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    n_lazurite

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    n_lazurite

    ☆こそフォロ

    魔界暮らしの裂浪小話。
    ふよが日に日に冷たくなっていく気がして不安な裂ちゃんに、ならお前が温めてって添い寝要求するふよの話。ふよの執着が重いので注意。

    いつか絶対一線越える気満々ですやん(

    その熱で息づく為に「――酒でも飲めばあったかくなんのかね」
     言葉だけ取れば冗談じみたことを、如何にも真剣な表情かおと声で言うものだから、率直に言って巫謠は呆れた。
     ちゃぷりと水の揺れる音がして、素足を浸した桶の中の湯が朱い掌にすくわれる。それが足首の辺りから丁寧にかけられていく度に、忘れかけた温みが足先から身体の奥へと伝わっていく。それを何度も繰り返されて、両の足はもう十分すぎるほどに温められていると思うのに、裂魔弦は未だ納得がいかないようだった。珍しく難しい顔をしたまま、日に焼けにくい白い足をじ、と注視している。
     もういい、という意思を込めて、つま先を僅かに蹴り上げる。ぱしゃり、と小さく跳ねたお湯のひと粒が裂魔弦の頬に当たった。それを気に留めた様子はなく、けれど巫謠の言わんとするところを的確に察した碧の眼差しが、不服そうに細められる。そのまま暫く無言で見つめ合えば、やがて諦めたように裂魔弦は桶から巫謠の両足を引き上げさせ、間近に置いていた手拭いでぱたぱたと滴る水気を拭っていった。
     いつもながら、甲斐甲斐しいことである。執拗に湯の中で温められて、いっそぐずぐずにふやけてしまいそうだった両足の自由を取り戻すと、それを牀榻の上に引き上げた。
     外気に晒された素足がじんわりと熱を孕んでいる。同時に、昼間でも陽の光が当たらぬ魔界の空気の陰湿な冷たさに当てられていると、急速に温もりを奪われていくようだった。これでは本末転倒だ。そんなことを思っている間に、用済みとなった湯と桶を片付けてきた裂魔弦が、そっと裸足のままの其処に触れる。人肌のように自ら熱を持つことはない器物の指先は、やはりつめたい。にも関わらず、彼に触れられたところは、まるで温もりを分け与えられたように熱を持つのは何故なのだろうか。
    「……やっぱつめてえわ」
     頑是無い子供のような呟きが零れる。至って真剣であることは理解しているが、近頃はどうにも、聞き分けもなく駄々を捏ねているようにしか思えなくなっていた。
    「……お前が離れるからだ」
    「そういうことじゃねえって」
     ではどういうことなのだろう。
     冗談でも誤魔化しでもなく、巫謠なりに真面目に答えたというのに。
     少なくとも、巫謠にとっては最初から『そういうこと』だった。数日前、巫謠の体温が日に日に冷たくなっている気がすると懸念を口にし始めた頃から、ずっと。
     実際のところ、裂魔弦の言う『冷たさ』について、巫謠には実感は無かった。ただそう言われてみれば、魔界に下りた当初の頃よりも、裂魔弦の体温を温かく感じるようになった気はする。
     だからそれは、巫謠の体温が落ちているのではなく、魔界の霊気を浴びて身体が安定したことで裂魔弦の体温が地上にいた頃より上がっているのではないか――そう指摘してみれば、裂魔弦はやはり納得のいかない顔をして「それはそれで嫌だ」と、どう聞いても子供の駄々としか思えない応えを返したのだった。思えばその時から、この件に関しては彼の言い分をあまり真剣に受け取れなくなっていたのかもしれない。
     正直に言って、巫謠はどうでもいいと思っている。この身が冷たかろうが温かろうが、心臓は変わらず鼓動していて、自分達はこうして共に生きることが出来ている。ならばそれでいいのではないか。巫謠の直感はこの件に関して悪い予感を見出していない。多少楽観的であったとしても、それゆえに巫謠は泰然と構えていられた。むしろ、巫謠の直感を誰よりも信じている筈の裂魔弦が、いつまでも拘り続けていることの方が逆に心配になってくるくらいだ。
     おもむろに、牀榻に乗り上げてきた裂魔弦が、巫謠の右手をすくい上げた。温度を確かめるように握っては離しを繰り返し、そのまま頬へ擦り寄せる。器物の無機質さと人肌の熱を併せ持つ付喪の体温は、やはり巫謠のそれよりも温かく感じられた。確かめるように指先で撫でれば、上機嫌な猫のように目を細めて甘受する。それでも碧の双眸から、滲んだ不安の色は拭い取れない。こと巫謠に関しては、この器物の化身も大概頑なな性質なのだ。だから巫謠もまた、連日繰り返している言葉を告げる。
    「……今日も、お前が温めてくれるだろう?」
