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    深海魚

    @1220flamingo

    Eve(あんスタ)、ジュンひよ

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    深海魚

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    Eve5周年おめでとうございます。
    遅ればせながら、お祝いしたいと思います。
    ※CP要素はありません。
    2022.0709公開
    2022.0712誤字訂正、加筆修正
    2022.0721 加筆修正

    #巴日和
    Hiyori Tomoe
    #漣ジュン
    mangroveJun

    満ち足りぬ小暑 ――お土産、買ってきたんですけど食べます?
     ――いいね! ジュンくん、僕はいま収録でスタジオにいるね!
     
     県外での収録を終えた帰路の車内で、ジュンはホールハンズで日和に連絡をすると、すぐに既読が表示されて、返信が届いた。一見、脈絡のない返答だけれど、日和がいるスタジオから近い玲明学園を待ち合わせ場所にしよう、の意図が、ジュンには読み取れた。
     ――寮でいいですか?
     ――うん、僕はもうそっちに向かっているね!
     ほら、やっぱり。
     ジュンは、分かりました、の気持ちを込めて、適当なスタンプを送った。スラックスのポケットにスマホをしまうと、がさり、とビニール袋の音がする。中身は保冷剤が効いていて、手の甲に当たって少し冷たかった。
     
     
     寮の部屋に到着したジュンは、ただいまを言う間もなく、静かに入室する。
    「はい、お世話になりました。ありがとうございます、失礼します」と日和は誰かと通話をしている様子だった。荷物を適当に置きながら荷物整理をしていると、どうやら通話を終えたらしく、
    「おかえりジュンくん! 一人でのお仕事はどうだった?」
     いつも通りの満面の笑顔を見せている。卒業後も居座るこの勝手気ままな人から、なぜ誰も鍵を取り上げなかったのか。同室のこはくがいないのをいいことに、都合よく集合場所にしている自分も、同じ穴のなんとやらか。お土産をテーブルに置きながら、日和の隣に座った。
    「今度の舞台の番宣ってことで、地方ロケに行っただけっすよ〜。大御所もいたから、少し緊張しましたけど」
    「うんうん、偉いね!」
     頷きながら、まるで自分の事のように満足そうに聞いている。ジュンにとっては、なすべきことをしただけなので、そこまで褒められる理由が分からない。とはいえ、少しずつ一人での仕事に慣れてき、なんだかんだ見せどころもあって、やり切った今日の収録を思い出すだけで口元が緩む。
    「別にあんたに褒められても嬉しかねぇけど……まぁ、やりごたえはありましたねぇ」
    「それなら、良かったね」
     ジュンを見る日和は、目を細めた。お互いに一人での仕事が増えてから、どうだった、と日和が仕事の内容や感想を聞いては、そんな眼差しを向ける事が多い。その度に、ジュンはなんとなく、むずむずとした感覚になる。慣れない空気に戸惑い、切り替えるように「これ、お土産です」とビニール袋から取り出した箱を、日和の前に置いた。
     まだ中身を見ていないのに、日和は眼を輝かせた。
    「贈り物を開ける時って、わくわくするね!」
    「そんな大したものじゃないっすよぉ~」
     贈り物を送った相手が目の前で開けるというのは、送った側には喜んでくれる期待と、がっかりさせてしまうのではないかと不安が入り交じる。日和が箱を開ける動作が、ジュンにはやけにゆっくりに感じた。
    「わぁ、僕の大好物だね! しかも、サーモンとほうれん草のキッシュだね!」
     両手を広げて、全身で喜びを見せる日和を見て、安堵した。ジュンは、他のお土産が入った紙袋をテーブルの上に置いた。
