学校からの帰り道にあるマクドナルドで待ち合わせをしていると、見知らぬ女子高生二人組に声をかけられた。どこの高校の制服?私達H女子なんだけど、と聞いてもないのに自己紹介をしてくる。鬱陶しいから無視してポテトをつまんだところで、背後から聞き慣れた声がした。
「モテるんだな」
「まあな」
待ち人が来たことで遠慮をしたのか、女子高生二人組はそそくさと立ち去った。気にせず話しかけ続ける度胸がないのは、待ち人のせいだろう。
「怖がられてるぞ、お前」
「勝手に怖がられても知らない」
ドカッと乱暴に向かいに腰を下ろしドリンクを飲むのは、ここで待ち合わせをしていた相手のブレだ。部活帰りにマクドナルドで待ってろ、と指示をしてきた本人が遅刻をしている。呆れたヤツだな…と思ったが、その理由はすぐにわかった。
「絡まれたのか?」
いかにもついさっき喧嘩をしてきましたとわかる様相では、女子高生も立ち去るのは当たり前だろう。
「絡みに行った」
「おいおい…」
何人相手にしてきたのか聞くと、いちいち数えてない、と返ってきた。怪我の具合から10人程度だろうと察する。10人相手にして大した傷は負ってないブレに、見知らぬイガ高のヤツらに同情した。
「そのまま来るなよ、周りが引くぞ」
「お前を待たせてたし」
「そういうとこは律儀なんだな」
苦笑いをしながらカバンの中に入れていた絆創膏を取り出し、切れた口元に貼ってやる。右目の上に大きめの擦り傷があったので、でかいのはあったかな…とカバンの中を探った。
ブレはさも当然のように、されるがままにしている。何故こちらがいつもこういうものを持ち歩いてやっているかも深く考えていないようで、もっと俺に感謝してほしいものだとため息をついてしまった。
「可愛い顔が台無しだぞ」
「…台無しでいいよ」
可愛くても舐められるだけだし、とブレが吐き捨てる。いくら顔に傷を作ろうと可愛いのは変わりがないのだが。
「こんな顔で良かったことなんて何にもない」
ブレは自分の顔と体格が嫌いだといつも言う、お前は男らしくていいよな、と必ず付け加えてくる。確かに自分は背が高いし筋肉もしっかりついているし、自分ではよくわからないもののイケメンの部類に入るらしい。さっきのように見知らぬ女子から声をかけられることもある。
「俺はお前の顔、好きだぜ?」
「お前に好かれてもしょうがない!」
突然ブレがキツい口調で怒り出した。その声に隣の席のグループが何事かという様子でこちらを向いたので「トーン落とせ」と嗜めると、ハッと気付いたのか「ごめん」と小声で謝ってきた。
「ははぁ、さてはイライラの原因はそれか」
何もないのにイガ高に殴り込みに行くブレではない。何か原因があってむしゃくしゃするのを抑えられなくて、鬱憤晴らしのために行ったのだろう。
「聞いてやるから」
「…お前はゼルダにふさわしくないって馬鹿にされた」
「やっぱそんなところか」
ブレの彼女ゼルダは頭が良くて美人でモテる。高嶺の花ではあるが生徒会をやっていて誰とでも親しく話せすゼルダは人気が高い。対するブレは成績は優秀なものの、自分の外見や能力を上級生からやっかみの目で見られたり馬鹿にされることも多く、普段人前では無愛想でほとんど喋らない。まともに喋れるのはゼルダとインパくらいで、後はほとんど同級生と喋ることはないらしい。加えて他校と喧嘩も起こすものだから余計に近寄りがたい雰囲気を作っている。
「お前みたいなチビがとか、童顔だとか、そんなのどうでもいいじゃないか。ゼルダの隣にいるのが背が高くてキリッとしたヤツじゃないといけないなんて誰が決めた?ゼルダはおれがいいって言ってくれてるのに…」
そこまで一気に吐き出したところで言葉に詰まって押し黙られた。感情を言語化できず続く言葉を選べなくなってしまったのだろう。ブレは口下手なので、こうして話の途中で詰まることがよくある。
「そりゃ腹立つなぁ」
「うん」
「お前、姫さんのこと大好きだもんな」
以前ゼルダのことを呼び捨てにしたら何故かブレにキレられた。ゼルダを馴れ馴れしく呼び捨てにするな!と。先輩なのだしブレが呼び捨てにしてるんだから自分だっていいだろうと思うのだが、ブレとしては自分とゼルダが馴れ馴れしくしているのを見たくないらしい。そんなところに嫉妬してどうするんだ、と呆れたが、それ以来「姫さん」と呼ぶことにしている。
冷たくなり始めたハンバーガーを食べきり、ブレがトレイに視線を落とす。
「…そんなにおれじゃダメなのかな」
ついさっき怒っていたからと思えばいきなり凹みだす。相変わらず扱いが難しい。これが、二人よりも年上の時ならうまくブレを慰められるのかな、とこの場にいない時ならどう対応するか考えてみた。考えたところでわかるはずもないのだが。
「ダメってことはないぜ」
「でも」
「自信持てって」
