オレの瞳をみて、恋をして〜本編には入らなかったおまけ〜 今日も元気いっぱいに千冬は握り拳を雄々しく天井に突き上げる。
「よっしゃぁ! 今日はリベンジだ!」
本人の気合は十分である。千冬の後ろでは場地がパイプ椅子に座り、頬杖をついて千冬を静かに見守っている。これから場地と千冬はスノウキャットとしてクイズバラエティ番組に出演するので、千冬は控え室で準備体操のストレッチをしていた。因みにクイズで体を動かすことは無いから、ストレッチは千冬の気分的なものだ。そもそもなぜリベンジなのかというと、この番組は以前出演する予定だったのだが千冬は体調を崩し欠席したのだ。
「場地さん! 今日は任せてください! 松野千冬、全力で場地さんをサポートします!」
くるっとターンを決めてから場地の方を向いた千冬の太陽のような笑顔が眩しくて場地は思わず目を細めた。
「……おう、よろしくな」
ーーあー、今日もすっげぇかわいー。こんなかわいー生き物が本当にオレの恋人?
今日も場地の心の中は絶好調で、千冬を可愛いと言いまくっている。決して顔にも声にも出さないが。千冬も最初の頃に比べ、場地が千冬のことを可愛いと思ってくれていることを知ったから場地のそっけない態度も気にせず話を続ける。
「そういえば、場地さん。前回のVを見せてくれなかったっスけど……。今日その話題になりませんかね?」
「あ? ……ダイジョーブだろ」
前回、千冬の代打としてタケミチが出演したのだが、場地は頑なにその時のオンエアを千冬に見せなかった。録画したり、見逃し配信で見ようとしても場地は目ざとく見つけ、千冬が見ることを阻止したのだ。そのうち見逃し配信の期間も過ぎてしまい、事務所にお願いして見せてもらおうとしたが場地がNGを出しているようで事務所も見せてくれない。タケミチに至っては「場地くんに殺される〜」と泣きべそかくので千冬もさすがにこれ以上は言えなかった。そもそも、場地が自分以外とユニットを組んで仲良くクイズをしている様子を見たいか見たくないかで言えば何とも言えない半々の気持ちであることも事実。千冬は「まぁ見れなくてもいいか」と思い、今日まで過ごしてきたのである。
「スノウキャットのお二人、そろそろ本番お願いしまーす!」
場地と千冬を呼びに来たスタッフに返事をし、二人は控室を出た。場地の役に立つ為にここ最近の千冬は移動の間にも中学生用のテキストを読み、予習をしてきたのだ。準備はバッチリである。どんな難題でもかかってこいの気持ちで千冬は意気揚々とスタジオに向かった。場地は千冬の隣で意気揚々としている姿を可愛いと思いながら、拭いきれない嫌な予感で背中に汗をかいていた。
スタジオに場地と千冬以外の共演者たちも集まってくると賑やかになる。和気あいあいとした雰囲気の中、収録が始まった。打ち合わせした台本通り、軽く自己紹介と意気込みを千冬が語るとMCを務めるアイドルが台本にないことを話し始めた。
「そーいえば前回、松野くんはお休みだったんだよね」
千冬は一瞬戸惑ったが更に気合を語るいいチャンスと捉え、拳を振り上げる。
「あ、ハイッ! なので、今日はオレのリベンジです! 場地さんの為に頑張るっス!」
「気合十分、いいねいいね! そんな松野くんは前回のオンエアは見てくれたの?」
「あー……。ちょっとタイミングが合わなくて……」
さすがに場地が見せなかったというのは言わない方がいいかなと思った千冬は言葉を濁すが、MCはニヤリと笑うと「キラーン」と自分で効果音を言って親指と人差し指で作ったVを顎の下に持ってきた。ちょっとそのポーズのテイストはレトロである。そんなことよりもきょとんとしている千冬の隣で場地はさっきから感じていた嫌な予感で冷や汗を更に流していた。
「ふっふっふっ、おにーさんがVTR用意したから」
「え!!」
「は!?」
嬉しそうな千冬の声と声を荒げる場地。MCはそんな二人に構わず台本になかった進行を進める。
「早速見てみよー!」
場地としては、今日まで千冬にオンエアを見られないように努力に努力を重ねていた訳だが、ここで番組側からカウンターを喰らうとは思わなかった。MCの胸倉を掴み上げて揺らすような勢いで絡んでいく。
「おい! マジでやめろ! 打ち合わせになかったじゃねぇか!!」
「ば、場地さんっ」
千冬は慌てて場地を止めようとしたが、MCは場地の圧に大げさなほど焦った様子を見せながらもはっきり告げる。
「わわわ! でも、これは場地くんところの社長さんからの要望で!」
「はぁ!? シンイチローくんの!?」
どうやらこの事を企んだのは社長の真一郎とのこと。スノウキャットのラストライブからユニット継続気記念ライブになった時に一躍有名になった彼であるが、こんな所でも名前が出てくるとはさすがのカリスマ性としか言えない。そして場地は社長には逆らえない。MCはぽんっと軽く場地の肩を叩く。
