助けてと愛してをとあるウルダハの午後。
昼の太陽が傾き日差しが一層強くなってきた外から避難するように、冒険者ギルドを兼ねるここクイックサンドは賑わっていた。
「完了した依頼書はこれ、収集品のブツはこの袋に小分けで梱包している」
「うん、全部揃ってるね。ご苦労様」
小分けされた依頼品を確認しつつカバンにしまうララフェルの老人と、荷物が減ってカバンが軽くなった俺は、共に頼んだクランペットを齧りながら依頼の報告作業をしていた。長めの髪を後ろで団子状にまとめているミミジという老人は、元軍人のよしみでこうして依頼を流してもらっている。探し物から魔物の討伐、中には表に出しづらい暗殺の依頼も流してくれてる。
ミミジの交流網は非常に広く、表裏関係なくそれなりに力のある人物と太いパイプをいくつも持っている。あえて深くは踏み込まず、しかし情報網で知らず知らず組織の根元を掴んでることもあり害成す者には情報を武器にこの世から追放したこともあるらしい。表向きは個人経営の孤児院で院長をしているが、元衛生兵で軍師だったコネで黒渦団で兵士の育成や、国を問わず解剖依頼をしたりと彼自身のスペックも非常に高い。特に問題なければ良きビジネスパートナーであるが、裏切った時の代償が計り知れないのが牽制になっている。…恐らく那落迦のこともだいたいは把握してるだろうな。
「これ、今回の分の報酬、確認して」
渡された少し大きめの袋を覗いてみる。中には依頼の報酬金額が入った金貨袋と、チップとしていつも入ってる消耗品の日用品が何個か入っていた。
「いつも悪いな、別に買出しは行けるから気にしなくていいのに」
「だいたい大口で孤児院の備品仕入れているからね、余りものみたいなものだから在庫処分に使われたとでも思って」
「在庫処分ね…、追加の依頼はないのか?」
「しばらくはなさそう、専門的なのが多くてね。自分で処理した方がいいから僕で行うよ」
「そうか、他の依頼は完了次第追って報告する」
「そうしてくれ」
一通りのことが終わり飲みかけのチャイに口をつける。
「ああそうだヴェルト、もう少し時間あるかい?」
「…まあ少しなら」
「ちょっとヴェルトに会わせたい人がいるんだ」
俺に会いたい人?ここに流れ着いてからそこまで交流をしてきたわけではないから、少し身構えてしまった。
「ああ、僕のとこにいた元孤児の子だから警戒しなくていいよ。あ、おーいニール!」
そう言いながら手を振る方向を見てみると、赤い髪が印象的なアウラ・ゼラの青年がこちらを探すようにきょろきょろしていた。こちらに気づいたのか小走りでこっちに歩いてくる。
「すいません、納品に手間取ってしまって」
「いやいや、急に呼び出したのはこっちだし。ほらこの人がこの前話したヴェルトさん」
「ああ、こんにちは。ニール・ロックウェルと申します」
「どうも、ヴェルト・クレイだ」
穏やかそうな笑顔でこちらに丁寧にお辞儀してくるニールに軽く会釈をして、そのまま隣の空いてる席に座るよう促す。
「多分ニールの奥さんのが名前は知ってると思うよ。ほら、あのエオルゼアの英雄さん」
「…彼女の?」
「えっと、はい。最近籍を入れたんです」
少し照れ臭そうに頬を掻くニールの左手の薬指には、確かにシンプルなデザインの指輪が嵌められていた。
「それじゃあ僕は仕事が残っているから、先にお暇させてもらうよ。ヴェルト、また連絡してくれ」
「ああ、またな」
椅子からひょいっと降りてミミジは去って行った。ちゃっかり3人分の飲食代を机に置いて。ニールも同じ考えだったらしく、「自分のは払うのに…」と困ったように呟いていた。
「で、その英雄の旦那様が俺に何の用だ?」
「人探しを依頼したくて」
「人探しか」
「これ、もし持ち主を知っていたら渡してほしいんです」
そう言って差し出してきたのは、そこそこの大きさの桐箱だった。持ち上げてみると少し見た目より重く、いわく入ってるのは服とか本だそうだ。
「何かこれ以外で持ち主の情報は?」
「えっと、箱の外側にその人の名字らしき文字が刻まれてるのですが、俺だと読めない文字で…。運び出された場所からしてクガネ文字だとは思うんですが…」
