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    piyokko

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    piyokko

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    🎴🌊
    たぬき×リーマン その6
    家事のお手伝いさんとして働く為に都会にやってきた小さなたぬきの炭治郎が、普通のサラリーマンの冨岡さんと仲を深めていくお話
    クリスマス編(前編)
    ⚠🌊さんの勘違いで🎴くんがとある女性を慕うような描写があります!

    あなたの主夫になりたくて!その6- 24 -

    家のベランダによじ登るサンタクロースの人形や、大きな星を模したLED装飾。それに劣ること無く夜空に瞬く星々。世間はクリスマス一色に染まっていた。

    キラキラとした大通りを歩き駅へと向かう冨岡の気持ちは暗い。クリスマスは目前だと言うのに、炭治郎と姉の事を考えるとどうしても明るい気分になれないのだ。

    あの日は姉と別れてから、炭治郎にそれとなく彼の気持ちを聞き出そうとしたのだが上手くいかずに帰路に着く事になってしまった。最初に聞いた蔦子への印象で「素敵なお姉さん」だと言っていた炭治郎のあの顔を思い出す。いつもより頬の赤みが増していたような気がして、あれは蔦子に会えて嬉しかったのだと思うと胸がぎゅっと苦しくなった。
    炭治郎から「気になる人」の話をされた時に、協力すると冨岡は言った。いつも世話になっている友人に恩返しがしたかったのもあるし、何より炭治郎にはいつも笑っていて欲しいと思っている。しかし、よりによって相手は既婚者である冨岡の姉なのだ。

    「はぁ......、」

    吐いた溜息は白く、寒さをより一層感じさせた。
    今年の冬は例年より冷え込むと、今朝の天気予報を思い出す。年明けには雪も予報されており、電車の遅延などを考えると余計気が沈んで俯いた。寒い朝に限って早起きはつらい。

    「......あっ!ぎゆーさぁーん!」
    「っ、たんじろ...」

    聞き覚えのある甲高い声がして前を向くと、街灯の明かりに照らされた緑のダウンジャケットが視界に入った。フードを被っているが、あのサイズ感は炭治郎だ。彼はいつもの様に元気そうにこちらに手を振っており、冨岡はおずおずと小さく振り返した。

    「どうして、ここに...。仕事か?」
    「お疲れさまです!今日の仕事は昼までで、用事があってこちらに来ていたんですよ。それもさっき終わったので、義勇さんと一緒に帰れたら嬉しいなって待っていました」


    「会えて良かったです!」と冨岡の悩みなど露知れず、炭治郎は笑って話しかけてくる。その頬や鼻は冬の寒さも相まって赤く、恐らく匂いも差程嗅ぎ取れていないのだろう。今だけは都合が良いと思った。今日は炭治郎が家に来る日ではない。この後の電車に乗ってしまえば、他人の匂いに混じってこの気持ちが勘づかれる事は無いのだろう。

    「そうだったのか。...寒かっただろ、早く帰ろう」
    「はい!......ん、何だか薄らとお疲れな匂いが...?今日はちょっと鼻がきかないなぁ」
    「...寒いからな」


    「はあ〜っ。電車の中は暖かいですね!」
    「暖房もそうだが、人も居るしな...」

    退勤ラッシュでぎゅうぎゅう詰めの電車の中、冨岡は炭治郎を抱えて体を滑り込ませるように乗車し、自身の鞄を足で挟んでドア付近の手すりを掴んだ。

    「ぎ、ぎゆーさん...!?」
    「大人しくしてろ。...あと、鼻も摘んだ方がお前の為だ」
    「えっ、それはどういう......んぐ!」

    炭治郎にとってこの時間帯の満員電車は初めてだったらしい。大きな目を冨岡に向けたが、直ぐに眉を寄せて顔を顰めた。
    退勤後の疲れ切った社会人や部活帰りの学生が集う駅や電車の中は、様々な匂いが充満している。寒い冬でも汗をかく事もあるし、その対策として香水をつける事もある。そして最大のポイントとして殆どの人に「疲れ」がある。そんな場所に人の感情まで読み取ってしまう程の嗅覚を持つ炭治郎を放り込むとどうなるか。答えは明確で、サッと両手で鼻を覆いぷるぷると小刻みに震えていた。疲れやストレスの溜まった大勢の人間の匂いなど、彼にとっては強烈なダメージとなるだろう。夏場では無いことが唯一の救いだろうかと考えながら、手すりから離した手で炭治郎の背中を撫でる。
    一駅着く毎に、ドアが開けば炭治郎の顔が外に出るように冨岡は上半身を前傾して腕を伸ばす。「ぶはぁーっ」と一息つかせると小さな体をまた車内に引き戻し、それを数回繰り返し最寄り駅に辿り着く頃には二人共ぐったりしていた。

