夕飯の後、時間を作って欲しいとミナトに頼まれた。指定された通り、入浴後にミナトの部屋に行くと「まぁ、入って座ってよ」と促された。
「気付いてると思うんだけどさ、カズオのマスク……」
「あぁ、カケルっから直接聞いた。タイガに半ば無理矢理させられていると」
「そうなんだ。カズオ、香賀美に嫌われたんじゃないかって気にしていて……何か心当たりあるか?」
ミナトに尋ねられて考えてみるものの、さっぱり思い当たらない。確かに、二人の間に何かあっただろうと自分も思ったけれど、何も心当たりがないのだ。先程風呂でカケルと話していた時も、タイガはあからさまにカケルを避けていた。
「何も思い当たることはないな」
「そうか……。なんだか見ていられなくて。本人たちの問題なのかもしれないけど……」
「いや、わかるぞ。ずっとあのままでいられたらこっちも気まずくなるものだ」
二人で相談し、問題解決の為にタイガから話を聞き出そうということになり、タイガをミナトの部屋に呼び出した。タイガの部屋では、隣のカケルに聞こえてしまう可能性を考慮してだ。
「なぁ、香賀美。一体どうしたんだ?」
「……いや、その……なんつーか」
ミナトの問いかけに、タイガはしどろもどろするだけでなかなかはっきり言わない。
「タイガ、カケルはお前に嫌われたんじゃないかと気にしてるんだぞ」
「えっ!?」
タイガは驚いた顔をして俺たちの顔を見た。自分の態度がカケルにどう思われていたのか、気付いていなかったのだろうか?
「香賀美、カズオに直接話しにくいなら、僕らに話してくれないか? どうしてカズオにマスクを強要してるのか……」
「そ、れは……」
「香賀美」
「う」
うむ。ミナトの圧が凄い。表情はいつも通り笑顔だが、有無を言わさない圧がある。
「カズオの……」
「うん」
「カズオの、口、隠したいから……」
俺とミナトは顔を見合わせて首を傾げた。
「どういうことだ、タイガ。もっとわかりやすく頼む」
「その……なんか、変なんすよ」
「変?」
タイガは眉を下げて頭を抱えた。
「カズオの……口、っていうか、唇? がなんか妙に気になって……。気にしないようにしようと思えば思うほど目がいって、その度なんかムカムカ? して……」
唇?
「そんで、なんかどう説明したらいいのかわかんねぇんすけど、身体がカーッとなるし見たくないのに見ちまうし……だから、カズオに隠してもらおうと思って……」
再びミナトと顔を合わせる。ミナトは目を丸くしていた。きっと自分自身も似たような表情をしているだろう。
「なぁ香賀美、カズオの唇を見て、どう思う?」
「え……どうって、だから、ムカムカ? モヤモヤ?」
タイガはうーんと唸りながらぽつりぽつりと話しだす。
「もっと具体的に」
「えぇ……。そうっすね……なんか、全然カサカサしてねぇなとか、綺麗な色してるな、とか……?」
む。ずいぶんしっかり観察しているな。確かに、カケルは日々のケアに力を入れているようだが、正直気にしたことなどなかった。タイガは本当にカケルをよく見ている。
「それから?」
「それから……や、柔らかそうだな、とか……?」
だんだん声が小さく弱くなっていく。タイガの顔をよく見ると、キュッと唇を噛みしめ顔を真っ赤にしていた。
「なるほどねぇ」
そう言って頷くミナトは、なんだか楽しそうだ。
「うんうん、よくわかったよ」
わかった? ミナトは、なぜタイガがカケルに対してマスクを求めているのかわかったのか?
タイガがカケルを良く見ている、ということしかわからなかったが……それが何か関係あるのだろうな?
「あ、あの……」
「ん?」
「このこと、カズオには黙っててもらえませんか? もう、マスクしろなんて言わないんで」
タイガは頭を下げてそう言った。言わないでくれと言うのなら言うつもりわないが、カケルがタイガに嫌われたかもと気にしていることは解決してやりたい。
「タイガ、カケルはすっかり落ちこんでいる。タイガの方から、『何でもなかった。もうマスクをしなくていい』と言ってやったらどうだ?」
「う……はい」
タイガは素直に頷いた。これで一安心だろうか?
タイガは早速カケルのところに伝えに行ってくると部屋を出て行った。
「ひとまず解決しそうだね」
「そうだな」
ミナトは楽しそうな表情をしている。
「香賀美は、自分の気持ちに気付けるかな? どうして、カズオの唇が気になって仕方ないのか……」
「ミナトにはわかるのか?」
「え?」
「ん?」
「太刀花……わかってなかったのか」
「ぬ?」
よくわからなかったが、翌朝二人は仲良さげに話をしていたので、きっと解決したのだろう。よかった、よかった。