「なんでまたそんな遠方からこんなのが?」
「その箱が見つかった場所、元々廃村だったところを開拓しようとしてて。土地を馴らしている時に出てきたんです」
「ってことは遺留品か何かか」
「でも地元の人曰く、持ち主の人は今でもガレマール帝国で軍人をしてるって言ってたんです。だからゆかりのあるヴェルトさんなら知っているかなと思いまして」
なるほどな。彼にも俺がガレマールから亡命してきた人間というのはミミジに聞いたのだろう。帝国軍に所属していたのならわからなくもないが、そこまですべてを把握してるわけではない。
箱に刻まれた文字を見た。確かにクガネで使われている文字のようで、その土地特有の名字らしき文字が刻まれている…
「ちゃんと報酬は渡しますので、渡せたら連絡ください」
「期限は?」
「特に決めてはいません…あくまでまだいるってのは昔の情報なので、その人の生死すらわかっていませんから」
「…もし持ち主が死んでいたら?」
「…本当に死んだってわかったらヴェルトさんが好きに扱ってください。そこの村はヒューラン族の村だったので、中の服はあなたのがサイズはあってると思います」
まあ服だけならいただいても問題ないか。ほぼ身一つで亡命してきたから服は少なかったし、買い足さなきゃと思っていたからちょうどいい。
「あの」
「?どうした」
要件も済んだし帰路に就こうとしたところを呼び止められた。少し気まずそうな、気重そうな雰囲気でニールはこちらから少し目をそらして聞いてきた。
「その持ち主の人、悪い人なんでしょうか?」
「どうしてそんなことを?」
「いえ、…その……」
歯切れ悪く言葉を詰まらせてるニールは、軽く深呼吸をして続けた。
「17年前、俺とその人、会ったことがあるかもしれないんです。当時俺は幼かったので顔とかは覚えてないですけど。ギラバニア地方の小さな街だったんですが…」
ふと、嫌な記憶がちらついた。
「その時、俺と今の俺の妻以外、皆帝国軍の進軍で焼け討ちにされて」
鮮やかな赤髪の少年が小さなミコッテの赤ん坊を抱いていた記憶。
「文字を読むことはできないですけど、最近発見された軍事記録に、俺の故郷のことと一緒にその箱の名前が書かれていたのです。だから、もしかしたらその人は俺の」
「仇かもしれないと」
そう問うとこくりと頷いた。
「……仇を取りたいのか?」
ふるりと首を横に振り何かに耐えるように自身の手首をつかんでる青年は困ったようにこちらに笑いかけてきた。
「復讐したところで両親も故郷も戻ってきませんし、今は幸せなので、余計なことはしません。でも、許せるかと言われたら…できるとは言えないです。理不尽に奪われて、大好きだった思い出も辛くて思い出したくなかった日もありました。それでも、前を向いて生きようと、今を謳歌してソレルと一緒に人生を歩もうと決めてから…少し気持ちの整理もできたんです。その軍事記録も、改めて読むと思っていたのと違うことがわかって。多分、攻めてきた軍人も何人かは作戦に反対していたのではないかと、それほどお粗末で突発的なものだったって」
ぽつりぽつりと呟くニールの表情がだんだん辛そうに歪んでいってるのがわかる。仕方ない。17年といっても幼い少年だった彼の傷はそう簡単に言えるものではない。一生抱えていかなければいけないかもしれない。
「だから、もし生きて会えたのなら、伝えてほしいのです」
言伝を待っている俺の目をしっかり見て、一層くしゃりと笑って言った。
「どうか、自分を責めないで、幸せでいてください。と」
「……普通は苦しめとか思うんじゃないのか?」
「その人は、多分俺のことを見逃してくれたんです。俺が隠れていた棚を見て気づいていたはずなのに。だから、きっと焼き討ちに関して反対意見を持っていたのではないかなと。…せめてそうだったとしたら、償いとして精一杯生きて償ってほしい、可能なら幸せを見つけてほしいと。俺のわがままです」
「どうしてそこまで…」
