化粧はじめてセリスとキスをしたとき、アレスはふと気付く。やわらかくふっくらした唇からする不思議な味、感触。女を抱いたことのあるアレスには覚えのある感覚だ。だが、なぜセリスが。
(紅を付けているんだ?)
顔から煙が出そうな赤い顔をしたセリスの頭を撫でながらアレスは疑問を覚えた。
葉が落ち、動物たちがあくせく動く秋の終わり。アレスとセリスは初めて一緒に眠った。その次の日一悶着あったが、まあ、些事だ。
それよりも。
(寝化粧するのか……)
うっすら引かれた紅と、あと間違いでなければおしろいのようなものと。自然に見えるように、近くで見てやっとわかる程度だからかなり慣れているだろう。
「おやすみ」
アレスはなぜ化粧をするのか、そう問いただしたい気持ちを抑えた。正確には聞くと彼との関係が壊れそうで、聞き出せなかった。
それから数週、月の光が積もった雪に反射して明るい夜。いよいよ。いよいよ初めて体を繋げることになった。正直アレスは初めて一緒に寝た時に繋がっても良かったが、セリスが相当恥ずかしがった。心も体も準備もあるからとゆっくりと事を進めていっていたのだ。
「セリス、覚悟はしたな。」
「うん……」
「それと、ひとつ聞きたいことがある。」
「いま?」
「今だからこそだ。セリス…なぜ寝化粧をしている?」
「!」
セリスは気づいていたのか、と驚いた。
「……。その……いや、アレスになら見せてもいいかな。」
「いいさ。」
「理由は見ればわかるから。……幻滅しないでね。」
「どんなお前でも愛せる。」
「ふふ、嬉しいな。ちょっと待ってね。」
そういうとセリスは洗濯用に持ってきた水桶の前でごそごそと化粧を落とし始めた。
「アレス……」
「ああ。」
アレスは化粧を落としたセリス見た。セリスの化粧は女のように目を大きく見せる訳でも、鼻を細く見せるようにする訳ではなかった。
おしろいと紅の下は、化粧をしなければ隠せないほどの隈と血の気の引いた青白い顔。唇の色は肌色かかっていた。化粧を常にしている影響か所々肌が荒れて吹き出物もできていたが、それさえ潰すように隠していたようだ。
「…どう?幻滅した」
セリスはベッドの脇に来て、そのまま立ちすくんだ。
「いいや。綺麗だ。」
アレスはセリスを招き、ぎゅっと優しく抱いた。
「俺は化粧をしなくても綺麗だと思うが……一番は化粧しなくても健康な姿であってほしいものだ。」
「アレス…………」
少し涙ぐんだセリスをベッドに誘った。
「まだ眠れてないのか?」
「全然眠れてない訳じゃないけど、でも、アレスがいないときは、ちょっと眠れな…い……」
前に野営をしたときセリスが眠れないと言って添い寝をした事を思い出した。セリスの言葉尻はすぼんでいたがアレスは聞き逃さなかった。
「じゃあ、これから毎日一緒に寝よう。」
そう言うとアレスは添い寝をする形でセリスの横になった。心なしかセリスの顔が明るくなる。
「それから明日から食事も摂れるときは摂ろう。俺で良ければ果物の類も摘める。それから」
俺の前では化粧をしない顔でいてくれないか?
「……うん、うん………!いいよ……!」
ぽろぽろとセリスは涙を零す。今まで不安と重圧と何度声なき悲鳴をこの寝台で聞いたか。せめて自分の前では、何の化粧もないありのままのセリス青年の姿でいて欲しいと思った。
セリスの涙が落ち着き、ふと何かに気づいたよう声を上げる。
「きょう……」
「今日?」
そのままセリスは俯きぽぽぽと顔が赤くなる。誘い文句はまた今度教えてやろう。
「眠気があるなら寝て良いぞ。泣き疲れただろ?それに夜しかやっちゃいけない規則はない。」
「そ、そ、それ、は!まだはずかしいから!」
さらに頬が赤く色付いた。気のせいか顔色が健康的な色になったようだった。
「じゃあそれはまた今度……。アレス、今日は一緒に寝てくれない?」
「もちろん。おやすみセリス、良い夢を。」
「おやすみ、アレス。……ありがとうね。」
2人は軽くキスし合い、そのまま瞼を閉じた。カサついたセリスの唇からは涙のしょっぱい味がした。