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    多々野

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    多々野

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    ケビスウ『いつか夜の果てまで』本文サンプル
    前文明が終焉を迎えたあと、スウとケビンが新世界で過ごした時間の断片。

    崩壊シリーズWEBオンリー(10/21・22)にて頒布します。A5/本文50p/¥500/Booth通販予定

    表紙と段組サンプル→ https://poipiku.com/5821413/9389388.html

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    ・捏造設定が大量にあります。
    ・恋愛・性愛描写なし。ただし身体の接触は多めにあります(首絞め未遂・額へのキス含む)。
    ・合間に挟まってる短歌のみツイッター再録です。
    -----
    古の楽園から第一部終章までの更新中、祈りと怨念を込めて少しずつ書いていたものを繋いで本にしました。
    彼らの、前文明終焉後の長い人生に、温かな時間が少しでもあったことを願っています。第一部完結おめでとう!

    ##ケビスウ
    ##小説

    いつか夜の果てまで 世界を見る。
     世界が興り、栄え、滅ぶさまを見る。人々が懸命に生きて、抗い、死ぬところを見る。
     一本の大樹の生い茂る葉の一つに、一つの世界が映っている。葉は無数にあった。世界も無数にあった。その樹から枯れ落ちない葉を探すことが観測者の仕事だ。
     しかし、何百年、何千年と観ている中で、枯れない葉は一つもなかった。葉は必ず枯れる。どれだけ青く美しい葉も、いずれは枯れ落ち、海中の泡となる。
     観測者は、枯れ落ちた葉が泡と消える前に拾い上げては掌中に包み、葉脈の一つ一つをつぶさに見つめた。終わりゆく世界の残響に耳を傾けた。
     そんなことをして何の意味があるのと、かつて、仲間の一人が笑ったことがある。彼女を満足させられるような『意味』はない。しかし観測者は、見ることが、見届けることこそが己の責務だと考えていた。そこにあった物語が溶けて消える前に、せめて自分の魂に刻もうとした。はらはらと落ちる葉の全てを惜しんだ。
     観測者は永い時の中で、恒河沙の如き世界を見守り続けた。森の深くに佇む古い樹のように。スクリーンの前に座る観客のように。生々流転の流れから切り離された場所で、ただ見続ける。
     そのうちに、主体としての人の心や執念は限りなく薄く引き延ばされる。『見る』機能以外を削ぎ落とし、『見る』主体としての己があることを忘れ、最後には見ていることすら、忘れる。
     ――――――――。
     ――――。
     
     どくり、と、内側で何かが蠢いた。
     それを機に、外へ外へと広がっていた意識が内に向かって集約されていく。
    久しく使われていなかった神経が呼び起こされる。この感覚は痛みだと思い出す。痛むのが腕だと気づいて、腕の存在を思い出す。肉体の存在を思い出す。
     そうして観測者は、機能や概念や物語ではない、一つの生命としての『自分』があることを思い出す。
     
     ――――『スウ』は『目』を開いた。
     視界に飛び込む広い青、木々の緑。鼻孔をくすぐる土と葉の匂い。背中にはごつごつと硬い感触がある。
     スウは大木の幹に背中を預けて座っていた。
     ここは須弥芥子と呼ばれる、人工の世界の泡である。その中でもこれは並行世界を観測するために作られた特別製だ。スウが凭れていた立派な菩提の木は虚数の樹になぞらえたもので、一つの葉が一つの世界を表している。その無数の世界を観測し、崩壊に打ち勝つ糸口を探るのが、スウの使命だった。
    (――少し、休憩にしよう)
     スウは視線を下ろし、自身の左腕に刻まれた特別な傷に目を留めた。包帯の下の傷跡は癒えることも悪化することもなく、スウに一定の痛みを与えている。この傷は昔、仲間が残してくれたものだった。防衛機能であり、枷のようなものでもある。この傷のおかげで、スウは自分を、そして自分の使命を忘れずにいられる。スウは痛みに感謝した。何ひとつ忘れるわけにはいかない。
    立ち上がろうとして、動けないことに気がついた。身体が鉛のように重い。観測中の遊動に比べ、身体がある今はとても不自由だった。思考はどこまでも遠くへ行けるのに、肉体は空間の法則に従って地にへばりつく。しかし、それでもスウは人間として、この不自由さを受け入れていた。
     深く息を吸い込んで、身体の感覚に意識を集中させる。全身が麻痺しているかのように鈍い。ズキズキと痛む左腕が、まだ一番、自分の一部としての実感があった。
     須弥芥子の中に時間の流れはない。この肉体も時を止めている。筋力が衰えているわけではないから、少しずつ感覚を思い出していけばいい。
     指先に力を込めて、地を掴む。
     声を発しようとすれば喉が締まって、かすれた息しか出ない。正しく空気を震わせるのは難しい。それでも、何度となく試みた。帰ったときには、やはり声に出して話をしたい。スウにとってこのリハビリは、世界に属する一個の生命としての己を取り戻すために必要なことだった。


