現と夢の狭間にて熱い…
熱いのに体がどんどん冷えていく感覚がする。
倒れこんだ体は気だるく起こすことができず、周りを見渡してみれば黒い影が取り囲んでいた。赤く滴っている影、黒が際立つ焼け焦げた影、膨張しブヨブヨになっている影。様々な姿をした影が、ひたすら自分に向けてぼそぼそと何かを呟いている。その声は死んだ友人のもの、初陣と意気込んでいた部下、敵国の兵士、無抵抗に殺してきた幼子までいた。そして言っている言葉はくぐもってノイズの酷いものだが、どれもこれも俺に対しての助けを求める言葉や罵り、なぜお前は生きているという呪詛の塊だった。
長年国の為に戦争に身を投じてきた。生まれが純粋な帝国人でなかったために指を差され在りもしない噂を流され、時には日頃の鬱憤を晴らされる的にもされた。属州出身ってだけで肩身の狭い思いをする生活を変えたくて、必死に戦い戦果をあげそれこそ血反吐が滲む思いで属州民で与えられる最高称号の「サス」をもぎ取った。
自身のことに精一杯で周りをあまり見ていなかったのだが、階級が上がれば当然部下もでき増えていく。彼らの訓練や指導は厳しくしていたつもりだが、戦果を上げる為に進んで前線に赴き勝利を勝ち取ってきた俺を、いつの間にか部下達は慕って憧れていたらしい。よく話しかけられたり、プライベートでは地元の酒場などに連れまわされるようになっていた。
そんな部下や友人が、どんどん戦で殉職していった。犠牲の無い戦争などない。知っている顔を付けた下半身の吹き飛んだ体など珍しくないし、一般人が幼い我が子を庇っているところをまとめて切り捨てたりもした。無謀な作戦を決行したせいで隊のほとんどが全滅、逃げ帰ってきた兵士に怒号を浴びせる屑も存在した。
…心を病んでいると自覚したときはすでに帝国から半ば追放という形で野山をさ迷っていた。あてもなく、幻覚から逃げるために買った薬も底を尽きかけ、飢餓状態だったのもあってとうとう死ぬのかと思った矢先、影が一斉に同じ呪詛で言い始めた。
「お前は」「あなたは」「君は」「貴様は」
「そうして逃げて許されると思うな」
「上官が部下を置いて逃げるんですか?」
「殺さないでと叫んだ我々を殺したくせに、死にたいというあなたが死ねるわけないでしょう?」
だからさ迷ってここにたどり着いた。この……
「目が覚めましたか?」
いつの間にか影がいなくなっており、知った声がした。
床で寝ていたらしい体は汗でべたべたしており、隣で声をかけてきたヴィエラ族の男はごりごりと何か調合をしながらこちらに顔を向けている。
「…どのくらい寝てた?」
「だいたい2時間くらい」
「………手間かけさせたな、蠍」
思ったよりも落ちていた時間が長かった。深いため息を吐いた後に、体を起こしながら面倒を見ていてくれたであろう蠍に謝罪する。
「即効性のやつを注射したから今は落ち着いてるけど、効果はそこまで長くないからいつものを早めに服用すること」
「了解、みっともねぇとこを見せたな」
「今更でしょう?そろそろヴェルトの在庫が切れると思って即効性のも用意しといてよかった」
調合し終えた薬剤を瓶に移し棚に戻しながら、蠍は本来の目的の品を綺麗に袋に詰めている。
那落迦と呼ばれるならず者のたまり場に住むようになってから、こうして精神安定剤を薬師である蠍に調合してもらっている。その関係で幻覚の発作についても色々教えてはいるが、どうも薬を取りに来た際に発作を起こして蠍に迷惑をかけたらしい。彼自身も過去の後遺症で発作があるらしいからお互い様ではあるが…
「ほら」
そう言って差し出された袋を持つ手には、幻覚状態の時に俺が縋って握り潰したであろう痕が、白い指の所々に鬱血を彩っていた。
「悪い、手…」
「ああこれ?軽い痣だけどすぐ治るから問題な…」
「俺は蠍に縋ってたか?」
ちょっとした気まずさもあり袋を受け取りつつ目を泳がせ蠍に聞いてみたかったことを口にする。蠍は不用意に接触されることを好んでいない。ほぼ無意識とは言え世話になっている人物の嫌な部分に触れてしまい俺としては申し訳ない気持ちでいるのだ。
「そうだね。最初は抱きしめようとしていたよ。でもすぐ踏みとどまって腕に縋りついてきてね。あんな状態の君を拒絶するほどオレは鬼じゃない」
鬱血した手をプラプラさせながら蠍は少し呆れたように答えてくれた。
「そうはわかっていても俺も申し訳なさはあるんだ。注射分も含めて何か今度差し入れるよ」
「この前買出しに付き合ってくれたからそれで」
「お願いだ、詫びに何か奢らせてくれ」
否定しようといた蠍の言葉をさえぎって言葉を続けた。「お願い」が好きな蠍はお願いされるとついつい叶えてしまう部分がある。使いようによっては弱点にもなりえるが、これがいい例なのかもしれない。
「仕方ないな、わかった。近々お酒を交えながら愚痴でもこぼさせてくれ」
「おう、美味いつまみも用意しておく」
そう詫びの約束をし、やれやれといった表情の蠍を背に部屋を出た。
貰った薬の錠剤を決められた量を嚙み砕きながら、汗でべたついた体を流すために自室の風呂場へ歩いていった。