Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    saketoba_bmb

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    saketoba_bmb

    ☆quiet follow

    12/17発行予定のアロルク本(R18)「太陽の下でキス」サンプルです。
    A5 60P(予定)

    アーロンがハスマリーに遊びに来たルークとラブラブする話です。
    ・捏造いっぱいあり
    ・ルークが精神的に落ち込んだりします
    ・アーロンが昔関係があった異性の存在がちょっと出てきます

     放送が目的の便が到着したことを告げてから、三十分ほど経った。内戦が終結し他国との交流が活発になりつつあるといっても、ハスマリーへ乗り入れる航空会社はまだ少なく、直行便も近隣の数カ国からのものだけだ。この時刻に着陸した飛行機は数便といったところ、入国審査を含めても、そう大して時間はかからない。
     そろそろか。アーロンはソファから腰を上げた。到着ロビーにぱらぱらと乗客が現れる。きっと一番最後によたよたと出てくるんだあいつは、とアーロンは小さく笑って手に持ったコーヒーの紙コップをゴミ箱に放り込んだ。迎えの人間とハグをしたり言葉を交わしたりと再会を喜ぶ様子を横目に、アーロンは足を進めた。目指すはまだ出口でもたついている明るいブラウンの髪だ。 
    「アーロン!」
     満面の笑みになったのを確認できる視力に感謝し、緩みかけた頬に力を入れる。少しずつ近付く距離がひどく嬉しくて、同時に離れていた時間の長さを思い出した。お互いしなければならないことがある身だ。そしてお互い、それを投げ出すつもりは全くない。自ら決めたことだとはいっても、いつも側にいられない寂しさはどうしようもない。
     普段の表情を作れているだろうか。嬉しさにへらへら笑っているのも、会えた感動に涙ぐんでいるのも、どっちも嫌だ。
    「会えて嬉しいよ、相棒」
     見上げてきた笑顔が眩しいだなんて、オレの頭はやっぱりイカれてんな、とアーロンは思う。
     こうして会うのは半年ぶりくらいだろうか。確か、タブレット越しのルークが酷い顔色で「大丈夫、まだいける! ヒーローだからね!」と引き攣った笑いを浮かべたので急遽エリントンへ行き、二週間ほど滞在して世話をして以来。
     ルークがハスマリーに来ることは滅多にない。警察官という仕事柄もあるが、ルーク自身の性格が、長期間の休暇を取ることを許さなかった。だからアーロンがエリントンに行くしかないが、それもハスマリーでの仕事があれば難しくなる。内戦の後始末が順調に進んでいる今、あまり行くことができないのが現状だ。
     やっと会えた。間抜けで犬みてえで気が抜けちまうこの顔を、オレはずっと見たかったんだ。膨れ上がって喉から零れ落ちそうになる感情を奥歯で噛み砕く。
     しかしそんな胸の高ぶりを素直に出せる性格ならば、ルークと恋人という関係になるまでここまで時間はかからなかっただろう。
    「おう」
     アーロンは軽く頷くことで応えて、スーツケースとバッグをルークの手から奪い取った。
     大きなスーツケースに大きなボストンバッグ。一週間に満たない滞在期間にしては多すぎると言っていい荷物の量だ。でかすぎだろ、という数回口にした台詞を言うことはもうない。その中身と、言っても無駄だということを知っているからだ。
     ルークがハスマリーに来るようになって最初の頃、あまりにも荷物が多いのでならば服はこちらに置いておこうとハスマリーで買い足した。しかし次に来た時も荷物の大きさは変わらず、減った服の分は子供たちへのお土産に変わっていた。そうだ、こいつはそういう奴だったと呆れつつも、込み上げる喜びを抑えることができなかったのを覚えている。
     こっちだ、と出口に向かって歩き出す。うんと頷いてついてくるルークの足音から、長時間のフライトでの疲れがわかる。アーロンは少しスピードを落として、ルークと並んだ。
    「空港、綺麗になったよな?」
    「ああ。一年ほど前に改修した」
     特に観光客の誘致に力を入れているハスマリーで真っ先に再建に着手されたのは、空港と、大都市部を結ぶ高速道路だった。特にカレンヴァから空港に伸びる高速道路は重要度が高く、真っ先に着手された。道路沿いはまだ内戦の傷跡を残していて、崩れた家屋や荒れ果てた空き地も多いが、少しずつ整備が進められている。復興に伴う開発で雇用が捻出されるという点でも歓迎すべきことだ。見えるところだけ綺麗にして誤魔化しているだけだと青年団の皆と酒を煽りながら皮肉っぽく言い合ったこともあったが、表面的な部分だけではなく見えない部分まで復興を進める手助けをするのが自分がすべきことだとアーロンは思っている。
