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    いかふらい

    @Ikafurai_SuduKe
    かきかけ置き場 基本男男 攻の可愛さと格好良さとしんどさと情けなさとか諸々を引き出す天才と書いて受と読む

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    いかふらい

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    ラとフのはなし 途中まで(2023/1/31)

    分からないくらいが丁度いい 加熱された具材が発する弾けるような音と、コンロの中火が湯を沸かす音をBGMにキッチンスタッフ達が「これどこ!?」「こっちだバカ!!!」と怒鳴り合っている。ぎゃあぎゃあと騒ぎ合うスタッフ達を咎める人はいない。咎める理由がないのだ。ここは閉店後のラウンジで、客は誰一人残っていないから。残っていたとしてもそれは見られても構わない方の客だから。
     そんなこんなの理由でスタッフ達は紳士とはとても言えない顔と言葉で各々動いていく。少ない人数だというのに熱気がすさまじい。ラギーはその光景にぼんやりと安心感を抱きながら、片隅でじいと賄いを待っていた。

     ラウンジで働くとき、ラギーは大体遅番である。時給が比較的高いし、こんな時間帯は他のバイトもできない。ここならついでに晩飯も食べられる。これはラギーにとって大きなメリットだった。……利点が大きかったのが主な理由だが、この時間帯は喧騒が恋しいというのも理由の一つだ。
     閉店後のラウンジには遅番の、帰りを急く者と賄いを調理する者、ダラダラと駄弁る者しか残っていない。早く帰りたい奴らは、率先してキッチンの片付けや仕込みを行っていた。なぜなら、それらが終わるまで自分たちは帰れないから。ラウンジでは、生鮮食品以外の仕込みは大抵前日にしている。ラギー達は学生であるため、ラウンジの開店時間は遅い。ただでさえ遅い開店時間を少しでも早くするため、下味をつける必要があるものは前日から仕込んでおき、あとは加熱・加工するだけという状態にできる品を多く作っておくのだ。この作業の面倒なところはとにかく仕込む数が多いことと時間を食うこと、それとチーフの判断を待たねばならないことだ。
     この業務がバイト内容に含まれる者とそうでない者がいる。その選考基準は向いてるか否かと、時間があるかだけ。今日のラギーはその選考に運良く外れた。まあなので、動かない理由は面倒とか疲労とかそういうのじゃあない。他のことをする必要がまったくない、というだけのこと。追加報酬があるならするとだけ言っておこう。
     そういうわけで、ラギーは何もすることがなかった。「手伝ってあげてもいいッスよ」と言ってもそれに同意する者がいなかったのだ。あくせくと動き回る足をなんの気なしに眺めながら腰掛けた鉄のスツールに体重をかける。実験室にあるようなものに似ているこれは、遅くにシフトを入れている者の二分の一ほど用意されていた。簡単に言うなら片手と半分で足りる程度。ここには、約四分の一の仕込みを任された者と、同じくらいの賄い担当、賄いを食べるためやなんとなくで残っている者がいる。スツールは当然足りない。それくらいの数で十分なのだ。多くのスタッフ達は疲れたと言いながらも座ろうとしない。賄いは早い者勝ちだから。正確に言うと、“量の多い”賄いが早い者勝ちなのだけど。ラギーだっていつもは壁付近に立って、賄い担当がやって来るのを今か今かと待ち構えている。今日はフロイドが持ってきてくれるらしいので、端に座っているのだった。特に端に座る必要もなかったが、どちらかといえば端の方が落ち着くので、ラギーは隅で賄いを待機していた。前後左右全てに空間があるとソワソワしてしまう。ここで攻撃してくる奴はめったにいないが、癖が抜けてくれないのだ。怖ぁいトップがいない場所は治安がまともじゃないので、抜けない方が良いのだけれど。
     フロイドは自分から賄い作成を提案してきた。「今日はすげーの作れそうだから、作ってあげんね」とのことだ。日中に出くわすことはなかったが、どうやら今日一日ずっと気分が良かったらしい。コンディションが整っていないときに調子が良いとは、彼にしてはツイてない。そんな彼はどうやら誰かと絡みたい気分だったらしく、シフトをこなしにやって来たラギーを捕まえて愉快げに喋っていた。その際に、先ほどの言葉をかけられたのだ。おそらく拒否権などというものは無かったが、こちらとしてはありがたいばかりだったので喜んで受け入れた。賄い担当でもないのに進んでやるなんて珍しいと思う。怪我のせいで満足に働けなかったのかもしれない。ま、そんなのはどうだって良いのだ。なんにせよラギーは得するし、彼のことがよく分からないのなんてラギーにとっては当たり前だった。
     フロイドが煮立つ鍋を確認しながら、手際よく具を炒めている。ちらちらとラギーの視界に入るのは浅葱色の上から巻かれた白い布。匂い立つニンニクの香りが鼻腔を擽る。ラギーは口にあふれる唾液を飲み込みつつ問いを投げかけた。
    「フロイドくん、それ邪魔じゃないッスか?」
    「んー……そうでもないよぉ。ちゃんと物が置いてあるとこは分かるし」
    「へ〜、そーッスか」

