眩しくて目が覚めたら、林の向こうに朝日が登っていた。ぼくはいつの間に寝てしまっていたのだろう。魔物にやられた足の傷が痛くて動けなくて、茂みの中で休んでいるうちに寝てしまったのかもしれない。
あたりを見渡す。魔物の気配はない。夜には気が付かなかった大きな切り株が目の前にある。誰かが切ったのかな。これだけ大きな木だったら、きっと立派な家が作れたんだろうな。
切り株を見つめる。ふと、あの時の光景を思い出してしまった。タルミナから去る時に見た、彼が切り株に描いた絵。友達になってくれるか、って言ってくれたぼくの友達。
「友達だって言ったのに」
友達なのに、どうしてぼくのそばにはいないんだろう。
彼も、サリアも、ぼくの友達なら、どうしてぼくはみんなに会えないんだろう。会えない友達は友達っていうのかな。
「みんな嘘つき」
足の傷がズキズキする。これがブレにいちゃんや、時だったら、簡単に倒していたんだろうな。でもぼくは小さくて力も弱いから、大きな魔物の大きな一撃は防ぎきれない。
ぼくはみんなに守られてるばかりで、ぼくはみんなを守れない。ぼくは勇者じゃないし子どもだから、みんなにとって必要じゃない。
朝日が登りきって、空が明るくなった。これからどうしよう。別の場所へ行こうにも、足の傷が深くて歩けない。魔物くらいどうってことないよ、と時に自信満々に言って出てきた自分が恥ずかしい。これくらいの傷で歩けないなんて、みんなと比べてぼくはやっぱり弱くて情けない。
みんなのところに居づらくて、ブレにいちゃんの家を出てきてしまった。ブレにいちゃんがトワにいちゃんと仲良くしてる時、ブレにいちゃんはトワにいちゃんのもので、ぼくのものじゃない。ううん、そもそもブレにいちゃんはこの世界のゼルダ姫様のものだから、トワにいちゃんのものにもならないのだけど。
でもブレにいちゃんを取られてもうぼくのところににいちゃんが帰ってきてくれない気がして、もうぼくのことを忘れられてしまう気がして、あの家にいたくなかった。あそこにいたら、ぼくは不安で胸がギュッと締め付けられて苦しい。
そしたら時が、いなくなってみたらいいと言い出した。いなくなったら探しに来るから、来るかどうか賭けをしよう、だって。だからぼくはいなくなってみたんだ。ブレにいちゃんがぼくのこと探してくれるかなって。もし探しに来てくれたら、もうぼくはにいちゃんの言葉を疑わない。
だけど、ブレにいちゃんにとってぼくの存在って何なんだろう。マスターソードも持ってなくて、強い魔物には勝てないぼくが、ここにいてにいちゃんの何の役に立てるんだろう。ぼくは足手まといにしかならない。
そうだよね、ぼくはみんなには必要ないから、いなくなっても構わないよね。ぼくがいなくても世界は救えるし、ぼくにはもう世界を救う資格もない。「なかったこと」にされちゃったから、ぼくはもう勇者じゃなくてただの孤児(みなしご)だ。ただの孤児なら…みんなに忘れられても、当たり前だよね。
ポーチの中身を出してみる。時があれこれ入れてくれてたけど、何を入れたのかよく見てなかった。出てきたのは、リンゴと、ミルクの入ったビンと、木の実と…
「…オカリナだ」
どうして時はこれを入れたんだろう。こんなもの、ここでは何の役にも立たないのに。何か吹いたって、何の効果も発揮しないのに。
「吹けっていうこと?でも、何を?」
どうしたらいいかわからないまま、吹き口をくわえる。しばらく吹いてないのに、指が自然と穴をふさぐ。すぅ、と息を吸う。頭の中に浮かんだのは、今一番吹きたくないあの曲だった。
「……ほらね」
サリアの歌。サリアに教えてもらった歌。吹きながら、もしもサリアが応えてくれたら、と思った自分がバカだ。ここにサリアはいないし、ここでなくてもサリアは応えてくれないのに。でももし、もしもサリアが、ナビィが、ぼくのオカリナの音が聴こえてて応えてくれたら、なんてことをぼくは期待してしまった。そんな期待、すぐに空しさに変わるとわかっていたのに。
「ねぇサリア、ナビィ」
ぼくはどうしたらいいのかな。ぼくはどうしてここにいるのかな。ぼくがここにいる意味って、一体何なのかな。みんなぼくのことを忘れていくのに、どうしてぼくはここに居たくて、おにいちゃん達に忘れてもらいたくなくて、誰も応えてくれないオカリナを一人で吹いているのかな。
「寂しくなったら吹けってこと?余計に寂しくなったんだけど。キミの考えてること、キミはぼくなのにぼくにはよくわかんないよ」
時がどうしてオカリナを入れたかわからないまま、ポーチの奥にしまいこんだ。リンゴをかじる気にもなれなくて、痛む足を手当てする気にもなれなくて、視界の隅に一羽の鳥が羽ばたくのを見つけてその鳥を目で追った。