Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    なつゆき

    @natsuyuki8

    絵とか漫画とか小説とか。
    👋(https://wavebox.me/wave/c9fwr4qo77jrrgzf/
    AO3(https://archiveofourown.org/users/natuyuki/pseuds/natuyuki

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍎 ♠ 🍴 🌳
    POIPOI 124

    なつゆき

    ☆quiet follow

    【まほやく】東の魔法使いが事件を解決する話。
    私は、子どもが親を選んで生まれてくる、という言説が死ぬほど嫌いです。

    #魔法使いの約束
    theWizardsPromise

    銀色の糸「どうしたんだい賢者さん。難しい顔して」
     帳面と睨めっこしていた賢者は、軽やかで少しだけ気だるげで、からかうようで労わるような声に顔をあげた。「ネロ」と名前を呼ぶと、空色の髪の主は食堂の入り口で口もとに微笑を浮かべ、よっと手を挙げた。
    「ネロは買い出しですか?」
    「ああ。賢者さんは……これ、依頼か?」
     中に入ってきたネロは、右手に食材の入った袋を持ちながら、ひょいと紙をひとつ手にとる。賢者の前にあるテーブルに広げられたたくさんの紙は、魔法舎に届けられた手紙らしい。
    「緊急の依頼がいくつか舞い込んでしまって、優先順位をつけているところだったんです。特に切迫してそうなのがこれとこれで……」
     賢者はふたつ紙を差し出した。こうして堂々と見せているということは、ネロが見ても構わないものなのだろう。ネロはそのうちのひとつの文面を指でなぞった。
    「こっち、東の国だな」
    「はい。北と東で緊急性の高い事件が起こっているので、メンバーはその国の魔法使いで、というところまで考えたんですが……俺がどちらに同行するべきか悩んでるんです」
    「ふうん」
     ネロは東の国への依頼の紙を取り上げると、ひと通り内容を吟味する。やがて頷いた。
    「うん……賢者さん、北に行きな。こっちは東の国の魔法使いだけで行くよ」
    「えっ?」
    「北の魔法使いに何かさせるには、賢者さんがいた方がいいだろ。賢者さんは大変だろうけど」
    「それはそうなんですけど……」
     賢者は驚いたように言った。ネロはそこまで自己主張の激しくない魔法使いだ。どちらかと言うといつも目立たぬようにしているくらいで、何かの決断をするときにはいつも東の国の先生であるファウストを立てていた。そのネロが、ファウストの判断を仰がずに即決したことに驚いたのだ。
    「子どもたちが消えているって内容だからですか?」
     ネロはことさらまだ子どもの魔法使いを大切にしている。それを知っている賢者は思わず尋ねていた。ネロはちょっと目を丸くすると、おかしそうに笑って首を横に振った。
    「賢者さん、俺、義憤に駆られるような上等な性格をしていないよ。ただ、これは俺たちだけでこと足りると思っただけさ」
    「本当にいいんですか?」
    「ああ」
     ネロは頷くと、依頼の文書を指に挟んで無造作に振った。