    「サクラくんにこのお土産を買ってくるついでのつもりだったんすけど、あんたにも世話になったので、買ってきました」
     早速、日和は箱から二切れのキッシュを取り出している。
    「ジュンくんがいつでも僕に感謝すべきなのは当然だね! あっ、でも、こはくくんにはうちのジュンくんがお世話になっているからね、いいことだね!」
    「あんたは俺の母親かなんかですか?」
    「母親? 違うね。どちらかと言うと、ジュンくんと僕は、一心同体だね!」
    「はいはい、そうですね」
    「んもう、『はい』は一回だね。反抗期はよくないねっ」
    「うぜぇ……」
     相変わらず口では勝てないと思いつつ、日和を一瞥しながら、今日のことを思い出す。
     大御所も参加する収録でとても緊張していた時に、ジュンはなぜか、日和の存在を思い浮かべた。あの人なら、どんな風に乗り切るのだろう、と。真似をするつもりはなかったけれど、神経の図太さとマイペースさを思い出していたら、いつの間にか緊張が解れて、持ち前の体力と筋力を活かして収録に臨めたのは事実だった。
     普段から日和はジュンを振り回してはいるものの、いざとなればアイドルとしては一流で、Eveとしても隣にいる時は頼もしく、今こうして優雅に寛ぐ姿は黙っているだけでも、アイドルには欠かせない、惹き付ける存在感がある。
     悔しいながら、自分には努力しても到底及ばない存在だとジュンは思う。
    「おひいさんはいつもお気楽でいいっすねぇ」
    「……なんだか馬鹿にされた気がするね! そんなこと言うなら、ジュンくんにはキッシュはあげないからね!」
     付属されたフォークを手に、キッシュを腕で囲って隠すようにした日和は、ジュンを睨んだ。カロリーの高いものを独り占めしようとしている日和だが、好きなものばかりを食べているくせに、プロ意識は高いからそれなりに体型を維持している。この呑気な先輩に一応は助けられたのを思い出して、二つも食べたら太りますよ、とはあえて言わなかった。
    「別にいいっすよぉ~。飲み物は何にします?麦茶でいいですか?」
    「あっ、それなんだけどねっ」
     キッシュを囲うのをやめた日和は、弾んだ声で、持参の鞄を漁り始めた。その隙に、温め直すために二切れのキッシュを箱に戻した。大好物がジュンの手に渡ったことは特には気にもしない様子の日和は、取り出したお洒落な箱をジュンの目の前に置いた。
    「僕もちょうどお茶が手に入ったから、用意するといいね!」
    「え、あんたこのクソ暑い日に熱いお茶飲むんすか?」
     ここのところ暑い気候で、今日に至っては外での収録をこなしてきたから、さっぱりとした麦茶と共に味わおうとしていた。沸騰した湯で飲む紅茶を想像しただけで汗をかいてきた気がして、顔を顰めた。日和は、紅茶の入った箱を指でなぞり、それを掴んでジュンの前に差し出した。
    「ここは冷房が効いてるし、暑いからって冷たいものばかり食べていては、身体が冷えてしまって胃腸に優しくないね。それに、キッシュは温かい紅茶の方が楽しめるね!」
     いっぺんたりともジュンから目を離さない日和と、箱とをジュンは交互に見る。この様子だと、日和は日和で、冷房の効きすぎたスタジオでの収録だったのだろう。
     暑すぎても、寒すぎても文句を言う日和の行動は、特に予測不可能だ。うだるような暑い日にジュンの背中に氷を入れたり、寒い日には冷たい手をジュンに押し当ててきたりと数々の悪戯を思い出す。これ以上の反論は早々に諦めて「分かりました」と言いながら、高そうな紅茶の箱を受け取った。見慣れない高級な紅茶の箱を眺めてみると、外国語で読めない。すぐに理解するのは諦めて開封したら、ティーバッグがいくつか入っていた。茶葉よりは準備が楽なので、助かる。
    「今回はティーバッグなんすねぇ。キッシュだけ温めてくるんで、待っててください」
    「ジュンくん早く、早く!僕はもう待ちきれないね!」
     フォークを手にした日和を見ながら、これじゃあ自分の方が母親みたいだ、とジュンは思いながら、わがままな相方のためにも、電子レンジのある場所に向かって部屋を後にした。
     