    「は、鼻が、頭が...うぐうぅ...」
    「...昼間は空いているから問題無く乗れたんだろう。夜はやめておいた方がいい」
    「そうですね...」

    額に手を添えて、ふらふらと千鳥足になりながら歩く炭治郎。流石に見ていられなくなった冨岡は思わず声を掛けた。

    「直ぐそこに店があっただろ、休憩しよう」
    「...えっ?」



    駅の近くにあるコーヒーショップ。炭治郎を抱えて中へと駆け込んだ冨岡は、適当な席へ彼を座らせるとカウンターにてコーヒーを二人分と、フードメニューからこれまた適当に選んだドーナツを一つ注文した。この店でもクリスマス用に限定商品を出し、店内も赤や緑を基調とした内装となっている。元々落ち着きのある雰囲気を売りとしているらしく、静かな場所を好む冨岡がごく偶に利用していた。
    炭治郎はソファの上で、床に届かない足をぷらぷらと揺らしながらその装飾を眺めている。まだ少し放心しているらしい。その様子を見た店員に「かわいいお子さんですね」と話し掛けられた冨岡が「一応大人です...」と応え相手を混乱させた。


    「この匂いなら、少しは気が紛れるだろ」
    「あっ!義勇さん。えへへ、コーヒーの匂いでちょっと落ち着きました」

    トレーに乗った状態のまま商品を見せると、大きな目がきらきらと輝く。

    「ドーナツだ、美味しそう!甘くていい匂いです。アイシングもツヤツヤだ〜...」

    先程までの放心状態とは違い、いつもの炭治郎の表情にほっとした。冨岡はトレーをそのまま炭治郎へと差し出す。

    「食べろ」
    「え、...えっ?これは俺にですか...?お代はいくらで...」
    「要らない。...コーヒーは何か入れるか」
    「あっ、あの......ありがとうございます!へへ、義勇さんからのプレゼントだ。嬉しいなあ...。あっ、ミルク入れます!」

    不思議そうにしたり嬉しそうにしたりとコロコロ変わる表情に冨岡は安心して、頬が緩むのを感じた。やはり、炭治郎は笑っている方が良い。
    同時に、悩みの種である姉の事を思い出す。今ここで言うべきか分からない。この笑顔を崩すような真似はしたくなかった。

    「......あの、義勇さん?さっきまでは分からなかったんですが、何か悩んでますか?」
    「...あ、」

    しまった。
    流石に人が疎らで暖かい空間の中では冨岡の匂いは分かってしまうものか。冨岡はバツが悪そうに視線を手元のカップへと向けた。



    炭治郎は店に入ってから、コーヒーとは違う苦味のある匂いを嗅ぎ取っていた。外は寒くて鼻が効かず、電車の中は色んな匂いが充満していて誰のものか分からなかった。今は目の前に一人だけ、いつもの様に冷静な顔をして悩んでいる冨岡の姿がある。

    「...あ、勝手に嗅ぎ取ってすみません!義勇さんが何か悩んでいるなら、俺協力しますよ」

    そう言ってもすぐには話して貰えないだろう、冨岡と半年近く一緒にいると段々分かってくるものだ。それを見越して炭治郎はゆっくりとドーナツを頬張る。冨岡が自分のために買ってくれた、それがどれほど嬉しい事か。
    炭治郎は試しに話題を振ってみる事にした。

    「そうだ、義勇さん。今日はお姉さんの蔦子さんと会ったんですよ」

    そう話した途端、ごとりとカップが机に当たる音がした。冨岡が手持ちを上手く握れなかったらしく、中身は零れていないものの静かな店内では割とよく響いた。近くに座って会話をしていた客がこちらをちらりと見て、何事も無いと確認すればまた前を向いて話し始める。炭治郎はその方向に謝罪の意味を込めて軽く会釈をし、冨岡の顔を覗いた。

    「大丈夫ですか?義勇さん...」
    「......すまない。少し手が滑った」
    「零れなくてよかったです。...その、何か驚いたような匂いがしますけど。もしかして、俺と蔦子さんが会ったの聞いてびっくりしました?」