     それは東の国の、雨の街から少し離れた村の依頼だった。
     あたりを森に囲まれ、観光資源も名産品もない、これと言って秀でたものがあるわけではない村だ。ただひとつ変わったことがあるとすれば、古い言い伝えがあることだった。
    「子どもは生まれる前に、自らの親を選んで生まれてくるんだってさ」
     箒で東の国へと飛びながら、ネロは言った。
     隣を飛行しているファウストが眉を寄せてなんだそれは、と言った。
    「それ、聞いたことがあります」
     ヒースクリフが声をあげた。東の魔法使いたちが、箒に乗るということすらどことなく気品ある彼を見遣った。
    「ブランシェット家のパーティーに招かれた、貴族の方に言われたことがあるんです。あなたはたいへん見る目がある、ブランシェットのお家の糸を選んだのですねって。どういうことですかって聞き返したら、私たちの土地にはそういう言い伝えが残っていると言っていました。確かにこれから行く土地を支配する貴族だったと思います」
    「ああ、小さいとき、お前言っていたな」
     シノが相槌を打ち、ファウストが眉間の皺を深くする。
    「俺は店の客から聞いたんだよなー」
     ネロが到着するまでの時間潰しというように、のんびりした口調で話し出す。
     まだ肌寒い春の夜、閉店時間が迫るときのことだったという。
    「細い雨が降り止まない日のことでさ。ひとりの男がぐずぐずと帰り支度をしないでいつまでもちびちび酒を飲んでいるんだ。雨の中帰るのが嫌なのかな、と思っていたら店主さんちょっと話を聞いてくれるかい、俺の故郷に伝わるくだらない話だ。これを話したらもう帰るから、と言うんだ」
     男が語ったのは、彼の村に伝わるという言い伝えだった。
     子どもは生まれる前、この世ではないどこかの空間に存在しているものなのだという。子どもの頭上には無数の銀色の糸が垂れていて、子どもはそれを見上げて吟味するのだそうだ。
     やがて子どもはこの糸だ、と思ったものを手に取り、自分の身体のどこかに巻きつける。
     その糸は母親とつながっている。母体から子どもが生まれてくるときには、糸が巻き付いた身体の部位から外の現実の世界に出てくるのだ、と言われていた。
     その言い伝えにちなんで、成人前の子どもは年に一度の祭りの時期に銀色の糸を、その最初にこの世に出てきた身体の部位に巻きつける。そして親へ贈り物を贈る、という風習があるのだ。
     銀色の糸は「自分はあなたを選んで生まれてきた、だから感謝している」という気持ちを表すものだという。
    「俺の故郷では、親に反抗すると『自分で選んだくせに!』って言われるんだよ。ただの迷信のはずなのに、そう言われると俺が悪かったような気がしてくるんだよな。俺はずっと親と折り合いが悪かったんだが、祭りの時期にはしぶしぶ銀色の糸を巻いて、そこらへんで拾ってきた花を贈っていたよ。別に風習なんて無視してもよかったのにな」
     男はそう言って苦笑した。彼は窮屈な村を飛び出し、雨の町に職を求めて出てきたのだという。面白おかしく暮らしていたが、先日、急に右の足首がひどく痛んだ。すると、ずっといがみ合ってきた親が亡くなった、という知らせが舞い込んだのだという。
