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    山姥切国広と大包平の話。某本丸準拠。
    姥包WEBオンリー「花のかんばせ 茜さす君」(22/12/3~4)様にて展示していました。

    #姥包
    maternalPackage
    #んば大
    jambaUniversity
    #切国ひら
    #切国大包
    cheGukBigBag

    申請差戻、要:破損事由 ああ、やったなと思った。

     ふつと糸が切れるようにあたりには暗闇が落ちた。かのごとく、大包平は感じたが目の前を立ちふさがる山姥切国広は違うのだろう。太刀の目と打刀の目は異なる。薄い月明かりでは山姥切の纏う布がほのかに光って見えるだけの大包平とは違って、山姥切には闇に飲まれる廊下の先まで見渡せるに違いない。驚き引き攣った大包平の顔を含めて。

     廊下の角からぬるりと現れた白い影に動揺して持っていた手燭は取り落としていた。そのせいであたりは真っ暗である。気配も足音もまったく察知できなかったので、すわ化生かなにかかと勘違いして肝を冷やした。しかし影をよく見ればそれは山姥切国広だった。動揺を悟られまいと落とした手燭を探すふりで視線を外す。ごまかすにも手遅れ――という気はしなくもない。

     落とした手燭は夜も更けると明かりはほぼ落とされる本丸の中を歩くために唯一の目の代わりになる支給品である。夜目が効かない太刀以上の刀種には夜の本丸を出歩く際の必需品だった。

     手燭といっても蝋に火ではなく電気で灯る。形だけ似せたそれ。電気でよかったと思った。でなければ落とした瞬間に小火が起きている。着火ではなく電気だから触れると灯って、もう一度触れると消える。便利な代物だったが、今は床に落ちた振動のせいか灯りが消えてしまった。おかげであたりは真っ暗である。落ちた時の音からするにこのあたりだと見当をつけて床へ手を滑らすが見つからない。暗くてよく見えないのだ。目を凝らす。

    「……大包平」
    「なんだ。 あ、すまん。通れないのか」

     通路をふさいでいたことに気付いて端に避ける。通り過ぎるかと思った山姥切国広はなおも佇んでいた。いや、と声がしてかすかに布が揺れる気配だけがする。どうかしたのかと見上げるもさきほどの位置から微動だにしてない。気のせいか。ごまかすために探すふりでしゃがんだものの、手燭が見つからないので少々焦る。あれがないとこの暗闇では縁側の淵が見分けられない。今日は昼過ぎに小雨が降った。踏み出した先が床じゃなかったせいでぬかるんだ庭に転げ落ちるのはごめんである。もう風呂もすませてあとは眠るだけなのに。
     大包平。再度呼ばれたかと思ったら山姥切はスタスタと歩き出した。何故呼ばれたのかわからなかったが、とりあえず、ああおやすみ……と言いかければくるりと振り返る。

    「何している。来い」
    「え? いや、」

     手燭が見つかっていない。灯りがないのも困るが床に落としたままでは誰か踏むかもしれなかった。

    「もう拾った。行くぞ」

     言うが否や山姥切はさっさと進んでいった。慌てて追いかける。会話から察するに手燭は山姥切国広が拾ってくれたのだろう。山姥切の話し方はいつも端的でわかりづらかった。意思疎通という言葉を知っているのか、知らないのか。しかし大包平の目では闇の中の手燭は見つけづらかったから拾ってもらえたのならば助かる。
     ありがとう、と受け取りたかったが、山姥切が振り返ることはなかった。返してくれと乞うのもなんだか癪で、ついていくしかない。山姥切の白い布は暗がりでもぼんやりと浮き上がり、見失うことはなかった。後ろをついていく大包平の足音だけが響く。山姥切からは音がしない。それもまた、練度の差を見せつけられるようで癪だった。