     空港から出る。今日のハスマリーは快晴だ。少し風が強い。視界を遮る髪が邪魔で、アーロンは荷物を置いて下ろした髪をかきあげ、手首のゴムで一つにまとめた。
     きょろきょろと辺りを見回していたルークが、うーん、と大きく伸びをする。
    「はー、ハスマリーって感じだ!」
    「何だそれ」
    「匂いが違うんだよ」
     すん、とルークが鼻を鳴らした。
    「アーロンもエリントンに来た時、違うだろ?」
    「ああ、クソ犬の匂いがするな」
    「……そうですか」
     ルークの匂いがする、というのは事実だ。甘い匂い。ルーク、というよりいつも食べているドーナツの匂い。
     ルーク自身にはあまり匂いがないと思う。もちろん汗の匂いや数日間徹夜をした後は独特の匂いがあるが普段はほとんどなく、つい近づいてその首元に顔を埋めて匂いを探してしまう。ルークは「甘えん坊だなあ」などと言って笑っているが、まあ確かに「ルークを見つけて安心したい」といった点ではその通りなのだろう。
     これだ、と車を示す。スーツケースとバッグをトランクに入れ、助手席に乗ったルークがシートベルトをしたのを確認してから発車する。空港の駐車場を出るとすぐに高速道路だ。
    「車新しくした?」
    「中古だけどな。前のは……廃車になった」
    「何やらかしたんだよ……いや、大体想像つくけどさ」
     先日カーチェイスを繰り広げた後、敢えて乗り捨てて相手に突っ込ませた。引きずり出して二度と手を出してこないように脅しても良かったが、野次馬が集まりかけていたし警察官の相手をするのが億劫だったので、姿を見られる前にその場を後にした。
     あれもルークがいればさっさと片付いていただろうなと思う。やはり一人でできることには限界があって、それを強く実感するようになったのは、ルークとリカルドで再会してからだ。
     初めて共に戦ったのは、貨物船の中だった。ずっと憧れていたヒーローといっても、自分の期待通りになっているとは限らない。警察官という職業からそれなりの訓練は受けているのは確実ではあるが、平和なリカルドでのこと、戦火の中で鍛え上げたアーロンとは比べ物にならないだろうし、腐ったリカルド国家警察に大した力があるとは思えなかった。
     しかし大人になったヒーロー──ルークは、アーロンの期待を軽く超えていた。体はアーロンよりも小柄で恵まれた体格とは言い難かったが、それも卓越した銃の腕の前では何の問題にもならなかった。
     更にアーロンを喜ばせたのはその武器だった。
     近接武器を使う自分と、遠距離の銃を使うヒーロー。相棒といってもまだルークが記憶を取り戻していなかった頃のことだ。事件が解決すればお互いの場所へと戻ってそこで関係が切れる可能性の方が高かったから、その相性の良さを喜ぶ自分に呆れ、諦めたはずのヒーローを諦めきれてなかった、ずっと追い求めていたんだということを突きつけられて、少なからず混乱したのと同時に納得したことを覚えている。
     今、こうして相棒──としてだけではなく恋人として一緒にいられるなんて、夢のようだと思う。陳腐な言葉だが、未だに共にいるとふわふわとした不思議な感覚に襲われることも珍しくない。しかしフロントガラス越しに見えるハスマリーの街と低いエンジンの音が、これが現実なのだということを教えてくれる。
     窓の外を見ているルークの、こんなのあったっけ、あそこ何、という質問に一つずつ答えながら、車を走らせる。外れた場所にある空港近くの空き地だらけの景色に徐々に建物が見えるようになり、高いビルが増えていく。
     高速道路を降りる。幹線道路に入り、ここを直進するとアラナや子供たちが待つ家だ。アーロンはハンドルを左へと切った。道を知っているルークは何も言わない。そしてこの車が向かう先も、ルークは知っている。
    「あの辺も変わった?」
    「店は増えたな。つか、工事中が多い。古いビル解体して建て直してる」
    「近くのレストラン、まだある? 煮込みがうまかったよな」
    「トマトのあれか。あるぜ」
     トマトと豆と鶏肉の煮込みは、以前ルークと夕食に行った際にたまたま注文した料理だった。ハスマリーのスパイスが強く効いていて、好き嫌いのほとんどないルークでも難しいかと思ったが、ルークは「うまーい!」と満面の笑みを浮かべ、アーロンの勧めるままに一皿平らげてしまった。小さい頃に慣れ親しんだ味だということが大きいのかもしれない。