    「俺は逆子でね。足に糸を巻いて出てきたからだ、本当にこの子には苦労をかけさせられたって母親がよく言ってたんだ。偶然かもしれないが足が痛んだことにぞっとしちまってね。いくら村から離れても、この身に染みついたものは切り離せないって思い知ったよ。明日の朝、葬式のために村へ帰るんだが、降っている雨が銀色の糸に見えて……気が重くなって長居しちまった」
     男はそう言って、コップを静かに置くと勘定を払って出て行った。
    「六十年くらい前の話だから、もうそいつは生きていないと思うけど。村に戻ったのか、それきり来なくなったから、妙に印象に残っちまって。よく覚えているんだ」
    「その祭りの直後に子どもたちがいなくなった、というのが今回の事件だったね」
     ああ、とファウストの問いにネロが頷きを返す。
     魔法舎に来た依頼の手紙には事件の詳細が書かれていた。それは祭りの日の夜、少年がひとり、家に帰ってこなかったということから始まった。
     両親は祭りの日なので誰か村の子どもの家にでもお邪魔しているのだろうと悠長にかまえていたが、翌日になってみてもどこの家も行方を知らないと言う。子どもたちに何かを知らないか尋ねようとしたが、気がつけば遊びに行った子どもたちの姿が村のどこにも見当たらない。そして夜が明けても帰ってこなかった。
     ただひとり、村で一番幼い3歳の子どもは家にいたが、他の子どもの行方はもちろん知らなかった。
     祭りの翌々日から村周辺の森の捜索が行われているが、子どもたちを見つけることはできていないという。
     行方不明になったとき、大人よりも子どもの方が体力がない。それで賢者は心配をして、この依頼の優先度を上げていたようだった。
    「ふうん、銀色の糸か。ブランシェットの旦那様と奥様とつながっているものなら、きっと美しかっただろうな」
     シノが何気なく言った。はっとしたようにヒースクリフが顔をあげる。その顔色が青ざめていた。
    「……言い伝えなんて、所詮迷信だろ。だって」
     そこまで言ってヒースクリフは黙ってしまった。シノはああ、と言って何ということもなくその後を引き取る。
    「そうだな。本当に子どもが親を選ぶなら、オレは糸を選ぶセンスがないってことだもんな」
    「シノ!」
     ヒースが鋭い声を出した。ネロがふわりと箒を移動させ、ふたりの間に割り込んで「まあまあ」と宥める。ファウストが「はっ」と嘲るように言った。
    「子どもが親を選ぶだって? オスとメスが交尾をして子どもを生む。ただそれだけのことだ」
    「せんせえ、お口が悪いぜ」
    「赤子の世話は大変だからな。人間はいろんな意味をそこに見い出さずにはいられないんだろう。いずれにしろ、僕たちは子どもたちを見つければいい」
     先生役のファウストの毅然とした言葉に、生徒たちはとりあえず「はい」とお利口に声を揃えた。
    「……子どもたち、何事もないといいですね」
     ヒースクリフの案ずる声に、ネロは口もとの微笑を動かさなかった。


