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    石砂糖

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    石砂糖です
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    石砂糖

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    大人びた少年と子供っぽい青年の乾燥帯ファンタジーBLです

    ネモノガタリ「新しい使い様の事なんじゃが………対応をお前に一任することになった。」

    一応上司にあたる彼に言われ、私は内心顔を顰めた。
    神の使い。40年から50年程度の周期でこの地、とくに降聖教会のだだっ広い建物内に現れる。
    大抵の場合、使いの仕事は各地の浄化である。いつ現れいつ死ぬかも分からない神の使いにばかり頼ってはならないのが浄化の仕事であるが、どうしても頼らざるを得ない理由も存在する。まあ、ただ単に神の使いでなければ浄化できない特殊な汚染結晶が存在するからだ。根本から汚染を絶つためには、私たち地に生きる民の力では足りない。悲しいことだ。


    しかし、本来なら教会の偉い偉い人が囲うような高貴な方のはずだ。なぜ私にお鉢が回ってくるのか。
    ……心当たりがないわけではないが。
    噂。ただの噂であるが……今までの使いとは全く違う使いらしい。
    数日前神の使いが現れたとき、教会はそれはそれは上から下まで全て大騒ぎになったそうだ。
    当日私は別の仕事があったため、その騒ぎはあとから聞いた話だ。それが、私に対応を一任された理由だと考えたほうがいいだろう。

    上司から向かえと言われた部屋まで歩き、軽く扉を叩いた。すると私が口を開く前に、「どうぞ?自分じゃ開けられないから好きに入ってよ」と男の声がした。
    私は言おうとしていた挨拶を崩された事に動揺しながらも、そのまま従ったほうがいいと判断し、扉を開けた。

    「失礼します。」

    ドアを開けた先には、とりあえず壁まで寄せられた会議用の机、そして椅子。
    それと部屋の中央に、拘束衣を着せられ、椅子に座らされた男が1人。

    ああ、それでか。と理解した。
    彼の髪も、目も、肌も異様な色をしているのだ。
    今までの神の使いは、多少差はあれど私たちのような黒い髪に黒い目、そして私たちより幾分か明るい、例えるなら木の板のような肌をしていたらしい。それは神が、私たちが怖がらないように、それでいて見分けがつきやすいように、使いをそういう形にしたと伝えられている。しかし彼はどうだ。
    雨季の後咲く花のように明るい紫の髪、地の向こうに沈む日のような輝く黄の瞳、磨いたコインのような白金の肌。どれを取っても異質そのもの。声を聞く限りは意思疎通ができそうなものだが。

    「この度使い様のお傍につかせて頂くことになりました。名をロシロと申します。ご要望やご質問がありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。」

    私が型にはまった挨拶をして深々と頭を下げると、「˚上げてよ、顔。₊˚」と言われた。その通りに上げると、黄の瞳が私を射貫く。

    「⊹˚じゃあ、まず――――。.:・゚✧」



    今まで一応聖職者として、神の使いについての勉強はしてきたつもりだが、どうやらその勉強は効果的ではなかったようだ。
    拘束され放置されたことを気にも留めず、望むのは食事、寝床、それと本。
    浄化にも非常に協力的で、明るく節度のある性格。
    実に理想的な神の使いだ。ただ、他の聖職者に怯えられていることを除けば。
    周りからすれば、髪の色も瞳の色も薄い彼に怯えない私のほうが異質なのだろう。なんせ、あの汚染ははるか昔にある白い悪魔によってもたらされたとされているのだから。

    「・゚*ロシロくん、ここ読み聞かせてよ。✦゜*」

    書庫から私が適当に持ってきた本を開いては、子どものように私を求める。

    「……はじめに。降聖教会は地に生きる民を遍く救い、素晴らしい生を皆様が謳歌できるために教えを広めています。この書では―――」

    それから口が疲れるまで本を読み上げさせられた。
    これで満足するなら安いものだ。今までの神の使いは多くの美しい女性や存在しない金属など、難しい要求をしてくることもあったという。
    まあ殆どが従順な者ばかりだったようではあるが。
    しかし……こんな本を読み聞かせで聞いて、楽しいのだろうか?
    さらさらと砂が流れるように笑い、相槌を打つ彼の隣でただ望むまま本を読み続けた。



    「先日も言った通り、本日より各地での浄化を行います。」

    荷物を車椅子に積み持ってきた私を見て、彼は微笑んだ。
    従順な姿勢が神の使いとしての信用を上げたのか、腕の拘束は外すよう上から指示された。
    神の使いとしての衣服……いや、住民を怯えさせないために早急に誂えられた、体全体を隠す衣服を着せる。車椅子も相まって、見た目だけなら老成した熟練の聖職者だ。