    「腹減ってんのか?」
    「いや、そんなには。機内食ちゃんと食べたし、少しお腹は空いてるんだけど」
     うーん、とルークが考え込む様子を見せた。
    「君が入るから、空けとく」
     ブレーキを踏みかけて、ぐっと耐えた。
     そういうところだぞ、と舌打ちしたアーロンに、ルークは首を傾げた。この男はアーロンを興奮させるようなことをそれと自覚しないで平然と口にするのだ。アーロンが片思いをしていた頃も、こうして恋人になってからも。思いを隠す必要がなくなりそのうち慣れるだろうと思っていたが、未だにルークの言葉に翻弄されている。
     全く、こいつは。
     気を取り直してハンドルを握り直す。
    「まあ、君は別腹なんだけどさ」
    「……てめえ……マジでそういうところ……」
     また首を傾げるかと思ったら、ルークは得意気な笑みを浮かべていた。覚えてろよと吐き捨てて、アーロンは目的地へとハンドルを切った。


     古い雑居ビルの狭い階段を上がる。一階は店舗、二階からは小さな会社の事務所や空き部屋。最上階のアーロンが借りている部屋はこのビルの持ち主が事務所兼住宅として使っていたようで、湯を沸かせる程度のキッチンとシャワーもついている。
     第二のアジトとしてこの部屋を選んだ理由は、ここが住宅地ではないこと、そのため深夜になればこの辺り一帯の人口が減ることだ。更に建物が密集しているため、仮に襲われることがあったとしても、アーロンの戦い方には有利な場所だった。
     敵が多いことは自覚している。生きていくために随分と敵を作ったし、平和への道筋を進むにつれて調停者としてのアーロンを狙う者も増える一方だ。そんな状況の中、危険な仕事を抱えている時や一人で考え事をしたい時のために借りたここは、今ではこうして「別の用途」でも役に立っている。
     ドアを開ける。籠もっていた空気が鼻を掠めた。しかしすぐに外からの空気と入れ替わる。
     先日掃除をしたのは、もちろんルークが来るからだった。床に落ちた雑誌を棚の上に積み服はコインランドリー行きのボックスに投げ込み、シーツと枕カバーを取り替えた。いつもの荒れた部屋のままでもルークは全く気にしないだろうが、気分の問題だ。
    「変わんないなー。僕、この部屋好きなんだよな。なんか落ち着く」
    「狭えし、汚えけどな」
    「そう?」
     振り向いたルークを抱き締めた。ルークは「わっ」と小さく声を上げたものの抵抗することなく、アーロンの肩に顔を押し付けた。熱い息がシャツをすり抜けて、皮膚に染み込んでいく。規則正しい鼓動がルークがここにいるのだという事実をより強くアーロンに教えてくれる。
     アーロンは、はあ、と大きく息を吐いた。柔らかい髪に頬を擦り付け、鼻先を埋める。くすぐったいのか、ルークが身動ぎをした。しかし嫌がる様子はなく、アーロンの甘えるような愛撫を黙って受け入れている。
     こういう感情が「愛している」ということなのだと、アーロンはルークに再会して初めて知った。アラナや子どもたちに対して感じる愛とは違う感情だ。彼らに対するそれは、ただ守りたい、幸せになって欲しい、それだけだ。ルークは違う。幸せになって欲しい。そしてそこに自分もいたい。側にいられなくても、自分と一番深く繋がっていて欲しい。ルークの全部が欲しい。
     はあ、もう一度息を吐く。自分でも驚くくらいに、荒く熱い息だった。
     興奮している。
    「入れる?」
     後ろに回されたルークの手が、アーロンの背中を優しく撫でた。呼吸が落ち着くようにとゆっくり動くそれは、逆にアーロンの欲望を煽るばかりだ。
    「いいよ、ここで」
     顔を上げたルークが、ふ、と笑った。
    「実は洗って慣らしてきたんだ。途中で」
     途中というのは乗継国でのことだ。深夜に着いたそこで一泊し、早朝の便でハスマリーに来たはずだから、既にその時からアーロンとセックスすることを考えていたことになる。
    「……ったく……てめえは……」
    「我慢できないんだろ?」
     ベッドまでほんの数歩の距離だ。しかしその数歩が遠すぎる。一歩も動きたくない。今すぐここで繋がりたい。
     ルークは下ろした手でアーロンの股間に軽く触れた。もう固くなっている。気づいてるよ、そう言いたげな笑みで見上げてくる。
    「お腹空いてるの、君の方じゃないか」
    「……いつも減ってる」
    「いつも?」
