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    n_lazurite

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    ご都合時空な裂浪小話。
    前回はふよちゃんが裂ちゃんの傷跡を確かめたので、今回は裂ちゃんがふよちゃんの傷痕(角の痕)を確かめる話。
    (物や場所に残るのは「跡」、人体に残るのは「痕」)

    ##裂浪
    ##ご都合時空

    傷痕を確かめる話「――痕、残っちまったな」
     湯浴みを終え、就寝が控えるばかりとなった頃、突然そんなことを言われた。
     主語が有るようで無いその言葉の意図するところがわからずに視線を以て問いかければ、やはり裂魔弦も無言のままで己の額を指さした。
     嗚呼、と得心がいく。何の気なく、普段は前髪に隠されて見えない額に触れてみれば、確かにそこには肌の引き攣れた感触がある。鏡に映せば、傷痕のような名残が見て取れるだろう。そこはかつて、実父への復讐の為に赴いた魔界で発現した、魔性の象徴が如き角が生えていた場所だった。
    「……気になるか?」
     何度となく巫謠の選択に忠言を送り続けてきた器物の化身に問う。
     窓縁に腰掛ける裂魔弦は、どこか落ち着かなくさせるような、透明な笑顔を浮かべていた。
     夜の帳が下りる頃に降り始めていた雪の影は既に闇の奥に融け込み、痛いほどに冷たく澄んだ空気と、冴え冴えと天上から注ぐ月明かりだけが、その背中にひっそりと佇んでいる。客桟の部屋に辿り着いた途端、歩き詰めだった我が身を労るように真っ先に牀榻に飛び込んで大仰に喜んでいた男と、同じものであることを俄に信じられなくなる静謐な雰囲気が其処にあった。美しくあり、どこか恐ろしくもある。とうに知り得ていることを、時折こうして突きつけられる。これ・・は魔性の眷属なのだと。
    「お前は、どうなんだ?」
     そうして此方が問いかけたはずの言葉を投げ返される。
     巫謠の全てを見透かそうとするかのように真っ直ぐに、あらゆる答えを受け入れ許すようにやわらかく、憐れみと、慈しみを混ぜ合わせたような笑顔で、問い返される。かつての選択に後悔はなかったか。その身に、心に、多くの傷を負った末に辿り着いた現状を、今のお前はどう受け止めているのか、と。
     思い出したのは、以前、ある男に言った言葉だ。傷つく覚悟はできている。人知れず戦い続ける者達と共にあることを選んだその時から、その覚悟はとうに胸の内に定まっていた。力及ばぬがゆえに、血を吐くような罪悪と後悔を刻んだ日は、確かに存在した。これから先も、後悔しない生き方なんて、きっと出来やしないだろう。
     何一つ後悔しない選択など、この世には存在しないのかもしれない。何かを選ぶとは、選ばなかった可能性を切り捨てるということだ。伸ばした指先で掴み取ったものがあれば、同時にその傍らで零れ落ちるものがある。選ぶということは、生きるということは、その繰り返しを重ねていくことなのだろう。それならばせめて、自分で選んだがゆえに、自分自身に負った傷くらい、悔やまずに生きていきたかった。他者の傷を重く受け止めながらも、そうやって己の傷を笑い飛ばすような男を知っているなら、尚更だった。
     指先で額の痕をなぞる。痛みはなく、否応なく血が沸き立つような魔性の熱もなく、ただ其処には己の選択の結果の、その名残のような痕跡が刻まれているに過ぎない。たとえ何度選択の瞬間に立ち戻ろうとも、巫謠の答えは変わらなかっただろう。であるならば、やはりこんな傷などは後悔にも及ばない。だから、
    「過ぎたことだ」
     それ以上の感情はなかった。
     その簡潔な答えを受けた裂魔弦は、ぱっと笑顔の種類を変えた。それは夜と昼を一瞬で入れ替えてみせたかのような、鮮やかな変化だった。
    「なら、俺様はそれでいいさ」
     そうして返ってきた応えが、結局のところ最初の問いに対する彼自身の答えを有耶無耶にしていることに巫謠は気づいていたが、追究しようとは思わなかった。やわらかく綻んだ眼差しに、どこか誇らしげな色が滲んで見えたのが巫謠の錯覚ではないのならば、答えはそこにある。
    「なぁ、浪」
     冴えた冬の月のような空気から真昼の夏花へと転じた男は、今度は仕掛け終わった悪巧みを大人に打ち明けようとする子供のような顔をして呼びかける。言うべきか言わざるべきかを迷い悩んで、口を開くことを選んだような、そんな顔。
    「触ってみて、いいか?」
     小首を傾げて差し出された願いに、そんなことかと拍子抜けしながら、了承の意を込めて頷いてみせる。
     窓縁から降りて近づいてきた裂魔弦は、やけに慎重な手つきでそうっと巫謠の前髪の奥へと指を差し入れた。触れ方を誤れば崩れ落ちる、そんな繊細な積み木細工に触れるように、おそるおそる赤い指先が傷痕をなぞった。時折裂魔弦はこうして、壊れ物を扱うような触れ方で巫謠に接する時がある。多少乱暴に扱ったところで簡単に壊れるほどやわではないと自負しているが、彼の気遣いはそういった事実とは無関係のところにあるらしかった。
     そろりと殊更丁寧に傷痕の輪郭をなぞる裂魔弦の目には、はたして何が映っているのだろう。皮膚を突き破って赤い紋様と共に姿を現した、黒く冷たい無骨な角だろうか。それより以前の、傷も何もなかったまっさらな姿だろうか。或いは、ただただ目の前の現実として、純粋に、過ぎ去った結果の名残だけを見つめているのだろうか。そうであればいいと思う。この痕を、彼の後悔にしないでほしいと願う。今この身に触れているその指先は、選んだ道の先にこそ得られた『形』なのだから。
     ふと、巫謠の視界はあるものを捉えた。己が愛用してきた器物である『聆牙』が転じたその『形』――『裂魔弦』の額に生える一対の赤い角。触れてみると存外やわらかくて、血の通った温もりがほのかに伝わってくるそれ。
     一つだけ、惜しむものがあるとするならば、それは
    「……揃い、では無くなったな」
     ぽつりと零れ落ちた言葉は、思いの外拗ねた子供のような響きを帯びてしまっていた。ぱちり、ぱちりと碧が瞬き、意味を飲み込んだ瞬間、可笑しそうに彼に笑った。
    「そいつは確かに残念だ!」
     翳りなど一つも無いその笑顔につられるように、巫謠もまた口許を綻ばせて微笑ったのだった。
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