     千界一乗から転移して、基地の床を踏む。そこは世界中に数多くある火を追う蛾の地下基地の一つだ。目眩のような感覚を堪え顔を上げると、すぐ親友の姿が目に入った。どこにいても目立つ白髪と蒼い目を持つ青年。十三英傑としての制服である黒のジャケットを着ている姿は、最も馴染みのある格好の一つだ。
    「ケビン」
     スウは少し考えて、「ただいま」と付け足した。この拠点は家というほど馴染みはないし、前回ケビンと会った場所はこことは別の基地だった。しかしスウが須弥芥子から出て地球の土を踏むとき、まずケビンの元に帰るから、やはり『ただいま』が適しているだろう。
    「おかえり、スウ」
     ケビンは僅かに目を細めて、分かりづらいながらも、嬉しそうにしてくれる。スウもきっと、ほっとした顔をしていたに違いない。スウはケビンに歩み寄り、彼の背に両腕を回した。ジャケットの上からでも背中はひやりと冷たい。
     久しぶりに会うときに、こうやって先に触れるのはいつもスウの役目だった。互いの存在を確かめるために、あるいは擦り切れそうな心を癒すために、身体を触れ合わせる。何千年と過ごす中で、それがいつの間にか習慣になっていた。
     ケビンは応えるようにスウの背を軽く叩く。
    「連絡があってから、遅かった。何かあったのか」
     スウは観測を一時停止した後、ケビンが滞在しているこの拠点へ、千界一乗を使って転移して来た。千界一乗が停止してからスウが来るまでに時間が空いたから、ケビンは不審に思ったのだろう。
    「ああ……見てばかりいるうちに、身体の感覚を忘れてしまっていてね。立って少し歩くだけでずいぶん時間がかかってしまったんだ」
     ケビンが眉をひそめる。
    「大丈夫なのか」
    「もう平気さ。ちゃんと動ける」
     開いたり閉じたりして見せた手を、ぱしりとケビンが掴まえた。驚いている間に、手首を掴んだ彼の手が、スウの手首から肘を、肩を、首を上がって頬に、なぞるように触れる。
    「……ケビン?」
     彼は応えないまま、スウの身体の形を確かめるように、そとがわの線を引き直すように触れ続ける。彼の手は冷たいのに、触れられたところから、じくじくと熱い血が巡りだすような気がした。身体の中で止まっていた時が動き出し、細胞が目覚めていく。スウはされるがままに身を任せながら、皮膚の接触をトリガーに自分の心が逸るさまを、どこか冷静に観察していた。身体への刺激が精神に影響する。身体と心は相互に響き合うものだから、人間は肉体も含めて人間なのだとスウは思う。その定義は今やあやふやになってしまったが、本来は――。
    「……まだぼうっとしてるんじゃないか」
     思考が横道に逸れていく間に手は離れて、訝しげに覗きこまれている。
    「すまない、考えごとをしていた」
     スウは誤魔化すように笑って、今回の本題について訊ねる。
    「それで、今度はどこへ行くんだい。しばらく君に同行するよ」
     これまでケビンとスウは地球上のあちこちへ赴き、文明の再形成を見守ってきた。現在のスウは恒沙計画に注力しているが、時折こうして地表に戻ってきては、ケビンと行動を共にすることもある。
    「行先は決まっているが、急がない。しばらくここで休息を取るといい」
    「そうか。わかったよ」
     スウは彼の勧めに従うことにした。時間だけはあり余るほどある。懸案事項がないなら、数日を惜しまなくてもいいだろう。
     
