俄雨(ワンライ) ふと空を見上げると灰色の分厚い雲が空を覆っていた。空気も心なしか水分を含んで重たくて、鼻をひくりと動かせば雨の前のにおいがする。こりゃ一雨くるな、と私は心のなかで溜息を吐いた。花屋である以上お客様が来てくれないと仕事にならないのだけれど、雨が降ると客足はぐっと遠のく。特に、こんな辺鄙な場所にある花屋なんて余計だ。
雨が降ったら在庫整理でもしようか、仕入れ状況の見直しをするのもいいかもしれない。そんなことを私が考えていると、からんとドアベルの軽やかな音がした。お客様だ。慌てて振り向いて、接客用の笑顔を張り付ける。
「いらっしゃいませ!」
振り向いた先にいたのは、お客様じゃなくて「黒」だった。えっと驚きながら慌てて視線を持ち上げると、その黒のさきっぽにはちゃんと顔が乗っていて、恐ろしく背の高い男性だということに私はようやく気付く。背が低い私からしたら、視線を意識して持ち上げないと顔さえわからない。
2009