    「⋆✴︎˚これからお仕事か、わくわくするね。⋆」

    こんなにも周囲から怯えられ、歴史から見るとかなり不当な扱いを受けてもなお寛容でいるのは元来の優しさか、それともこんな拘束は意味がないという自信の表れか。
    車椅子を押して玄関口まで歩く。用意された覆い付きの荷車に車椅子と荷物を乗せ、私は御者台に座った。

    「出発します。」

    幾人かの聖職者に見送られ、私達は降聖教会を離れる。果たして、戻ってくるのは何ヶ月後か。
    しばらく進み、市街地を離れて景色が岩だらけになった頃、彼は口を開いた。

    「✧ ༘荷物を乗せた時に使ったの、身体強化? ⋆。˚」
    「……そうです。」
    「⋅˚₊俺にも使えるかな?₊˚⋅」
    「神の使い様は、補助魔法や回復魔法であれば思うままに使えると習いました。望めば使えるのでは?」
    「ふうん。⋆₊˚⊹ まあやりたくなったらやってみるよ。₊᪥」

    そうしてまた静かな時間が流れる。彼が口を開き、私が答える、ただそれだけの静かな巡行だった。


    「おや、ロシロ様。此度はどのようなご要件で?」
    「ここから少し北の汚染結晶を浄化しに参りました。こちらはその浄化を行ってくださる神の使い様です。」
    「おやおや!この方が使い様ですか。いやどうも前の使い様のときは盛大に迎えたと聞きましたから、驚きましたよ。」
    「使い様も派手好きな方ばかりではありません。この使い様は浄化に専念したい、と少数での巡行を望まれましたから。」

    これは嘘だ。どう扱えばいいかわからない異様な神の使いを住民に見せないための、覆い。
    私が適当に外面のいい言葉を並べ立てても、彼は何も反応しない。彼と過ごして暫く経つが、まだ彼のことが何もわからない。神の使いなのだから、理解しようとするほうがおこがましいのだろうか。

    「該当箇所まで暫く掛かるので、使い様を一度休ませて差し上げたいのです。こちらの集落に宿屋はありますか?」


    私は宿屋に彼を連れ、硬い車椅子から柔らかい寝床へ座らせた。
    ずっと椅子に座らされ、振動もあり苦しいだろうに、文句の一つも言わない。さすがは神の使い様、ということにしよう。
    濡れた布で体を拭き、部屋に運んでもらった食事を二人で摂る。明日の朝は食料を買おう。

    「✧.*ロシロ。どこへ行くの。✦」
    「荷車です。」
    「⋆⁺もしかして、荷車で寝ようとしてる?⋆₊✧」

    いけませんかと問えば、勿論と返ってくる。珍しく、彼は何かを言いたそうだった。

    「。⦁。休める時に休むべきものだよ。:*˚よく1人で巡行をする君ならわかりそうなものだけれど。✧:」

    私が口をつぐんでいると、命令だと言えばいい?という言葉が飛んできた。仕方なく、同じ寝台で寝ることにした。
    彼の体は、普通の人間より少しばかり冷たい。そんな事、報告書にはなかったが、彼だけか、それとも今まで神の使いに触れた人がいなかっただけか。

    「⟡ ݁₊ .俺の傍にいるのが君で良かった。⟡」

    暗がりの中で金の瞳がちらちらと瞬く。そんなはずがないのに。

    「.𖥔 ݁もっと近くに来てよ、寒いと寂しくて寝れないんだ。 ˖๋ ࣭ ⭑」

    なんとか体を動かすと、彼の腕に抱かれてしまう。ここまで他人と肌を合わせるなんて、私には経験がない。情熱的な小説によくある描写をそのまま引用すれば急に鼓動が早くなった、と言えばいいのだろうか。
    人の声に"甘い"と感じたのもこれが初めてだ。歯が溶けてしまいそうなくらい、甘い、甘い蜜のような声。それでいて、金の砂のように煌めいている。

