「みんなにはナイショだよ……」
真夜中、もう明け方に近いくらいの時間に目が覚めた。喉が渇いていたので水を飲もうと外に出たところで、カズオに出くわした。一瞬驚いた顔をしたカズオは、俺の姿を見て妖しく笑って言った。
「な、何がだよ?」
俺が尋ねてもカズオは答えず、俺の手を取った。そのまま俺の手を引いて、階段を下りる。そのままぐいぐい俺の手を引いて、寮の外に出る。ふわりと吹く風は生暖かく、この時期特有の湿った香を含んでいる。
「なぁ、なんなんだよ」
「しー、もうすぐ来るから」
「はぁ? 何が?」
俺がそう聞くと、遠くの方からエンジン音が近づいてきた。薄暗い道路の向こうから、遠目のライトが近づいてくる。眩しい。その車は俺たちのたたずむ寮の前に停車した。自動でドアがひらいた。
「さ、どうぞ、タイガきゅん」
「え? なに?」
「こんばんは。寮の子に見つかっちゃったから、この子も一緒でいいかな?」
カズオはいつもと違い落ち着いた様子で運転手に声を掛けた。運転手は「勿論でございます」と返す。俺は戸惑いながらも車に乗り込んだ。前に一度、乗ったことがある車のような気がする。埠頭までカズオに迎えに来てもらったときだ。
「なぁ、こんな夜中にどこ行くんだよ?」
「えへへ~、どこだと思う?」
カズオはシートベルトを閉めながら、鼻歌交じりで尋ねる。知るかよ、そんなの。俺もシートベルトを締めると、車はスムーズに動き出した。
「これから、漁港に向かうんだよ」
「……は?」
「朝一のとれたてぴちぴち海鮮丼が食べたくなっちゃって!」
「はぁぁ?」
コイツは時々、本当に突拍子もないことをする。こんなことに付き合わされる運転手さんも大変だと思いながらルームミラーを見ると、運転手もカズオに負けないくらいに機嫌よさそうな表情をしていた。なるほど。コイツの運転手、ってわけか。俺はあくびをひとつする。
「着くまで寝てていいよ?」
「んー」
カズオに言われて俺は目を閉じる。朝日に起こされる頃には海が見えるのだろうか? さっきまでは喉の渇きが気になっていたのに、今は急に空き始めた腹が気になる。けど、心地よい座席は、俺をすぐに夢の世界へと誘った。