    「ああ」
     際限なくルークを求めてしまう自分を認めざるを得ない。股間は完全に反応しているし、きっとひどく興奮した顔をしているのだろうと思う。
    「中で出しても、」
     言いかけたルークを制して、ジーンズのポケットに手を突っ込む。出したのはコンドームだ。
    「何で持ってんだよ」
    「……どこでもできるように、だな」
    「どこでも? ここに来るまでの間だと……カーセックス、とか?」
     は、と口が開いてしまった。カーセックスなど想像もしていなかったからだ。例えば今のような時だったり、取りに行く余裕がない時があるかもしれないなどと、久しぶりにルークに会える嬉しさから気持ちが先走って、なんとなくポケットに入れていただけだった。まさか本当に使うことになるとは思わなかったから、ルークの反応に呆気にとられてしまう。
    「僕は別にいいけどさ、初体験ってことで」
     冗談だとは言い切れないのがルークという男だ。真剣に考え始めた様子のルークは、うーん、と首を捻って、車内広めだったよな、天井もそこそこ、などと独り言を言い始める。
    「おい、」
    「君、体大きいから動きにくそうだな」
    「もう黙れ」
     堪らずその唇を自分の唇で塞いだ。ん、とルークが大人しくなったのを確認して、アーロンは唇を話した。
    「……聞いてくれよ。照れ隠しなんだからさ」
     ルークが恥ずかしげに顔を歪めた。胸に顔を埋められ、くぐもった声と共に、ぎゅっとシャツの背中を掴まれる。
    「君が僕としたがってくれてたの……これでも、すごく照れてるんだ」

    *****

    朝はゆっくりと起きた。今日も子供たちは学校、アラナは出かけている。ルークと共にパンと卵、ベーコンのシンプルな朝食を取る。
     アーロンがベーコンを焼きスクランブルエッグを作る。ルークはその隣でコーヒーを淹れ、自分のカップには砂糖とミルクをたっぷりと加えた。入れすぎだろ、これでも控えめだよ、という会話はエリントンにいる時と同じだ。定期的に病院で検査を受けさせないとなと思うのもエリントンと同じ。
     ルークとの時間がアーロンは好きだ。家事は面倒だがルークとするのは悪くないし、ソファでテレビを見たりただぼんやりとしてコーヒーを飲んだりする時間は穏やかで、最もルークとの関係を実感できる。エリントンでもルークが休暇を取れた日にどこかに出かけるのも悪くないが、ただ家で過ごし、そのうちソファで寝てしまうルークの「アホ面」を見るのも捨てがたい時間だった。
     洗濯と簡単な掃除を終わらせた後、テレビを流しながら少し休憩する。タブレットでニュースを見たり、話したり、ルークの腕輪を取って「返せよ!」と飛び掛かってくるルークとふざけ合ったり。特に何事もない時間を過ごして二人の腹の音で見た時計は、もうとっくに昼を過ぎていた。
     これからどこか行くか、とりあえず昼は外で食べるかとのろのろと準備をし、そろそろ出るかというところで、アーロンのスマートフォンが鳴った。
     こんな時に、と見た画面に表示されていたのは、青年団のメンバーだ。
    「呼び出された。そんなに時間はかかんねえはずだ」
    「わかった。行ってらっしゃい」
    「メシは、」
    「平気。適当に食べるよ」
     ルークに見送られて家を出る。
     会合の場所は、古いビルの一室だ。青年団の活動に理解のあるこのビルの持主が無料で貸してくれていて、アーロンも時々顔を顔を出している。最近はその回数も減ってはいるがこうして突然呼ばれることもあり、できるだけ要請に答えるようにしているのだ。
     時間は昼過ぎ、食料店の軒先で知り合いの店員と軽く挨拶をし、食堂の前では近いうちに食べに来ると言葉を交わす。そうしてついたビルの二階、古い階段を昇る。
     アーロンが室内に入ると、視線がアーロンに集まった。揉めているとの連絡の通り、確かに重苦しい雰囲気が室内に漂っている。
     立ち上がりかける者には座ってろと目で伝え、そのまま続けろ、と手で促し、アーロンは空いていた席に腰を下ろした。
     内容は、近接した区域との協力体制についてだった。
     この辺り一帯は主にこの青年団が活動し、警察の手の及ばない部分は自警団を作って治安を維持しているが、他の都市や農村部となると、その土地の住民の組織や有力者が存在するところもある。彼らとどのように連携、あるいは上手く共存していく可能性を探るというのが、ここのところ議題として上がっていた。
