付き合って1ヶ月。
彼の大きい手を間近で見たのは、食事の時に手渡されたグラス越し。
手の甲の筋や整えられた指先。
そんな彼の手に触れたいと思うようになった。
だが、こんな年にもなっていざ好きな人に手をつなぎたいなんて言えるわけもない。
隣を歩く時なんて少し肩が触れそうになっても身体を大きく揺らしてしまう。
いつも彼にドキドキしてしまい、二人でいる時は心の余裕なんてない。
今日も仕事終わりに彼と公園で夜景を眺めているが、他の恋人たちらしく身体を寄せ合うこと等を考えるだけで心臓が爆発してしまいそうだった。
「そろそろ帰るか。」
「お、おう!そうだな!」
「もう遅いから、送る。」
「あ、ありがとう……。」
何を話したりするわけでもなく、ただ隣に居るだけでも嬉しかった。
仕事終わりや公園の帰りでも彼は嫌な顔一つせずに家まで送り届けてくれる。
男一人で歩いていても不審者に絡まれたりすることなんて無いと思っているが、彼と居る時間が少しでも長く取れるなら申し出を断る理由が無かった。
「じゃあ、また明日。」
「送ってくれてありがとな…。」
「ん、早く寝ろよ。」
「っ……!あ、あぁ、お、おやすみ…。」
「じゃあな。」
最後彼が別れを告げる前にじっと目を見てきたことに、一瞬だけ息が出来なくなりそうだった。
何もかも見透かしているようなそれでも熱を感じるような瞳。
彼の背中が見えなくなったあと、思わず玄関のドアに背中をもたれて胸を抑えた。
「っ、はぁ…、やっぱ、無理だぁ……、言えるわけ、ねえよ………。目を合わせるだけで、こんな、うぅ、…と、とりあえず、風呂行くかあ……。」
こうして彼と夜景を眺めて帰る夜はいつも心臓が痛くなる。
いつか彼と居る時に心臓が爆発して死んでしまうのではないかと考えてしまっていた。
「はぁ………、馬淵……好きだ………。……っ!!うわあああ…っ!!」
ぽつりと呟いた好きという言葉に過剰に反応して湯を波立たせる程身体を揺らした。
自分のほうが年上でリードしなければならないと思って入るもののいつも彼の方からリードしてくれている。
「……手、繋ぎたいって、言ったら…繋いでくれんのかな……。でも、ちゃんと、目を見てなんて……言えねえ……。」
付き合ってからまだしっかりと恋人らしいことをした記憶がない。
ただ、あるとすれば、別れ際に彼がほんの少しの間、じっと目を見つめてくることだ。
自分がはっきりと言えないのがいけないのだが、彼を困らせることになってしまったらと思うと、不安で仕方がなかった。
「……でも、このままじゃ、何も変わんねえよな……。よし、言うだけ、タダだし…、言ってみるか!!!」
きっと緊張してしまうかもしれないけど、それでも前に進みたいと思った。
そして、次の機会までにどのようにしてアプローチをするか色々と考えることにした。
「…なるほど、黙ったまま、指先をあてる…か……。う、うーん…、あの、手に、触れ……っっ!!!や、やばい……。」
そんなことを考えながら、またすぐに彼と仕事終わりに浜北公園へ行く機会がやってきた。
いつも通り彼とベンチに座り、月に照らされて光る水面を眺める。
「…、あ、ぅ、そ、その、馬淵……。」
「ん、どうした?」
「………、っと、…手……繋ぐのって……、迷惑じゃ、ねえか………?」
「どうした、急に。」
「あっ!えっと、……ずっと、手…繋ぎてえなって……思ってて…。い、嫌なら、別にっ……へっ!!??」
気持ちを伝えた瞬間に、彼の方から手を優しく重ねてきたのだ。
それを見て身体が固まってしまい、心臓だけがうるさく鳴り続けている。
「あっ、えっ…??」
「嫌だったか?」
「そんなっ…!!……嬉しい……。へへっ…。」
「…それなら、良い…。」
手を繋いでくれたことへの嬉しさで胸がいっぱいになった。
帰る時も手を差し出してくれて、家に着くまでずっと手を繋いでいてくれた。
家に着くと手を離すのが名残惜しくて、少しの間だけきゅっと彼の指先を握る。
そこまで長い時間握っていたつもりは無かったが、気づいた時には彼が指先を絡めてきていた。
じっといつものように目を合わせてきたことにはっとして慌てて手を離す。
「っ!あっ!わ、悪い!!お、送ってくれて、ありがとな…!!」
「…じゃあ、またな。」
「お、おぉ、また………。」
彼の背中を見送ったあと、先程まで繋がれていた手を見てみた。
たったさっきまで彼の手が触れていたと思うと嬉しくてたまらなくて玄関先で立ち尽くす。
少しだけ前に進めたことへの喜びと、本当は手を離したくなかった寂しさが入り混じり、また早く彼の手に触れたいと願った。
__離したくない。
その言葉を彼に放つのはまだまだ先のお話。