尾月+勇 さとがえり「ならば、私もぜひご同行させていただきたいです!」
向けられた視線はそれは酷く眩しすぎて、火傷するかと思った。
この手の人間は常にああなのだろうか。
がたん、ごとん。
長く連なる座席から見える車窓が、長閑な田園風景を左から右へと流していく。普段乗っている通勤電車と違い、俺を含めて片手で収まる人数しか乗せていない車両は、酷く静かだ。
本来なら心地よい揺れと規則的な音が睡魔を引き寄せるはずなのだが、隣で不機嫌をあらわにして盛大にわざとらしい息を吐く男と、俺を挟んで反対隣に座る喜びを全身から溢れさせる男はそれに倣う気はないらしい。
「ふふ、楽しみですね。兄様、義兄様も」
上機嫌をそのまま言葉にも乗せて、花沢勇作は俺たち二人を交互に見ながら微笑んだ。男とは思えない長いまつ毛が動くと音がするような錯覚すらする。俺は思わずそれから視線を逸らした。
「そのニイサマというのはやめてくださいと言っ」
「敬愛する兄様の伴侶となれば、私にとっても兄と言える存在でしょう?」
(う、眩しい)
俺の手を掴み言葉を遮って向けられる満面の笑みが逸らした視界の端で眩しく、俺は思わず顔に力を込めた。
光源は車両の両壁にのみあるはずなのに、隣の男の背後から差し込んでいるように感じてしまった。印象は違うが俺がよく知る眉毛が特徴的なあの人が頭を過った。そう言えば花沢とも仲がいいと聞く。類は友を呼ぶのだろうか。
俺がそんなことを考えていると強い力で腕を後ろへ引かれた。
掴まれた手が離れた動きに逆らわず反対隣を見ると、こちらは全身で闇を背負っているかのように恨みがましい目で光源を睨みつけていた。
「基さんにさりげなく触らないでもらえますかねえ」
低く唸るような声音で警戒というよりは威嚇に近いその様に、俺は思わず隣の男の頭を撫でていた。
「は、いや、あんた何してんですか」
「安心するなあと思った」
少なくともあっちとは生きる世界が違うが、こっちは俺がいていい世界だと実感しただけだ。隣で大きな目を丸くしている恋人である尾形百之助は、意味がわからないと惚けていた。そんな顔すら可愛らしい。見た目はただのおっさんたちが三人並んで座っているだけなんだが、惚れた欲目だ。
「っ、ど、どういう意味ですか、そんなことより」
「お前が好きだってことだ」
「普段そんなこと言わねえのに、誤魔化されねえぞ」
穏やかな気持ちで告げた言葉をばっさり切り捨てて文句を連ねる尾形は、どうやら花沢に手を掴まれたのが気に入らないようだ。よくわからないが、ぎゃあぎゃあ喚くのは悪目立ちする。開きかけた尾形の口を手で抑えて俺は花沢へ向き直った。後光は軽減していた。
「それそれとして勇作さん」
「はい、なんでしょう義兄様」
「だからそれはやめてください。適当に月島だとか、基だとか、おいとか、お前とか、とにかくニイサマ以外で」
「……っぷは、基は俺専よ――」
「尾形は黙ってろ」
口元を抑えていた手を払った上で、それだけは主張したいのか不貞腐れた顔で言う尾形の腹部へは肘を打ちつけて黙らせる。話が進まん。椅子に深く腰掛け身体を二つに折って呻いている尾形を一瞥した。そこまで強くしたつもりはないから、大袈裟だな。まあいい、それよりまずは花沢だ。
「兄様、脂汗が出てるような」
「死にはしませんよ、それより呼び方です」
「ですが、兄様の伴侶は」
「それは先ほども伺いました。その上で困ると伝えているはずですが」
「うーん、そう言われましても呼称がないと私も困ります」