    「 ݁₊ ⊹ あったかい. ݁˖ . ݁」




    何もかもが白い部屋で、王族が使うくらい豪華な寝台で。知らない服を着た、髪の長い彼がいる。

    「⭑ ࣭ ⁺ ロシロ。本を読んで。˖ ࣪ ⊹」

    王族御用達の建築士か彫金師かが作ったような表紙の本を、彼は私に手渡す。

    「またですか?1人で読めるようになったのでは?」

    不意に口をついて出る。しかし、彼はそんな棘のある言葉も気にしなかった。

    「⊹ ࣪ ˖ロシロの声が一番好きだから。 ˖ ࣪⊹」

    そう言われると悪い気はしない。彼の隣に座って本を開き、いつものように文を読み上げた。





    目を覚ますと、彼の白い顔が目と鼻の先にあった。少し驚きはしたものの、彼を起こしてしまうようなことはなかった。それよりも、彼が私を抱き枕にしているほうが問題だ。彼を起こさないと起き上がれない。
    なんとか声をかけると、まぶたがゆっくりと開き、瞳が私の姿を捉える。

    「……おはようございます」
    「✧༚ああ⁎⁺˳ ˗おはよう、ロシロ。˚˖⁺」

    起きれば腕から開放してくれるかと思ったのだが、彼は逆に力を込めて私を抱きしめる。

    「✦ . ⁺ロシロのおかげでよく眠れたよ。次も、いや、ずっと俺といっしょに寝てくれる?⟡₊ ⊹」

    恋人にでも言いそうな言葉を吐き、目を細める。これは、気に入られたと思っていいのだろうか。




    荷車を再度走らせて向かった先は、汚染の地。大地から色が抜け、人ほどもある結晶が地に突き刺さっている。
    これを浄化し大地に色を取り戻すのが、神の使いの役目だ。
    荷車から彼の乗った車椅子を降ろして、結晶のすぐそばまで連れて行く。ガラガラと車椅子の音だけが響く、白く無機質な、汚染された地。不毛の地。

    「。⦁:*˚これを浄化すればいいんだよね?:✧。」
    「はい。浄化が終わればこのあたりにも緑が戻って来る事でしょう。」
    「⭒そう。˚.⋆」

    興味なさげに呟いた後、彼は腕を上げて結晶に触れた。すると、その結晶は次第に融け、地面へと染み込まれていった。その場にあった汚染の気配は薄れた。これなら自然とまた元の姿を取り戻すだろう。

    「₊ ⊹これでいい?✧˖°.」
    「ええ、さすがは神の使い様ですね。私が浄化できない結晶をあんなにも容易く浄化してみせるのですから。」
    「. ݁₊ ⊹ . ݁ ⟡ ݁ . ⊹ ₊ ݁.」
    「どうかされましたか?」

    ぼうっと空を見る彼に話しかける。一体何を考えているのだろうか。

    「˖°ユエイレ。⟡ ݁₊ .ユエイレって、呼んで。₊˚⋆」
    「………ユエイレ様、ですか。」
    「‧₊˚. 俺の名前。他の人には秘密にしてね。⚝₊ ⊹˚」

    このあたりでは聞かない、珍しい名前だった。
    不意に、何かの書物に書かれていた"仲良くなるために秘密を共有する"という言葉を思い出した。

    ユエイレ様はそれ以降も順調に結晶の浄化に励んだ。定期的に送る報告書にも、何も問題はなく、巡行は恙無く進んでいると書いている。
    そう、浄化の旅は何も問題がない。それ以外には存在する。例えば、彼と私の距離。
    彼の名前を知って以降、荷車や宿の部屋での距離がぐっと近くなった。寝るときは必ず抱きしめられ、起きればとろりと溶けた瞳でおはよう、と挨拶をされる。愛の言葉でも囁かれているのかと錯覚してしまうくらい、近い。近くて熱い。
    しかし、私は一聖職者であり、彼は不審な点はあるにしろ神の使いだ。必要以上の接触は避けるべきなのだ。
    ………そう思って実行に移せたら、どんなに良いことか。腕を広げ、一緒に寝ようと私に声を掛ける彼の体に、気がつくと抱かれている。温かい、安心する、よく寝られそうだととにかく私を繋ぎ止めようとしている。私はそれに勝てそうにない。


    「。 ˖ ࣪⊹浄化の旅って、どれくらい続くの?₊ ⊹」

    4つ目の結晶を浄化した後、寝床の中で彼は問うた。

    「6つ目を浄化した後、教会へ戻りますよ。」
    「 ݁₊ ⊹その後だよ。:✧俺はこうして長い旅をして、教会に戻ってを繰り返すだけ?₊˚⋅」
    「いえ、場合にもよります。歴代の神の使いは4,5年程で地表に出た結晶を浄化し、その後を20年ほど教会で過ごされ天に還る方が多いですね。」

    全身を彼の身体で包まれ、背中に鼓動が伝わる。はじめは冷たいと感じていた身体も、体温を分け合えば気にならない。頭の少し上から聞こえる声は、私の間違いでなければ、不安を滲ませている。