    「大丈夫なんスか」
    「何が〜?」
    「分かんないなら良いんスけど……」
     鼻まで隠されてなお見える、額からの皮膚の剥げた痕が痛々しい。傷痕がつきやすい腹などは軽く手当され、既におおよそが改善の一途を辿っているのにも拘らず、未だに顔だけは厳重かつ慎重に扱われていた。ラギーは動かすなよ、とフロイドがアズールに念押しされていたのをスッタフルームで目にしている。あのアズールが真に訴えているのだ。固定こそされていないが、余程重症なのだろう。
     ラギーはバイト先の知り合いが減っていくのを見てみぬふりができるような男ではなかった。これでもラギーは情に厚い方なのだ。――いやまあ、冗談はコレくらいにしておいて。これはスラムの鉄板ジョーク。ラギーが情に厚いなんて、皆の腹がよじれちまうような話だ。ラギーがフロイドを気にかけているのにはちゃんとした理由があった。天変地異の前触れじゃないか、もしくは新しい企みでもあるのか、などと考えたのだ。マドルの気配を感じ、あわよくば自分も参加したいと探りを入れようとしたのだった。しかし結果は芳しくない。特に何かを企んでいる様子はなく、また、フロイドの調子が悪そうなのも虚偽ではない。ラギーが知っている彼ならば、長く続く不調でも変わらず他を威圧し退けそうなものだが。何故かしおらしいのだ。なんと言えば良いのか……うまい言葉が浮かばない。気味が悪いほどに周りを気にしている。
     他より一足先に、夕飯にありつけた。
     包帯に覆われた目に不自然に段差があるので、下にガーゼもつけているのかもしれない。隙間から見えた布の色は、濁った黄色だった。肉色が盛り上がりフロイドの甘く整った顔にいかつさをもたらしている。傷が引き攣れ痛みが走るだろうに、何故かフロイドは笑ってこちらを見やった。
    「それ、おいしーでしょ」
     何を考えているのか全く読めないヘラヘラした笑みを貼り付けてフロイドが首を傾げる。それはジェイドの専売特許だろうに。ぱっと見いつもと変わらない彼に、どこか余所余所しさを感じた。顔が隠れているせいか、その笑みに薄ら寒さを覚える。ホルマリン漬けされたダンゴムシみたいに揺れる眼球を一瞥し、ラギーは賄いのパスタをフォークに最大限巻き付けて口に入れた。フロイドはこちらに背を向け、自分の皿にパスタを盛り付けていた。だら、と落ちていくパスタを丸ごと口に入れ咀嚼する。確かに美味しい。
    「……こんな状態で作ったとは思えないぐらい、ウマいっすね」
    「生意気〜」
     我ながら小憎らしい言い方だと思うが、そんな言い方しか思い浮かばなかったのだ。この機嫌の良さのフロイドなら気に留めないだろう、おそらく。手を突き出しておかわりを要求すると、記憶より硬い動きでフロイドは目を細め、鍋に向かって行った。その口元は大きく弧を描いており、目尻は下がっている。今度は不気味さは感じなかった。
    「褒めてくれたから大盛りね」
     そう言いながらフロイドは皿にどんどんと麺を盛っていく。小さくなだらかな山ができつつあった。もしやジェイドにつぐときと同じノリでついでないか。ラギーの皿には、片手で運ぶには重いだろう量のパスタが乗せられている。ははあ。ジェイドほどではないがラギーもそこそこ食べる方だ。綺麗サッパリ平らげてやろう。
     鼻歌と共にやってきた賄いは美味しかった。
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