     色も熱も孕まぬ声音で伝えれば、裂魔弦はいつも困ったように眉尻を落としてみせる。困惑、戸惑い、疑念、そして期待。そういった感情を複雑に混ぜ合わせたような色を碧色に宿して、やがて恐る恐る腕を伸ばす。壊れ物に触れるようにやさしく、丁寧に、それでもぴったりと身を寄せて閉じ込めるように、腕を回される。触れ合った箇所から、じわりじわりと熱が侵食する。彼の言うところの『冷たい』身体が、温かさを取り戻していく。そうして熱を与えられ、熱を思い出すことで、彼が認め得るほどにこの身体が息づくというならば、
    (――やはり、『冷たい』のはお前が離れようとするからだ)
     本当は、裂魔弦が何を懸念しているのかも理解っている。人と魔の狭間に在るこの半端な身体は、それゆえに心の有り様次第で容易く魔界の霊気に引きずられ、魔性の側に傾いてしまいかねない。それは人であることを望み、選んできた浪巫謠の在り方を歪めることだ。それを誰よりも理解しているからこそ、裂魔弦は可能性を懸念し、忌避する。
     その心遣いを、巫謠は確かに快いと思っている。嬉しいと、有難いと思うと同時に、もどかしくも思っている。
     だって、巫謠はとっくに覚悟を決めているのだ。彼と共に魔界へ下りると決めた時から、選んだ時から、かつて忌避した血も、それに秘められた可能性も、全て受け止めると決めたのだ。そうでなければ、彼が望んだ通りに巫謠は地上に留まっていただろう。平和な世の中を、それなりに幸福に、穏やかに暮らしていただろう。だけど、それだけでは駄目なのだ。
    (――其処には、お前がいない)
     巫謠の魔性を起源として励起したがゆえに、魔界の霊気の中でこそ十全に生きることができる身体。それゆえに、彼が己の生きる場所を地上ではなく魔界に定めたのは当然の帰結だった。そして幸いなことに、巫謠はその道についていくことが出来る。この身に流れる血が、力が、かつて器物に魂に宿し、今またその道を共にすることを良しとしてくれた。人であることをやめるつもりなど毛頭無いけれど、人ならざるものの血こそがこの唯一無二の存在と出逢わせてくれたのならば、最後まで共に生きる為の力足り得るならば、最早それを否定し、忌避する必要は無い。受け止め、受け入れて、生きていく。その覚悟は、既に出来ているのだ。
     だから、お前の懸念は全て杞憂なのだと、早く気付けばいい。
     たとえこの先、この身の熱が奪われ続けていくとしても、彼が傍にいる限りきっとこの心臓は鼓動を止めないだろう。失くした熱の分だけその身の熱を強く感じ取るだろう。その熱を分け与えられることで、今よりも強く息づくのだろう。それを望んでいると告げたら、彼は悲しむだろうか。それとも、やはり笑うのだろうか。仕方が無いと諦めたように、其処に幸福を見出したことを痛むように。
    (――それでも、お前を手放せない)
     そうっと、己を抱き締める温かな身体に腕を回す。ぬるま湯のような温もりの中で微睡みながら、どうか傷つかないでほしいと身勝手なことを願っている。他ならぬこの手で、情念で、いつかその心に傷をつけるのだと理解しながら、それでも願い続けている。どうかしあわせでありますように。
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    できた魔界暮らしの裂浪小話。
    ふよが日に日に冷たくなっていく気がして不安な裂ちゃんに、ならお前が温めてって添い寝要求するふよの話。ふよの執着が重いので注意。

    いつか絶対一線越える気満々ですやん(
    その熱で息づく為に「――酒でも飲めばあったかくなんのかね」
     言葉だけ取れば冗談じみたことを、如何にも真剣な表情かおと声で言うものだから、率直に言って巫謠は呆れた。
     ちゃぷりと水の揺れる音がして、素足を浸した桶の中の湯が朱い掌にすくわれる。それが足首の辺りから丁寧にかけられていく度に、忘れかけた温みが足先から身体の奥へと伝わっていく。それを何度も繰り返されて、両の足はもう十分すぎるほどに温められていると思うのに、裂魔弦は未だ納得がいかないようだった。珍しく難しい顔をしたまま、日に焼けにくい白い足をじ、と注視している。
     もういい、という意思を込めて、つま先を僅かに蹴り上げる。ぱしゃり、と小さく跳ねたお湯のひと粒が裂魔弦の頬に当たった。それを気に留めた様子はなく、けれど巫謠の言わんとするところを的確に察した碧の眼差しが、不服そうに細められる。そのまま暫く無言で見つめ合えば、やがて諦めたように裂魔弦は桶から巫謠の両足を引き上げさせ、間近に置いていた手拭いでぱたぱたと滴る水気を拭っていった。
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