     村に到着すると、困惑したような村人たちの空気が四人を迎えた。
     魔法舎に来た手紙の差出人は匿名だったのだが、そのことが示すように村は閉鎖的な雰囲気に包まれていた。手紙を出したのは誰かと尋ねても名乗り出るものもおらず、村の大人たちは胡散臭そうに賢者の魔法使いたちを遠巻きに見ている。
    「祭りは一週間前のことで、子どもたちの一部は既に帰ってきている。他の子どもたちもじきに帰ってくるだろう。あんたたちにやることはないから帰ってくれないか」
     村長の男はそう言って、ファウストたちを邪険に扱った。魔法使いたちは思わず顔を見合わせる。
    「帰ってきたって……どういうことだ?」
    「祭りの四日後になって、村の入り口に子どもがふたり、ぼんやり立っていたんだ。行方不明になっていた子どもたちの中でも幼い子たちで、いなくなっていた間のことは何も覚えちゃいなかった。その次の日も、またその次の日もふたりずつ戻ってきている。だんだん年齢層が上がっていて、状態は最初のふたりと同じだった。このペースなら、もう一週間もすりゃ全員戻ってくるんだ!」
     閉鎖的な村人たちはみな、黙って待っていれば子どもたちが戻ってくる現状に満足しており、村の中を見知らぬ魔法使いにうろうろされることの方を厄介に思っているらしい。
    「そんな悠長な! 子どもたちが心配じゃないんですか」
    「なんか怪しいな。いなくなった原因や戻ってくる理由に、何か心当たりでもあるんじゃないのか」
     年若いヒースクリフとシノの直接的な言葉に、村長はこめかみに青筋を立てて怒鳴る。
    「うるさい! いいから出ていってくれ!」
    「賢者の魔法使いとして、正式に来た依頼に対して何もせずに帰ることはできない。いなくなった子どもたちの家を順番に回って、話を聞かせてもらう」
    「勝手にしてくれ。みんな私と同じ気持ちだろうから、たいした話は聞けないだろうよ。飯屋も宿屋もあんたたちには協力しないからな!」
     そう吐き捨てると、村長始め村人たちはさっと散ってしまった。ネロは肩をすくめて「どうする、先生」と問いかけた。
     ファウストはため息をひとつついた。
    「二手に別れよう。僕とヒースは子どもたちのいなくなった家庭に聞き込みを。ネロとシノは森の中を探索してくれ」
    「そうだな。宿に泊めてくれないなら野宿だから、いい場所を見つけないと。メシはどうすっかな」
    「任せろ。森の中は得意だ」
     ネロとシノはまるで遠足にでも行くように気楽な足取りで森へと向かっていった。



