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    Dfru

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    一次/百合/SS 2016年寄稿。美術部部長と後輩の話。

    君想う故に、我在り 胸のスカーフの硬い結び目を弄びながら、桜を見ていた。卒業証書の入った筒をひとまず紙袋にいれて、息をつく。卒業式は長かった。

    「ちょっと待ち合わせがあるから」

     校門でひとしきり写真を撮られた後、私は母にそう告げて、独り校舎へ戻った。途中すれ違うクラスメートは皆泣いていたが、私の涙腺はこれからの事に緊張して、カラカラに枯れていた。階段を早足で上がって、古びた木造校舎の建て付けの悪い引き戸を開ける。
    私たちの部室。しんとした薄暗い空間に、描きかけのキャンパスが不規則に並んでいる。集中すれば気にならなくなる油絵の具の独特のにおい。今は少し強く感じる。

    「あ、部長。おつかれさまです」

     部活は当然休みだというのに、彼女は居た。
     手には絵筆と木製のパレット。私に声をかけたらすぐに目の前の長方形のキャンパスに目を戻す。制服が絵の具で汚れないように、割烹着のようなヘンテコな上着を着ている。
     ムードも何もないなあ。なんだか拍子抜けして、私は近くの椅子に荷物を下ろす。

    「卒業式って長いですねー。私待ちくたびれちゃって。課題も終わったし、もう部活やっちゃお!なんて」

     後輩はいつもと同じ調子で無邪気に笑う。

    「なんといっても、校長の話が長かったのよ。うちの担任もスピーチで号泣しちゃったしね」
    「えっ、ホントですか?あの先生、いつも岩石みたいなのになぁ。もう英語の時間、先生の顔直視できないかも私」

    軽口でおどける彼女の心情が読めないまま、私は紙袋から自販機で買ったミルクティーを二個取り出す。熱い缶とシンクロするように、私の頬に血が昇る。壇上にあがった時より緊張するって何事なのだろう。

    「ほら、差し入れ。休憩しなさいよ。部長命令」

     話したいことがある、なんて素直に言えないのでつい強気に出てしまう。

    「やった、喉渇いてたんです。ありがとございますー」

     今日が最後だってわかってるのかな、こいつ。それとも私がいなくなって「解放された」とか意外に喜んでいたりして…そんな負の想像も、彼女が上着を脱いだ瞬間に消失する。薄い若葉色の襟を両手で直して、校章入りの白いスカーフを正す。無造作に乱れた茶色いショートヘアをその細い指で整える。その様子は小動物のようで、口元が緩んでしまう。

    「部長って、大学は何専攻するんですか?」

     私の隣の丸椅子に腰を下ろし、缶を開けながら彼女が問う。チャンスだ。ここからなんとか話題を持っていきたい、と意気込む。

    「言ってなかったっけ。哲学」
    「あはは、部長らしい!」
    「どういう意味よ。いいじゃない。人間についてずっと 考えていられるんだから。真理の追究。美術と一緒でしょ」
    「美術は考えるだけじゃなくて、表現するものですよ!」

     雲行きがあやしい。この後輩は議論しだすと長くなるタイプ。このままだと「美術とはなにか」討論でこの貴重な一日が幕を閉じてしまう…

    「じゃあ最後に表現しようかしら。今までずーっと考え続けていた、一人の人間への考察について」

     我ながら、頑張ったのではないだろうか。じっと彼女を見つめて、囁くように言ってみる。無意識に、襟にかかる自らの黒髪を指で梳く。彼女の反応は…

    「なんですかそれ!聞きたいです!」

     嗚呼、ムードもなにもない。こくこくとミルクティーを飲み、興味津々の瞳でこちらを見ている。少し折れた心を隠すように、私はひとくち、甘い紅茶を味わった。

    「我思う、故に我あり」
    「はい、デカルト」
     クイズじゃないんだけど。まあ覚えているなら幾分話は早い。

    「そう、この世の全ては嘘かもしれないけれど、こうし て『私が考えている』ということだけは真実だという 哲学的原理ね。私が存在しているという証明は、私が 思考することによって成される」
    「はいはい、それで?」
    「で!私はその原理についてこう考えたの。でもそれを 証明するには、客観的な目から見た証拠がいるんじゃ ないかしら、と」
    「えーと…つまり、部長が『思考している』という事を 証明する『誰か』が必要…ってことですか?」

     わかったような、わからないような。後輩はそんな顔をしている。ここからが肝心。私は息を吸い込んで冷静に話を展開していく。

    「私は思うの。「私が存在する」ということは、
     私の存在を『肯定的に認める他者』がいて初めて証明 される。そして、今私はその他者を必要としている。だからその…これからの人生に於いて、そういう存在を思考実験のと、伴として…」

    ふー、とため息が聞こえた。はたと我に返って、彼女の表情を確認しようと顔を向けると、私の膝に後輩のあたたかい指が触れた。

    「部長、回りくどいです」

     今度は唇に熱い感触。同じミルクティーの味。その間、約三秒ほどの余韻を残し、すぐに離れてしまった。思考の枠の想定外。だってこの論理展開の最後に、私が狙っていた事だったのに。

    「ずっと待ってたのに、鈍いですよ」

     そんな兆候なかったし。私の手は自動的に彼女を引き寄せる。
     人間とは、まだまだわからない。でも。

    硬く結んだスカーフは、彼女の指で簡単にほどけた。

                                        完
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