    「₊ ⊹˚ロシロは?˖°.」
    「私は…………なんとも言えません。私の仕事を決めるのは私ではなく、上の者なので。」

    再度、静寂。正直者の私は、その無遠慮な言葉で人を怒らせた事が何度かある。しかしこれは、怒らせたと言うよりかは……

    「⋆⁺俺、ロシロが一緒じゃないと行かないからね。⋆✴︎˚」

    そう言われても、私にはどうする事もできない。
    私を抱く腕に、少し力が入ったのを感じた。



    「もうすぐ集落に着きますよ。」

    荷車を走らせながら、私は荷台にいる彼に話しかけた。
    最初の頃より、彼の子供らしい部分が顕になっていると感じる。刷り込みなのだろうか。
    普通の家族というものを外から見たことしかない私には、彼が何をしようとしているのか、何を求めているのかが分からない。
    彼が来る前まではただ言われたことをこなすだけだったから、なんて………ただの言い訳だ。
    荷車を停めて、荷物の整理をしていると、見たことのある服を着た人が近づいてきた。

    「お忙しい所失礼します。トアミンス班のロシロ様でしょうか?」

    教会に伝わる職員用の挨拶をしたその女性は、少し急いでいるようにも見える。もうすぐ教会に戻る所だと言うのに、一体どんな用事だと言うのだろうか。

    「……今は一時的に班から脱退していますが、私がロシロですよ。」
    「それは失礼しました。ロシロ様に至急伝えなければならない事項がありまして、参った次第でございます。」
    「至急?」

    まあこうして来ているのだから、急ぎ、もしくは大事が起こったのは間違いではないだろう。
    ユエイレ様に関係ないことであればいいが………

    「……新しく神の使い様が発見されました。」
    「新しく、ですか?」
    「はい、新しく、でございます。新しい使い様は歴代の使い様と同じく、黒い髪に黒い目をしておられます。」

    後から現れた、神の使い。しかもその姿は歴史に伝わる使いの姿と同じだという。
    先に現れ、異質な姿をした使いと、後に現れてよく伝わる姿をした使い。よく考えずとも、歴史を大切にする彼らは後に現れた方を信用するだろう。
    ここで問題なのが、先に現れた方にどのような処分を下すか、だ。

    「それで、私はどうしろと命令が下ったのですか?」
    「前の使い様を連れて至急教会へ戻るように、とのことです。」

    伝令の彼女は、淡々と伝える。私が知りたいのは彼――ユエイレ様の処遇だが、この様子だ、何も伝えられていないだろう。
    このまま要求を飲み教会に帰って良いのかと悩んでいると、荷車に乗ったままの彼が口を開いた。

    「o。ねえ、きみ?・*:..」
    「はい、何でしょうか。」
    「:+・゚教会に帰ったら、俺はどうなるの?¤゚」
    「すみません、そこまでは聞いておりません。」

    彼女が嘘をついているようにも見えない。自分が所属している教会に思うことでもないだろうが、怪しい。本当に連れ戻していいのだろうか?

    「⁎⁺˳ わかった。ˎˊ˗じゃあ帰るから、教会の人に伝えておいてよ。✧༚ 」

    彼は確かにそう言った。どうやって帰るのかを少し話した後、彼女は満足そうに自分の陸歩船へと戻っていった。
    荷台にいる彼を見たが、全身を覆う衣服のせいで、顔色は伺えなかった。

    「本当に教会に戻られるのですか。」
    「. ݁₊はは、そんなわけないでしょ。˖ . ݁.」

    乾いた笑いだった。彼も、自分の境遇がおかしいことを理解していたのだ。着いたと思ったら拘束され、有無を言わさず巡行に連れて行かれ、今度は本物が来たから帰れと。正直言って、私だってそんな所には帰りたくない。
    なんと言えばいいか、私も彼に情が湧いてしまっていた。彼が私を求めるのが、ただの仲間づくりの打算なのか、本心から私を愛しているのか、それすらわからないが、どうもこの場は彼に味方したいと思えたのだった。


    とにかく、私達は予定していた道を外れ、遠くへと逃げた。逃避行というやつだ。
    私は長かった髪を切り、聖職者用の制服の代わりに、旅人のような無難な服に着替えた。形式上彼の足を束ねていた帯も外した。
    荷車も車椅子も教会の備品だから見つかりやすいだろう、と必要としている集落の住民に渡して、変わりに少し小さな荷車と食料を貰った。
    車椅子無しで私の隣に立つ彼は、とても背が高かった。私が比較的若く小柄なのもあるが、それでも見上げるのは初めてだったように思える。

