間宵「拓海クンは希さんのことが好きなんだよね」
「……は?」
人も疎らになったファストフード店では、多少の大きい声でも簡単に掻き消される。予想外の言葉に心底驚いた顔をした拓海クンは、テーブルに広がった教科書から顔を上げてボクの目を見つめ返した。やっとこっちを向いたな、と少しばかりの優越感を抱えながら、読んでいた本に栞を挟み畳んだ。
「だから、ただの幼馴染なんだって何度も言ってるだろ」
「それにしては一緒に居すぎじゃない? 物心付いたときからご近所で学校も一緒、高校三年生になった今でも朝の登校から昼休み、家に帰って晩ご飯まで一緒なんでしょ。ボクにこうやって勉強を教わりに来るのは希さんがお母さんの手伝いで忙しい放課後だけってわけだ」
「あーもー悪かったって! その分奢ってやってるだろ!」
「まあ拓海クンと居る時ぐらいでしかファストフードを食べることなんてないからね。貴重な経験ではあるよ」
「はいはい……」
試験前や連休後、溜まった課題に行き詰まると拓海クンはボクの元へやってくる。優秀さで言えば四六時中一緒にいる希さんにお願いすればいいものの、こういった頼みだけはしないらしい。それが好意故の見栄っ張りだと検討が付いていたボクは、いつだって苛立ちと喜びを抱えたままこのファストフード店へ赴いていた。
「別に、霧藤とそういう関係な訳じゃない。オレも霧藤も……多分、今の関係が居心地が良いんだよ。それぞれ離れる理由が無いってだけで」
「ふぅん」
「なんで不満気なんだよ」
「拓海クンは流されやすいから、きっと言い寄られたら受け入れちゃうんだろうなと思って」
「そういうんじゃ……」
さっき教えた教科書の構文をなぞりながら、拓海クンは端に避けていたトレーから炭酸の入ったドリンクカップを手に取る。ずるる、と音を立ててもう残り少ない炭酸を啜っているところを見るに、もう勉強モードでは無くなってしまっているのだろう。
――現に今、希さんの話題を出しただけで集中を削がれているじゃないか。
そう言うことは簡単だったけれど、自ら仕向けるなんて愚かなことはしたくなかった。きっと、少しでも背中を押してしまえば、この均衡は崩れてしまうだろうから。
「大体、蒼月ってそういう話題嫌いじゃないのか? クラスでもそういう話の時入ってこないじゃないか」
返す言葉に詰まったことを悟られないよう、手に持ったままの本の表紙を撫でる。拓海クンはこうしてたまに鋭いことを言うから、面白い。
そう、拓海クンは、面白いんだ。何故か、他の人よりもずっと。――拓海クンをあの人に渡したくないほどに。
「なんでだろうね、拓海クンのことは全部知っておきたくなっちゃうんだ」
「……お前、気持ち悪いこと言ってる自覚あるか?」
「うーん、ちょっとはあるかな」
奢ってもらった飲みかけのコーヒーをグイと一気に飲み干して、本を仕舞う。もういい時間になっていることを察したのか、拓海クンもノートや教科書を片付け始めた。
その様子をじっと見つめながら、ボクは終わりゆくこの時間を憂いた。ああ、もう少し長く続けばいいのに。そう思ってふと、読んでいた小説の表紙に目を落とす。借り物の本は、いつも読まない小説だった。
「例えばもし、ボクとキミが殺し殺され合うような環境下に居たとしたら」
「飴宮が好きなデスゲームみたいなか?」
「そうそう。そしたらきっと、……」
「蒼月?」
片付けの間、間を持たせるぐらいの話題のはずだった。でも、妙な既視感が頭の裏の方でバチバチと音を立てる。くらりと視界が揺れて、まるで拓海クンとボクが、本当にそうなったことがあるような気さえする。
そんなファンタジー、現実であるわけがないのに。
「……いや、何でもないよ」
拓海クンのことは、絶対にボクが殺したい。そんな独占欲が漏れ出そうになって、ぐっと飲み込む。
何故か、眼鏡を通して見える拓海クンが、歪んだ気がした。