将では角が立つな、と、至極どうでもいい、枝葉末節に俺は思考を走らせていた。

    「家康からの召喚ではないのか」
    「……アンタ、勘がいいな」
    「その程度の察しが付かぬ程馬鹿ではない」

     事実、今日彼に話があるというのは、家康からの召し出しについてだった。
     ……あっちはあっちで大概だが。何か理由を作って召し出しを断らせてくれとはっきり手紙に書くあたりがどうしたって滑稽だった。召し出し、というのはそれはそれは素晴らしい内容で、簡単に言えば西軍総大将の処刑日時が記されていた。

    「ここに家康からの文がある」
    「ああ」
    「俺だけはこれを握りつぶすことが出来る」
    「……」
    「握りつぶす権利を、家康公に賜っている」

     はっきりと言ったら、石田は動揺するでもなく、怒るでもなく、俺を見据えた。見据えて、ふと言った。

    「関係のない話をしてもいいだろうか」
    「構わねえが」
    「兄には甚だ不愉快な話だろうが、兄の討ち取った刑部少輔吉継についてだ。構わんか」
    「……ああ」

     俺の逡巡は、聞きたくないという逡巡ではなかった。今更何を話す、という逡巡だった。
     彼が俺の預かりとなり、家康が幕府を開いて三月となる。だが、石田の口から大谷の話が出るのはそれこそ初めの数日以来だった。その頃も、ほとんどうわ言に近い内容しか彼は話さず、それが却って大谷の計画を本当に彼が知らなかったことの証左となったから、俺も、配下も彼を糾弾するには至らなかった。
     だから、それが今になって何故、という思いが僅かにあった。

    「では話す」
    「ああ」

     石田は、俺に向けていた視線を逸らす。逸らす、というよりは、正面を向いたために、上座の俺ではなく壁が彼の正面になった、と言うべきかもしれない。そうして俺は、下座に西軍総大将を座らせている自分、というものをふと思った。やはりその思考は枝葉末節だった。

    「知っているだろうが、私は刑部に、さほどの命を出していなかった」
    「……ああ」
    「これは甚だ無責任で、そして兄には甚だ不愉快に聞こえるだろうが、何をしているか知らなかった、という言い方は適切ではない。自由にさせていた、という方が遥かに適切だ」
    「……」

     俺は扇をパチリと一つ鳴らした。誰かを呼ぶ意図はない。それは微かな苛立ちだった。苛立ち?苛立ちだろうか。その先を聞くべきではないということかもしれない。その行為に、石田は一つ視線をこちらに向ける。かち合った視線が、怨嗟であるのか、と思ったが、それは互いに透徹していた。
     彼はそれにふと視線をまた正面に戻す。ある意味で、石田は俺の目を見てその話をすることを避けたかったのかも知れず、ある意味で、俺は石田の目を見てその話を聞きたくなかったのかも知れない。

    「じゃあ、アンタは大谷にどの程度の命を出していたんだ」

     興味だった。踏み込まなければいいのに、俺はそこに踏み込んだ。それは興味だった。その問に、石田はふと口許を緩めた。それは自嘲だった。

    「『私が許可していない絶命は赦さない』、この程度だ」
    「そりゃまたずいぶんと……」

     過激な、と言い差して俺はやめた。それほどまでにこの男が大谷を信用していて、そうして必要としていた、ということが、ひどく重かった。
     大谷を討ったことを後悔などしていない。悪かったなどとは更に思いもしない。
     ただ、西軍総大将にとって、大谷は信に値する存在だった、という事実が只重かった。

    「それが刑部のある側面でしかないのを私も知っていた。分かるだろう?だから私は絶命以外の全てを大谷刑部という存在に預けたのだ」

     嗚呼、と俺は一つ息を吐く。その先に続く言葉を、多分大谷という男は想像したこともなかったのだろう、と

    「私には、全ての責を負う任がある」

     真っ直ぐと言い放たれた言葉に、俺は目を伏せるしかなかった。大谷刑部という存在は、彼のこの言葉をきっと知らなかった。何故自由にさせていたのか。簡単だ。その責を負う覚悟があったからだ。そうして彼は、それを「覚悟」ではなく「任」と言った。