     村人たちの口は村長の言った通り重かった。
     親たちはいなくなった原因に心当たりはないと口を揃え、既に子どもが帰ってきた家庭は帰ってきた理由にも、まだ戻っていない子どもたちとの差異にも思い当たるところはないと主張した。強いて言えばやはり、年齢の若い順に戻ってきている、ということだけが確かだった。
     ファウストとヒースは帰ってきた子どもたちとも面会した。子どもたちは帰ってきた日が浅いほど、ぼんやりとしていた。祭りの日の夜に眠りにつき、その後は保護されるまで記憶はないという。
     ファウストはどの家庭でも必ず、ひとつ同じ質問をした。
    「祭りの日、子どもから親へ贈られたものは何だったか」
     それに答えるとき、親たちは一時、警戒心を忘れて誇らしげに口を開いた。回答はさまざまだった。似顔絵、手作りのカード、手紙、その日の食事の準備、花、衣服、アクセサリー。
     訪問は最後の一家庭を残すのみになり、村はずれにあるその家に向かってふたりは歩いていた。
     本当に、作物を育てるための畑と家々以外には何もない村だった。食事処も宿屋もひとつずつしかなく、本屋などの娯楽施設も全く目にしない。
     少々疲れた気配を隣を歩くヒースクリフに感じ、ファウストは優しく尋ねた。
    「ヒース、少し休むか」
    「えっ? ああいえ、大丈夫です。なんだか気疲れしただけというか……」
     自嘲気味な笑みを浮かべたヒースは恐る恐るといった様子でファウストに尋ねた。
    「あの、先生はこの村にある言い伝えを、やっぱり馬鹿らしいと思いますか」
    「ああ」
     すっぱりとファウストが答えた。ですよね、とヒースは言って、息をついた。
    「でも俺は……そうは思えませんでした」
    「……」
    「俺なんかがどうして、あんなに優しい両親の糸を選んでしまったんだろうって……俺が選ばなければ、ふたりは普通の、人間の子どもに選ばれて安寧に暮らせたはずなのにって考えて、パーティーの後、しばらく眠れなくなりました」
     ヒースの訥々とした声が寂れた道に落ちていく。ファウストは黙ってヒースが紡ぐ言葉を聞いていた。
    「俺の様子がおかしいことに気がついて、シノが声をかけてくれました。俺は何も考えずに話をして……シノはじゃあ、オレは選んだ糸が悪かったのか、って今日と同じことを言いました。納得したみたいに。俺はそのときになってようやく、なんてことをシノに言ったんだろうって思いました。まるで、シノの境遇を、シノが選んだ……望んだことのようにしてしまう言い伝えを、そのまま……」
     ヒースが肩を落として項垂れる。
    「シノは俺には、けろっと迷信だろう気にするな、と言いました。俺はその言葉に救われて、でも救われたことに自己嫌悪しました。気遣われるべきはひどい話を伝えられたシノの方だったのに、俺が慰められてしまった。しかもその後、シノは『ブランシェットの家に拾われるために必要だったなら、糸を選んだことを正解だと思える』と言い出したんです。俺には迷信だって言ったのに……俺は否定することも肯定することもできず、ただただ悲しくなってひどい喧嘩をしました」
    「……誰しも、自分の進んできた道を間違いだったとは思いたくはない。過去を肯定するためには、それが運命だったと思ってしまうのが手っ取り早い。そのための根拠を与えられたら誰だって飛びついてしまうだろう。この村の人々のようにな」
     ファウストは静かに言って、最後の聞き込みの家の前に立った。ヒースも並んで立つとファウストを見つめて尋ねた。
    「……それは先生でも、ですか?」
    「僕が進んできた道は間違いだらけだから、当てはまらないな」
     ファウストはそう言ってヒースにふっと笑いかけた。冗談を言ったつもりだったが、ヒースは困ったように真顔を返すことしかしなかった。ファウスト自身が自分のことをどう思おうと、やはりヒースにとって、ファウストは尊敬すべき先達だった。
     ヒースの無言の言葉に込められた思いを汲み取ってしまい、ファウストは表情をすっと通常通りに戻す。そして、最後の家のドアを叩いた。
     出てきたのはやつれた母親だった。
     彼女の息子はソフィという名前で、いなくなった子どもたちの中でも年嵩の十四歳だったという。この村では十五で成人の扱いだ。
     そして、いなくなった原因にも理由にも心当たりはない、とこれまでの家庭と同じことを繰り返された。
    「ソフィは祭りの日、ウルと一緒に遊んでいました」
    「ウル……彼も十四歳で、いなくなった子どものひとりですね。聞いたところによると、ウルは子どもたちみんなのリーダー的な存在だったとか」
    「はい、ソフィは大人しい子だったけど、ウルとはとても仲が良かったです」
     一通り話を聞いた後、ファウストは例の質問をした。
    「祭りの日、ソフィからあなたへ贈られたものは何だった?」
    「……何も……ソフィは祭りの夜に帰って来なかったので……」
     ソフィの母親はそこまで言って、はっと言葉を止めた。ファウストとヒースは顔を見合わせた。
     そもそもの始まりは祭りの日の夜にひとりの少年が帰ってこなかったことだ。そして次の日になって他の子どもたちも姿を消した。その、最初のひとりがソフィだったということなのだろう。
     母親はその後、一切口をつぐんでしまった。ファウストとヒースは一応、簡単に礼を言ってその場を辞そうとした。そのとき、母親がぼそぼそと何かを言った。ヒースは聞き取れなかったのか怪訝な顔をし、ファウストは無言で黙ったままでいた。
     家の扉が閉まる。そこへちょうど、箒に乗ってネロとシノが姿を現した。
    「首尾は?」
    「上々。シノが速攻でやってくれたよ」
    「ふふん。もっと褒めろ」
     ファウストの問いに、ネロが答え、シノが胸を張る。
    「いいだろう。それでは、かくれんぼは終わりにしようか」
     ファウストは自分の生徒たちを見渡すと、ひとつ頷いた。