    「大包平、」
    「うん?」

     不意に前方から呼びかけられる。

    「おまえ、こんな夜更けに何をしてたんだ」
    「ん? ああ、厨にな、湯を。 ほらこれ、湯たんぽ」

     片手でずっと抱えていた湯たんぽを見せる。山姥切が振り返ったかどうかはよく見えなかった。
     暦の上では春ではあったが、昼も夜も肌に刺さるような寒さが続いている。床からむしばむような冷気が立ち上ってくるから布団の中で暖を取るのに湯たんぽが欠かせなかった。
     電気で発熱するものより湯を注ぐタイプの方が大包平は好きで、厨で湯を拝借したその帰りだった。ふうん、と興味がなさそうな山姥切の返答でまた沈黙が落ちる。お前は、と聞き返していた。

    「……、夜の見回り」

     闇のしじまに吸い込まれるような小さな声の返答がある。この本丸にそんな任務があるとは初耳だ。大包平は割り振られてない。顕現して浅いからか。この言葉を口にすると喉の奥が苦いような気持ちになる。

    「いや」

    違う。打刀以下の刀種は夜も昼と同じように目が冴える。そういう風にできているから夜でもあまり眠くならない。この時期は夜長で、多分に時間を持て余している。部屋にいても暇だから警邏もかねて本丸を見て回っているだけだ。誰にも頼まれていない。俺が勝手にやっている。

     話をまとめるとそういうことだった。山姥切の話し方は雪のようだなあ、と大包平は思ってる。言葉が細切れにはらひらと落ちてきて前後の脈絡が消えるから話がわかりにくい。降っては地に溶けて見えなくなる雪のようだ。あるいは、掴めない花びら。

     それにしても打刀以下の刀たちがそういう性質だと知らなかった。隣室の南泉などは夜だろうが昼だろうがところ構わずごろごろと寝ているような気がする。彼も打刀だったと思うが。猫の呪いの方が刀種の性質よりも勝るのだろうか。和泉守はと考えると酒に酔い潰れて気持ちよさそうに寝ている姿しか今は思い描けなかった。大包平は夜は眠いし今も正直眠たかった(太刀なので?)。頼まれなくても早く布団に入りたいと思っている。寒いし。
     ほかに寝姿を知っているような打刀の知り合いはいただろうか。うむむと思案しているうちに前を歩く山姥切がはたと立ち止まる。障子を引く音がして中から光が漏れだした。誰ぞの部屋かと思ったがよく見れば大包平の部屋だった。

    「ついたぞ」
    「え?」

     ほら、と何かを差し出された。落とした手燭だった。点かないぞと言われる。落とした拍子に壊れたんだろう。明日にでも修繕願いを出せ――。そう言われて、え、はぁ、と生返事をしながら差し出されたものを受け取る。

     その時、山姥切の指と大包平の指先が触れ合った。
     一気に目が覚める。その指先は氷でも掴んだかと錯覚するほど冷たかった。視線を落としてさらに驚く。

    「……なっ、んで、スリッパ履いてないんだ!?」

     山姥切は裸足だった。驚きすぎて最初の音が喉につっかえさえした。再度言うが、暦の上では春、しかし夜も昼も凍てつくように寒い。悪天候以外で雨戸を閉めることがない縁側の床は外気で冷え切っていて、大包平は、というかどの刀も出歩く際はスリッパや下手すると足首を包むタイプの靴すら履いている。とてもじゃないが靴下だけでは歩けたものではない。ましてや裸足など!
     いや、わからん。鍛えていると違うのかもしれない。そこらの軟弱もの(――この場合の軟弱ものに今は大包平自身も含まれるのが少々癪だが――)と違って山姥切は裸足でも大丈夫なのかも。なんかこう、練度によって練り上げられた内なるパワー的な何かで。きっとそうに違いないと思わずしゃがんで裸足の甲を触ってみる。が、指先と同様、いやそれ以上に冷え切っていたので考える前に「つめた!!」と叫んでいた。