     温め直したキッシュを皿に乗せて部屋に戻ると、日和と自分の前に皿を置いた。漂うキッシュの香りに「美味しそうだね」と日和はうっとりと眺めている。日和の隣に座り、手際よくティーバッグはティーポットに入れて、電気ケトルで用意した熱湯を注いだ。
     その瞬間に、鼻腔を擽られた。
    「いい匂いだね」
    「……! この匂い……」
    「ジュンくんの好きな、苺の匂いだね」
     そわそわすると、日和から「あと二分くらいは待つといいね」と言われる。優しく微笑まれて、自分がはしゃいでいるのに気がついて「わ、分かってますよぉ」と、自分を落ち着かせるようにティーポットに蓋をした。
     数分経過したところでティーカップに紅茶を注ぐと、再び甘ったるい芳香が、鼻腔を通り抜けていく。
    「見た目は普通の紅茶なのに、苺の香りがするのが、めちゃくちゃ違和感あります……でも、良い匂いっすねぇ」
     顔を綻ばせたジュンは、紅茶を口にした。途端、手にした紅茶を二度見した。
    「……味は普通の、紅茶っすね」
    「これはフレーバーティーだね。香りをつけたものだから、あくまで匂いを楽しむものだね」
    「へぇ、よく分かりませんけど、こういう楽しみ方もあるんすねぇ」
     自分にはよく分からない嗜みだ、とジュンは思う。隣の日和は、ソーサーごとティーカップを持ち上げて、注がれた紅茶が揺らぐのを眺めながら、匂いをゆっくり堪能した後に、紅茶をそっと口にした。所作の一つ一つが優美で、些細なことで育ちの違いを実感する。
    「僕はこっちの大きい方を食べたいね! ジュンくんにはこっちをあげるね!」
     ソーサーを机に置いてから、嬉々として好物を手にした姿は、年相応。そんなに大きさが違う気がしないキッシュを皿ごと交換された。ジュンも空腹感があるから、細かいことは気にせず、さっさとキッシュを一口大に切ってから口にする。柔らかな食感に、塩味の効いたサーモンやほうれん草の味が広がって美味しい。塩味の後は、飲み物が欲しくなり、ティーカップを手にして、紅茶を飲んだ。暖かい飲み物が、身体に染みる。
    「キッシュは塩味が効いているから、紅茶の渋みと相性が良いね」
    「そっすね、案外悪くなくて、驚いてます。しょっぱいものを食べるとつい冷たいものをガバガバ飲むんすけど、これなら少しずつ飲むから、おなかにも優しいですねぇ」
    「おなか……ふふ、それにしても、このキッシュは美味しいね」
     早くもキッシュ食べ終わって皿を置いた日和は口元を拭う。ジュンは嚥下してから話し始めた。
    「……ん、そういや、この間あそび部に持って行ったお菓子、めちゃくちゃ喜んでもらえましたよぉ〜」
     ソーサーを持ち上げた日和の手が、途中で止まった。
    「ジュンくん、もしかしてあの小粒パイを持って行ったの?」
    「そうっすね。最初はおひいさんに買ってきましたけど、あんたの肥えた舌で満足出来るなら確かだと思って、あそび部に差し入れしました」
     日和は、手にした紅茶を眺めてから口にすると、飲み干してからソーサーを置いた。
    「僕は美食家だから喜ばれるのは当たり前だね!ごちそうさま。僕はそろそろ寮に帰るね」
     そう言って、ティーバッグの入った箱を鞄にしまってから立ち上がった。いつもなら、こはくに構わずに寝泊まりすることも多いのに、今日は帰宅するのだとジュンは驚いた。でも、こはくに迷惑をかけないならそれに越したことはないので、携帯を取り出す。
    「もう帰るんすか?迎え呼びますから、待っててください」
    「明日はフレイヴァーのみんなとお茶会があって差し入れも欲しいだろうし一旦実家に行くから、迎えはもう来てるね。このティーバッグも、庶民代表のジュンくんが気に入ったなら、紫之くんにも遠慮せずに味わってもらえそうだね!」
     そういえば、日和は紅茶を味わう集まりに所属していたっけ。それより、庶民代表という謎の位置づけをされている。こんな高慢な態度で、サークルの人と、ちゃんと仲良くやっていけているのだろうか。
    「サークルの人に迷惑かけないでくださいよぉ~」
    「ジュンくんてば心配性だね? ジュンくんも、こはくくんとちゃんと仲良くするんだね!」
    「誰のおかげで迷惑かけてると思うんすか……マジでお気楽なあんたが羨ましい限りですよ」
     日和は無言で、何度か瞬きをして、首を傾げた。
    「ジュンくんが僕を羨ましがるのは当然だけれど、きみはもちろん誰も僕にはなれないね」
     そんなのは、分かっている。だから、この人はずるいと思う。どんなに好き勝手な振る舞いをしても、育ちがいいからなのか、素直で行儀はよくてどこか憎めないから、なんだかんだ上手くやっているのかもしれない。
    「でも、今日のジュンくんの収録も好評だったみたいだしね?僕は少し、安心したね」
     そう言った日和に、頭を撫でられた。ジュンが手を振り払う前に、日和は、あっさりと撫でるのをやめた。
    「いきなり頭撫でないでくださいよぉ~なんのつもりです?」
    「なんでもないね。じゃあ、お迎えを待たせているから帰るね!」
    「気をつけてくださいよ……って、聞いてなさそうですねぇ」
     あっという間にいなくなって、閉じた扉を眺めながら呟いた。途端、ジュンのお腹が鳴って、空腹を知らせた。使い終わった皿と、日和が学生の頃から愛用するお揃いのティーカップを見ながら、また音を鳴らした腹部を触った。もう少し、キッシュは多めに買ってこれば良かったかもしれない。
     
     
     ジュンが臨んだ今日の収録。そこには、日和が社交場で見た事がある大御所の芸能人が共演していた。近頃はいくつもの会社経営をしているらしく、巴財閥との関わりもあったから、日和はもちろんのこと、向こうも日和を知っていた。日和の携帯に、すぐさまその人からジュンに対する好評の連絡が届いていた。
     あの巴財閥の放蕩息子の巴日和と組むアイドル、というのは杞憂に終わった。
    「ジュンくんはジュンくんらしく、成長して欲しいね」
     独り言ちる広々とした空間の車内は、冷房が効いていて少し肌寒い。せっかく紅茶を飲んで温まったのに。
     そうだ、明日は色々な紅茶を楽しめる日だから、いい紅茶があったら、ジュンにまた入れてもらおう。時のようにあっという間に移りゆく車窓の景色を眺めながら、日和はまだ見ぬ明日へ、思いを馳せた。
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