    冨岡は再び固まってしまった。



    「義勇さん、少しふらついてますけど大丈夫ですか?担いで行きましょうか...」
    「それは流石に...大丈夫だ」

    そう言いながら、明らかに動揺している。炭治郎の鼻にもその感情が届いているのだろう、心配そうにこちらを見上げた。炭治郎に心配を掛けたくはない、寧ろ冨岡は彼の方こそ心配すべきだと思い、そろそろ話してみる頃かと一度周囲を見て人が居ないことを確認すると彼の顔は見ずに小さく口を開いた。

    「......その、お前は姉さんの事、」
    「...え?」

    丸い頬が上を向く。
    炭治郎の目には、自身と対照的に俯く冨岡の姿が映っただろう。姉さんと言うのが冨岡の姉である蔦子の事だと悟った炭治郎は尋ねた。

    「蔦子さんの事ですか...?」
    「ああ。...お前は......気になっているのか」
    「......えっ?...えっと、どういう、」
    「...あの人は諦めた方がいい」

    ぽかんと口が開き、呆然とする炭治郎。冨岡は今、炭治郎が蔦子を気にしているのかと問うた。要は、彼女の事が好きなのかと言う話である。
    大きく口を開けたまま立ち止まった炭治郎と距離が離れた気がして、冨岡も立ち止まり後ろを振り返る。直球過ぎただろうか。冷りとした空気の中、更に背筋が冷たくなった気がした。別にこんな道の真ん中でなくても良いのにと何処か他人事のように感じられたが、冨岡の口は止まれなかった。

    「...姉さんと話していた時、すごく嬉しそうにしていたから。......お前が言っていた想い人かと思った」
    「えっと、あの...」
    「...炭治郎には悪いが、あの人は既婚者だ。想う分、つらくなるだけだと思う」

    どくどくと耳から頭の方に鼓動が伝わる。瞬時に聞かなければ良かった、と後悔した。小さな両手がぎゅっと握られているのを見てしまったからだ。彼の、いつも真っ直ぐ先を見据える目がどんな表情をしているのか考えると怖かった。だが見なければならない。

    「......義勇さん。俺は、蔦子さんの事、好きですよ」

    赤みの強い瞳は、しっかりとこちらの目を見ていた。
    冨岡はやっぱり、と言う顔をして炭治郎の方を見る。不安気な匂いが辺りを囲んだが、炭治郎は言葉を続けた。

    「...だって、義勇さんのお姉さんですから」
    「......え、」

    冨岡は目を見開いた。
    炭治郎はにっこりと笑っている。

    「ご結婚されているのも知ってます。薬指に指輪をしていたので...」
    「...そ、うか。...お前の母がしているのを見なかったから、意味を知らないのかと」
    「...ああ!俺の母ちゃんは指輪をネックレスにしているんですよ。大きな人間に化けていた時に父ちゃんが贈った物だから、指輪もぶかぶかで...」

    なるほど、と納得がいくと同時に胸の締め付けられるような苦しさが緩和されていく。炭治郎が悲しい思いをする未来を迎えなくて済むという安心感。...それとは別にもう一つ、冨岡本人にも分からない緊張が解けたような気がした。
    次第に耳を覆っていた雑音も消えていき、一度深く呼吸をする。

    「...なんだか安心したみたいですね」
    「っ!...あぁ、悪かった。勘違いしていた」
    「いいえ、大丈夫ですよ!体が冷える前に帰りましょうか」

    炭治郎が、冨岡の姉だからこそ蔦子を空いていると言う。
    この意味が、冨岡にはまだ分からない。


    「...何で姉さんに会っていたんだ?」
    「あっ、そうでした!仕事先で偶然お会いして、蔦子さんの働いているお店にお邪魔させてもらったんです。耳飾りを褒められて、他のアクセサリーも着けてみたらどうかと誘われて...」
    「そうだったのか...」

    蔦子はアクセサリーショップの店員で、炭治郎が待ち伏せしていた駅から五つ先くらいに店がある。
    飾り気の無かった炭治郎も興味があったのだろう。普段世話になっている事だし、何か気になるものでもあれば今度__


    「可愛い髪飾りもあったし、禰豆子達に今度贈ろうかなぁ」
    「......あっ、」
    「えっ、義勇さん?どうかしましたか?」


    __クリスマスプレゼント。
    冨岡は何も用意していない事に気付いた。



    - 25 -

    火曜日。
    その日の昼休憩で、冨岡は社内の自販機へ行く次いでに、ある人物に書類を届けようと向かっていた。
    その顔は何時ものように無表情で涼し気に見えるかも知れないが、冨岡は焦っていた。