    「兄にはひどく不愉快なことを言う」
    「……なんだ」
    「私は、刑部の行いを恨みに思いこそすれ、憎むことが出来ない」

     ふっと石田は笑った。それはやはり自嘲だった。同時にそれは、哀惜だった。

    「私は豊臣を裏切った家康を憎んだ。しかし、私を裏切った刑部を未だ憎むことが出来ない。未だ、何故言わなかったのか、という恨みしかない」

     俺は長く息を吐いた。この石田という男は、余りにも真っ直ぐすぎる。裏切りなど躊躇わせるほどに。躊躇って尚、あらゆるものがその手から零れ落ちるのを、そうしてこの男は知っているように思われた。

    「兄の温情には感謝する。しかしながら、私は裁かれねばならない」
    「なぜ?」
    「ずいぶん簡単なことを聞くな、長曾我部」

     石田は、いっそ可笑しげに俺の方を見て、俺の名を呼んだ。射竦められた気がした。その先を言わせてはならぬと思った。だが、彼が止まる筈がなかった。



    「私が西軍の大将だからだ」



    「私にはもはや保つべき国がない。城もない。しかし兵はある。盟友もある。この首で全ての責を負わねばならない。この愚を赦してほしい、長曾我部」

     石田は、はっきりと言った。その声はひどく硬質だった。

    「私は、兄を策略に掛けた我が麾下にして我が友の責の為にこの首を差し出すのではないこの愚を、出来るならば赦してほしい」

     そう言って、言ってそれから石田は俺の前に進み出て、畳に伏した。
     パチリと、俺は今度こそ明確な意図を持って扇子を鳴らした。

    「そんなに死にたいかね。死に急ぐのは馬鹿のすることだ」
    「馬鹿で構わん」

     伏しているためにくぐもった石田の声に、俺は空虚な思いで笑った。

    「ハッ。俺はあんたのことをよく知らねえ」
    「だろうな」
    「だが、家康のことは友だと思っている」
    「……」

     部下は俺が所望した品を持って来たが、そいつは平伏す石田にギョッとしたように俺とそいつと、それから手に持った品を見比べた。

    「いい。そのまま持ってこい」

     部下から受け取ったのは、普段は使うことのない無銘の刀だった。

    「石田」
    「何だ」
    「一つだけ信じてやってほしいことがある」

     俺はその太刀を抜いた。白銀の刃が手の内で翻る。

    「家康は、お前を憎んじゃいなかったよ」

     ふと頭を上げた石田の唇は緩く弧を描いていた。

    「知っている。だが、憎み憎まれていると思うことが、ただただ私にとって楽だったというだけだ」

     石田は今度こそ確りと笑っていた。

    「家康は、私と違って人を憎むなど出来ない男だ」
    「そうだな…そうして俺も、家康と違って人を憎むぜ」
    「そのようだな」

     白刃を見て、石田は不敵に言った。そうして、深くこうべを垂れた。

    「貴様の好きにしろ」

     貴様、か。久しぶりに聴いた言葉だ。だが、彼と初めて会った日に、大谷を討ったその日に、聞いた言葉そのままだった。

    「俺はその愚を赦さない、治部少輔三成」
    「その裁き、謹んで賜ろう」
    「徳川に、刑部少輔吉継の主の首級を差し出すなど、武門の恥だ」

     俺は薄っぺらい嘘を吐き捨てて、一思いに刀を振り下ろした。

    「生憎と俺は、家康の友なんでね」

     払った血は赤かった。

    「家康に友を殺させるくらいなら、鬼がやりゃあいいってもんだ」

     目を閉じ転がった首は、僅かに笑んでいた。
     せめてこの男が彼岸に辿り着けることを、願う。


    大将首
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