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    多々野

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    多々野

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    離別前のケビスウ
    疲弊したスウのモノローグです

    *オンパロスの1章読んだ勢いで書きました

    ##ケビスウ
    ##小説

    ロングラン閉じたままの瞼の裏、一面に炎があかあかと燃えていた。いったい何を薪に燃えているのか、ぱちぱちと火の粉が爆ぜる音がする。眠りの安寧を焼きつくす炎を前にして、僕はそれをどうすることもなく眺めていた。暗闇であったところを残酷に照らし出す赤。それは自分を脅かすものであるはずなのに、不思議と温かかった。感覚が麻痺しているのかもしれなかったが、危機感を抱くのも今更に思えてとにかく億劫だった。

    それからどれほど経ったか、大きく燃え盛っていた炎は徐々に小さくなり、しかし強さはそのままに凝り、青白い、光の点となった。突き刺すような光が、誰かの眼になる。
    「スウ」
    呼びかけられて、目は開けないままに、それを見る。よく知っている人間の姿。見飽きるほどに見た白髪と青い目。
    一瞬、身構えてしまったことを自覚して内心で苦笑した。どうやら混乱しているらしい自分の為に一つ一つ確認してやる。まず、今は千界一乗を使っていない。次に、これは予見でもない。最後に、ここは須弥芥子の中で現実の彼は入ってこれない。つまりこれは幻覚だ。
    足元は草原で、背中には大樹の幹があった。幹に頭の後ろを擦りつけるようにして、樹の下に座っている自分の姿勢を調整する。バランスのいい位置を見つけると、ようやく力を抜いてゆるりと微笑んだ。
    「おはよう」
    僕を見下ろすケビンは無表情に頷く。
    「眠っていたのか」
    「いいや。観測をしていたところだよ」
    千界一乗で他の世界を観測することが、習慣であり仕事である。今回は偶然にも葉の中に目の前の男にそっくりな人間を見つけて、つい先程まで眺めていたところだった。
    その世界でも彼は剣を手にして、皆に背中を向けていた。神を殺して神になり、人に殺されて死ぬ。幾多の世界で見つけた彼はそういう役回りであることが多かった。
    この第三惑星固有世界の存続に役立つ情報を探るという目的だけに沿うならば、その世界を最後まで見る必要はなかった。しかし結局最期まで見ずにはいられなかった。目を離すことができないのだ。
    そして見届け終わった今も、こんな幻覚を見ている。未練がましいなどと笑ってくれる者はどこにもいなかった。ここではずっと一人だ。

    長く使っていない肉体の声帯を震わせ、掠れた声を絞り出す。
    「……今日の君は僕を殺さないのかい」
    ケビンは右手に天火聖裁を持っている。彼は言われて初めて剣の存在に気づいたように、柄を握る自分の手を見下ろし訝しげな顔をした。
    「なぜ僕が君を殺すんだ」
    「僕が君を殺すからさ」
    「……だが、君に殺されたことはない」
    困惑した様子でぽつりと言った。僕は「そうだね」と答えた。薄く刷いた笑みは崩れなかった。
    この数万年、彼を殺せたことは一度もない。何度も何度も繰り返す予見の中で、僕は彼を止めるために手を尽くし、いつも失敗する。大抵は天火に貫かれて死ぬ。あるいは心臓を凍らされて死ぬ。あるいは首を締められて。あるいは、あるいは、死のバリエーション。そうやって彼はいつも僕の殺人を阻止する。
    「どうして君が僕を殺すんだ?」
    ケビンが問いを重ねる。心底分からないという顔だった。
    「君のやることを止めなくてはならないからさ」
    「分からない。止めたいならそう言えばいいだろう」
    そんな段階はとうに過ぎている、と僕は言う。それでも、と彼は言い募る。
    「それは僕たちが殺し合うほどのことなのか?」
    まるでこちらを試すかのような問いだと思った。僕の迷いが彼に問わせたのだとしたら、やはり笑うしかなかった。ふ、と笑みのかたちに響くはずの息はしかし、思いがけず細く震えていた。
    「だめなんだ」と言って、いちど唇を噛む。それから喘ぐように呼吸を継ぎ、続きを吐き切る。「それを許してしまえば、僕は生きてはいかれないんだ」
    変わらない執念と引き換えに長い時間を手に入れた。曲げてしまえばそこで終わりだ。スウの道は続かない。ケビンの救世もまた同じことである。自分の道の為なら手段を選ばない。互いに。数万年もまっすぐに歩いてきたせいで、僕たちは曲がり方も止まり方もとうに忘れてしまっていた。
    「殺さないなら、用もないだろう。早く行ってくれ」
    話すことにも疲れてきて、虚像を追い返すことにした。今はただ何も見ずに深く眠りたかった。幻覚は僕を見下ろし、悲しそうに目を細める。それも自分の疲弊した脳が生み出した幻でしかない。
    「スウ。僕たちは親友だ。そうだろう?」
    「ああ」
    僕の自傷的問いかけに、僕は迷いなく答える。僕たちは親友だ。それは殺しても殺されても変わらない名前だが、親友が道を曲げる理由にはならないことも知っている。ではこの問いの意味は? 親友が未来に何の意味も持たないのなら、それを確かめたがる僕の心は何だ?
    虚像の向こう側でゆらゆらと湖面が揺れている。幻境の草原に風が吹き、湖にさざ波をつくるのをぼんやりと眺めた。
    ケビンが隣りに座る。どこかへ行ってくれと、もう一度言う気にはならなかった。手が横からのびて、指先が僕の髪に触れる。皮膚が僅かに頬に当たる。幻覚だからか冷たくはなくて、それだけがやけに悲しかったと、随分後になってから思い出す。