    明日はクリスマス。今年は平日の為、家族や恋人がいる社員達は泣く泣く仕事に打ち込む。せめて週末は残業が無いように祈りながら。
    それは宇髄達も同じである。効率良く進める為に、まずは冨岡の受け持つ業務を奪う所から始まる。「解せない」と言いたげな表情は無視して、先日の会議内容やら思い付くまま殴り書きしたと言う大量のメモや資料を押し付けると清書するよう指示を出すのだ。イベントがある時期に行われる不可解な流れ作業。この扱いは如何なものかと思うが、効率が良いので文句が言えない。出力を終えた紙の束を手に部署を出る。

    しかし、冨岡はそれどころでは無かった。
    明日は炭治郎と二人でクリスマスを過ごすというのに、プレゼントを用意していない。
    クリスマスの事はずっと頭に置いてあった筈なのに、それよりも炭治郎と蔦子の事が占められていてすっかり忘れていた。幸い部屋を軽く飾る程度の小物は準備してあったし、炭治郎には食費を多めに渡してあるので何時もより豪華な食事となるだろう。
    何度も言うがクリスマスは明日だ、今から用意できる物なんてあるのだろうか。炭治郎の父より彼は冨岡が思っているよりも大人だと言われたが、先日のイルミネーションが輝く街の風景をキラキラした目で見ていた様子を思い出すと、子供のようにプレゼントだって期待しているのではないかと勘ぐってしまう。


    ぐるぐると巡る思考に頭痛を伴いながら、休憩室に探していた人物を見つけては部屋に入る。
    その社員は暖房が効いた室内に疎らに配置されたテーブルの一つを陣取り、数人分はある弁当を並べて黙々と食べていた。どうやら一人のようだ。

    「...甘露寺、今いいか」
    「んぐっ!ふぉみおかさん...?...んん、お疲れさまです!」

    頬が膨れた状態でぐるっとこちらを向く甘露寺、その姿はまるでハムスターの様だ。咀嚼し終えてぺこりと会釈をされたので、冨岡もぺこりと返した。

    「食事中にすまない。これ...」
    「あら、書類!届けに来てくれてありがとうございます!......そうだ!冨岡さんお昼ご飯はまだですか?こっちの椅子に座ってください!食べながらお話ししましょ!...あ、これ取り皿にお箸です、たくさん食べてくださいね!」

    突然始まったランチ会。冨岡は隣の椅子に座らされると、紙皿と割り箸を持たされ目を丸くした。昼食はまだ取っていなかったし、忙しさ故にカップ麺を食べる予定だったため甘露寺の誘いを断る理由は特に無かった。殆どが手作りだと言う弁当は彩り良く、おにぎりを花柄のアルミホイルで包んでいたり爪楊枝代わりに動物の顔が描かれたピックが付けてあったりと可愛らしい見た目だ。

    彼女は「いつもはもっとシンプルなんです、今日は張り切って作っちゃって...。お口に合うと嬉しいです」と言い、冨岡が食べるのを期待している。彼女の口振りからして誰かと一緒に食べる予定だったのだろうかと改めて周りを見渡せば「約束してた人は用事があって...」と眉を下げて言う。成程、冨岡はその相手の代わりに話し相手になるという訳だ。...正直、プレゼントの件で頭がいっぱいな為それどころではないのだが。しかし、既に席に着いているので今から断るのは失礼だ。冨岡は箸をぱきりと割った。



    「今日はしのぶちゃんと伊黒さんの三人で食べる約束をしていたんです。でも、二人とも急用ができたみたいで今は外出していて...。あ、二人のは取り分けてあるから大丈夫ですよ!......それでね、冨岡さん、」
    「......っ、」
    「...冨岡さん?...はっ!い、一生懸命もぐもぐしているわ!」

    冨岡は頬いっぱいに食べ物を詰め込んでいる。甘露寺の弁当のおかず一つひとつが大きい為か咀嚼に時間が掛かっていた。

    「ハムスターみたいでかわいいわ......って、眺めている場合じゃないわ、このままじゃ喉が詰まっちゃう!やっぱりおかずが大きかったかも...!はいお茶です、飲んでください!」
    「...っぐ、......助かる」

    紙コップに並々注がれた茶を手渡され、慎重に咀嚼し終えると飲み干す。喉には危険だが美味い。これらをひとつずつ作っていると思うととても感心した。

    「美味い」
    「ほんとう!?嬉しいです!どんどん食べてくださいね!」

    感情の忙しない甘露寺が今度はぱぁっと顔が明るくなり、周りに小さな花が飛んでいるように見えた。彼女の反応はどこか炭治郎と似ている。笑顔がよく似合うと思った。
    ......そうだ、プレゼントをどうしよう。甘露寺には悪いが冨岡は真っ先にそれを考えなければならず、会話に集中できそうになかった。
    折角の持て成しに応えられず申し訳なくなり甘露寺の顔を見たところ、何故か彼女もこちらをじっと見詰めていた。