    教会の上層部が、面倒だと思って私達を放っておいてはくれまいか、と適当なことを考えながら、小さな荷車を走らせる。車椅子が無くなった分、彼は御者台に近い所へ座っている。
    拘束されても従い、浄化もきちんとこなし、報告書にも問題はない。そのまま戻るのを待っていればよかったのに、急いで戻れと伝えたせいで私達は不信感を持ってしまった。
    行く当ても無かったが、彼が向こうに行きたいと示したから、その通りに向かっている。
    帰る所はない。もういつ死ぬかわからない。早ければ、明後日にでも。


    来ているのかすらわからない追っ手を気にして、宿に泊まる回数を減らした。今日は狭い荷車に身を寄せ合っている。
    まだ寒くも暑くもないのが救いだろう。

    「.⋆。ロシロ、こっちむいて。༶⋆」

    そう言われるがまま彼の顔を見ると、唇を撫でられた。私は驚いて小さく体を跳ねさせたが、彼はかすかに笑うだけだった。

    「✧。乾燥してる。⦁:˚」

    暗い夜の、狭い荷台の中で、彼の瞳がただ揺れている。疑似餌のようだった。
    どちらが先に求めたのか、そんな事はどうでも良かった。
    唇はひんやりとしていたが、舌は融けるように熱かった。その唇が私と熱を分け合い、温くなったのに、満足感を覚えてしまった。良くない傾向だ。



    彼だけ知っている行方の、中途の町で食事を摂る。いくつか肉の切れ端が入った豆のスープ、それと小さなロティを3つ。
    ユエイレ様と特に話もせず、静かにちぎったロティを口に運んでいると、ふと耳に聞き覚えのある単語が入った。

    「なあ、知ってるか?新しい使い様が現れたんだとよ。」
    「その情報遅くないか?もう浄化の旅に出られたって聞いたが。」

    ここらの住民であろう、労働者らしき男たちが口々に新しい神の使いの情報を出している。耳を澄ませてその会話を聞くと、いくつかの言葉から浄化の旅が派手に行われている事が伺えた。まるで先に出発した私達を隠すような、そんな印象を感じた。
    その男たちの話を気にしながらも食事を終え、会計を済ませて外に出ようとした時、丁度店に6人ほどの団体が入ってきた。そう、見覚えのある服を着た5人と、飾りのついた服を着た1人。
    ああ、あれが新しい神の使いか。とただそう思った。直後に店内がざわつく。当然のことだ。浄化の旅の順路なんて知らされるわけがないのだから、急に来れば湧き、驚く。
    店員が近づき、感激しながら話す横を通って、私達は外に出ようとした。しかし、聖職者の1人に肩を掴まれる。

    「痛っ……な、何をするんですか……?」

    痛くなんてない。しかし周囲の注目を聖職者になすりつけるために、私は精一杯哀れな子どもを演じる。ユエイレ様の服の裾を掴み、後ろに隠れようとする、怯える子ども。私が1人で巡行をする際に見てきた、子どものように。

    「お前……」

    これでもダメか。旅の終わりを予感した時、ユエイレ様が聖職者の腕を掴んだ。

    「……わたしの子が、何か、粗相でもしただろうか。」

    低く唸るような、聞いたことのない声だった。

    「ちょっとアシャさん、何してるんですか!」

    そう聖職者を咎めたのは、他でもない新しい神の使いだった。黒く艷やかな髪を二つに括っている。若く、希望に満ち溢れた偶像のような姿をしていた。

    「申し訳ありません神の使い様。この者が規律を破り逃げた者に良く似ていたのです。謹んでお詫び申し上げます。」

    アシャと呼ばれた聖職者は、新しい神の使いに向かって詫びる。あの神の使いが純粋なら、ここは逃げることができそうだが……

    「神の使い様じゃなくて、るうな、です!ほんといつまで経っても……じゃない!アシャさん、謝るのはあたしにじゃなくて、その子たち親子にです!」
    「……申し訳ありませんでした。」

    渋々、といった様子だった。彼は明らかにまだ私達を疑っている。しかし神の使いの手前、大事を起こすわけにはいかない、というのが実情だろう。
    あの自身を「るうな」と名乗った神の使いは、自分より前に現れた神の使いがいるなんて知りもしないようだった。

    「勘違いならいい。さ、行こうか。」
    「はい、お父様。」

    私達は聖職者たちの視線を感じながら、その店から退出した。そのまま荷車を停めた場所まで歩き、その町を離れた。
    息を詰めながら荷車を走らせ、ある程度町から離れた所で大きなため息を付いた。