     しかし、ケビンがあれこれと世話を焼いてくるのには戸惑った。飼い犬のように後ろをついてきて、先回りしてドアを開けたりしてくれるのだ。
    「ケビン、一人で大丈夫だよ」
     さっき言ったことで心配させたのか、あるいは人恋しかったのか分からないけれど。
    (君って、こんな感じだったっけ)
     何千何万の世界の、彼に似た人、自分に似た人を見てきたせいもあって、自分と彼の間の普通がどうだったか分からなくなる。
     でもそういえば――あの時代では、ケビンはメイの世話をするのが好きだった。自身の体質が彼女の体調を悪化させないか気にかけながらも、ケビンは可能な限り彼女のそばにいて、甲斐甲斐しく世話をした。
     ちょっと、過保護過ぎるくらいよね。当時、メイはスウにそう語った。照れ隠しなのは明白だった。二人とも、とても幸せそうだったから。
     それに、人の世話をすることで世話をする側の心が癒やされることもある。だからまあ、彼がやりたいなら、やらせておこう。一旦そう結論付け、気にしないようにされるがままにしていると、いつの間にか服を着替え、髪を解かれて、気付けばベッドに寝かされていた。
     久しぶりに、人のようにベッドに横になると、人のように眠気がやってきて思考に靄をかけていく。ぼうっとした頭でケビンが離れていくのを認識し、「君も眠ったら」と声をかけた。どうせ君もあまり寝ていないのだろうから。ここは、元は病室として使われていた大部屋だ。ベッドはたくさんある。
     ほら、と隣を指差す。彼はすごすごと隣のベッドに腰かけた。
    「君は、変わりなかったかい」
     スウは問いかける。
    「ああ。変わりない」
     ケビンが答える。
     スウはふと、瞼を少し開いて、ケビンを見た。すると彼もまた、真っ直ぐにスウを見ていた。
     口をつぐんだまま、瞳の奥を探り合う。二人はそれぞれの時間をこうして合流したとき、相手の中に自分の知る相手がいることを確かめる。そして今回も、彼の目は変わっていなかった。変わるわけもない。それはこの世で最も揺らぐことのないものだから。
    (──ああ、僕のケビンだ)
     スウは安心して、視界を閉じる。数多の世界を渡って帰ってきた。ここが僕の故郷であり、守るべき世界だ。


    //中略


    宿所には度々患者がやって来る。スウはいつでも拒むことなく診た。ある日医者になりたいという青年が来て、それ以後スウに教えを請うようにもなった。前文明から来た先行者には、教えてよいことの制限がある。スウはその制限の中で最大限の知識を教えようと努めた。そんなスウを、ケビンも止めはしなかった。
     