    「あっ!ごめんなさい、じっと見ちゃって。......あの、勘違いかもしれないのだけど、もしかして冨岡さんも、何か悩み事が?」
    「...っ、すまない。つい余所事を...」
    「えっ!あ、謝らないでください!お弁当を食べながらお話できたら嬉しいなって思ってたので!あの、よかったらですけど、冨岡さんのお話も聞いてみたいです...!」

    彼女は自身の話を後回しにして、冨岡の悩みを聞こうと身を乗り出した。自分から話す事が滅多にない冨岡の話が聞けると思うとわくわくするし、頼って貰えると嬉しいのだ。

    「いいのか...」
    「勿論!休憩時間もまだあるし、冨岡さんが良ければですけど...」
    「......分かった」


    口下手ながら、冨岡は話し始める。
    家事代行の職員である炭治郎とクリスマスを過ごす予定がある事。それにも関わらずプレゼントを買い忘れていた事。子供扱いが苦手そうな彼に何を贈ると喜んでくれるか分からず悩んでいる事...。
    甘露寺はうんうんと丁寧に頷いて、話の一つひとつに反応を送る。時折興奮気味に食い付いてくる彼女に
    固まりながらも冨岡は最後まで話し終えた。

    「冨岡さん、炭治郎くんのこと大切にしているのね。キュンとしちゃう...!」
    「......大切、」

    すとんと腑に落ちる言葉。
    それが冨岡の心に浸透していくのを感じて、気を紛らわそうと箸を握ったまま視線を彷徨わせる。甘露寺は「今日の冨岡さんとってもレアじゃない!?皆にも見て貰いたいわ...!」と凝視し叫びたい気持ちを必死に抑えた。

    「んっ、ごほん。冨岡さん!その気持ちがあれば大丈夫!どんな即席プレゼントだって炭治郎くんにもちゃんと伝わります!」

    ぐっと握り拳を掲げた甘露寺を、目を丸くして見詰める。

    「そ、そうだろうか...」
    「もちろん!...あ!帰りに近くのショッピングモールに行ってみるのはどうかしら!イベントスペースでクリスマス商品がたくさん並んでます!」

    甘露寺はスマホを取り出しとあるSNSアプリを立ち上げると、何度かスクロールをして画面を見せた。

    「これこれ!私は日曜日に行ってきたんですけど、ご飯にお菓子にアクセサリー...、楽しかったし沢山買っちゃったわ!ぜひ行ってみてください!」

    「あっ、これその時に買ったお菓子!」と個包装のものを幾つか受け取った冨岡は、ほわほわと温かい気持ちになった。自分にも、炭治郎をこんな気持ちにさせる事が出来るだろうか。



    「...聞いてくれてありがとう、助かった。......それで、甘露寺の話だが」

    礼を述べると甘露寺はにっこり笑った。続けて最初の話に戻せば、彼女はきょとんとした顔になる。

    「...その、最初に何か話しかけていただろ」
    「...あっ!そうだったわ!......あの、しのぶちゃんと伊黒さんとお昼ご飯を食べる約束していたのだけど、二人とも急用だからって外出しちゃって...って所までは話しましたよね」

    冨岡はおにぎりを頬張りながら頷く。
    胡蝶は兎も角、あれほど甘露寺に思いを寄せる伊黒が所謂当日キャンセルをするのは珍しい。本当に急用だったのだろう。

    「午前中に別々で断られたのだけど、私...お昼前に見ちゃったの!二人が揃って外に出て行くところ!...それでね、思ったんです」

    嫌な予感がする。
    この流れは数ヶ月前に冨岡が体験したものと同じような気がして、思わず彼女を止めるべく身を乗り出そうとした。

    「二人は実はお付き合いしてるんじゃないかって...!」

    間に合わなかった。
    甘露寺はバッと冨岡を見て熱く語り出す。
    要約すると、伊黒と胡蝶は互いを想い合っていて、それを甘露寺達に悟られないように隠しているのだそうだ。
    そんな訳...と思っていた冨岡だが、彼女の話を聞いている内に何となくそうなのかも知れないと信じてしまう自分がいた。それくらい甘露寺の熱弁は人を惹きつけるのである。途中、特徴的な擬音語が混じっていたのも効いたのだろう。