    「ユエイレ様、先程は助かりました。」
    「₊˚ロシロも、上手な演技だったよ。⊹ ࿔」

    どうやって出したのか分からないが、彼の嗄れ声がなければあの場は切り抜けるのが難しかっただろう。
    しかし、彼らの順路がわからない、追手の動向がわからないというのはやはり相当な負担になりそうだ。今一度姿を見せたことで、あの場で会った聖職者達は私達が逃げていることを仲間に伝えるだろう。これからは更に逃げるのが難しくなる。
    いっそ捕まるくらいなら2人で――

    「𖤐˚。ロシロ、速度上げられる?༊˚。少し急げば、日が暮れるまでに着くかも。*.˚◌」
    「……わかりました。」

    とりあえず最期の事を考えるのは後にしよう。今はユエイレ様の望む場所に行けるように集中しようと、手綱を握る手に力を込めた。
    風を感じられる程の速度で荷車が走る。少々車体が音を立てているが、速度の対価だ。仕方がない。
    日が傾いていくのにつれ、景色に岩が増え、山へと近づいていく。これでいいのかと少し疑問に思いつつも、ユエイレ様の言う通りに荷車を走らせた。
    涼しい風が頬を撫で、切った髪の裏にまで入り込む。後ろから御者台に身を乗り出した彼が、岩場の隙間を指差して「⊹行って˖˚」と囁いた。
    遠くから見ても近くで見ても、そこはただの岩場にしか見えなかった。ここで停めてと言われた所にそのとおり停めて、私達はなんとか入口に見えるくらい隙間へと歩いた。
    すると、明らかに誰かの手が入ったと見られる、切り出した岩があった。こんな人里離れた所に何故、と思ったが、彼のことだ、私達が知らないことをすべて知っていてもおかしくはない。
    彼は迷いなくその岩に腕を伸ばし、彫られた何らかの文字を指でなぞる。

    「ここは……?」
    「 ࣪ ˖ . ݁₊ ⊹ちょっと説明が難しいな。₊˚⊹ でも、付いてくればわかるよ。₊˚*」

    そう彼が言い切った瞬間、地が揺れ、岩壁が横に移動する。揺れが収まり、人が通れるくらいの隙間が空く。彼は私の手を掴むと暗い岩の隙間へと入っていった。
    一体、此処は何なんだろう。扉を開けた方法、この場所の意義、私をつれてきた理由。何一つわからない。
    暗い洞穴の中を歩かされる。暫く……と言ってもほんの少しの時間だ。きっと暗がりが不安で長く感じただけだろう。
    彼の歩く方からかすかに光が当たる壁が見え、やっと到着か、と安心した。
    しかし、その狭い道が開けた瞬間、私は小さな悲鳴を上げてしまった。

    「. ˚۰ごめん、先に言っておいたほうが良かったかな。₊˚ ۫」
    「い、いえ……少し驚いただけですので。」

    私が悲鳴を上げた対象。それは、見上げるほど大きな汚染結晶だった。降聖教会が根絶を目標としている汚染結晶。それがどうしてこんな大きさで存在しているのだろうか?
    と、思ったが、その答えはきっと触れた地面にあるのだろう。
    普通、汚染結晶は地面に生え、周りの地を汚染し、白く染めてしまう。しかしこの汚染結晶は、とてつもない大きさこそしているが、触れた地面を一切汚染していない。むしろ周りには苔だって生えている。
    地面を汚染しなければ、こんな隠れた場所にある結晶、見つけられるはずがない。

    「˖ ݁𖥔ロシロは、女王アリって知っているかい?⊹˖ ࣪」
    「詳しい生態を知っているわけではありませんが、どういった役割なのか、くらいは。」
    「。・:*˚これはね、君たちが汚染結晶、と読んでいるモノの母体、地表に生えるあの結晶全ての母親なんだ。:✧。」

    彼はそう言いながら手袋を外し、顔を隠していた布をずらした。薄く光る結晶が、整った形の彼の顔を照らしている。
    手のひらと額を結晶の表面につけて彼は目を閉じた。まるで何かを感じ取っているようだ。

