「のぞむよ」―――
スハは隣で無防備に眠る可愛らしく整った顔を見た。安らかな寝顔にしばし見入るが、ふと配信時の明るさと配信外で時折見せる賢者の海の目について思った。彼が抱えるものに少しでも寄り添えたら、そう思うようになったのはいつの頃からだったか。
明るく子どもっぽく笑い、時に悪戯にあざとく、年上とは思えないくらいにとても親しみやすい。それが初めの印象。そのうちに、彼には臆病な面もあって、ああだこうだと考え込みやすく、初対面の人物と打ち解けるのには時間を要するのだという事が分かってきた。
そうして知れば知るほどに、どうしてもこの可愛い人にちょっかいを出したくてたまらなくなった。気になって仕方がない、これが恋なのだと自覚した時には、きっと近いうちに自分はこの人を思う存分に抱き締めてみせるのだという根拠の無い自信に囚われていた。イタズラなおねだりも、わざと作った可愛い声も、全部冷たくあしらって、それで拗ねてしまう顔を見るのが好きだった。宥めるように頭を撫でると怒られるが、言葉に反して少しだけ嬉しそうな顔をしているのには随分前から気付いていた。
始まりは簡単だった。
付き合うかと冗談で聞かれたのに対して「いいよ」と、ただ一言返事をしただけ。本気かと問われたので本気だと答えた。逃してはいけないチャンスだと思ったのだ。
何とか押しきって、付き合ってあげる、と言わせた。言わせたからにはもう友達ではいられない。その日からスハとガオンは恋人同士になった。
しかし互いに探り合いながらの付き合いで、どうにも上手くいかない。ガオンは以前のように気楽に笑わなくなったし、甘えてもいいよ、というとすぐに怒る。こうして同じベッドで眠っても、眠りにつくその瞬間までどこかぎこちない。
「なんでそんなに無理をするの?」
耳元に顔を寄せて囁く。夢の中の彼は以前と変わらず笑えているのだろうか。そんな事を考えながら、鼻、頬、閉じられた瞳に軽く触れ、最後にほんの少しだけ唇をなぞった。
こんなにも愛おしいのに、大切にしたい彼は、自分の腕の中でちっとも素直になってくれない。丸ごと全部、愛したいのに。
「寝込みを襲うなんて卑怯なやつのすることだぞ」
ぱちりと目が開いて、可愛い顔がじっとスハをみつめてくる。
「起きてたの」
「隣に犯罪者がいたら眠れないから」
「犯罪者?え?どこにいる?」
ガオンは、スハ、と、いつになく甘い声で呼んだ。
それは、アルコールの入った体が内から熱を出そうとして漏らす吐息のようなものだった。
「まだお酒が抜けないの?」
「う~~~んねむすぎる...」
「寝たらいいでしょう、まだ夜だよ」
「は~~~、隣にあぶない人がいたら眠れないなぁ~」
「もう」
そっぽを向こうとするガオンをぐっと抱き寄せ胸の中に収める。何をするんだと文句を言われるが知ったことではない。ただ腕の中で安心して眠って欲しいのだ。
「スハくんはぁ、なんていうかさぁ、ずるいよね」
「そう?なんでそう思うの」
「こういうことを、平気でできるから。僕は何もできないよ。君のよろこぶ事とか、なんにもさ」
それが何でずるい、に繋がるのか、答えになっていないような気がしたが、「それでなんで平気なの」と本当に小さい声で言うものだから、この人は存外ネガティブなんだと言うことを改めて思い知った。普段あんなに元気そうに振舞っているくせに。
「平気だよ、ガオン。そうやって可愛い事を言って喜ばせてくれるからね」
「はぁ~?僕にはなにが可愛いのかちっともわからないんですけど」
「いいんだよ、私が満足しているんだから、それでいいの。さぁ、おやすみ、ガオン。朝になっちゃうよ」
ガオンは何事かを言おうと口を動かして、やめた。そのまま諦めたようにスハの腕の中でまるくなる。スハはそれに満足して、彼の頭を優しく撫でた。そうして彼の夢の中にまで届くように、優しい声で、優しい歌を歌った。
(愛される事を怖がらないで欲しい)
(愛する事を諦めないで欲しい)
という、叶わなかった願いがある。