    大変素直で天然な大人が二人、不思議な空間の中で盛り上がっていた。



    そんな様子を物陰から見ている影が二つ。

    「伊黒さんどうするんですか。あの二人、完全に誤解していますよ」
    「......冨岡ぁ...、誤解をといて貰うような期待はしていなかったが、同調するなどと...重罪だ絞める」
    「絞めても解決はしませんよ。もう明日と言わずに甘露寺さんに伝えてしまった方が良いと思います。今日はイブなんですし」
    「.........そうする」
    「はい、そうして下さい。私も彼女に誤解されたままでは嫌ですから」



    - 26 -

    「おい、お前」

    仕事帰りのショッピングモール。普段この時間帯に立ち寄らない冨岡でも、想像より人が多くとても賑わっているように感じた。これから、この中に混じって炭治郎への贈り物を見繕うのだ。甘露寺が教えてくれたクリスマス用品の並ぶ場所はどの辺りにあるか店内を見ていた。

    すると少し大人びた子供の声がして何となくそちらを見れば、不思議な髪色をした少年が冨岡を見ていた。

    「......診療所の、」
    「お前、暇か。ちょっと来い」

    「え、」と声が出る前に手首を掴まれ、強引に何処かへ連れていかれる冨岡。

    ずんずんと大股で床を踏み締めながら歩く少年の名は愈史郎。以前、炭治郎が世話になった小さな診療所に居た子供だ。本人は大人だと言い張り炭治郎と同じような存在だと聞かされたが、見た目は中学生くらいの姿をしている。診療所で働く珠世という女医の手伝いをしており、彼女をとても慕っている。
    二人がここで会ったのは偶然だが、愈史郎は丁度良いと言わんばかりに冨岡を引っ張り歩く。その力はやたらと強く腕が持っていかれないように冨岡は早歩きで着いていった。



    「お前は姉がいるそうだな」
    「...何で、......炭治郎か」
    「何日か前に近くを通ったからと診療所に来たんだが...。途中からお前の話ばかりだった。口止めくらいはしておけよ、アイツは何でもベラベラと喋るぞ」

    自身や姉の事を炭治郎が話していたらしい。驚きはしたものの、冨岡には特に知られたくない事は無いため嫌な気はしなかった。だから「口止め」という言葉に反応しない冨岡を見て、少年は顔を顰めた。

    「...まぁいい。姉が居るお前なら、女が好みそうな物くらい知ってるだろ。軽くでいいから教えろ」
    「えっ...俺が、」
    「明日はクリスマスだ、俺は大切な人に贈り物をする。......考え過ぎて前日に買う羽目になったのは誤算だったが」

    恐らく「大切な人」とは珠世のことで、プレゼントは彼女に贈るのだろう。口調は厳しいし想い人の事で熱くなるのは伊黒に似ていて近寄り難い。それでも素直に助けを求める彼を見て冨岡は力になりたいと思った。

    しかし、

    「...俺は人の好みに疎い。店員に聞いた方がいい」
    「...期待はしてなかったが、お前に聞いたのが間違いだった」
    「......すまない」
    「......おい!しょんぼりしている暇はない!すぐそこに特設会場とやらがあるだろ、そこに行けば何か目を引く物がある筈だ!」

    しゅんとした情けない姿を見て愈史郎は少々声を荒らげ、そのまま引っ張って行く。
    着いた先は冨岡の目的地であった。期間限定で催し物を販売している特設会場には人集りができていた。この時期はクリスマスに関連するアイテムを取り揃えている。雑貨や菓子、服などが並んでおり、その中でもアクセサリーは暖色のライトに照らされて輝いている。それが眩しくて冨岡と愈史郎は目を細めた。

    「ぎ、ぎらぎらしている...っ。出入口でも思ったが、冬の夜は店に行かない方がいいと珠世様が仰っていた意味がよく分かった...!」
    「だ、大丈夫か」

    髪色以外に異なる部分が見られない為忘れそうになるが、愈史郎も炭治郎と同様の生き物で、彼もきっと動物に近い感覚を持っているのだろう。そう言えば夜行性の動物は光に弱いと聞いたことがある。先日炭治郎を連れて行ったコーヒーショップの店内が薄暗くて良かった...そう思いながら一旦愈史郎をその場から離し、光の反射が少ない服のコーナーから順に見ていく事にした。

    「洋服か...。普段から和装している人だから、あまり想像がつかないな」

    手が触れてひらりと揺れるワンピースを眺めながら呟く愈史郎を見て、冨岡はあの日会った珠世の服装を思い出す。

    「いつもあの様な着物を...?」
    「......なっ、何でお前があの人の格好を知った気で話してるんだ!名前も出していないのに!」
    「...珠世さんだろう」
    「さん、じゃなくて様、を付けろ無礼な奴!」