    「˖ . ݁₊ ⊹ . ݁˖ .だから、これを壊したら、もうあの結晶は新しく生える事はない。˚⊹ ࿔」

    敬虔な信者に聞かせれば大歓喜しそうな言葉だった。

    「……ユエイレ様は、一体どこまで知っているんですか?」

    結晶から離れた彼は、私の方を向く。あの黄色い瞳に射貫かれ、鼓動が速度を上げる。
    彼の何もかもを知りたかったはずなのに、今になって手に力が入るほど、怖い。

    「⟡.⋆君たち地に生きる民とやらは、白くなる大地のことを汚染と表現するけど、実際にはただ魔力や養分が吸われているだけなんだよ。✦ . ⁺」

    彼の話はそこそこ長かった。今までで一番よく喋っていた。けれど、彼の出自どころか、降聖教会の教義の根本にも関わってくる事だった。
    ざっくりと纏めると、はるか昔、ほんの少数の彼らの種族が地表に暮らしていたという。しかし、別の地域から多くの私たちの種族が現れ、彼らの住む場所を奪い取ったのだ。
    追いやられた彼等は地下に街を作り、密かに暮らしていたという。しかし太陽のない地下では栄養の確保が難しかった。そこで動いたのが、降聖教会で"白い悪魔"と呼ばれている人物だった。彼はやせ細る家族を憂い、自らの命と引き換えに"結晶"を地表に生やすことにした。それは植物のように地中に広く根を張り、遠くで養分を集め、本体であるこの大きな結晶へ集める。集められた養分は大切なエネルギー源として地下の彼等を生かす糧となっているらしい。
    こちらから見れば全ての元凶も、彼等からすれば立派な救世主なのだ。
    それに、まず彼等の土地を奪い取ったところから始まっていただなんて、経典の信憑性が危ぶまれる。

    「では、言われるがままに結晶を破壊していたのは何故ですか?」
    「⋆.˚⋆ああ、それはただ芽を間引いているだけだよ。₊˚そうしろってご先祖様から伝えられてきたんだ。.⋆地表が結晶だらけになったら、最終的に得られる養分がなくなってしまうからね。⟡⊹₊」
    「………まさか、あの神の使いは貴方達が……」
    「✧˖気づいたかな?さすがロシロ、察しがいいね。⋆⭒˚」

    彼の口角が上がる。それは問題を正解されて嬉しい出題者の顔か、いたずらが成功した子供の顔か。
    ここに敬虔な信者がいれば卒倒していたことだろう。
    周期的に降聖教会に現れていた"神の使い"は、彼等から啓示と手段を得て、こちらへと送られてきていた。これが"神の使い"、そして"浄化"の正体。
    膨大な魔力で養分を吸い上げる機構を創り出し、地表の私達にその管理を押し付けていたと言うのか?

    「✧˚ ༘長が定期的に遠くの魂を捕まえてきて、その中でも卸しやすい者を教会に送ってたんだって。⋆。˚」

    知り合いから聞いた噂かのように彼は喋る。

    「………まだ信じられませんが、今はそういう事にしておきます。………しかし、ではなぜ今更貴方が地表に出てきたのですか?」
    「⊹₊⋆そう険しい顔しないでよ。難しい話じゃないからさ。⊹ . ݁˖ . ݁⟡ただ、もう滅亡が確定しちゃったから余生を過ごしてるだけ。⟡₊ 」

    滅亡。滅多に聞かない言葉を、彼は軽く口にした。当事者じゃないように。
    わざとそういう言い方をしているんだと感じた。私との旅の中で、彼は何度も『寂しい』と言った。寝床で囁かれたあの言葉は嘘だったとは思えない。

    「.✧˚流行り病っていうのかな、それでみーんな死んじゃった。˚⊹それで、もう数える程度しか残ってない。✧ ˚」
    「………」
    「✦ . ⁺俺は、俺達を育てたこの結晶を壊しに来たんだ。˚もうすぐ長も死んで、あの芽を浄化できる"神の使い"も送られてこなくなる。⊹'⟡そしたらさ、地表は芽だらけになって、君たちだって住む所が無くなっちゃうからさ。₊˚✩」
    「あなたの話では、私達はあなたの祖先を追いやった悪者に聞こえるのですが、情けをかけると言うのですか?」

    彼が結晶を壊してくれるというのだから、何も聞かずにそのままにしておけばいいというのに、私はつい、その言葉を投げかけてしまった。

    「‧₊˚ ⋅先祖とか、死んだみんなはそうだったかもね。でも、俺は死出の旅に地表を選ぶような向こう見ずだし。₊˚ɞ何よりも. ݁₊ ݁˖ˎˊロシロに会っちゃったから。✧」

