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    Dfru

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    一次/SF/SS

    人間の証明「私はロボットではありません」

     表示された文章にタッチした途端、ブーッ、とブザーが鳴った。画面には大きなバツ。一体どういうことかと困惑する間もないうちに画面は切り替わり、タブレットには「もう一度、どうぞ」と表示された。
     腕時計を見ると、試験開始からもう一時間が過ぎていた。灰色の壁に囲まれた試験部屋は殺風景で、窓すらない。いい加減、もう帰りたい。妻からは夕飯の買い物を頼まれていた。卵のタイムセールだってもうすぐ始まる…

     そうは思うものの、ここまで来て途中退出するわけにもいかなかった。この試験を受けに来たのは、他でもない妻の頼みだった。簡単なテストらしいから、受けて欲しい。そうすれば何かと安心だから。そう言われてしぶしぶ、貴重な休日を潰してまでこの試験を受けに来たのだ。
    「確かに、問題自体は簡単なんだが……」俺は溜息をついて椅子に座り直す。

     タッチするや否や、画面に問題が表示された。複数の写真から『横断歩道』だけを選べ、という至って単純なやつだ。もちろん、こんなのすぐにわかる。俺は人差し指を押しつけて、さっさと答えを選択する。すると次の問題が表示された。今度は『信号機』を選べときた。実にバカバカしい。チンパンジー向けの実験を代わりに引き受けているみたいだ。
     「ああ、くそッ」思わず悪態をつく。ちゃんと触れたつもりだったのに、写真のひとつがぽつんと選択されずに残っている。俺は苛々として、ぐいと画面パネルを長押しする。ようやく認識されたかと思えば、すぐに次のお題だ。そうして次々に解いていくと、最後にまた例の文章が表われた。

    「私はロボットではありません」
     もう悩む時間も惜しいと、俺の指は即座に画面をタッチした。


     ブザーが鳴り、簡素なモニター室で作業をしていた試験管は億劫そうに顔を上げた。
    「おーい、新人。また一体、出たぞ。連れてきてくれ」
    「えっ、またですか?」新人と呼ばれた青年は、驚いたように呟くと、大急ぎでペットボトルのお茶をひとくち飲んで、先輩試験管の元へ駆け寄る。
    「指紋が登録リストと相違。八番ブースな。よろしく」監視用のモニタを指さしながら先輩は言う。
    「はあ、今度のはなんとも、人間そっくりですね」画面に映ったサラリーマン風の男を見て、新人は目を瞬かせた。
    「そう、ストレートに、自分が人間だと思い込んでるタイプだ」
    「へえ、珍しい」
    「いや、人間証明書っていうのは、本来こういうタイプを引っかけるための制度だからな。最近は数が多すぎて、送り込む方もだいぶ雑だけどさ」
     そう言って振り返った彼の背後には、円柱型のお掃除ロボットに、四本歩行の犬型タイプ、上半身だけ人間で、下半身は剥き出しの金属骨格などという"かかし"のような物体やらが、無造作に置かれていた。
    「こういう見た目でわかる奴は、受付で回収できるから楽でいいですけど」
    「まあな」呆れ顔で答えつつ、先輩試験管は咳払いをひとつした。
    「ちゃんとあれ、持っていけよ。人間型は暴れた時がこわい」
     その真剣な言い様に、新人は神妙な顔で頷いた。そして壁に備えつけられた銃を掴み、部屋を出て行った。


    「あれ?」
     気がつくと、俺は夕陽に照らされた路地に立っていた。見覚えのある景色だった。我が家のすぐ近くだ。しかし、おかしい。さっきまで試験センターにいたはずだった。妻に頼まれた、人間証明書のために。頭の奥が痺れたように、ぼんやりしている。なんで、そんなものが必要なんだっけ。確かそれがあれば……
     もやのかかった頭に、一筋の光が差す。
    「そうだ、夕飯の買い物だ。忘れる所だった」スマートフォンの買い物リストを呼び出す。そういえば、今日は鍋だと言われていた。だとしたら、駅前のスーパーに限る。上から順番に具材をチェックしながら、俺は足早に歩き出した。


     モニター室の空いた一角に、試験管らは回収したロボットを並べていく。
    「なるべく製造コードが見えるように。カバーは開けて、前向けて。スキャンできないと後で困るから」
     ガシャンガシャン、かたんことん、ずるりどすん、多種多様なロボットが雑然と集められているだけに、騒音もバラエティ豊かだ。
    「あー面倒くさい。この作業をロボットにやらせればいいのに」新人がぼやく。
    「何言ってんだよ」腰を伸ばし、トントンと叩きながら先輩試験管は言った。
    「ロボットには一体につき、バカ高い税金がかかるんだ。単価低い仕事なんかやらせたら損だろ」
    そうして、できる限り整然と並べた押収品に読み取りレーザーを照射する。
    「はあ、だからみんな、人間証明書を欲しがってるんですねえ」
    「そうだよ。人間と偽わる事で、できるだけ税金を払わずに働かせたい。そんな輩が脱税ロボットをホイホイここに送り込んで来るわけよ」

     新人は壁に貼られたポスターに目をやる。派手な文字で『ノー、脱税!』と書かれ、その下には小さな文字で解説文が載せられていた。
    ――人間の総人口を上回って以来、ロボット税制度が導入されました。我々免税者の快適な生活は、すべて税金で賄われております。毎年の確定申告は必ず行いましょう。無申告の場合、多額の追徴課税が……

    「僕らの仕事はねずみ捕りってわけか。でも、これから払えと言われて、素直に払いますかね。さっき回収したこれなんて、どっかの家庭で良い旦那さんでもしてそうですよ。返却したら、そのまましらばっくれちゃうんじゃないですか」
     新人が指さす先には、先ほど八番ブースから回収した男性型ロボットが目を閉じて立っていた。
    「まあ、そうでもない。この方法は意外と効くんだ」
     そう言いながら、先輩試験管はスパンとはたくようにして、その頭部に何かを貼り付けた。

     陽が落ちそうな頃。彼は自宅の庭から玄関へと向かっていた。両手に買い物袋を下げ、夕飯にはなんとか間に合いそうだと急ぎ足で向かう。隣の奥さんに「こんばんは」と挨拶をしながら玄関ドアを肩で押し開ける。目を丸くして彼を見つめる、彼女の視線の先には気づかずに。
     荷物を降ろし、靴を脱いでいるとパタパタと廊下を駆ける足音がした。彼は顔を上げ、すまなそうに声をかける。
    「ごめん、人間証明書、貰えなかったよ。でもどうも、受けた試験がおかしいんだ……」

     額に貼り付いた『納税通知書』を見て、彼の「持ち主」は真っ赤になって悲鳴を上げた。
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