    愈史郎は真っ赤な顔をして怒っている。この場に炭治郎が居れば、怒り3:照れ7の割合だと匂いで分析していただろう。しかし相手は口下手なシャイボーイ(禰豆子曰く)こと冨岡だ。言葉を選んで慎重に話しても時には会話が噛み合わない事だってあるし、空気を読んで事情を推察し言葉を濁す時に限ってド直球に口にする事だってある。今回は後者が選ばれたようだ。

    「趣味が分からないことには、服は難しいな...」
    「まぁ、そうだな。何を着てもお似合いなのは当然だが、好みはあるだろうし。...あっちは何だ、食べ物か?」

    視線を少し遠くへ向ける愈史郎。その先は菓子が並んでおり、洋菓子が殆どだが和菓子や酒のボトルも置かれている。ケーキの販売も行われているが、時間帯のせいかショーケースの中にはピースケーキが僅かにしか残っていなかった。

    「明日、ケーキは食べるのか」
    「あぁ、珠世様が取り寄せて下さるそうだ。なんてお優しい...」
    「それなら、菓子はやめておいた方がいいかもな。...惣菜は今日買っても意味が無いだろうし」

    じーんと感動している愈史郎を他所に、冨岡はどうしたものかと考える。炭治郎へのプレゼントだってまだ見つけられていない。

    「......あ、」

    ふと隣の商品棚を見る。食品が近いからか食器類が並んでいた。丁度、冨岡の視界に入ったのはマグカップだった。
    クリスマスらしく深い緑色を基調としていて丸っこい形、小さく狸の絵がデザインされたそれに冨岡は直感的にそれを手に取った。可愛いと言う部類には入るだろうけれど、色味や質感的に大人が持っていても違和感は無い。冨岡の家には炭治郎用として揃えた物もあるが、マグカップが一つ増えたところで場所は取らないし、これにしよう。

    「......それ、彼奴にやるのか」
    「っ、...あぁ、そうだ」

    横から愈史郎が覗き込む。驚いて視線を向けると、彼は妙な顔をしていた。彼奴、とは炭治郎のことだろう。少し恥ずかしくなって俯く。

    「狸族に狸の物を贈るとは...」
    「...良くないのか?」
    「いや、センスが無いと思って」

    ズバッと斬り裂くような一言に冨岡はショックを受けた。

    「それと、見たのか?あれを」
    「え、」

    あれ、と指さした方へ視線を動かす。窓付きと呼ばれる中身の見えるラッピング箱に、いま手に持っているものと同じマグカップ...と、それとは別にもう一つ入っていた。狸の絵は同じだが色が異なる。

    「...ぺ、ペアマグカップ...!」
    「まぁ、彼奴なら喜びそうだけど...お前とお揃いのマグカップ」
    「......炭治郎が喜ぶなら。...それに、もう片方を俺が使わなくても...」

    そうだ。別に冨岡が使う必要は無いのだ。片方を使って貰って、万が一割れたり気分が変わったりした時の為に予備として持っていればいい。
    よし、と冨岡は買う決心をして見本のマグカップを元の位置に戻すとラッピング箱を手に取る。

    「そうだ、愈史郎は何か見付けたのか 」
    「まだだ。...もう、それ買って帰ってもいいぞ。お前の用は終わったんだろ」

    いじけた様にそっぽを向く愈史郎。しかし、冨岡は彼を置いて行く事に気が引けた。頼りにならなくても、せめて何か良いものを見つけるまで見届けたい。



    「何かお探しですか?」
    「え、...胡蝶?」

    後ろから話し掛けられ、振り向くと小柄な女性が一人。冨岡の仕事の後輩である胡蝶だ。

    「お疲れ様です、冨岡さん。こんな所でお会いするとは思いませんでした」
    「あ、あぁ...。少し、買い物を」
    「私もです。...そちらはお友達ですか?はじめまして。冨岡さんは年下の子と親しくなりやすいんですねぇ」

    にこりと微笑んでくる胡蝶に、愈史郎はぎこちなく挨拶を返す。

    胡蝶が冨岡に会ったのは偶然ではない。昼休憩中の会話を盗み聞きしてしまった際に彼がこの店に行く事を知った為、つい気になって買い物ついでに冨岡のプレゼント選びを手伝ってやろうと同じ店に来ていたのだ。
    冨岡は既に商品を選び終えていたしく、胡蝶は挨拶だけして移動するつもりだった。しかし、彼の隣にいる少年に興味を惹かれて話し掛けた。