    「いや、お前、うそだろ、あっ! なあ、これでも履いていろ」
    「え、いや、」
    「いいから! ほら」

     履いていたスリッパを脱いで並べて置いてやる。使いさしで悪いが裸足よりはよほどマシなはずだ。大包平はなんだか一人で焦っていた。雨の中でずぶ濡れになっている子犬でも見たような心地になっている。そんな大包平の勢いの押されたのか山姥切は一瞬、逡巡するそぶりを見せるもおずおずとスリッパに足をいれた。胸をなでおろす。
     打刀が眠くならないなんてきっと嘘だ。おおかた身体が冷え切って眠れないだけだろう。現に短刀も脇差も打刀も入り混じる本丸は静まり返っている。みんな寝ているのだ。刀種など関係ない。山姥切だけが眠れていないだけ。そう思うと胸の奥がなぜか苦しくなった。冷え切った山姥切の足首を包むように撫でてやる。少しでも大包平の体温が渡るように。どうか温かくなるように。

    「お、……おお、かねひら」
    「なんだ」
    「も……、もう、いい」

     半歩下がった山姥切の足から大包平の手が離れる。さすがに無遠慮だっただろうかと今更ながらに思った。だが冷え切った肌はあの程度では全く温まっていなかった。そういえばと思い出す。一体なにゆえこんな時間、厨まで赴いたのか。
     湯たんぽ。

    「山姥切、これ」

     小脇に抱えていた湯たんぽを押し付ける。布団の足元に入れれば足が温まるし、抱えて眠れば芯から身体が温まるだろう。大包平の気に入りの品だ。しっかり蓋は閉めたから湯がこぼれることもない。

    「抱いて寝ろ。な? いいな?」

     突き返されないよう、足早に部屋へ入る。おやすみ、といって障子を閉めようとした。さすがに渡されたものを部屋の前に置いて帰るほど薄情ではないだろうし、本当にいらなければそのまま放置していくだろう。だが、本人から不要だと突き返される前に押し付けてしまいたかった。現に返す気も失せたのか山姥切は湯たんぽを持ったまま動かない。これ幸いと障子を閉め切る直前、山姥切がぼそりと何かを言った。

     閉じ切った障子を背にずるずるとしゃがみこむ。 
     聞き違いでなければ山姥切は今、「ありがとう」と言っていた、ような。

     山姥切に嫌味や皮肉を言われるのは日常茶飯事だが、礼を言われたのは初めてである。胸の中がことことネズミが駆けずり回るように音を立てていた。全力疾走したように身体が熱くなる。あんなに寒かったのに。

     そんな大包平を置いてぽてぽてと足音が離れていった。その音で山姥切の足音がしなかったのは練度の差でなく、裸足だったからだと知れる。
     というか山姥切はなぜここまで来たのだろう。大包平の部屋は顕現順の割り振りで、かなり端の方へ配置されている。この先は空室が数個あるだけだ。なにか用でもあるのかと思っていたが。はて。見回りだと言っていた。大包平は本丸の中央部にある厨から戻る帰りで山姥切にかち合っている。「行くぞ」「来い」「ついたぞ」。太刀は夜目が効かない。手燭は大包平が落としたせいで拾ったとしても壊れて灯りは点かなかった。

    ……まさか。

    「山姥切!」

     慌てて開いた障子の先に広がる廊にはもう誰もいなかった。歩くのが早すぎる。さっきはあんなにゆっくり歩いていただろうに!

     それだって夜目が効かない大包平の歩調に合わせたものだったんだろう。今の今までまったく気づいていなかったがおそらく山姥切は大包平を部屋まで送ってくれたのだ。暗がりが見えない大包平のかわりの目となって。
     礼をいうのはむしろこちらの方である。おやすみと言うだけ言ってぴしゃりと障子を閉めてしまった。薄情はどちらなのか。いやそれは湯たんぽを返されたくなかったからなのだが……。しゃがんだまま頭を抱えた。

    ……まあ、いい。明日にでも言えばいい。どうせ朝起きればまた会える。昨日は世話になった、ありがとう、と。それに、湯たんぽもスリッパも貸したのだから、それを口実にいくらでも訪えばいいのだ。偶然会うのも待たずとも。そう思うと胸の奥がまたことことと脈打った。湯たんぽがなくても指先どころか頬まで熱くなっている。山姥切も同じように足が温まって眠れていたらいいな。そう思った。
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