同じく冷たくなりはじめたポテトを無理矢理ブレの口へ押し込んでみる。押し込まれたポテトをもぐもぐと飲み込み、ブレは拗ねた顔をこちらに向けた。
「…おれはゼルダが好きだ」
「知ってるよ」
気付けば、背後のテーブルから視線を感じる。恋の悩み相談をしているとわかり聞き耳を立てているようだ。先輩が後輩の恋愛相談をしている図は、ただ時間を潰すためにマクドナルドで過ごしている学生達にとっては良い余興なのだろう。
「でも、本当におれでいいのか不安になる」
「大丈夫だって。姫さんを信じろよ」
「おれなんかゼルダと並んだ時に身長同じなんだぞ?よくある恋人同士みたいに肩を抱くなんて出来ないし、女子二人だと勘違いされてナンパされることだってある。ゼルダの隣にふさわしいのは、お前みたいに背が高くて男らしい方がいいんだろうなって…」
「これから伸びるかもしれないだろ」
「伸びる保証もないくせに!!適当なこと言うな!!」
おれの気持ちも知らないで、と対面するブレの右手がこちらへと飛んできた。それをパシッと左手で受け止める。受け止められてなお戦意を収めようとしないブレに「こんなとこで手を出すな!」と一喝すると、しばしこちらを睨みつけてきた後にスッと拳を戻された。背後のテーブルだけでなく隣のテーブルからも視線をひしひしと感じて気まずい。おおっ、と背後から小さくどよめく声がしたのは聞き逃さなかった。
「…ムカつく」
「我慢できて偉いぞ」
「バカにすんな」
手を伸ばして頭を撫でてやると、ブレが照れ臭そうに払い除けてきた。そうやって年下扱いするのがムカつく、と言うが年下なのだから仕方ない。
「目立ってんだよ、俺達」
「見て何が楽しいんだか」
ブレも周りの視線には気付いていたらしい。これが学内なら大人しくしているだろうに、他人しかいないマクドナルドの店内だからと気にする様子もないようだ。
「そんなに気になるんなら、さらに気にさせてやろうかな」
「どうやって?」
「こうやって」
何を考えているんだ、と考える暇もなく、いきなり唇を奪われた。ガタと椅子から立ち上がり机ごしにキスをしてきたブレに、隣のテーブルのヤツらが「やべえ」と唖然としている様子が視界の隅に映る。ブレのキスは飲みかけのコーラの味がした。まさかいきなりキスをしてくるのは予測していなかったので、ブレの舌の侵入まで許してしまった。「ん…っ」と声が漏れ出てしまったが、ここはマクドナルドの店内なので耐えねばならない。
「見せ物じゃないぞ」
こちらを見ている者達に向けてブレが言い捨てる。見せつけておいて何が「見せ物じゃない」だ。
「今ので完全に誤解されたぞ」
「人の恋愛関係を勝手にあれこれ想像めぐらす方が悪い」
「…ったく」
時々、本当にコイツはゼルダのことが好きなのか疑いたくなる時がある。とはいえ疑うまでもなく、ゼルダのことが好きなのは間違いないのだが。
「こんなとこ姫さんにもし見られたらどうするんだ?」
「見られたら…?」
そんなこと考えたこともなかった、とブレが目を丸くする。大丈夫だという絶対的な自信があってしているわけでなく、ただ単にそこまで考えが及んでいなかったのか。
残り数本となったブレのポテトをつまむ。もはや冷たくなってしまったポテトは塩の味しかしない。
「…ゼルダは、嬉しそうな顔をすると思う」
「は?」
ちょっと待て、と氷が溶けてほとんど水になってしまったドリンクをストローで吸い上げる。ものすごく薄味のアイスコーヒーが胃へと流れていくのを感じる。思いも寄らなかった答えに処理が追いつかない。
「ゼルダ、腐女子だし。おれがお前とヤってるの話すたびに、どうだったとか、こんなことをしたらとか、楽しそうに言ってくる」
「まじか…」
ゼルダがプルアとそういう本を買いにそういう店から出てくるのを目撃したことはある。一体何の店なんだ?本屋にしては雰囲気が…と自分も入ってみて、色々と理解した。そういう世界があることを何となく知ってはいたが、いざ目の当たりにすると「そうか…」という感想以外出てこなかった。そもそも自分がブレとそういう関係になっているのだから、人の趣味をどうこうとは言えない。
「俺がお前に手ぇ出してることは、姫さんにとってはむしろありがたいことなのか」
「うん」
「あっさり言うなよ…」
ブレとヤるたびに、ゼルダに申し訳ないと思っていたことが馬鹿らしくなってくる。そういえばいつだったかゼルダは自分に「リンクをよろしくお願いします」と意味ありげに言っていた。単に肉体関係を許すという意味だったのかと思っていたが、それ以上の意味があれには含まれていたのだろう。
「なぁブレ」
「ん?」
水と化したアイスコーヒーを飲み干すのをやめて、ブレのコーラを奪いズルズルと音がするまで飲み干した。
「お前らはよくお似合いだよ」
何にも不安になることはねえよ、とカラになったドリンクをブレのトレイに戻し、トワは呆れた溜息をついた。