    「お前は誰だ」
    「胡蝶といいます、冨岡さんと同じ職場の後輩です。君のお名前は?」
    「なんでお前に教えないといけないんだ」
    「...知り合いの所の子で、愈史郎と言うんだ」
    「お前も勝手に教えるなっ!」

    相手が女性であろうと人間に対してかなり当たりが強いらしい。気を悪くしなければいいのだが、と胡蝶の顔を見れば、いつも通りの微笑みを浮かべていた。

    「あらあら、少し意地っぱり屋さんみたいですね」
    「誰がだ!」
    「ふふ。...ところで、お二人はプレゼントを買いに来たんですか?」

    愈史郎の怒りを見事に受け流した胡蝶。冨岡はこくりと頷き手に持っている箱を見せた。

    「あら、冨岡さんはそれを?どなたに贈るんでしょう」
    「...この前話した、家事代行の奴に」
    「あぁ、例のお手伝い君ですね!明日渡すんですか、その......ペア、マグカップ?」
    「...ペアにするつもりは無い」

    箱に入った二色のそれを見て目をぱちくりと丸くした胡蝶だったが、すぐに眉を下げて口元を緩ませる。その表情は人を揶揄う時にするものだから、何かチクチクと刺さるような言葉が来ると身構えたが、特に何も言ってこなかった。

    「...それで、愈史郎君は何かいい物を見つけられましたか?」
    「......別に」

    愈史郎にも同じ話を振る。彼はやや狼狽えながらぼそりと返事する。
    胡蝶は、自分で良ければ手伝いをさせて欲しいと言い、初対面の人間に対して警戒する愈史郎に最適な言葉を掛けて情報を聞き出し強引にプレゼント選びを行うのであった。

    「その方は普段から着物なんですよね。それなら肩に羽織れるような...これはどうでしょうか。和装にも問題なく着られるかと思いますが」
    「あ...。似た様な物を着ていらしたな...でも、これは割と薄手の方だ」
    「室内用にも一着あると便利かと。それに、少し暖かくなった時にも丁度いいと思いますよ」

    結局、勧められたストールを購入し愈史郎は冨岡と共に店を出る。胡蝶はまだ買う物があるそうでその場で別れた。

    「冨岡さん、ちゃんとあの子に渡してくださいね。直前で怖気付いてはいけませんよ」
    「...ああ、勿論だ」

    その返事を聞いて、胡蝶は小さく笑い去って行った。



    「......礼は言わないからな。送ってくれなんて頼んだ覚えが無い」

    むっとした顔で文句を垂れる愈史郎と、心配で彼の住む診療所まで一緒に着いてきた冨岡。玄関には一人の女性が居た。真っ直ぐこちらを見つめる着物姿は、珠世であった。
    外は寒いというのに、待っていたのだろうか。

    「珠世様、ただいま戻りました!ああ、寒かったでしょうに。なぜ外へ...」
    「おかえりなさい。大丈夫よ。たった今、貴方達の気配を感じて出たところですから。...冨岡義勇さん、でしたね。愈史郎を送ってくださりありがとうございます」

    珠世が丁寧にお辞儀を向けると、愈史郎が憤慨して彼女に言う。

    「珠世様!こいつは勝手に着いてきただけです」
    「貴方は夜間、車の光を見て固まったりしますもの。それを心配してくださったのよ」
    「えっ...、それは、その...」

    諭された愈史郎は数秒黙った後、先程より更に目を吊り上げてぼそぼそと小さな声で礼を言う。勿論その顔は珠世からは見えないよう背を向けているのだが、彼女は解っているかのように小さく溜息をついた。

    「...それでは、これで失礼します」
    「ありがとうございました。...あ、冨岡さん。炭治郎くんに渡して欲しい物があって、」

    そう言うと珠世は着物の袖から折り畳まれた紙を取り出し、冨岡へと手渡した。

    「これは...?」
    「診療所の予定表...、年始の分を書いています。彼等を診ることが出来るのは、この辺では此処くらいですから」
    「ああ...確かに、」

    受け取った紙には、一月のカレンダー表の中にその日の詳細が書いてあった。どうやら手描きしたものをコピーしたらしい。「パソコンやスマホの操作が苦手で...」と彼女は俯きがちに話していた。

    良いお年を、と挨拶して冨岡は診療所を後にする。
    明日はいよいよクリスマス。炭治郎と過ごす夜はどんなものだろうと、浮ついた気持ちでいっぱいだった。
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