     敵対、とまではいかないが、異なる意見が三つほど。多くの意見が出るのは議論の活発化に繋がるし、意見を述べることができる空気の組織であるのは歓迎すべきことだ。このまま最後まで見守りたいところだが、重苦しい雰囲気が更に増している。
     議論が白熱してきた。ピリピリとした空気を肌に感じ、あーあ、とアーロンは天井を仰いだ。口出しをすべきではないと思って黙って聞いていたが、そろそろ口を出した方がいいかもしれない。
     アーロンは机に拳を打ち付けた。皆ぴたりと動きを止め、部屋がひっそりと静まり返る。
    「悪い、手が滑った」
     謝って、続けてくれと肩を竦めることで促すと、おそるおそるといった様子で議論が再開する。びびらせすぎたか、と思わないでもないが、双方の熱が冷めたのか、落ち着いた空気の中で議論が進んでいく。
     ふう、とアーロンは息を吐いた。
     これだけでもとりあえず来た甲斐があったなと思う。
     ここ数ヶ月、アーロンは自分の仕事を青年団に引き継いでいる。
     今まではアーロン自身の力で脅し、話し合いの席につかせるのが常だった。しかしずっとこのやり方を続けるわけにはいかない。結局のところ力、暴力で従わせているに過ぎないからだ。たまたま力が平和のために使われているだけで、アーロンでなければそれが戦争のために使われる可能性の方が高い。お互いが自主的に話し合いの席につく、その流れを作ることが最後の仕事だとアーロンは考えていた。
     今回は青年団内の揉め事ではあるが、その考えは変わらない。元々気の長い方ではないから、苛ついたり何度もテーブルを蹴り上げたくなったりしながらも、目を閉じて余計な感覚を遮断して議論に集中することで、アーロンはどうにか感情を抑え込んだ。
     結局話はそれほどの進展を見せずに次回への持ち越しとなった。一回で上手く進むのは珍しい。話し合いを重ねて最終的に上手くいけばそれでいい。もやもやとした感情は残るが、喧嘩別れをして確執を残すよりはましだ。
     次は最初から参加すると約束して、会合は終了した。
     終わったことで空気が軽くなり、部屋を出ていく者、入ってくる者で騒がしくなる。アーロンもそろそろ帰るかと席を立つ。
     出口に向かおうとしたところで、ドアからひょこ、と室内を覗いたのはルークだった。
    「ルーク、どうした」
    「来ちゃった。お疲れさま」
    「何かあったのか?」
    「何も。そろそろかな、と思ってさ。散歩がてら」
     どうやら、以前ルークと会ったことがある青年団の仲間が、ルークが前の道路をぶらぶら歩いているのを見かけて声を掛けたらしい。そしてアーロンを待っているというルークをここに連れてきたというわけだ。
     以前来た時にカフェでたまたま会ったメンバーは紹介済みだ。何人かがルークを見て、久しぶりだなと声を掛ける。ルークも、久しぶりと返して二言三言言葉を交わす。そして初めての仲間に紹介すると、ルークは人懐っこい笑顔で手を差し出した。
    「どうも。いつもアーロンがお世話になってます」
    「てめえはオレの親かよ」
    「お兄ちゃんだよ」
    「てめえみてえな兄貴はお断りだ」
    「ひどい……」
     ついいつものやり取りをしてしまう。その気安い空気がよかったのか、ルークはすぐに初めてのメンバーとも打ち解けた。
     会合の後は、飲みに行くのが定例となっている。ルークもいることだしと断るつもりだったが、いつの間にかルークが青年団のメンバーと肩を並べて歩いていたので、その後を仕方なく追った。
     場所は、五分もかからないバルだ。料理が旨く酒の種類も豊富で、騒がしい店内は慣れれば居心地がいいので、一人でも使うこともある。客はこの辺りの住民がほとんどのため、気を使わなくていい気軽さがあるからだ。逆に誰にも絡まれたくない時は遠出する必要があるのが問題だが、そういう時は隠れ家近くの店を使うことにしている。
     テーブルとカウンター、皆が思い思いの場所に座って飲み、話したくなれば移動するのがいつものパターンだ。
     アーロンはテーブル席のルークとは少し離れたカウンターの端に座った。いつものビールと、ひき肉のたっぷり詰まった春巻き、スパイスが効いたソーセージ。顔見知りの店員がいい魚介が入ったと言うので、魚介の煮込みを選んだ。
     アーロンがカウンターに座る時は一人でゆっくりしたいという意思表示だと青年団の皆には受け取られている。もちろん話しかけられれば答えるし、隣に座られても追い払うようなことはしない。興が乗れば誘われるままにテーブル席に移動し、賑やかでくだらない話をつまみに飲むこともある。しかしどうも空気が怖いらしく、あまり声をかけられることはない。