    「村の中にいたら不自然に思えなかったのかもしれねえけどさ。子どもがいなくなった、って聞いたら、普通はまず『家出したんじゃないか』って疑うよな」
     出発前の魔法舎で、ネロはそう言った。
    「賢者さんは優しいから、子どもがいなくなったって聞いてずいぶん心配してたけど、こりゃあ、最初のひとりが家出して、それをカモフラージュするために他の子どもが協力したんじゃないかって思った。さすがに3歳の子までは巻き込めなかったんだろうけど。そうなると、派手なドンパチまでは起こらねえ。だからこっちでやるって引き受けちまったけど、いいよな先生」
    「ああ。僕たちだけで大丈夫だろう。村で話を聞いて、魔力の痕跡を調べてもしも他の要因が考えられるのであれば魔法舎に応援を要請しよう。だが、僕もネロの読み通りだと思う。村からまともに離れたことのない子どものやることだから、きっと近くに隠れているんだろう。となると、その場所は……」
    「森の中しかねえよな。いけるよな、シノくん」
     シノは自信たっぷりに頷きを返し、ヒースはやる気になっている従者に苦笑した。
    「子どもたちは大人に見つからず隠れ続けているということですよね。すごいな……」
    「体調が急変する子どももいるかもしれない。なるべく早く見つけてやるに越したことはない」
    「そうですね。何事もないといいですけれど……」
     そう目星をつけて村へやってきた四人だったが、既に帰ってきた子どもがいたことに面食らった。だが、すぐに事情は知れた。
     ファウストとヒースが会った、戻ってきた子どもたちに、魔力の痕跡があったのだ。ここ数日の記憶を封じ込める魔法だった。
     子どもたちの中に、魔法使いがいる。そう、ふたりは確信した。
     小さい子どもたちは日数が経てば経つほど、体調を崩したりあるいは親恋しさに帰りたくなったりするかもしれない。だから早めに帰すことにしたが、小さい子たちには演技などできない。大人たちに詰問されればすぐに事情も隠れ場所も言ってしまうだろう。だから、魔法で記憶を奪うことにした。そういう事情が読み取れた。
     シノが見つけた森の隠れ家に赴くと、ふたりの少年が顔を出した。
     どうやら魔法舎に手紙を出したのは彼ら自身だったらしい。
     ウルという少年が、ずいと前に出ると四人を相手にして話し出した。
    「この隠れ家には前に、物知りなじいさんが住んでたんだ。十年前に死んじまったけど。オレとソフィはよく、村の大人に黙ってここに来て、じいさんの話を聞いて、じいさんの本を読んだ。じいさんは死ぬ前に雨の街の新聞社に金を払って、十年分、この家に新聞が届くようにしておいてくれた。それで、賢者の魔法使いのことを知ったんだ」
     そしてウルはぱっと頭を下げた。
    「頼む。同じ魔法使いなら、ソフィを助けてやってほしい」
     ウルの背後から、物静かな少年が顔を出した。彼の持つ気配に、ソフィが魔法使いだとわかる。彼は、あちこちを怪我していた。
    「ソフィの親父は、ずっと子どもに暴力を奮ってたんだ。村の大人たちはそのことに気づきながらもずっと無視してた。ソフィが魔法使いだってことに気づくと、親父さんはソフィを殴る。ソフィは記憶をいじる魔法が得意だったから、親父さんたちや時には他の村人の記憶を誤魔化してなんとかしてきたんだけど、祭りの日は、うまく魔法がかからなかったんだって」
    「……きちんと、魔法を勉強したことがあるわけじゃないから……」
     ソフィがおずおずと、小さな声で言う。
    「お祭りの日だったから……僕がこの家を選ばなければって考えているうちに、魔法が使えなくなってた」
     心が弱ると魔法はうまく使えない。息子が魔法使いであること、そして今まで何度も記憶を消されていたらしいということに気づいた父親は、激しい暴力をソフィに加えた。彼は耐えきれず、祭りの最中に姿を消したのだという。
    「ソフィがいなくなったって聞いて、きっと隠れ家にいるに違いないって思って探し出して事情を聞いた。俺は子どもたちを集めて、数日だけでいいから協力してほしいって言ったんだ。みんな大人たちがソフィのことを見て見ぬふりをしていることに気がついていたから、いいよって言ってくれた。小さい子どもたちは単純に、この隠れ家でやるお泊まり会に喜んでいただけだったけど、それでもよかった」
     今残っていた子どもたちは、長期間の協力を申し出てくれた者たちだという。ウルがもう大丈夫、と話すと彼ら彼女らは自ら家に帰って行った。
    「みんな、この村はちょっとおかしいって気づいてるんだ。でも、大人たちは本気で信じてる。自分たちは選んでこの村に、この村の親たちのところに生まれてきたんだって。俺とソフィ、それからその下の世代の子どもたちはこの隠れ家で、本読んだり、新聞読んだりしてたから、それがこの村から、自分たちから離れさせないための方便なんじゃないかって思ってる。今はみんな家に帰るけど、大人になった後はどうするか、考えて決めるって言ってた」
     だいたいの事態の全貌を掴むと、ファウストは膝を折り、目線を合わせてソフィに尋ねた。
    「きみはこれからどうしたい」
    「……この村から、出たい。父さんが追いかけてこられないところに行きたい」
    「わかった」
     ソフィの小さな、しかし確かな返事にファウストは即座に頷くと、魔法舎と連絡を取った。
     ソフィは南の国の、信頼の置ける魔法使いのところに送ることになった。そうして、ウルも付いていくという。
     かくして子どもがふたり消えた、という結末を持って事件は終わった。
    「じいさんが言ってたんだ。生まれてくる場所は選べないけど、生きる場所は自分で選べるって。村の外には、信じられないくらいうまい飯屋があるんだぞ、もったいないぞってよく言われた。俺がその飯屋ってどこにあるのって聞いたら雨の街って言われてさ、村の外って言ったって全然近いじゃん! って笑ったよ」
     ウルが別れ際に言った言葉に、ネロは「へえ」と言って頬をかいていた。