「ガレマール帝国が崩壊して、いろんな帝国人と会いました。彼らも、元は侵略で故郷を追われた末裔なんだと、そのせいでこちらの支援を拒絶し凍えていました。同じなんです、彼らも。辛いし苦しいって叫ぶのも、誰かに奪われて怒るのも。笑って人を殺すのなんて実際一握りでだいたいは感情を殺して行ってるって。その持ち主も同じだと思うんです」
そういいながらもニールは気持ちが整理しきれてないからか泣きそうになってる。
許せないけど咎めるつもりもない、そして人らしく幸せが掴めるなら掴んでそれで償ってほしいなど…
「わかった、もし生きていたらそういう風に伝えておく」
「ありがとうございます」
今度こそ話は終わったようで、早々立ち去ろうと背を向けた。
「ヴェルトさん!」
振り向くと辛さを残しつつも穏やかな笑みを浮かべたニールがこちらに手を振っていた。
「また一緒にお茶しましょう!」
面食らった言葉に答えることなく、後ろを向いて軽く手を振って帰路を歩いた。
なんとなく誰にも見られたくなくて、帰ってすぐ自室に閉じこもった。
包みを解き箱を開けてみると、そこには数点の着物と帝国風の軍服、クガネとかにありそうな小物と一冊の古いアルバムが入ってあった。着物は黒地に金色の蝶の刺繍が施された女性寄りのものだが、仕立て方からして男性用に作られたものだろう。古いアルバムは皮張りの厚いものでパラパラとアルバムを開くと、長らく放置されてたせいで少しかび臭かった。
写真の中には小さな子供と、その子を囲うように屈んでいる両親らしき二人が写っており、どの写真も子供特有の表情とともに幸せそうな雰囲気をしていた。子供の成長記録の様で、歩き始めたころから少年、青年になっていく写真の子供はどれも笑顔でこちらを向いていた。そういえば父はよく写真を撮るのが好きだったな…。その時にしか見れない景色がずっと見れるようにと、カメラを手入れする父は写真を撮る理由を教えてくれた。
最後のページには緊張した様子で軍服に身を包んだ青年が立っており、その一枚を除き他は何も貼っていなく空白だけがあった。
ああ、これは夢か。どこか懐かしい簡易な部屋に座っていたが、なんとなくそう思った。
「久しぶりだね」
声が聞こえて隣を見ると、英雄と呼ばれたソレルが同じように床に体育座りでこちらを見ていた。
「久しぶり、というには面識はないだろ」
「そうね、この舞台ではね」
舞台と言われ記憶を辿る。どこか遠い、かつての前世で生きてきたであろう記憶がおぼろげにある。霞がかっててはっきりとは思い出せないが、少なからず何があったかの説明ができるくらいにははっきりしている。
「この部屋も、今となっては懐かしいね」
「…そうだな、ろくな思い出がないが」
「…そうね、でも、あなたと出会えた思い出はある」
片割れとして祝福されずずっと閉じ込められてきたこの部屋に迷い込んできたんだったな。ああそうだ、彼女は人ではなく元々猫だったんだ。
「生きるかどうかのギリギリな生活だったけど、それでも一緒に入れることはしあわせだった」
「だから俺を守ろうとした」
もう一人の片割れだけを溺愛していた両親は、俺のことは悪魔だの何だのと嬲ってきたのを、ソレルが止めようとした。
「結局、子猫の力では何もできなかったけどね」
ホームランとか言ってたな、あのゴミども。
「で、簡単にあなたを助けた彼が羨ましく妬ましかった」
騒ぎを聞きつけた同じ顔の少年が、とっさにしてしまったとはいえ片方のゴミを同じくホームランしたのを覚えてる。
「それで俺がもう一方を殴り殺した」
今思えば子供の力で殴り殺すのは無理がありそうだから、気絶したか当たり所が悪かったんだろう。そして全部なくすために冷たくなった彼女を置いて家を燃やした。
「最近まで置いて行かれたと思ってた」
「…今ならそれなんとなくわかる」
「無知ゆえにって言い訳しても許されることじゃないけど、ずっと愛していたのもそばにいたいと思っていたのも噓じゃない」
「それは俺も同じだ」
全部捨てた双子は、同じく両親を亡くした恩人に出会い、片割れは世界を知った。
しかし彼女は世界を知らないまま彼だけを思い続けた。
「あれだけ奪っといてどうしてなんて、自分のことなのに笑っちゃうわね。…ほんとに酷いことをした」
「俺も結局人のことは言えないよ」