     青年団の仲間に囲まれて話すルークをちらりと見ながら、ビールを流し込む。
     ルークはいつものように表情をくるくると変えながら楽しげに話していた。前にあるグラスはビールのようだ。ルークはあまりアルコールに強くない。飲みすぎないようにここから見張ることにして、アーロンは目の前に置かれた焼きたてのソーセージにかぶりついた。
     皮の破れる音と同時に肉汁が口の中に広がる。練り込まれた胡椒の香りがビールに合っていて、アーロンは一杯目をすぐに飲み干し、二杯目を注文した。
     目の前に春巻きと魚介が置かれ、ルークのテーブルにも料理が運ばれていく。遠目でもルークが目を輝かせているのがわかった。そのうち「うまーい!」が飛び出して、あの食べっぷりに皆が目を見開くことになるのだろう。
     春巻きはさくさくとした食感とずっしり詰まったスパイスの効いたひき肉が口に合い、魚介は身がふっくらとしていてトマトの味付けの辛味に食べる手が止まらなくなり、昼を食べそこねたこともあってか、すぐに全て平らげてしまった。
     とりあえず腹が満たされたら、次はアルコールだ。ウイスキーのストレートを頼み、少しずつ味わいながらルークへと視線を動かす。
     うんうんと話を聞きながら二口、話しながらまた二口と、いつものペースで口に詰め込んでいく様子は、相変わらず見ていて気持ちいい。周りもそう思っているのか、ルークの前に皿を置き、新たな料理を注文している。メニューを渡されたルークは満面の笑みだ。
     完全に打ち解けている様子に、アーロンは頬を緩めた。自分の恋人が大切な仲間達に気に入られるのは嬉しいことだ。
     しかし同時に、余計なことを話すなよ、と心の中で念じる。日常生活のあれこれを知られてしまえば確実にからかわれるだろうし、かわいいなどと言われたら二度と青年団の皆と目を合わせることができなくなってしまう。
     ルークも、ルークの同僚と話しているアーロンに対して同じように思っているのかもしれないなと思う。余計なことは話していないつもりだが、会うのはルークが倒れて迎えに行った時や、怪我をしたルークの入院先に呼び出された時がほとんどだということもあり、自然とルークの仕事や生活についての話になる。そこで仕入れた情報も多く、ルークの消化されていない代休や徹夜の回数や、同じ警察官からみても無理しがちな仕事ぶりなど、ルークを支える上で必要な情報が主だが、ルークの仕事中の様子を好奇心から聞くことも多い。
     何を話しているんだ?気になって仕方がない。いくら耳のいいアーロンでも、この喧騒の中ではさすがに距離が遠いし、薄暗い店内では口元は鮮明に見えない。
    「久しぶり。珍しい顔だと思ったら」
     視界のルークが、深いブルーのドレスに変わる。隣に腰を下ろしたのは、アーロンの昔のいわゆるセックスフレンドだ。
     こんな時に限ってなんで会っちまうんだ。平静を装って、軽く頷く。
    「よう。久しぶりだな」
     代わりに注文をする。以前彼女が選んでいたカクテルだ。
     アーロンはさり気なくルークへと視線を動かした。ルークを相変わらず何かを食べている。こちらに気づいてはいないようだ。ずっと食ってんなあいつと少し口元が緩んでしまったのを見られたらしく、彼女もアーロンの視線の先のルークを認識し、訝しげに言った。
    「あれ、誰?」
    「ああ、知り合いだ。リカルドから遊びに来てる」
     さすがに恋人とは言えない。ルークとの関係を知られたくないのではなくルークに迷惑をかけたくないという理由で、聞かれれば知り合い、親友、幼馴染と答えることにしている。こういった昔の人間関係はもちろん、ハスマリーにアーロンの敵は多く、ルークに迷惑をかける可能性があるからだ。


    *****

    「よし、行くぞ」
    「うん」
     朝早いため子供達は起きていない。昨晩アラナにも寝ているように言ったが、朝キッチンに包んだ二人分のバゲットサンドとコーヒーのポットが置いてあったので、ありがたく持っていくことにした。車内で食べてもいいし、どこかで休憩がてら食べてもいい。
     外に出ると、冷たい風が鼻先を掠めた。
    「寒っ……」
     身震いしたルークを促して急いで車に乗る。
     ハスマリーは朝と夜の気温差が激しく、薄いジャケットでは身震いしてしまうような朝でも、昼になれば汗ばむ陽気になることもある。天気予報によるとこれから向かう場所は晴れ、海に近いこともあってそれほど暑くはならないはず、今日は風が強そうだから逆に肌寒さを感じるかもしれない。
