まだまだ知らない君のことシュウは構われすぎるのが好きじゃない。
これは俺がシュウに抱いてる印象のひとつだ。
嫌い、とまではいかないかもしれないけど、シュウはちょっと構いすぎると誰にも気付かれないくらいそっと一歩引いてしまうところがある。
気まぐれで捉えどころの難しいシュウは、まるで猫みたいだ。
俺はどちらかというと構いたがりなところがあるから、ちょっぴり寂しかったりもするけれど。
シュウとお付き合いを始めて二か月。シュウのことをまた少し知ることができた今も、その印象は変わっていない。
『ルカ、そろそろ寝ないといけないんじゃない?明日朝早いって言ってたよね』
「あ~そう。ちょっと用事があってさ…もうそんな時間?」
寝る前の数十分。ちょっとだけでいい、という俺の我が儘から始まったこの通話は、シュウが嫌にならない程度にという絶妙な周期で続いていた。
大抵はシュウの方から今日はいいの?と聞いてくれるから、単純な俺はいつもそれに甘えてしまう。
『これ切ったらちゃんと寝るんだよ』
「分かってる!…じゃあ、おやすみ」
『ぁ……うん。おやすみ、ルカ』
あ、まただ。
口を開く前にぷつりと切れた通話。終了時間が表示された画面をぼんやりと眺めながら、違和感を逃さないよう思考を巡らせた。
ここ最近、シュウはなにかがおかしい。
それは今みたいな寝る前の通話を切る時。おやすみ、って言葉の前の若干の間。
それはデートの最後に家の前で別れる時。控えめに握られてた手がぎゅ、っと強めに握られて離されるまでの一瞬の熱。
それは触れるだけのキスをした時。はくりと音もなく動いた唇の空白。
ともすれば見逃してしまうような、むしろ気のせいと片付けてしまってもいいくらいのそれらに、どうしようもなく言葉に表せないなにかを感じてしまう。
それがなにかは分からない。だって気が付いた時にはいつものシュウに戻っているから。
その一瞬、するりと手のひらを撫でて離れていく微かな感情を、俺はずっと掴めないでいる。
「やった!また俺の勝ち!」
「あ~!ちょ、嘘でしょ!?」
もう一回!と拗ねたようにコントローラを振るシュウはちょっとやけになってて可愛い。
シュウは泊まりに来る時決まってなにか新しいゲームを持参してきて、二人でそれをプレイするのがお約束になっていた。
今度こそ勝つから!手加減はしないでよね!と息巻くシュウだけど、さっきからずっと負けっぱなしだ。
負けず嫌いの気があるシュウは自分が勝つまでずっと挑んでくれるから、俺も楽しくてつい乗っかって、結局長引いて疲れて眠ることになるわけなんだけど。
今日の俺にはちょっとした野望があった。
今日は、今日こそは。シュウと一歩先に進みたい。
実はこの二か月、シュウとはちょっと深めのキスを一度、本当にちょっとだけしたっきり。それ以外はティーンもびっくりなほど健全な関係を築いてきているのであった。
初めて触れるだけじゃないキスをした時の、ちょっとぽわっとしたシュウを思い出す。俺としてはもう一度、あのシュウが見たい。
別に焦ってるわけではないから、本当に一歩だけでいい。もう少ししっかりキスをして、可愛いシュウをもう少しだけ味わえたら、それでいい。
そろりと視線を滑らせたその先。む、っと突き出たご機嫌斜めな唇が美味しそうに見えてドキリとする。
流石に意識しすぎかも、と思いつつ、どうにも待ちきれなくて衝動のままその口端にちゅ、とキスを落とした。
「っ、ぁ…るか……?」
キラキラのアメジストがくるんとまん丸になって、そのままじわりと溶ける。あぁ、これはこのまま進めてもいい時の色だ。
シュウの顔にそっと手を寄せれば、抵抗なく寄せられる身体にドキドキする。
「ちゅ、ん……は、シュウ……ッ」
「ん…っ、ぅか…ふっ、ぁ…」
縮こまった恥ずかしがり屋な舌をすくうように引きずり出して、ちょっと吸う。それだけで少し開いた口を塞ぐように唇を重ねた。形のいい歯列をなぞって歯の裏側を撫でれば、シュウの腰がぴくぴくと跳ねる。そろりと撫でた腰を優しくぽん、と叩けば思わず出たみたいなちょっとえっちな声が上がった。シュウの手に握られていたコントローラが音を立てて床に落ちる。
「っぁ!は…っん、っぁ、待って、まってるか、ふ、んん」
「っちゅ、ん…っは、待たない」
「ん、っぁ、んふ、ゃ、待っ…ッ~~!」
ぎゅ、っと握られたシュウの手を宥めるみたいに撫でて、そのまま押し倒してしまおうとした、その時。
ふわり、となにかが頬に触れた。
「え、なに……」