伴侶伴侶と連呼され、擽ったいが人前で呼ばれたい呼称ではない。それは承諾しかねた。擽ったい気持ちのまま左の薬指を一瞥する。貰ってから暫く経つから少し使用感というか皮脂が付いているがそれも味に思えるものだ。まあ、それはそれとして視線を花沢へ戻してじっと見つめると、顎に手を当てて唸っていた。
その声も音を立てて進む電車の駆動音に時折掻き消える。
両隣でそれぞれの唸り声が聞こえる異様な空間だがそれを異和と感じる程近くには乗客はいない。それぞれ車窓に視線を向けたり、携帯を弄ったり、寝ていたりとこちらに意識を向けてはいなかった。
「それでは、お兄さんはどうでしょうか」
ややあって漫画のようにぽんと手を打った花沢はそう口にする。
「お兄さん」
思わず俺が反芻すると深々と頷いた。
「それなら月島さんもさほど抵抗がないのでは?」
「……ま、まあそのくらいなら」
その月島さんで十分なんだが、そこで妥協はしてくれないようだった。様よりはましだと思うことにして俺が首を縦に振った。
「受け入れんでくださいよ、基さん」
身を折ったまま少し色が悪く見える顔を俺へ向けた尾形が、俺の袖を引っ張り嘆息を交えて不満を向けてくる。
「そうは言うが妥協せんと引かんぞきっと」
「勇作が頑固なのは知ってます、ええ知ってますとも身をもって。だからと言っても」
「兄様、お許しいただけませんか? 月島さんも兄様も私にとってとても大切な兄君なのです」
俺が見えた後光が尾形にも見えているんだろう、目を細めて仰け反っていた。
言葉に詰まった様子で身動ぎ、両手で頭を抱えて今度は尾形が唸り出す。
さっきから唸っている。原因は大体俺か。そう思って口にはしないで様子を伺う。
一分くらいそうしていただろうか。盛大に舌打ちをして尾形は俺の指輪の嵌った手を掴んで花沢にメンチを切り出す。
「いいか、月島さんは俺のだからな」
「はい、そうですね?」
喧嘩を売ろうとしている勢いの尾形に、何を今さらときょとんとそれを見返す花沢。勝敗があるとしたら既にこの時点で花沢に軍配が上がっているだろう。
尾形と花沢、二人の論点はおそらく噛み合っていない。
俺と指を絡めた状態の尾形の手をにこやかに見ている。左右の温度差が実際にあるなら俺は風邪を引いている。
「兄様もお兄さんも、仲が良さそうで勇作は嬉しいです。さあ、もうすぐ着きますよ。降りる準備をしなければ」
電車のスピードが徐々に落ちていく。畑だらけの風景から家屋が疎に増えてきた印象だ。
「大体、なんであなたもついてきているんですか」
「最初に言いましたが兄様のお母様とお婆様には私もご挨拶がしたかったので。ご安心ください、先に帰りますから」
「勝手についてきたんだから当たり前でしょう」
「こら、尾形」
「いいんです、お兄さん。兄様が同行を許してくださっただけでも十分なのです」
荷物を片手に立ち上がる勇作を月島と、一つ大きく息を吐いた尾形が遅れて追う。俺たちは誰も片手で持てる程度の荷物しか持っていない。
身体に振動が伝わり、アナウンスが聞こえる。目的の駅に辿り着いたようだ。
手動で開ける扉の前で立ち止まり困った顔の花沢に俺は思わず笑いながらその横から手を伸ばした。自動ではないんですね、と呟きながら興味深そうに扉を見ていた彼の背を押してそのまま駅の外に出られるような簡素な無人駅に降り立った。
秋の気配が頬を撫でる。温められた車内からの気温差に反射的に一つ身震いをして改めて辺りを見回した。
田舎、しかもかなりのそれに親近感が湧いてくる。ひたすらに眼前には畑が広がっていた。俺の地元は海岸がすぐに近くにあったから、海の匂いがないのに違和感は拭えないが島じゃないから当たり前だな。