     後部座席に常備している毛布の存在を念のため確認し、アーロンは車を発進させた。
     ラジオをつけて、まだ車の少ない道路を走る。辺りはまだ薄暗く、人通りも少ない。
    「へえ、ショッピングセンターができるんだ。どの辺?」
     ラジオのローカルニュースの話だ。
    「前に資料館行ったろ、あの近くだよ」
    「あ、わかった。市場の逆側だ」
     資料館はハスマリーの歴史的な資料が展示されている小さな建物で、ルークがどうしても行きたいと言うので連れて行った場所だ。内戦で博物館が壊されてしまったため、そこからどうにか持ち出され修繕が終わった物の一部を展示している仮の建物で、博物館は建て直しされる予定となっている。
    「博物館、まだできないのかな」
    「ああ。やっと古いのを解体したって話だからな。観光客呼び込みてえから急いではいるらしいが」
     ルークは、ふうん、と残念そうに相槌を打った。
    「できたら連れてってやるよ」
    「ほんと? やった!」
    「オレはベンチで寝て待ってるがな」
    「知ってるよ……君器用だよな、ああいうところでは全然揺れないしいびきもかかないの」
     窓の外はだいぶ明るくなり、車が増え、開店の準備をしている店が見られるようになった。しかしそれもカレンヴァから離れるにつれて減っていく。
     ある店の前で車をとめる。
    「何にする?」
    「炭酸なら何でもいい」
    「わかった。食べるもの……パンはあるから、何かお菓子買ってくる」
     ルークが車から降りて店内に入っていく。その姿を見送って、アーロンは狭い運転席で手を前に伸ばし、固まった背中をほぐした。
     この先、進む道沿いには店がない。初めてこの道を使った時それを知らずに通り過ぎてしまって、喉の乾きと空腹感に耐えながらの帰路となった。目的地はそれほど遠くないから長居するのでなければ何もなくても全く問題はないが、今日も恐らく日が傾くまでいることになる。急いで帰らなくていいように、ルークの気が済むまでいられるように、いつもこの店で食料を調達することにしているのだ。
     戻ってきたルークが、助手席に乗り込む。
    「はい、これ。二本買っといた」
     コーラだ。早速空けて喉に流し込む。はあ、と息を吐き出すと、ルークが申し訳無さそうに言った。
    「運転、疲れたろ。僕が代われればいいんだけど」
    「いや、ハスマリーの道はオレの方が慣れてる。てめえは景色でも眺めてろや」
     ありがとうと笑ったルークに何だか居心地が悪くなって、アーロンは、おう、とぶっきらぼうに答えその手の袋に視線を向けた。
    「あー……他何買ったんだよ……それは?」
    「チョコバーだよ、お腹にも溜まるし。徹夜の時にお世話になりまくってて」
    「てめえ……またやらかしてんのか……」
    「いやいや! そんなにしてないよ!? ほんの三回……いや、四回? あっ、こっちは君も食べるかなーって! プロテインバーみたいなやつ!」
     ルークが焦ったようにビニール袋の中身を見せる。ルークが言った物に加えて、もう一本のコーラとミネラルウォーターが二本入っていた。アラナのバゲットサンドとコーヒーポットと合わせれば十分な量だ。
     じゃあ行くかと車を発進させる。ちょっと食べちゃおう、とチョコバーに齧りついたルークに苦笑しつつ、アーロンはスピードを上げた。
     しばらくして、道路が舗装されていないそれへと変わる。ガタガタという音と車の揺れが強くなり、時々体が跳ねるほどだ。
    「酔ってねえか?」
    「平気だよ、前に比べれば、全然」
     何度か通った道だ。ルークがハスマリーに遊びに来るたびにこの道を通るから、変化もわかる。
    「だいぶ綺麗になったなあ……前さあ、道路に穴があいてて、車押したよな」
    「ああ、ありゃひどかった」
     一年ほど前、同じようにこの道を通った時に、道路の大きなへこみにタイヤが入ってしまったことがあった。ルークと運転を代わったアーロンが車を後ろから押して、どうにか脱出したのだった。ぬかるみもひどくアーロンの靴は泥だらけになり、ジーンズの裾もひどく汚れてしまった。結局アーロンは一日中泥だらけのままで過ごし、帰った時アラナに「どこで遊んできたの!」と言われたことを思い出す。それを思えばこうしてまともに走れるだけでもいい。もっと前は、ここを人が通ることすらできなかった。
     ここを真っ直ぐ行けば海だ。アーロンは脇の少し細い道へとハンドルを切った。