「あ、あ、待って!」
触れ合っていた身体がぱっと離れて、シュウが何かを隠すみたいに頭を抱える。
びっくりして視線を上げたその先、心なしか小さく縮こまったシュウのその頭の上。今まではなかった隠しきれていない大きなそれ。
シュウの頭からは、シュウの髪色と同じふかふかの耳がたらん、と力なく垂れさがっていた。
「シュ、シュウ…シュウってフラッフィ、だったの?」
俺が呆然と零したその言葉にぴくんと跳ねた垂れ耳が、作り物ではないことを告げている。
なにかを怖がるみたいにぎゅっと目を瞑ったシュウは、さらに頭を抱え込んですっかり顔を下げてしまった。
今までどうしてたのとか、どうして急にとか、聞きたいことはたくさんあるけど。怯えるシュウを安心させたくて、俺はそっとシュウの手を取った。力んで白くなってしまったシュウの手は、意外と抵抗なく俺の手の中に納まってくれた。
「み、みないで…」
「シュウ…?どうしたの?俺、ちょっとびっくりしただけだよ!ね、顔上げて」
冷たくてこわばった手を温めるみたいのそっと包む。そろそろと上げられた顔には申し訳なさと恥ずかしさが浮かんでいて、こんな表情もできるんだってちょっとそわそわした。
「ごめん。ごめんルカ…。その、黙ってるつもりはなかったんだけど…」
「別に怒ってないよ。確かに驚いたけど…えっと、いつもは隠してたの?」
「う、ん…いつもは呪術で消してたんだ。フラッフィ自体は別に珍しくはないって理解してるけど、やっぱりちょっと目立つし。なにより、その…」
「シュウ……?」
「その…恥ずか、しくて」
ぎゅ、っと再び見えなくなったアメジストが理解できないまま首を傾げる。
恥ずかしくて?耳があることが?でもシュウが言う通り、フラッフィは別に珍しくない。耳をだしたまま歩いてる人だっていっぱいいるし、差別や偏見もないと思う。
俺は改めてシュウの耳を見た。シュウの耳はロップイヤーってやつだと思う。ふかふかそうな耳は顔の横を覆うみたいにたらんと垂れて…
そこまで整理してやっと気付く。シュウが恥ずかしがってたのって、そういうこと…?
そう、俺の知識が間違いじゃなければ、シュウは……
「ねえシュウ、シュウってさ、その…ドロップ、だよね」
「やめて、やめてルカ」
「俺あんまり詳しくないんだけど、さ。シュウも寂しいなって思ったりするの?」
「ぁ、ぅ……」
真っ赤になったシュウにやっぱり、と確信する。バラバラだったピースがぱちりとはまっていく。俺はふらりと逸らされた視線を追いかけるようにして身体を傾けた。
「ねえ、正直に教えて。俺との通話切る時さ、ちょっと躊躇ってたよね」
「あ、れは…切ったら、ルカが側にいないって実感しちゃうから…嫌で……」
「じゃあ、じゃあさ、別れる前にいつもちょっと手を握ってくれるでしょ?あれは?」
「その、別れたくないな、って…ねえやめて、お願いだからやめてルカ」
なんでバレてるの…って零して大きな耳で顔を覆うシュウがあんまりにも愛おしくて、俺はその耳ごと抱え込むみたいにぎゅっと抱きしめた。
お付き合いを始めた時、女の子扱いされたいわけじゃないって言ったシュウを思い出す。俺の前ではちょっとでもかっこいいシュウでいたかったのかなって思うと、胸の内側がふんわりあったかくなって暴れだしそうになる。この気持ちを上手に言葉にできないまま、このまま伝わったらいいのにってとにかくぎゅうぎゅうにシュウを抱き込んだ。
胸元からは、あ~とかう゛ぅ~とか、よく分からないうめき声が聞こえてくる。
「シュウ、俺、シュウのこと大事にするから」
「やめて、やめてルカ…恥ずかしいってば…!」
「俺はドライに見えて寂しがり屋さんのシュウも可愛いと思うし」
「うぁ~~~」
「ね、大事にするから。だから、俺の前ではなにも隠さないで?」
そっと撫でた耳がぴくりと震える。もぞりを顔を上げたシュウが、耳の間からそろそろと顔をだした。
「…ルカ」
「なあに、シュウ」
「……もう一回。キスして」
「もちろん!いいよ」
少しだけ突き出された唇に触れるだけのキスをひとつ。すぐ物足りなさそうに開かれたそれが愛おしくて、俺は誘われるがまま食らいついた。
この後も耳を隠し続けたシュウだけど、ルカがごねて二人きりの時だけは時々耳をみせてくれるようになったりするし、シーズンを呪術で無理矢理抑えてるのがバレて怒られたりする。
次回! そういえばシュウのシーズンっていつなの? (純粋な瞳)お楽しみに🎉※7割の確率で続きません