「何もないでしょ」
「お前がど田舎と言っていたのがよくわかるな」
「自然溢れる土地ですね、兄様」
よく言えばな、と口にして尾形は花沢の隣をすり抜け、一応は存在する改札横に立っている駅員に切符を渡した。
切符と改札員を交互に見て恐る恐る切符を渡す花沢の後ろに俺も続く。
すぐに通り抜けてしまえる駅舎の端には空欄だらけの時刻表と、前時代的な薪ストーブが置いてある。冬期にはその上にヤカンや水を張った鍋が置かれるのを想像してしまった。あの上でイカを炙るのが美味かったりするんだよな。
簡易舗装された道を俺たち三人が並んで歩いていく。
目的地までは徒歩だ。駅前というにはお粗末な作りの駅舎に客を待つタクシーがいるわけがなかった。
三十分程で着くという尾形の案内で田舎道を歩く。
道中疎に立つ家々も、半分くらいに人の気配はなかった。畑も手入れはされているところが多いが、一部は耕作放置地になっているように見える。
「ここはこんなもんです。駅があるだけまだマシというだけで、みんな出ていきます。俺を含めね。駅もいつ廃線になるんだか」
「日本の過疎地はどこもそんなもんだろう」
「違いない」
「兄様、兄様! 墓地です」
「見りゃあわかりますよ。先に寄ってきます」
そこも街並み同様、手入れのされていない墓石が傾き、雑草に纏わりつかれていた。それらを横目に奥に鎮座している小さな墓石へ尾形は進む。周りの墓石と違い土台や塀、木の板なんてものも無く土の上に乗っているだけのそれに、尾形はワンカップの清酒の蓋を開けて手前に置いた。
「何年振りだったかな。久しぶりに来たよ、ばあちゃん、それと母さん」
余り耳馴染みのない尾形の口調に一瞬瞑目してしまった。彼の幼少期の話は聞いている。見たこともないのに幼い尾形が過った気がした。なんとなく伸ばしかけた手は、続く花沢の言葉で止まる。
「初めまして、ご挨拶が出来て光栄です。花沢勇作と申します。私のことを良くは思っていらっしゃらないでしょうけれど、兄様にはとても良くしていただいています。どうか兄様を兄様として接することをお許しください」
花沢は尾形の隣に両膝をつき、半紙を地面に置きその上に持参した果物が数個入った籠状の供物を載せ両手を合わせる。腹違いであり、複雑な心境があるのは想像に難くないが花沢はそれを口にすることはない。尾形がその横顔を思わず覗き込んでしまっていたのが目に映る。祈りを捧げて目を開けた花沢がそれに気づくと緩く笑みを向けてきたため、慌てて視線を逸らす。この異母兄弟にはいつまで経っても慣れる様子がないようだ。
二人がそれぞれ墓前へ言葉を手向け、ほぼ同時に俺を振り返った。
僅かにたじろいでから頷いた俺は二人が開けた間にしゃがみ込んだ。
墓参りという行事には正直疎い。
母の行方も生死は未だにわからない。その両親にいたであろう俺にとっての祖父母についてもわからない。父親が死んだらしい話は聞いたが共同墓地に葬った。墓なんて作るつもりもなかったし、作ったところで荒れるだけならまとめで合同供養でもしてもらった方がお互いのためだと思っていたからだ、今だって思っている。
だから個人の墓に言葉をかけ、水をかけ、掃除をし、定期的に訪れる行為には縁遠かった。
一応事前に調べては来たが所詮付け焼き刃だ。
渡されていた線香に火をつけて尾形に指示されるところに立てる。
緩くたちのぼる煙が、時折吹き寄せる風に揺れた。嗅ぎ慣れない匂い。でも不思議と馴染みのある匂いだった。
「百之助さんとお付き合いさせていただいています。あー……こういう時に何と言えばいいのかわからないんだが、私の出来る限りで彼の幸せを作っていきたいと思っています。歳だけ食った若輩者ですがどうかお任せください」