俺を守りたいという願いで人となるも、どう守ればいいのか知らなかったソレルは身近の人間を食らいつくそうとした。その中に俺の恩人もいてその事実を知った俺は彼女を古びた圧縮機に放り込んだ。
「私の罪をかぶせるつもりじゃなかったのに…」
恩人はその時の傷が元で植物状態に、俺は全てを負わされ世界から死を言い渡された。
「あの人はお前も救おうとしたのにな」
恩人はソレルの闇に気づいていた。だからされるがままになっても手を差し伸べた。その手を掴もうとした彼女を、俺は。
「…お互い死んで、呪って、抜け出せなくなって」
彼女は文字通り「俺を守りたい」、そして「俺以外を殺す」呪いを。
「俺のは、ちょっと混じってしまったのかもな。こんなの初めてだ」
俺の願いは元々「取り戻したい」、そして彼女に「短く惨い人生を」と呪った。しかし、恩人の「見届けたい」願いが混じっていつの間にかすり替わっていた。そして呪いも「全てから取り残される」というものに。
「台本が変わってしまったせいなのかな」
「さあ、お前の台本は変わらずだろ?」
「そうでもないの、本来なら第八靈災で死んでいたはずなんだから」
「……」
「その時の記憶、実は覚えているんだ。本来辿るべき未来だったということだと思うけど。私だけ即死できなくってさ、なんとかみんなと合流しようとしたけど会う人みんな毒で動けなくなってて。苦しませるくらいならって一人一人、さ。ニールを探し出すまでずっと」
黒薔薇と呼ばれた毒ガス兵器が帝国で研究されたのは知っている。実際今は使われることなく破棄されたとかで事なきを得ているが、実際有りえた未来と考えるとぞっとする。
「ニールも、吐血して虫の息でね。抱きかかえても目も耳ももうダメになってて。でも私って気づいてくれたの。最期の言葉だってわかってるから取り留めのない言葉で話してくれた」
「……」
「出会えてよかったって」
思わずソレルを見ると、手袋を外して自身の左薬指にある指輪を愛おしそうに撫でていた。
「私のせいで故郷も両親も失ったのに、それでも好きだって、出会えてよかったって言ってくれた。嬉しかったし、救われた気がしたの。だから、今のこの舞台では彼を愛したいって思ってしまった。帰りたい、そばにいたい。一緒に幸せになりたいって。だから一緒になろうって言ったの。彼、泣き出しそうになりながら喜んでくれた」
そうしてソレルは俺に向き直った。
「私はこの舞台で彼と共に生きていく。あなたは?」
「俺?」
「そう。せっかく台本を歪ませた同士だもの。あなたも幸せになる権利はある」
「地獄の穴に落ちてもか?」
「それ以上はもう落ちないでしょ?」
「…そうだろうか」
「嫌なら這い上がればいい、私みたいに足掻いてみればいい」
「……」
「だから、もう一個呪い。幸せになって」
目を見開いた。ニールと同じことを言った彼女は、本当にもうこの舞台では大丈夫なのだろう。なら俺は?
「持って奪われるくらいなら持たない方がいい」
「今のあなたなら守れると思う」
「奪われたら、もう引き返せないほど堕ちるぞ」
「それだけ大事だったのなら、手放したくないってことでしょう」
「そうなれる保証なんてない」
「なら祈るわ。いつまでも願ってる」
ふぅと息を吐いた。臆病になったつもりはない。ただ失うことに疲れた。持つことをやめたのもこれ以上傷つきたくないっていう自己防衛なのかもしれない。
「これが最後。最後ならもう一回だけ」
「終わりか」
そう思えば悪くないかもしれない。こうしてソレルは変われたんだ。
「どうしてそこまで俺を思う?仮にも惨くと呪い殺し続けた相手だぞ」
「それはわかってるでしょう。大事な弟で、お兄ちゃんだからだよ」
優しく微笑みかけてくるソレルは、俺の頬を包みながら額を合わせてきた。
「だから、いつか言えるようになってほしい。ーーーてって」
整理が終わりそのままベッドで寝ていたらしい。少し寝違えた身体を起こし頭を抱える。ひどく穏やかな気分だ。それでいて泣きたくなるような胸の締め付けが気になった。
なぜか溢れてきて視界を歪ませるそれの理由が、しばらくの間わからなかった。