月下邂逅 夏の夜は街の眠りも遅くなる。月が高く上っても、街角や酒場からは喧騒が去らなかった。
王都クリスタルシティもそれは同じである。一際賑わう宿屋兼酒場のホールは、旅人たちに混じり都の住人が、大勢、杯を上げていた。
宿の扉が、からんと鈴の音を立てた。新たな客の訪れである。店の主人は、顔を上げて客を迎えた。
「いらっしゃ・・・。」
しかし、彼はそのまま言葉を失った。主人だけではない。その場にいた誰もが一斉に扉を見やった。会話がとぎれ、異様な静寂が辺りに広がった。
客は主人に金貨を数枚握らせると、一言も告げず、そのまま個室のある二階へ上って行った。何も見なかったことにしろということか。
主人は慌てて笑顔を作り、その場にいる客全員分の葡萄酒を出した。
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