「うちの社長もなかなかアレだけど……君も苦労してんだね。でも、ごめん。もうVTR流れるから」
場地の制止も虚しく、スタジオ内にVTRが流れ始めた。
~選り抜き! 前回の場地くん~
場面は場地とタケミチが隣合っているところで、場地は前方のモニターを見ているようだ。
「おい、千冬ぅ。次は……」
「あ、すんません……オレはタケミチっス」
自然と場地の口から出る千冬の名前に、隣にいたタケミチが恐縮しながら訂正する。
「……チッ! くそ!」
「千冬じゃなくてすんません……」
盛大な舌打ちにタケミチは涙目になりながら頭をしょぼんと項垂れさせていた。
次の場面は共同作業でクイズに答えるようだが、タケミチが失敗し場地の答える時間がほぼ無くなってしまった。
「す、すんません! あの、ほんとすんません!」
「くそ! タケミチ、てめッ! ……千冬ぅぅぅ!」
「すんませんんんー!」
千冬なら場地の為にそんな失敗はしないだろう。しかし、この場にいるのは代打のタケミチで、泣きながらひたすら謝るタケミチに場地は悪態をつきまくっていた。
「場地くんってクールなイメージだったけど、もしかして」
「あぁ!?」
そんな場地に面白そうにMCが突っ込みを入れるとギロリと場地はガンを飛ばす。その様は完全に不良である。
「あ、ごめんなさい」
MCもタケミチに倣って速攻で謝る。しかしMCとタケミチが謝り倒しても、ひたすら機嫌が悪くイライラする場地にテロップが入った。「千冬の存在は偉大だったーー……」
「えっと、場地さん……」
VTRが終わり、千冬はあの時のことを思い出す。あの時は熱で弱っていたこともあり、タケミチと楽しく収録して場地は千冬のことなんて忘れているのかもとか勝手に考えて落ち込んでいたのだ。それが、実際はどうだったか。
「……」
そして場地は、ずっと隠していたカッコ悪いところを千冬に見られ、気まずく顔を反らしていた。その様子が愛おしいと思った千冬は場地の手をそっと取る。
「場地さんもオレがいなくてさみしかったんスね」
千冬の言葉に場地はため息を一つ零してから観念する。そして千冬の手を握り返した。
「……あたり前だろ、いつも一緒にいんだから」
「シシシッ、嬉しいっス! 今日は一緒に頑張りましょう!」
「ん……」
VTRの場地とは全く違う、柔らかく優しい表情の場地にきっとまた「千冬の存在は~」というテロップが入るのかもしれない。しかしそんなの気にならないくらいお互いにお互いしか見えなくなる。そこへ「ぇおッほんッ!」とわざとらしい大きな咳払いが入って、二人を現実に引き戻した。
「二人は仲良しだねぇ。それでそれで、今日はスノウキャットが所属している事務所の社長さんからメッセージがきているんだけど」
「げ」
そう、まだ台本になかった進行は続いているのである。
「ええと……コホン。ケースケ、千冬、今日は罰ゲームを考えさせてもらったから、バシッと決めて来いよ。……とのことで、その罰ゲームがこちら! どん!」
MCは手を振ってモニターに注目させる。そこには可愛らしいイラストが添えられて大きく罰ゲームの内容が書いてあった。
「ローションでぬるぬる相撲~!」
「はぁぁぁぁ!?」
場地と千冬は目を見開き声を上げる。今時こんな罰ゲームがあるのか。いや、社長のことだから本気でこの罰ゲームをやらせるのだろう。
「ダメだ、ぜってぇダメ。千冬にそんなことさせられる訳ねぇだろ!?」
「ええと……罰ゲームをやる前提なのかな……?」
場地は千冬がローションに濡れ、少し肌に触れただけでもぴくんと可愛いらしく反応する様子を頭に思い浮かべ、思い切り首を振って手をバツにした。こんな可愛い千冬を他のヤツに見せられる訳がなかった。
「オレも! 場地さんにそんなことして欲しくないっス! だって、ただでさえカッケェのにぬるぬるになったら場地さんの色気が……! 放送NGっス!」
「そんなに嫌なら勝つしかないんじゃないかな……」
千冬は場地がローションに濡れ、鍛えられた筋肉をてらてらと自慢げに見せつける様子を頭に思い浮かべ、思い切り首を振って手をバツにした。カッコイイし、色っぽいのだけどちょっと自慢げなのが可愛い場地を他のヤツに見せられる訳がなかった。
「場地さん! オレめちゃくちゃ頑張るんで。二人で一緒に勝ちましょう!!」
「おう、オマエと一緒ならオレも勝てる気しかしねぇワ。千冬、やるぞ!」
「ハイッ!」
場地と千冬は揃って両手を握って気合を入れた。二人の背後にはメラメラと炎が立っているような気がする。
「まぁ……えっと、頑張ってクダサイ」
そんな様子を遠巻きで突っ込みを入れながら見ていたMCも最後には何も言えなくなったのだった。
そんな訳で。お互いをローションでぬるぬるにさせたくないという気持ちもあり、いつも以上の気合でクイズを乗り越えた。そして二人の絆はますます深まったそうな。