両手を合わせて、伝えようと思っていた言葉はすっかり抜け落ち少し考えてから頭に浮かんだまま口にした。
ちらりと隣に片膝をついたままの尾形を覗き込むと少し赤い顔で視線が逸らされた。口にした言葉は間違っていなかったようだ。
「このあとはどうしたらいいんだ? 正しい作法がわからんのだが」
「場所によってはこのまま故人を偲んで酒盛りなんてところもありますが、別に特段何かするわけじゃないです。さっさとばあちゃんちに行きましょうか」
尾形の祖母の家は墓地からそう遠くはなかった。墓地から歩いて数分だった。
「近所の婆さんが時々見てくれてるんです。帰りに顔出してきます」
丸い芯に突起がいくつかある古い形状の鍵を差し込み、尾形は玄関を開けながら言った。
尾形の言う通りに手入れをする人間がいるからか、数年立ち寄っていないはずなのに中は荒れた様子がなく多少の埃が積もっているだけだ。玄関の前に生える雑草も疎らだ。
トタン屋根のこぢんまりとした平屋だ。
「ここが兄様の過ごされた……」
「高校に行く時には出てますがね」
興味深そうに玄関の土間に立ったままきょろきょろと視線を巡らせる花沢に、靴を脱いで上がりながら尾形は素っ気なく言う。
一歩進むたびに、ぎしり、と床が軋む。
立て付けも良くないのか、一部の扉が引っかかり中途半端にしか開かず、半開きの障子の間をすり抜けて居間へとたどり着いた。
壁際には木彫りの熊が一体置いてある床の間と、その隣に仏間があった。尾形が荷物を放ったところに自分の荷物も置く。
尾形は慣れた手付きで仏間の扉を開いて線香を立てる。一度お鈴が鳴った。
手を合わせ緩く目を伏せるその横顔を俺はぼんやりと眺める。反対側で花沢が尾形に倣うように手を合わせていた。
ああ、そうか。
今更気づいて俺も視線を仏壇へ向けて形ばかりに手を合わせた。
普通ならここで何を考えているのだろうと思うが、それは口にしなかった。
仏壇の上には写真が三つ。恐らくは祖父母と母親だろう。会ったこともないが尾形を産み、育てた人間だ。形だけの合掌を続けながらそれぞれを順に見やった。
彼の父親程ではないが、尾形の面影があるような気がする。雰囲気なのだろうか。どのようにこの男に接して育ててきたのだろう。
およそ仏壇に向かい手を合わせながら考えることでもないな。
俺が手を離し、身体の力を抜くと尾形がこっちを見ていたことにやっと気づく。
視線が合えば数度瞬き、首を傾げるが尾形は小さく首を横に振って立ち上がる。
「では兄様、お兄さん。私はこれでお暇いたします」
正座をしたまま花沢は告げる。
「そろそろ出ねば終電に間に合いませんからね」
「終電……?」
「往復一回、始発であり終電です」
限界集落ですから、と尾形は付け足した。そう言えば駅舎にあった時刻表に数字は殆ど書いてなかったな。
土産にと持ってきていた菓子折りを尾形へ押し付け、花沢は駅へと駆け出していった。
「相変わらず自由な人だな」
まだ明るい道の先へ姿を消した花沢を見送ってから、尾形はがたがたと音を鳴らしつつ玄関の扉を閉める。
「けど、お前も嫌いじゃないんだろ」
「何処を見たらそうなるのか理解に苦しみますな」
肩を竦めさっさと居間へ入ってしまう尾形に俺は口元を緩めた。苦手かもしれないが嫌いではないのは見ていてわかる。あの手のタイプは俺もあまり得意ではないから。
「風呂はタイル張りで追い焚きなんてねえんで、今日は一緒に入りますからね」
「昭和みたいだな」
