まるで万華鏡「……ちょっと、人のものを勝手に触らないでくれる?」
背後から声がして、慌てて手に持ったそれをテーブルの上に置き直した。蒼月がシャワーを浴びている間にふと沸いた興味でこっそり眼鏡を眺めていたが、想像よりあっという間に出てきてしまった。
蒼月は綺麗好きな割に、澄野よりも入浴時間は短い。だが肌が白いせいか、タオルが巻かれた首も眼鏡の乗っていない頬もまだ赤らんでいた。
「眼鏡、かなり度がキツくないか? 裸眼でシャワー浴びに行ったから、こんなに悪いなんて思わなかったぞ」
「まあ、別に視力はいいからね」
「……ん?」
「目が悪いから眼鏡をしてるわけじゃないってこと」
何度聞いても、理解が出来ない。目が悪いから眼鏡をするものじゃないのか? 度が入っているから伊達眼鏡というわけでもないだろう。
すると、訳が分からないという疑問がありありと顔に出ていたせいか、蒼月は珍しく可笑しそうに吹き出した。
「あはは、拓海クンってその顔よくするね。猫みたい」
「……お前が意味分からんことばっか言うからだぞ」
「はいはい、ごめんね」
対して悪いとも思っていない素振りでソファーに座る。まだ汗が吹き出すのかシャツの襟ぐりをパタパタと仰ぐ姿は新鮮だ。こうして相手のシャワーを待つなんてこと、恋人じゃなければすることもない。
その姿をじいと見ていると、視線を跳ね返すような目つきで睨まれた。
「ちょっと、変な目で見ないで」
「ばっ! 見てない! それより理由を教えろよ、じゃないと気になってシャワーにも行けない」
「えぇ……案外強情なとこあるよね。別に、見たくないものが多いから掛けてるんだよ。早く目が悪くなりたいぐらいなのに、どうしてか一向に視力はいいままなんだ」
ソファーの背に腕を掛けふんぞり返りながら、蒼月はケロリと言い放つ。産まれながらの認知障害を知ったのは過去の蒼月だけれど、恋人になった今の蒼月だって同じように苦労してきたはずだ。
触れたくないことに触れてしまったか、と口を閉ざしていると、額目掛けてタオルが飛んでいくる。べち、と水気を含んだ布が肌を叩いて思わず声を上げるが、痛くはなかった。
「まあ、拓海クンと二人の時は、掛けなくてもいいかな」
「えっ」
「それぐらいには、その醜い顔も見慣れてきちゃったってこと。ほら、だから早くシャワー浴びてきてよ」
そう言って蒼月は、ローテーブルに置きっぱなしの本を広げ始める。どこか擽ったい気持ちを誤魔化すように、澄野もシャワールームへと向った。