    ユエイレ様の表情は、疎い私でもわかるくらい『愛おしいものを見つめる顔』をしていた。

    「✧.地中を出る前は、結晶を見てから適当に野垂れ死ぬつもりでいたんだよ。✧.*でもさ.。.:*・ロシロ、俺に優しかったでしょ?‪⊹‬ロシロが結晶に苦しめられると思うと、これを壊さなきゃいけないって思ったんだ。⟡.·*.」
    「……私に……私に手伝えることはありますか?」

    話しながらだんだんと目を潤ませる彼に、心が動かされているのを感じた。彼を守らないといけないという、衝動を感じた。
    互いに、相手の種族への敵意が薄い私達だからこそ何も考えずに接することができ、そのせいで惹かれてしまったのだろう。

    「⟡˖ ࣪壊したあと、どうなるかわからないよ? ࣪⊹無惨に死ぬかもしれない。◌。˚✩」
    「いいです。あなたの助けになるなら。それに、もし死ぬなら一緒のほうがいい。」

    人生で一番無謀なことを言っていると思った。今まで上に言われて勉強をして、人の傷を癒やして、壊れた橋も家も船も直して、ただ言われるがまま過ごしてきた自分に、ようやくやってきた転換点。今までいた教会を捨てて彼を選ぶだけの、簡単な選択。

    「 ₊˚ˑじゃあ、俺に魔力を通して、結晶に手を当てて。✦⁺」

    言われたとおり、繋いだ手から魔力を分け与えると、彼からひんやりとした異質な魔力が流れてくるのを感じた。
    すこし前に、荷台で唇を重ねたのを思い出した。あのときも、私と彼の温度を分けて、混ぜ合ったのを。

    「☾⋆·̩君だけ死んじゃったら、恨むからね。⊹⟡⋆」

    彼はそう言ったあと、町で生まれ町で死ぬような人生なら見ないくらい、大きな魔法陣を構築した。結晶に当てた手を中心に、緻密な文様が描かれてゆく。
    全てが持っていかれそうな衝撃に耐えて、足を踏ん張った。彼の手を強く握りしめると、大丈夫と言うように、彼も握り返してくれる。
    元々涼しかった洞窟の中がどんどん寒くなって、彼の手が一番暖かく感じた。魔法陣が光り白む視界の中で、彼が微笑んでくれた気がして……つい私の頬も緩んでしまった。




    次に目が開いたとき、真っ先に視界に飛び込んできたのは彼の顔だった。
    強い感動は無く、ただ、死ななかったのか、と思った。これがいいか悪いかは、まだ判別できなかった。

    「っ. ݁₊ ⊹ . ݁˖ . ݁ロシロ?˚✧ 」
    「……ぃ」

    答えようとしたが、うまく声が出ず、ただ口を動かすだけになってしまった。それでも彼には十分だったのか、彼は私の手を取って、何度も私の名前を呼んだ。
    どうやら先に彼が目を覚ましたようで、私は外に停めていた荷車へ運ばれていたようだ。辺りは暗く、すっかり夜になってしまっている。
    視界に違和感があり、開いている手を顔に当てると、どうやら右目が見えなくなってしまったようだった。

    「⊹₊ロシロ?大丈夫?˚.⋆」
    「……右目、が……」

    なんとか声は出るようだ。手も動く、足……はまだよくわからないが、特に違和感はない。

    「₊⁺┈⊹ ࣪.+゚たぶん、壊す時に持っていかれたんだと思う。⊹ ࣪┈┈⊹ ࣪˖ロシロの体、半分白くなってるんだよ。⌖˚◌目も、髪も。˙˚」

    そう言われ、なんとか体を起こしてから腕や足を見ると、もののみごとに半分だけ肌の色が抜け落ちていた。
    白くなってしまった手で彼の顔を触ってみる。冷たいとは感じなかった。きっと私の肌が冷たくなっているのだろうから。

    「……いいじゃないです、か、あなたと……お揃いで。」

    暗くて分かりづらいが、彼の紫の髪も、黄色の瞳も白くなってしまっている。あの花のような目を引かれる色も好きだったが、今の彼も月そのもののように美しくていつまでも見つめていられそうだった。
    自分らしくもないが、そのことを彼に伝えると、何故か抱きしめられてしまった。
    鼻をすする音が頭上から聞こえる。彼が泣き止むまで体をさすっていたら、いつのまにか泣きつかれたのか眠ってしまっていた。

    穏やかな寝息が、忙しかった逃避行の終わりを告げているような気さえした。
    私も魔力の枯渇であまり動けそうにない。仕方ない、と目を閉じて2人で眠ることにした。
    辺りには何も無い。鳥の羽ばたきも、虫の声も、何も。私達はただ静寂に包まれていた。







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