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    深海魚

    @1220flamingo

    Eve(あんスタ)、ジュンひよ

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    深海魚

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    ジュンて日和が花火をするお話
    CP要素なし
    2022.08.16

    よるのはな 八月に入り、いよいよ真夏も本番を迎えた。太陽はじりじりと照りつけて、うだるような暑さが続いていた。
     久しぶりの休日に、ジュンは胸を躍らせていた。まずは、雑誌の表紙の撮影に向けて、筋トレをして身体を絞る。それから、涼しい寮の部屋でスマホのゲームをプレイしたり、借りた漫画を読む。この日はゆっくり過ごそう。前々から、密かに計画していた。
     ジュンは、トレーニングルームで一息ついて、Tシャツの裾で汗を拭った。
     自分が所属するユニット、Eveのリーダーである巴日和に拾われてからは、ありがたいことに、アイドルとして仕事は順調で、忙しなくも充実した日々を送っている。期待に応えたくて研鑽するプレッシャーは、燻っていたあの頃に比べたら、心地よい疲労なのかもしれない。それでも、気づかない間に蓄積されるものはあって、肩肘張ってばかりでは、パフォーマンスが落ちてしまう。
    (たまには、寮でだらだらするのも悪くはないっすよねぇ)
     ここまでは順調だった。
     携帯電話の着信音が鳴り、表記された「巴日和」の文字を、見るまでは。
    「お疲れ様です。どうしました、おひいさん」
    「もしもしジュンくん? 燐音先輩から、パチンコ? とやらの景品の花火を貰ったね。今夜、早速やりたいから、ジュンくんには準備して欲しいね!」
    「…………わかりました」
     深く息を吸い込んで、吐き出す。素敵な休日を過ごすことと、日和の命令に背くことのリスクを天秤にかけて、返答の言葉を紡ぐまで、十秒は要したと思う。
     日和からの電話を切った後に、ジュンは頭を抱えた。呆気なく、計画は変更を余儀なくされた。
     花火か、とジュンは考える。仕事では打ち上がる花火を何度か見たけれど、プライベートで花火をするのは、本当に久しぶりかもしれない。過去のことを思い出そうとしたら、家族と花火で遊んだような気がする、くらいで朧気だった。悲観的になりそうになって、口元を覆う。
     とにかく、やるといったからには、きちんと準備をしよう。両手で自分の頬を叩いて、気合いを入れ直す。やるべきことは沢山あるから、動作を早めた。
     さあ、花火をするための準備に、予定変更だ。
     
