ブルーシートと君の温もり その夜、霞ヶ関のとある居酒屋の個室で、神永新二はほとほと困り果てていた。
「んふふ……いい胸板ぁ〜」
先程から、ワイシャツ越しに胸にベッタリくっつき、しきりにそこを撫で回して来るのは神永のバディ、浅見弘子だ。
神永が浅見弘子と出会ったのは2ヶ月前、何故か防災庁舎の屋上で目を覚ました時の事だった。慣れ親しんだ様子で接してくる彼女の事を、神永は全く知らず、それどころか他の禍特対メンバーの接し方も自分が最後に接していた時よりも遥かに和やかなものだったので、とにかく混乱したのを今でも昨日の事のように覚えている。
しかし、そんなものは自身がウルトラマンという巨人となって禍威獣や外星人と戦っていたという事実に比べればさして大きな問題では無かった。あまりにも現実離れした数々の話しを理解し、自分の中に落とし込むまでかなりの時間を要したが、その間、バディの浅見はただただそんな神永を近くで見守り、時に彼女なりの少し変わったやり方で激昂し、職場復帰までの道のりを共に歩んでくれた。
そうして今日、無事に職場復帰を果たした神永の快気祝いと、立て続けに起きたトラブルによって延期され続けてきた浅見の歓迎会を纏めて執り行う事になったのだが。
まさか彼女がここまで酒癖が悪いとは夢にも思わなかった。
「あーあー、浅見さん、すっかり出来上がっちゃっいましたねぇ〜!セクハラですよぉー!浅見さーん!!」
人の事を言えないほど酔っている滝が赤い顔で叫んだ。その目は据わっていて瞼も落ちそうになっている。
「滝くん、あなたも人のこと言えないわよ。自分で歩けるうちに帰りましょ」
「嫌ですよっ!!ねぇ〜今日は、旦那さん来ないんですか!?この前話してたダークエネルギー理論についての話しの続きしたいんですけどっ」
滝の隣でその大声に顔を顰めながら、船縁がカバンの中から茶封筒を取り出し、神永に差し出した。
「神永さんこれ。ここのお代はこれで払うようにって班長から預かってきたんでお願いできます??」
「俺が?」
「うん。あとついでに浅見さんお願いしますね。ほら、滝くん、行くわよ」
「えぇっ!!I need a 船縁 husbandぉぉぉっ!!!」
「うちの人はあなたが思ってるほど暇じゃないの!じゃあ、お先ですぅ〜」
船縁は苦笑しながら神永に手を振ると、滝を引きずる様にして飲み屋を後にした。滝と船縁は船縁の夫も含めて三人でよく飲みに行くらしく、酔った滝の扱いにも慣れているらしい。
しかし、それは、それとして。
神永は相変わらず自分の胸にへばりついている浅見を一瞥した。以前の自分なら、さっさと体から引き剥がし、自分だけ帰宅していただろう。しかし、それが出来ないのは仕事復帰した今日、何気なく開いたデスクの引き出しに入っていた一つのメモ帳が原因だった。
なんの変哲もない、手のひらサイズのリングノートには、神永自身の文字で、しかし、明らかに彼のものでは無い人格によって、ありとあらゆる事が書かれていた。
初めこそ、群れで生きる人間という生物に対する戸惑いだったもよがページを進む毎に人間への興味関心へと変わり、後半は仲間である禍特対の同僚達の特徴や好きな物、特技や、苦手な事がびっしりと綴られていた。
そして、辿り着いた最後のページ。
そのたった二行の文章が、ウルトラマンがどれだけ浅見を信頼し、人類を愛していたかを物語っていた。
ずっと君達と生きたかった。
バディ、あとはよろしく。
その文書を見た時神永は初めて自分自身も仲間達のために変わろうと思えた。今までも同僚達のことを信用していなかった訳では無い。だが、元々口下手で無骨な性格の神永は人間関係を築くのが得意では無いのだ。
だが、外星人の彼が、これだけ一生懸命に周囲に歩み寄って関係を築いてくれたのだ。それを今ここで自分が断ち切ってしまうのはあまりにも惜しい。
「ん、んん……」
相変わらず口元にニヤニヤと笑みを浮かべる浅見の頬に触れると、その笑みがより深くなった。
そんな表情に、遠い昔に忘れていたはずの甘い感情が文字通り胸を締め付けてくる。一瞬このまま連れて帰ってしまおうか等と邪な事を考えかけ、直ぐにそれを打ち消し、その肩を揺すった。
「浅見くん」
肩を揺すり軽く叩くと、うっすらとその瞳が開いた。
「……あれ……?神永さん?」
「帰ろう。途中まで送る」
「うん……」
小さく頷いたはずなのに、浅見はなかなか離れようとしない。
「気分でも悪いのか?」
「離れたくない」
悲しみを含んだ小さな声が、神永の胸を僅かに抉る。その言葉は、今ここにいる自分に対して向けられた言葉じゃないという事実が、嫌という程に伝わってきたからだ。
「それは、無茶な相談だな」
「どうして?」
「閉店時間が近づいている」
「……」
浅見は小さく溜息をつくと、神永から体を離し立ち上がった。
「そんないい体しているのに、宝の持ち腐れね」
「君は少し、言葉の選び方を気をつけた方がいい。それに、全体的に距離が近い」
「人の匂いこれでもかってぐらい嗅いでおいたくせに。よく言う」
「それは、俺じゃない。それに、やむを得ない状況下だったからだと記録にもあった」
浅見は悔しそうに唇を噛むと、「そうね」
と呟き鞄を持ち立ち上がった。
「通れないから退いてもらえる?」
冷たい浅見の声に、通路側に座っていた神永も立ち上がった。
「途中まで送る」
「頼んでない」
「バディに何かあったら困る」
返事を待たずに会計済ませ、外へ出ると、ついてきていた背後の気配が消えた。
「浅見くん?」
振り返り、その姿を見つけた神永は自分の目を疑った。
浅見が工事現場に無造作に置かれたブルーシートに向かってスタスタと歩いていき、勢いよくそこに倒れ込んだのだ。
「なんでそうなる」
慌てて駆け寄り抱き起こそうとすると、物凄い勢いで手を引かれ、不意打ちという事もあり神永は浅見の上に倒れこんでしまった。
「……すまない」
「あったかい」
体を起こしたいのに下から抱きしめる浅見がの力が強すぎて身動きが取れない。
「神永さん」
「……」
「おやすみなさい」
なんなんだこの状態は。
その時。頭の処理が追いつかない神永の上を大きなが覆った。
シュールレアリズ星からの使者、タローマン。これが、後に様々な意味で禍特対を困らせる事となる、外星人と神永の初めての出会いだった。