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    tannsui_kabus

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    tannsui_kabus

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    人様からパイ生地のように美味しいネタを分けてもらった。おい、獅子品食わねえか。

    品田くんの目が見えなくなる話(前編)品田さん、ねえ、今の心境は
    あらためて誰に何を伝えたいですか
    教えて下さいよ、品田さん

    うるせぇな

    あの疑惑のホームランと言われた男が再び渦中の人となった。長い時を経て、疑惑が晴れる。世間はそういうのが大好きだ。正義が果たされたとスッキリするんだろう。15年前、彼の叫びを無視したくせに。
    「…くそっ」
    品田辰雄は鳴り止まない携帯電話を枕の下に押し込んだ。誰も彼もが同じ質問を繰り返す。必死で野球界を守るために「野球界を追放された恥さらし」に甘んじてきたというのに、今や皆自分を可哀想可哀想と持ち上げようとする。野球界を踏み躙って。俺はそんなこと望んじゃいない!と叫びたかった。あのとき話を聞かなかったなら、永遠に俺を放っといてくれ。
    目の奥がチリチリと痛む。品田は鼻の付け根を軽く揉んで、深い息を吐いた。しばらく寝られていなかった。電話番号が漏れている中、住所がバレないわけもなく。こんなセキュリティとは無縁の住居には連日厄介な客が押し寄せていた。ほとんどは善意の人間だからたちが悪い。
    品田さん、野球界を訴えましょう
    品田さんはこんなところで埋もれていい才能じゃないです
    私は品田さんが無実だと思ってましたよ
    皆目をキラキラと輝かせて、自分がやっていることが間違いないと言わんばかりで尋ねてくる。喧嘩腰の人間相手にはどう対応すればいいか心得ている品田は、この手の人間のあしらい方が分からなかった。
    枕の下から着信音が漏れてくる。それは今までとは違う曲。品田が設定した曲、身内からの電話を意味する音だった。慌てて枕をどけると、携帯を開く。画面には「錦栄出版」の文字。品田は安堵の息を吐く。こんな状態になってからはロクに取材含めて外出できず、とっくに見捨てられただろうと思っていたのだ。
    「もしもし?」
    『ああ、品田さん?』
    聞き馴染みのある声。こんなに人の声を嬉しく感じたことはない。
    「すいません、仕事…穴開けちゃって」
    『良いんですよ。いろいろ大変ですね。編集長も事情はわかってます』
    「はい、あの…」
    『ところで』
    編集者の声が
    『品田さんにお願いなんですが』
    まったく別の生き物になった。
    『手記をうちで出しませんか?』
    ブツン、と耳の奥で音が聞こえた。



