必要のない話 邑を歩いているとよく、行き交う人々から視線を向けられる。
現在の旅の唯一の伴である琵琶曰く「浪は男前だからなぁ。そりゃあ黙ってても魔性なんぞ関係なく人目を引いちまうのも当然だわな」とのことだが、最近は何も巫謠だけが原因ではないと思う。
そのようなことを傍らを歩く男に告げてみれば、きょとんと幼な気に碧を瞬せた後、得意げに笑ってこう曰った。
「そりゃ今の俺様は浪の似姿をしてんだから、当然男前に決まってらぁな」
ぺしり、と己の頬を軽く叩きながら歯を剥き出して笑う姿は、言うほど巫謠に似ているとは思えない。特徴的な暁色の髪こそ同じであれど、瞳の色や体格、纏う雰囲気などはどれも異なり、改めて『似姿』と称されると、肯き難いものがある。彼は先程から巫謠を基準にして語っているが、巫謠からすれば自分よりも彼――裂魔弦の方が余程『男前』と呼ぶに相応しいと思えてならなかった。
性格にしても、こんな無愛想で口数の少ない男などより、多少口が過ぎるところはあれど気さくで話し上手な裂魔弦の方が多くの場合好感を受けやすいであろう。実際、こうして邑を歩いている際、時折女性から声をかけられているのは裂魔弦の方だ。調子よく手を振り、言葉を投げ、応えを返す彼への反応は、やはり印象として悪いものではなかったと記憶している。
「まぁ確かに、お前さんより俺様の方が声をかけやすいってのは、あるんだろうなぁ」
などと楽しそうに笑いながら分析していたかと思えば、今度は何やら意地悪い笑みを浮かべて此方を覗き込んでくる。
――経験上、これは大抵の場合くだらないことを言ってくる時の表情なのだが。
「妬いちゃった?」
案の定、くだらない問いかけが囁かれる。視線を向ける先に輝く碧は、僅かな揶揄めいた色と、それ以上の期待とを混在させて巫謠の答えを待っていた。こういう時、巫謠が彼を無碍には出来ないことを理解している様に、思うところがないわけではない。けれど答えないことで悋気を事実とされてしまうのは、それ以上に不愉快だった。だから、
「必要ない」
初めから有り得ようがない可能性を、簡潔に断ち切る。
元よりこの碧は最初から巫謠以外のものに必要以上の関心など持ってはおらず、また巫謠自身、見ず知らずの他者に寄せる関心などは然程深くない性質であるならば、悋気などどうしたって起こしようがないのだ。
示された答えに満足そうに破顔して、裂魔弦は首裏に回した腕で乱暴に巫謠を抱き寄せた。
「そうともさ! 何せ俺様は、いつだっておまえさま一筋なんだからよ!」
上機嫌に笑う相方の姿に絆されかけながらも、此処が往来であることを忘れてはいなかった巫謠は、一抹の名残惜しさを振り払うように殊更素気なく裂魔弦を突き剥がしたのだった。