「そのまま昭和の産物ですよ。冬は風呂で冷えます。すのこが必須なあれです」
「へえ」
玄関から居間への途中にある風呂場を案内してくれた尾形の隣から覗き込む。ひんやりした空気が肌を撫でた。足を伸ばすには不十分な湯船の中にも黒や青、白のタイルが並ぶ。一緒に入るには小さな湯船だ。シャワーも無く湯船の端にある蛇口だけが水源らしい。
俺の実家には風呂すらなかったからそれよりはいいんじゃないかと思うが口にはしなかった。そのまま居間へと戻る。
「今日はセックスするのか」
「あんたがその気なら。いっそ母さんたちに見せつけてやりましょうか」
閉じた仏間の扉を中指の関節で二度叩いて口角を引き上げる尾形に俺は肩を竦める。
「そういう趣味はないぞ」
居間に腰を下ろし、持ってきたペットボトルの蓋を開ける。畳も経年劣化は感じられるが手触りは悪くない。尾形も俺の隣に座った。
「残念です。まあ、冗談は置いておいて……この家にあんたの痕跡を残すのも悪くねえかなと。どうせこの先帰ってくるのはあんたと一緒なわけですし」
「そうなのか?」
「あんたは俺の伴侶だから」
「その伴侶って」
「違いませんよね?」
俺の指輪の嵌った手を親指で緩く撫でてくる。擽ったい。心も。
「思い出すのが薄汚れたこの天井っていうのも悪くないでしょ」
「天井のシミを数えてる間に終わるなんて味気ない」
俺の持っていたペットボトルをちゃぶ台に乗せ、尾形は軽く肩を押してきた。
そのまま畳の上に寝そべる。確かに古びた天井だ。雨漏りの跡も見える。
数えてみようと目線を動かしたその先を塞ぐように尾形の影が重なってそのまま唇が触れた。
「本気でシミを数えねえで欲しいんですけど」
「数えてるうちには終わらなさそうだぞ」
不貞腐れて尖る唇へ俺から触れると舌が入り込む。尾形の実家で舌を絡めて抱き合うことに罪悪感と背徳感が滲む。
聴覚を犯すように水音が静かな居間に響く。性的な感覚を引き出そうと絡まる舌に、溢れる唾液を喉を鳴らして飲み込んだ。唾液の糸を引いて唇が離れ視線が絡まる。
もう一度唇を重ねようと顔を近づけた瞬間、呼び鈴の音が響いた。
俺と尾形は二人で顔を見合わせる。無視をしようと顔を寄せてきた尾形だったが、聞こえた声に顔を顰め舌打ちをする。
『あにさまぁ、兄様! 電車に乗れませんでした、兄様ぁ』
廊下の先から聞こえてきたのは花沢の声だ。切羽詰まった悲しげな声だった。
切符を買うのに手間取ったのか、改札に失敗したのか、何が駄目だったのかわからないが一日一本の電車に乗れなかったことだけはわかった。
こんな田舎に宿などない。
タクシーもあるわけもない。
頼るところはここしかないだろう。
「百之助」
「……わかりましたよ」
俺の言葉に渋々尾形は体を起こす。もう一度舌打ちをすると玄関へ苛立ちを隠さず向かっていく背中を畳に寝転んだまま見送る。
『なんでいつも貴方はタイミング悪いんですか』
『お邪魔なのはわかってはいるんです。ですが兄様しか頼る方がおりませんでした……』
『そんなしおらしい顔したってーー』
尾形が折れて花沢が今日泊まることが決まるまで時間はかからないだろう。
仏壇監視下のセックスはお預けだな、特にしたいとは思わんが。
まだ揉めてる声が玄関から聞こえてくるが放っておこう。家主と義弟の問題だ。
尾形が過ごした実家の空気を静かに味わうことにする。戻ってくるまで天井のシミでも数えておくか。流石に数え終わるまでには終わるだろう。
い草の匂いに混じって他人の家の匂いがする。尾形の言わせればこの匂いも他人ではなくなるのだろうか。
尾形との里帰りは始まったばかりだ。