    その日、綾小路獅子はいつものテレビ塔前を離れて、錦栄町内を散歩していた。理由は単純で「今日の占い」に「いつもと違う道を歩いてみよう!幸運が降ってくるかも?」と書いてあったからだ。
    特別占いを信じるたちではなかったが、ここ最近の変化も彩りもない毎日に少しでも刺激が欲しかったのだ。綾小路の友人、品田辰雄が最近遊びに来なくなったのが、認めたくはないがその主たる原因と言える。品田は庶民なので、仕事をせねばならず、それ故に自分の下に日参する義務が果たせなくなることは綾小路にも許容は出来た。とはいえなんの連絡も釈明もなく、1ヶ月近く姿を見せないのは、もう喧嘩を売ってるとしか思えない。さすがの綾小路も自分が何かしたのでは…?と思い始めていた。
    特に目的地も決めていない散歩コース。風俗のダジャレ混じりのゴテゴテした看板が目に入り、そのたびにあのヘラヘラした笑い声や自分の名前を怒鳴る声を思い出してますます憂鬱になる。こんなことなら家で大人しくしておけば、と後悔した時だった。
    ゴロゴロンッドスッ
    鈍く重い音と共に、目の名前に何か大きな塊が落ちてきた。一瞬飛び退いた後で、綾小路は驚く。
    「品田?」
    綾小路の憂鬱の原因である品田辰雄が目の前に転げ落ちてきたのだった。慌てて駆け寄ると、品田は何やらブツブツつぶやきながら身体を起こす。
    「お前何やってるんだよ?」
    「…獅子クン?」
    品田はぼんやりと明後日の方向を見ながら言う。
    「獅子クン、いるの?」
    「いるよ!!見えないのか!?」
    「うん」
    「だったらフザケてないで…え?」
    「ごめん、見えないんだ」
    品田はヘラ…と笑顔を浮かべるが、こんな心許ない笑顔は初めてだった。
    「ちょっと前から目の奥が痛くて、さっき、急に見えなくなった。すりガラスを挟んでるみたい」
    「それでなんであんなとこから」
    「出かけようとしたら、階段踏み外しちゃった」
    「一人で病院行こうとしたのか?無茶するなぁ」
    「うーん…ま、そんなとこ」
    品田は曖昧に笑って、立ち上がる。きっと声の方向から見当をつけたであろう方を見るが、やっぱり視線は合わなかった。
    「で?獅子クンはなんでこんなとこにいるの?」
    「ぼ、ボクは…その…散歩だよ!悪いか!」
    「悪くないよ。なんで怒ってんのさ」
    「うるさい!」
    品田が歩きだそうとすると、綾小路に服を掴まれる。
    「何?」
    「どこ行くんだよ」
    「どこでもいいじゃない。獅子クンには関係ないよ」
    「関係ないとかじゃなくて、お前見えてないんだろ?」
    「ちょっとボヤけてるだけだって。ほら、こうやって…」
    「だーかーらー!さっきから車道に出そうになってるんだって!大丈夫に見えないんだよ!」
    綾小路は品田を抑えたまま、何処かへ電話をかけた。
    「何したの、獅子クン」
    「いいから。黙ってボクに従ってれば良いんだよ」
    程なくして品田耳に車が近づいてくる音が聞こえた。以前に轢かれかけたことを思い出し、全身に力が入るが、
    「ほら、来たよ」
    と綾小路が宥めるように軽く背を叩く。
    「何が?」
    「車。良いから乗れって」
    タクシーを呼ばれたのか、と品田は焦った。話しぶりを見るに綾小路は品田が誰なのか分かっていないようだ。しかし、タクシードライバーはどうだろう。気づかれてしまうかもしれない。この後綾小路がどこに連れてくにしても、バラされてしまうに違いない。しかし腐っても師匠なだけあって、目の見えない品田をあっさりいなして車の中に押し込んでしまった。
    「坊っちゃん、この人は?」
    運転席の方から声がする。
    「品田。家まで頼むよ」
    「獅子クン、俺が言うのもなんだけど、「品田」だけじゃなんにも伝わらないよ…」
    案の定困惑したような口調ではぁ…とだけ応えた後、車が発進する。
    「品田、目はまだ痛む?」
    「いや、痛みはもうないかな。転んで打ったとこはちょっと痛いけど」
    「まあお前は頑丈だからな。ちょっとぶつけたくらいじゃ死なないよね」
    「俺のこと心配するのかバカにするのかどっちかにしなよ」
    すると恐る恐るという様子でドライバーが声をかけてきた。
    「あの、坊っちゃん。その品田ってまさかあの品田辰雄ですか?」
    「…お前品田なんだっけ?」
    「なんで知らないんだよ。俺獅子クンに何回も言ったよ?」
    「というかあの品田ってどういうこと?」
    「獅子クンさ、ちゃんとニュース見てる?」
    「ば、バカにするな!ちゃんと毎朝ニュースは見てるし、新聞も読んでるよ!」
    「じゃあスポーツコーナーのさあ」
    「スポーツは興味ないやつは見ない!」
    「得意げに言うことじゃないよ」
    「じゃあお前は有名人なの?」
    「まあね。いろいろあって名前が知られちゃったんだよ」
    「そうか。じゃあちょうどよかった」
    「何が?」
    綾小路は嬉しそうに言った。
    「お前、ボクの家でしばらく飼うから」
    「はぁ?」

     

    つづく
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