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    多々野

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    多々野

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    ケビスウ
    尊主ケビンが高校生のスウに会う話

    ##ケビスウ
    ##小説

    一葉の書置き「尊主、これを」
    王座に座る主に対し、灰蛇が恭しく差し出したものは、一枚の木の葉だった。枝先から生え出したばかりのような、若々しい春の緑色をしている。むろんケビンの目からすれば、それが灰蛇がそこらで拾ってきた植物の葉ではないことはひと目で分かる。崩壊エネルギーを帯びるそれは、実際には葉ではなく、葉の形をした道具の一種だ。
    どこで入手したか聞くと、火を追う蛾の基地の一つで発見したのだという。そこはケビンが量子の海に沈む前、スウと華と最後に会議をした場所だった。

    「預かろう」
    ケビンが葉を受け取ると灰蛇は下がっていった。広間が再び静寂で満ちた。王座に深く腰掛けたまま、手の中で葉をもてあそぶ。薄暗い空間の中で葉は微かに発光しているように見える。
    スウは様々な用途で葉を扱った。故にこれはどこか人工的な空間に繋がっているかもしれないし、単に記録媒体である可能性もあった。いずれにせよスウが道具を落としていくとは考えづらく、であればわざと残していったものなのだろう。
    考えるのはそこまでにして、起動してみることにした。前文明の道具はたいてい崩壊エネルギーを流し込むことで起動する。そしてやはり葉は崩壊エネルギーに反応し、まばゆい光を溢れさせた。

    白光がおさまると、周囲の景色が変わっていた。頭上に日暮れ前の空が広がっている。足元にはコンクリート。見覚えのある……ここは高校の屋上だった。
    深いところに沈んでいた記憶が呼び戻される。頭の奥が揺れるような感覚を覚えながら、周囲を確認する。奥に人がひとり、いた。
    塀にもたれて座り、分厚い本を読んでいる、灰色の髪の少年。
    「スウ」と、自然とその名が零れる。
    少年が顔を上げると、濃いピンク色の瞳がまるく見開かれた。
    「……ケビン?」
    立ち上がるスウに近づく。自分より少し下にある頭がやけに小さく感じるのは学生服と短髪のせいだろうか。
    何も言わずにじっと見つめていると、スウは居心地が悪そうにぎゅっと眉を寄せた。
    「あの、どうしたんだい。その格好は」
    「今の制服だ」
    彼からすれば、友人が突然異様な格好をしてきたように見えるのか。武器は携えていなかったが、戦闘服だけで十分この景色から浮いているに違いない。しかしスウの顔には驚きと疑問があるのみで、警戒は見て取れなかった。
    「……僕であることは疑わないのか」
    鮮やかな瞳がぱちりと瞬く。
    「でも、ケビンなんだろう?」
    「ああ」と頷く。後ろにカスラナという号が増えたが、ケビンであることは変わらない。
    だよね、とスウは笑った。
    「疑いようがないよ。そんなふうに僕の名前を呼ぶのは君以外にいないから」
    スウは元のように座りなおす。ケビンは少し迷って、結局彼の隣に腰を下ろした。
    そんなふうにとは、どんなふうなのだろう。分からなかったが、聞いていいものか迷う間にスウが話を続ける。
    「僕がここで待っていたケビンではないようだけど。僕は同級生の……君の部活が終わるのを待っていたんだよ」
    肩をすくめるスウの手には分厚い参考書がある。自分の転校前から既に医学部受験を決めていたのだったか。あまりにも昔のことで、細かなことは忘れてしまった。
    「一緒に帰るのか」
    「うん。ケビンが買い物に付き合ってって言うから」
    高校生の頃の自分の傍若無人な態度を思い返し苦い顔になる。親友に甘えきって、振り回して。スウはよく呆れずに付き合っているものだ。
    「そんなもの放って帰ればいい」
    つい苦言を呈するが、スウは軽く笑って言った。
    「べつに構わないんだ。勉強はどこでしても同じだし。待つのには慣れているから」
    君がそうやって甘やかすから増長するんだ、と今なら思う。