    「話を聞きに行ったとき、最後に、ソフィの母親が言ったんだ」
     ファウストがワイングラスの細い足を持って、ぐるぐると揺らしながら言った。香りを楽しむための動作ではなく、完全に酔っ払いが手持ち無沙汰にやっているだけである。
     事件が解決し、ソフィとウルを南の国へと移送する雑務も終わった日のことであった。北の魔法使いたちの方もなんとか依頼をこなしたらしく、賢者は疲労が見えながらも清々しく笑っていた。東の方も無事片付いたと告げると、嬉しそうに顔を綻ばせていた。
     そのことに満足し、今日は晩酌をどうか、とファウストが誘うとネロが俺もそう思ってたよ、と言って自分の部屋へと招いてくれた。そこにはずらりとワインとつまみが揃っていて、彼の気合いの入れように思わず笑ってしまった。
    「へえ、なんて?」
     ネロは多少怪しげな呂律で相槌を打つ。
    「ソフィからの贈り物は言葉でした。『幸せになって。選んでごめん』と言われました。だって」
    「ま、母親も魔法使いを産んじまって、苦労したんだろうさ」
    「それでも、別れの挨拶を『贈り物』なんて表現するのはひどい話だろう。母親の前から姿を消すことが、子どもが母親にできる唯一のことだったなんて、その母親本人から聞きたくはなかった」
     ファウストは管を巻いた。ヒースやシノの前では言えない本音だ。ネロは珍しく、年下の若人を見るような目でファウストを見ていた。
    「先生って、母親っつうか親っつうか……大人はこうあるべき、って思ってんだな。おっと、それが悪いってんじゃない。やっぱりあんた、『先生』だよなーって」
     うんうん、とネロは頷きながら、ワイングラスに残っていた液体を飲み干す。
     ファウストはそのとき、徐に口を開いていた。ファウストとネロは、常に付かず離れずの距離を保っている。そのラインを、踏むか踏まないか、のあたりを試してみたくなった。酔っているせいかもしれない。
    「きみは、自分が選んだと思う?」
    「ん?」
    「生まれる前に。銀色の糸」
     ネロはああ、と言ってワイングラスをテーブルに置いた。
     そうしてちょっと考えた後に話し出した。
    「あの言い伝え自体はウルが言ってたように、村を保つための装置みたいなものだったんだろうな。森以外は何もねえ村だから、放っておけばバンバン都会へ人が出ていく。近くに雨の街もあるしな。お前は自分が望んでここにいるんだ、これからもずっとそうするんだと、言い伝えと年に一度の祭りを通して幼少期から刷り込むことで、村を存続させてきたんだろう。だから言い伝え自体は迷信もいいところだけどさ……」
     ネロも多少酔っているらしく、長い口上が続いた。ファウストがふんふんと相槌を打っていると、ふいに言葉が途切れた。
     そうして、いやにはっきりとした言い様でネロは言った。
    「でも俺は、店であの話聞いたとき、俺は選んだかもしんねえな、と思った」
    「……へえ?」
    「あんなろくでもないやつらのところに他の子どもが生まれねえようにしないと、幸い俺もろくでもないから丁度いいや……ってね」
     なーんて、と言ってネロはワイングラスの細い足を持ってグラスを傾けた。そして中身がもうなくなっていたことに気づいて、困ったように笑ってみせた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏❤❤👏👏👏💖👏👏😭👏😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works