    スウ、と呼ぶ声に意識が浮上する。隣りに冷たいものが座る気配がした。
    「久しぶり」と言ってから、それで合っていたか少し不安になる。
    とても久しい気もしたし、つい最近会ったばかりのような気もした。実際には数年ぶりの再会であるはずである。予見にも葉にも幻覚にも同じようなものが映るせいで、近頃は記憶が混濁してきている自覚があった。焼きが回ってきたかな、と彼にはとても言えないが。
    「眠っていたのか」
    「ああ。夢を見ていた」
    「どんな?」
    「他人の見た夢の話なんて面白くもないだろう」
    彼は人の隠しごとにはよく気づく。気づくがあまり追及しない。昔、メイのへたな嘘に最後まで何も言わなかったように。秘密を暴かないことで自分が損をするとしても、何も言わないでいるのは、彼にとっての信頼であり自負なのかもしれなかった。
    「君の話なら面白い」
    「そうかな」
    じっと見る視線を感じる。話せとは言わない。言わないから、少し零したくなってしまった。
    「他の世界の夢さ。他の……いろんな世界に、僕たちの知己や、君がいて」
    人を守って、世界を救って、最後には人に殺される。似た筋書きの映画を何度も観ている。繰り返される変奏の中で、生きて戦って死ぬまでを見ている。いつも大きなうねりの中心に君はいて、僕は傍観者に過ぎなかった。
    「それは僕ではない」ケビンは淡々と事実を告げる。
    「……分かっているよ」
    分かっている。運命の因果は絶対ではない。自分の予見も絶対ではない。すべてのケビンが自己犠牲的英雄としてうまれるなんて、そんなわけがない。
    「でも」ケビンははっきりと瞬きをして、するりと言葉を続ける。
    「それらの僕は、きっと自分で結末を選んだはずだ」
    それを聞いたとき、一瞬、自分が泣き出すのではないかと思った。むろん、誰も泣きはしなかった。彼が嘆かないのだから、僕に嘆く権利はなかった。だから肯定も否定もできずに、ゆっくりと吐いた息を返答の代わりにした。
    僕は自分の役割と限界を分かっている。超変手術を受けて”目を閉じた”ときから、あるいはもっと前から、それこそ高校生であった頃には既に、自分の在り方を理解していた。
    それでも別れが訪れるまでには、あと数年の猶予がある。五万年の端にある僅かな時間に、僕はよりましな未来の可能性を探すだろう。菩提樹の葉に、湖の水面に。

    閉じたままの瞼の裏で、青い炎がちらついていた。その蒼白い炎は、暗闇のなかに一等激しく輝き、最後にはいつも燃え落ちる。
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