     登り道を進むにつれて、眼下に道が見えてくる。曲がらずに真っ直ぐ進んだ道の先だ。しかし後数キロほどで通行止めになっていて、侵入を防ぐため、お飾り程度の有刺鉄線が張られている。そしてその隣にあるのは地雷原を示す看板。その位置が年月が経つにつれて少しずつ海側へと移動しているのは救いだが、海沿いの街まで到達するのは、このペースを考えると、まだまだ先になるだろう。
     ルークは窓の外に顔を向けている。無言のままだ。アーロンは時々ルークの様子を確認しながら、慎重に道を進んでいく。
     スピードを落として十五分ほど上がり、道の脇にある空き地に車を停めた。
    「はー、着いた!」
     車から降りたルークが大きく伸びをした。そして腰を押さえて後ろに反り、うーん、と声を上げる。
    「じじいかよ」
    「失礼だな! ピチピチの二十代だよ!」
    「ピチピチっつうのが死語なんだよ」
    「えっ……そうなのか? まずい……言いまくってるぞ……」
     真剣に考え始めたルークに苦笑を返して、アーロンも軽く伸びをする。風が気持ちいい。
    「天気良くてよかった」
    「ああ」
     シナリー近くの小高い丘。ここが、シナリーを一番近くで一望できる場所だ。道はシナリーを含むこの辺りの住民たちが使っていたものだろう。この先は倒木で塞がれていて登ることができないが、住民たちは今のアーロンとルークのように丘の上で景色を楽しんでいたのかもしれない。
     遠くに見えるのは海だ。太陽の光を浴びてきらきらと光る青い海と地平線は絶景の一言ではあるが、その手前にある「街」には、海の青さとは対称的に色彩がない。この街──シナリーが爆撃によって壊滅させられたことを、改めて突きつけられる残酷な景色だ。
    「綺麗だな……海、泳いだら気持ちよさそうだな」

    *****

     微かに聞こえた音にリビングのソファから飛び起きたアーロンが自室に行くと、荒い息を吐きながら気怠げに寝返りを打っていた。具合が悪いなら早く呼べよと言いたくなる気持ちを抑えてルークの顔を覗き込んだアーロンに、ルークは少し躊躇った後「頭が痛い」と言ったのだった。
     精神的なストレスからくる発熱だ。ルークはシナリーを見に行くたびにこうして体調を悪くする。故郷を見られた嬉しさと、故郷と記憶を失ってしまった絶望、その感情の波に心がついていくことができず、それが熱という形で現れてしまうのだろう。
     ルークが来た日、解熱剤を買っておいてよかったと思った。
    「解熱剤あるから、」
    「入れて」
     ルークの言葉にアーロンは、は、と口を開けた。突然のことに、言葉と行為が結びつかなかったからだ。しかしすぐにルークが求めていることに思い当たる。
    「何言ってんだ、お前」
    「入れてくれって、言ってる」
    「熱が上がる」
    「構わない」
    「オレは構う」
    「僕がいいって言ってんだからいいだろ」
     腕を掴まれる。ルークがのろのろと起き上がるのを、アーロンは止めることができなかった。促されるままにベッドに腰を下ろし、膝の上に乗ってきたルークと向かい合わせになって、抱き合う。
     ルークの体は熱くて、胸元に触れた頬はそれ以上に熱かった。顔を上げたルークの口から熱っぽい息が漏れ、ぞくぞくと背筋が震えた。こんな時にと自分が嫌になったが、反応している股間に、ルークも気づいているはずだ。
    「アーロン……頼む……」
     頭の中に心臓が脈打つ音が響く。その音に煽られるようにルークの腰に手を回し、下着の中に滑り込ませる。そして皮膚の表面を手のひらで軽く撫でる。
    「んっ……ふ、んん……」
     ルークがアーロンの背中に軽く指を立てる。漏れた声にはわずかな鼻にかかった息が混じり、快感を感じていることがわかる。アーロンは指を舐めて唾液を付け、剥き出しにした尻を手のひらで撫でてから、濡れた中指を肛門に入れた。
    「いっ、た……!」
     体がびくんと跳ね、腰が逃げるように動く。ふうふうと呼吸を繰り返したルークは、アーロンを抱き締める腕に力を入れ、こくりと頷いた。
     顔を見られてなくてよかったと思う。苦しむルークに対してかわいそうだと思う気持ちと早くルークの中に入れたいという興奮が混ざって、見せられないようなひどい顔をしているからだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💴💴💴💴💴💴💴💴💴💴💴
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works