    「昔の自分を思い出すんだ」と、スウは言った。火を追う蛾に入る前の、医者時代のことを指しているのだろう。
    「必死で、前のめりになって、やれることは何でもやらないと気が済まなかった。大体は空回っていたけどね」
     スウは道具を片付けながら語る。表情は穏やかで、過去を懐かしんでいるようだった。
    「ああ、悪いね。すぐ片付けるから」
    「いや」
     ケビンは一日外におり、つい先ほど帰ってきたところだった。宿――兼診療所にいても、町民を萎縮させるばかりで役に立たない。それなら計測器の数値に異常がないか、崩壊獣やゾンビの出現がないか見て回るほうがよほど有益だと思った。今日も幸い異常はなく、ケビンは通りがけに呼び止められた民家で屋根の修繕を手伝い、日が沈みかける頃に戻ってきた。力仕事が一番楽でいい。
     片付けに協力しようと、机に敷いてあった敷布を畳もうと持ち上げる。薬草の屑がぱらぱらと落ちる。ここで薬を作っていたらしい。
    「君は相変わらずだな」
     スウはどの時代でも、どこにいても人を助けようとする。もとより善良な人間なのだと、ひとことに言うのは簡単だが、本当に善良でいるためには途方もない体力と忍耐力が必要だ。それらを未だ持ち続けているところが、彼の常人離れしたところだった。
     スウは片眉を上げる。
    「君だって人助けをしてきたんじゃないのか」
     スウはケビンの袖を見る。屋根上での作業中に泥で汚れてしまったようだ。
    「だけど、人の近くにいる気にはなれない」
     自ら社会に歩み寄るスウと、求められて力を貸す自分では全く違うと思うのだ。求められて行うことは簡単だ。何も考えなくてもできる。しかし自分から人に混じるなど、必要でなければしたくない。
    「確かに、人の間に身を置くのはしんどいことだから。悪いことじゃない」
     スウの声は柔らかい。ケビンの頭に、ある雨の夜がよぎった。人の群れに背を向けたこと。スウは買い被り過ぎている。
     ケビンは頭を横に振った。
    「僕は必死になれないだけだ。こんなにも長い時の中で、目の前の一つ一つに真摯に向き合うなんてことは、君だからできるんだ」
     定期的に顔を合わせるもう一人の先行者の、落ち着きというには静かすぎる磐のような態度も、おそらくは似た理由だろうと思う。
    「でも君の場合は、それでもできてしまうからね。それも君の特異な資質だよ」
     話しながらてきぱきと動いていたスウが、やっと床に腰を落ち着けた。
    「日々の実感がないのなら、日記をつけるのはどうだい」
     と、スウはいかにもカウンセラーらしいことを言った。心配されている。心配されるような顔をしていただろうか。スウはケビン自身よりケビンをよく見ている。しかし、日記。どうも興味が湧かなかった。もっとも、何かに興味が湧くこと自体ほとんどないのだが。
    「書くことがない」
    「その日見たものを書くんだよ」
     書くものを持ってるから。スウは電子端末ではなく、四角く裁断された白い紙でもなく、薄く伸ばした葉を取り出した。この時代の主な筆記具だ。
    「……思い出した。百年くらい前にも、同じことを言われた」
     記憶の中のスウが、日記をつけてみたらどうだい、と言う。背景は異なるが、スウは少しも変わらない。
    「そうだったかな」
    「そのときは半年くらい続いたんだ」
    「へえ、すごいね」
     自分が提案したくせに、スウは意外そうな顔で感心してみせた。こういうところも変わらない。
    「なら、今度は一年を目指すといい」
     妙なところで発揮される押しの強さに気圧され、しぶしぶ鉄のペンを取った。自分たちの時代の文字は、アーカイブを読む習慣があるために覚えてはいる。しかし仮想キーボードの操作でなく、手を動かして書くことなんて、何年振りのことになるだろう。ケビンは迷いながら、たどたどしくペン先を滑らせた。
    『スウに日記を書けと勧められた』
     ガタガタの文字列を見たスウがふと口を開く。
    「思い出した。君、前回も最初にそう書いてた」
    「ああ」
    「昔から思っていたけど、君は記憶力がいいね」
    「だから、書かなくても覚えている」
     気が進まないケビンは、必要ないと主張してみる。しかしスウは「まあ、いいじゃないか」と笑う。
    「例えば、君、ここの窓から見る景色を気に入ってるだろう?」
     促されるように窓に目を向ける。外は日が落ちて、ぼんやりと薄暗い道が見えるだけだ。
     スウが蝋燭に火をつけながら、
    「毎朝そこで、じっと眺めてるから」と言った。
     確かに、ここに来てからというものの、ケビンは毎朝窓際に腰掛けて日の出を見ていた。
     地平線から顔を出した太陽が背の低い家々を照らし始めると、中から桶を持った人々が現れる。まばらだった人の姿が徐々に増えていく。家の前の広い道を、荷車を引く子どもたちや、牛飼いがのろのろと歩く。
     そうした朝の景色を楽しみにしていたと、言われて初めて気づく。
    「そういうことを書いたらいいよ」
     しかし、言われるまで気がつかなかった。自分が何を見ているのかも、それに対する好悪の感情も。
    「僕がいないときに君が何を見たか、日記に書いて教えてくれ」
     それなのにスウは微笑む。ケビンは困るばかりだ。君がいないと気がつかないのに。


    //大体ずっとこんな雰囲気です
    //ほかの英傑やメイは名前だけ出てきます
    //ご興味がありましたらよろしくお願いいたします
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