    「これは僕の夢なんだろうか。その格好も、昔に観た映画の影響とかだとしたら、少し恥ずかしいけれど納得はいく気がする」
    彼の視点からすればそうなるだろう。しかしケビンからすれば、ここは葉から接続した空間だ。
    「少なくとも君の夢ではない。……説明が難しいが。僕が見ている夢に君がいるのだと思ってもらえば問題ない」
    簡単に考えれば、スウがケビンに見せている夢である。
    ここはおそらく、スウの記憶を元にした空間だ。渡世の羽と似た仕組みで、葉に自分の記憶を転写したと考えるのが最も自然な推測だった。彼が自分の記憶をわざわざ残していった理由はともかくとして。
    「へえ。……君、もう少し楽しい夢を見たらどうだい」
    同情したふうに言うので苛立ちが湧く。楽しいとは違うが良い夢には違いない。ケビンはもう、みずから夢を見ることはないのだから。
    それにこんな夢でもなければ、スウの短い襟足に触れる機会はないのである。
    「わあっ」
    襟足に指をかけてぐしゃぐしゃと掻き回すと、スウは猫のように肩を跳ねさせた。灰色の柔らかい毛先が指先に絡まって心地よかった。
    「ちょっと、急になんなんだ」
    「……すまない、つい。大人の君は髪を伸ばしているから」
    くすぐったそうに頭が逃げるので名残惜しく手を離す。
    君はこれから、そのかしこい頭とよく見える目で汚濁に塗れた世界を渡っていく。優しさや尽力の多くは報われず、救いたい人間の命は彼の手をすり抜ける。そんな未来を思うとやり切れない思いがした。

    肩を引き寄せる。彼の体は驚いたように強張ったあと、ゆっくりと力を抜いて寄りかかってくる。
    スウは寒がる様子がない。随分と僕に都合がいい夢だ。あるいは、彼にとっても都合がよかったのか。
    懐かしい姿の友人が吐息混じりに囁く。
    「じつは、少し安心したんだ。君が未来の僕を知っていると分かって。……ほら、今は友達だけど、卒業を機に疎遠になるとか、何かで喧嘩別れするとか、そういう可能性だってあるわけだろう? だから君との縁が続いていることが嬉しいんだ」
    スウの顔を横目に見下ろすと、彼は目を伏せていた。

    確かに二人の付き合いは長く続いた。
    会わなかった五年間、互いに忘れていなかった。
    終焉の後の五万年も、きっと想い合っていた。
    しかし最後には、友情では解決できない世界の破滅が、離別という結末を二人に選ばせた。
    静かに息を吐き、口を開く。
    「……すまない。今は近くにいない。喧嘩別れのようなことをしてしまった」
    えっ、とスウは目を丸くして、それからかなしげに眉を下げた。
    「それは……ごめん。できれば、仲直りしてやってくれないか。どうせ僕もくだらない意地を張ってるんだろう。でも僕が君のことを嫌いになるはずはないから、ちゃんと話せば……」
    「いいんだ」訥々とした訴えを軽く遮る。
    「離れてしまったが、今も親友に違いない。スウも……同じように思っている。だから、いいんだ」
    あのときの選択が正しかったのか、海の底で何度も反芻した。考え尽くして、結果的にこれが本心だった。

    とん、と正面に重みがぶつかる。抱き締められていると気づくまでにひと呼吸ぶんの間があった。
    「傍にいてあげられなくてごめん」
    鼓動が跳ねた自覚があった。すぐには反応を返せなかった。差し出された言葉が耳から入り脳が処理するあいだに、自分のうちがわで死んでいたはずの内蔵がじわりと蠢いた。
    「どこにいても君を想ってる。必ずだ。僕が見てるよ。だから、君はひとりじゃない」
    このスウは何も知らないはずだ。心を読む能力だって高校生のスウは持っていない。それなのにどうしてこうも、君は。
    「……やはり君は、僕の欲しい言葉をくれる天才だな」
    ぽつりと零す。親友は、ふふと誇らしげに笑った。

    その次の瞬間、腕の中の温かさがふわりと消えた。屋上の景色が掻き消えて、地下の薄暗い広間へ戻る。
    無意識にかたく握っていた手を開くと、そこにあった葉も光の粒となって消え失せた。夢の終わりは常にあっけない。

    目蓋に力を込めて、目を瞑る。より暗くなった視界の中心で、直前に見た光が仄かに形を残していた。
    「こんなものを残すくらいなら、姿を見せればいい」
    ああ、でも。彼はこんなところには現れない。暗く冷たいだけの、生気のない神殿のような場所は似合わない。大仰な玉座や、尊主などという大袈裟な肩書きも好まない。だからやはり、これで間違っていないのだ。

    固めた確信を喉に通し、飲み込む。
    「僕は、一人でやれる」
    呟けばそれは真実のように思われて安堵した。この場所の殺風景や王座の座りづらさを無視していられる程度には、諦念は骨の髄まで染みついている。
    彼が寄越した一葉に返事を返すことはできない。代わりに救世をやり遂げて証明する。
    スウ、と心の中だけで呼びかける。どこへ響くこともなく、聞く者はない。きっと二度と会うことのない親友の名を、現実ではついぞ口に出さなかった。
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