     
     太陽の光が照らす時間の長い夏は、夜を迎えるとやけに暗く感じる。それでも明かりを用意せずともある程度活動が出来るのは、星奏館の窓から漏れ出た照明の光のおかげだ。
     ジュンは、日和とともに星奏館の中庭に来ていた。
    「花火をやりたいって、いっつもあんた、突然過ぎるんですよ」
     ジュンは、ため息をつきながら、手にしたライターの火がつくのを確認した。この小さな火でも、花火に向けたら、鮮やかな猛火に姿を変える。そんな人を夢中にさせる花火は合法的な火遊びで、油断すれば人に牙を剥くものだ。安全に遊ぶ為にも、慎重に扱いたい。
     手際良く準備をするジュンの近くで、目を輝かせた日和は、持参した花火を開封して、袋から数本ほど、手持ち花火を取り出していた。
    「僕の家で作らせた大きな花火ならよく見るけれど、こういう庶民的なものは初めてだね。だから、ジュンくんに聞きながらやろうと思ってね!」
     簡単に言ってくれる。ジュンは、肩をすぼめた。ライターなど、花火をするのに必要になるだろう様々な小道具を、あそび部のメンバーや、そのメンバーの伝手を頼って聞きながら、なんとか夜までには揃えた。そんな苦労を知らない日和は「これとか見た目がかわいいね!」なんて声を弾ませて、色とりどりの花火を見比べながら、無邪気に口元を緩めた。
    「僕もジュンくんも明日からまた忙しくなるし、やるなら今日しかないね」
    「そりゃあそうっすけど」
     明日は、日和とともに花火大会の実況の仕事があるし、ジュンは夏休みだからといって、七種茨によって予定がぎっしりと詰められていた。だからこそ、部屋でのんびり過ごしたかったのに。ジュンは可能な範囲で、日和の言うことをなんでも聞くと決めたとはいえ、いつだって日和のペースにはまりっぱなしで、苦労が耐えない。
    「そんなに急がなくてもいいと思うんすけどねぇ。あんた、いっつも自分のやりたいことに正直すぎるんすよ。ちょっとはこっちにも配慮してくださいよ」
    「どうして? いつだって過去には戻れないし、今は、今しかないね。それなら、今をより楽しんだ方がいいね!」
     夜闇に負けないくらい眩い笑顔の日和は、鮮やかな緑の手持ち花火を、ジュンに差し出した。
     ジュンとしては、今日の花火の経験を、明日の仕事に生かせればいいか、程度に考えていた。花火と日和とを交互に見ていると、日和は首を傾げた。
     そうか。過去の楽しい記憶が朧気なら、これから、思い出を作ればいい。
     日和は、いつだって自分の前に立って、道を照らしてくれる。
     胸に落ちた言葉を噛み締めたジュンは、差し出された花火を掴むけれど、日和は強い力で握ったまま離さない。今度はジュンが首を傾げてから見上げると、日和は静かに目を細めた。背筋を駆け上がるような、眼差しだ。それも一瞬のことで、すぐに破顔した。
    「ジュンくんはこの程度でこの僕について来れないほど、弱い子じゃないよね?」
    「……当たり前っすよ」
       そうだ、巴日和は、こういう人だ。暖かな日差しを向けるかと思いきや、時々、苛烈さを見せつける。
    「それにジュンくんは、高校最後の夏休みをこの僕と充実させられて、光栄だね?」
    「明日から仕事でほとんど一緒でしょうが……」
    「僕はいつだってジュンくんと過ごせて嬉しいね!」
    「はいはい」
     ジュンは流すように返答しながら、持参した手提げバックから取り出したものを、次々と日和の前に掲げた。
    「おひいさん、虫除けスプレー使ってください。あとこれ、いつもの携帯扇風機です。飲み物は、水筒に水が入ってるんで。そっちに置いておきますね」
    「用意がいいね、流石ジュンくん」
    「先週、ここで蚊に刺されたって騒いでたの、あんたでしょうが」
    「僕の魅力は人間相手では留まらないから仕方ないけれど、予防できるならそれに越したことはないね」
    「どこからどうつっこめばいいのか分からねぇ……」
     日和は小型の扇風機で涼みながら、使い終えた虫除けスプレーをジュンに返してきた。
    「痒くて赤くなっちゃうと仕事に支障をきたすからね!  ありがとうね、ジュンくん」
    「……ういっす」
     ジュンは、手にしたもう一つの小型の扇風機のスイッチを入れると、柔い風が、熱い頬を撫でた。炎暑が続く夏の夜は、日が落ちてもまた、涼しくはならなそうだ。
    「それで、どうやるの?」
    「そこ持ったまま、待っててください。火、付けますね」
     そわそわと急かす日和の手持ち花火に、ジュンはライターを近づけて、点火させる。徐々に燃え上がり、突如として火花は勢いを増していく。わぁ、と日和は感嘆の声を漏らした。
    「勢いがすごいね! えっ、火が僕の手に向かって近づいてくるね!」
    「いずれ消えるから大丈夫ですよぉ~」
    「それなら良かったね。……急に色が変わったね!  ジュンくんも早くやるといいね!」
     少し慌てた様子の日和があまりに予想通りで、面白い。すぐに慣れてきたのか、瞬間的に飛び散る火よりも目を輝かせて、花火を楽しんでいる。そんな無邪気な姿を見ていたら、ジュンも早く、花火をやりたくなってきた。
     先程渡された手持ち花火を、日和の燃え上がる手持ち花火に近づけた。
    「俺にも火、ください」
    「うん? そっちの花火は緑色なんだね!」
    「こういうこともできますよっ……」
    「えっ、ちょっと、危ないね!」
     ジュンは、あそび部のゆうたから教わったように、空中で花火を振り回す。驚いて何歩か後退した日和からも見て分かるように、文字を描いた。
     やがて火が消えて、煙だけが空気に消えるように溶けていくのを見届けると、日和は「ジュンくん、火で遊ぶのはよくないね!」と眉を上げて、本末転倒なことを言った。
    「これで文字を書くんですよ。あそび部の人達からちゃんと教わったんで、大丈夫です。あんたもやってみて下さい」
     同じ緑色の手持ち花火を、日和に手渡した。ジュンはスマホを取り出して、撮影の準備をしてスラックスのポケットに入れてから、ライターを準備する。日和は半信半疑な様子だけど、あそび部の名前を出せば少しは信用したのか、ジュンが手持ち花火に火をつけるのを見守っていた。
     火花が出た瞬間、ジュンは即座に日和から離れる。すぐさま準備をしていたスマホのカメラを、日和に向けた。カメラの中の日和は、空中で花火を動かし、何かを描いていく。
    「あはは、ジュンくん、分かるかなっ?」
     日和は、持ち前の器用さで、ジュンから見ても分かるように文字を書き上げたようだ。そんな文字は、ジュンが用意した専用のアプリで映し出され「いい日和」と書かれていた。期待を裏切らない人だ。
     思わず腹を抱えて笑ってしまい、分かりますよ、の言葉は紡げなかった。
    「そんなにおかしい?」
     本気で聞いてくるところが、可笑しい。日和に写真を見せると「悪くないね」とご満悦の様子だ。準備のときに、花火の遊び方を色々と聞いておいてよかった。ジュンは「写真あとで送っておきますね」とスマホをしまった。
     

     役割を終えて燃え尽きた花火は、水を張ったバケツに入れる。一通りの種類の手持ち花火を楽しんだ。後片付けをしようとしたジュンの前に、色鮮やかな花火が掲げられた。
    「ねぇジュンくん。この細いものも花火なの?」
     首を傾げた日和は、細長い花火を手にしていた。まだ遊んでいない花火があったようだ。
    「それは、線香花火っていうやつです。燃え尽きる前に火の玉が落ちないように競うらしいですよ」
    「ふぅん。そんな遊びがあるんだね。それなら、僕と勝負をしようか、ジュンくん」
    「負けてもすねないでくださいねぇ~」
    「失礼だね、この僕が負けるわけがないね」
     しゃがんだ日和に、ほら早く、と急かされる。ジュンは日和の隣にしゃがんで、日和と自分の線香花火に火を灯した。着火した途端に静かになった日和は、線香花火をじっと見ている。
     いくら日和が器用でも、流石に線香花火まで掌握はできないはずだ。どんなことでも器用にこなす日和には、ジュンはいつも勝てない。無言の日和を横目にジュンは、線香花火がじわじわと火の玉を形作るように、闘争心を燃やした。
     少しずつ音が大きくなり、火の玉から枝分かれした火花は激しさを増していく。やがて萎むように火花が小さくなっていった。
     ここからが勝負だとジュンは意気込むと、つい手に力が入った。揺れた火の玉は、あっけなく地面におちていく。寂しい音をたてて、消えていった。がっかりしたジュンの隣では、日和は「あっ」と声を漏らしたと同時に、日和の手にした線香花火が、穏やかに終息を迎える。火の玉が地面に落ちるのを、ジュンは悔しくも見届けた。
    「僕の勝ちだね」
     ジュンを見る日和のしたり顔に、普段なら腹が立つところだけれど、今は、あの時に力んだ自分を先に責めたくなった。それを察した日和は、可笑しいとばかりに笑っている。
     やっぱり、腹立たしい。
    「ジュンくんてば、あれじゃあ落ちて当然だね」
    「分かってますよ。あー、クソ、花火でさえ勝てないなんて」
    「ふふ、僕に勝とうとしてたの?  ジュンくんが?」
    「何言っても負け惜しみみたいになって言い返せないのが、すげぇ腹立つ」
     口惜しいジュンは、GODDAMNと呟いた。
    「ねぇジュンくん。もう一回。火、付けて欲しいね」
     自分でやればいいのに、日和はライターを手渡してきたので、日和の新たな線香花火に火をつけてあげた。
     ジュンとしては、十分に楽しめたので日和の花火を眺めていようと思っていたら、日和の肩が、ジュンの肩とくっつく程度に近くに寄って「ジュンくんもやろうね」と言ってきた。このまま密着して眺めているのも、なんとも言えない沈黙になりそうなので「そうっすね」と、ジュンもまた線香花火で遊ぶことにした。
     ジュンに密着したままの日和は、線香花火の火花を静かに眺めていた。
    「いつもド派手な花火を見ているあんたには、ちょっと退屈かもしれませんね」
    「そんなことはないね。こんなに小さいのに、力強く魅せてくれるね。……花だってやがて枯れるけど、いつも綺麗だね。花火も、それと同じだね」
     今度は、日和の火の玉が先に落ちた。燃え尽きた線香花火を持ったままの日和は、ジュンの肩に頭を置く。重いですよ、と言おうするけれど、線香花火が、火花を散らしている瞬間だったので、堪えた。
    「大きな花火も好きだけれど、こうやって静かにジュンくんと花火を眺めるのも、悪くはないね」
    「……そっすか」
     ジュンは、首筋に当たる日和の髪の毛にくすぐったさを感じながら、日和と共に、空中で枝分かれする火花が少しずつ小さくなっていくのを見届けた。
     やがて花火が燃え尽きると、どちらともなく離れて、ジュンは花火をバケツに捨てた。日和は優雅に座って、小型扇風機で涼みながら、ジュンの後片付けを見守っていた。
    「そういえば、さっきの勝負は僕が勝ったから、ジュンくんには一ついうことを聞いてもらおうね!」
    「はぁ?  そんなこと聞いてないんすけど……ちょっと待ってください。さっきは俺が勝ちましたよね?」
    「さっきのは勝負するって言ってないから、数には入らないね」
    「なんつー屁理屈……ていうか、言うこと聞くって、それいつもの事じゃないっすか~?」
    「ジュンくんなんだから、当然だね!」
     満足そうな日和は、スマホをスライドして、撮ったばかりの写真を楽しそうに見返していた。
    「ねぇ、今度は凪砂くんや茨も誘って、四人でやろうね」
    「いいっすね」
     今日も突拍子もない日和に振り回されたけれど、明日の花火大会の仕事は、もっと賑やかになるだろう。いや、明日だけじゃない。Eve、そしてEden、漣ジュンとしてアイドルの活動ができる限りは、この騒がしい日常は、これからも続いていくに違いない。
     ジュンは、明日の夜空に打ち上がる、儚くも力強い大きな花火を想像して、待ち焦がれた。
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