私とワルツを「ねぇ、見て。月が綺麗よ」
浴室から寝室に向かう廊下の窓から見えたものだから、考える前に言葉が零れた。
ハッとして半歩後ろを歩く彼を振り返ったら、いつも伏せがちな目を珍しく見開いていた。
「あの、違うの。ううん、違うってこともないんだけど……」
「……わかってるよ」
また、目を伏せてしまった。
わかってる。何がわかってると言うのだろう。私の気持ち。彼の気持ち。本当の、心の奥底の、臆病な私たちが言えない気持ち。
「ほら、こんな月明かりの下で踊ったりなんかしたら、素敵じゃない?」
でも言及なんかできなくて、わざとらしく笑って、ワンピースの裾なんか摘んでみたりした。
「あぁ……君に似合うだろうね」
「私だけ踊らせるつもり?」
「……僕も踊るの?」
きょとんと、彼の目がまた開く。
「たまには運動するのも必要じゃない?」
「運動……毎日してるつもりなんだけどな」
彼の手がするりと私の腰に回ってきた。先ほどの、浴室での熱が思い出されて身体がびくりと震える。
「……偏った筋肉ばかり使っているのは良くないよ。それに、腰が痛いんじゃない? 最近さすっているでしょう」
「――僕のこと、見てくれてるの?」
例えるなら、留守番をしていた飼い犬にただいまと伝えたときような。彼の頭頂部に犬耳が生えていたなら、ぴん、と立ったのだろう。本で読んだだけで、犬を飼ったことはないけれど。
「見てるよ、ずっと」
彼の手に私の手を重ねる。熱い。涼やかで華奢な見た目から想像できないくらい。この熱を知っているのは、私だけ。
「は、はは……僕が動けなくても、君が動いてくれればいいと思わない?」
「それって不公平じゃない?」
「大丈夫。痛くなくなったら、たくさんお返ししてあげるから」
「……やっぱり痛いんだ」
「あ……」
しまった、と言わんばかりに、彼は私の腰に回していない方の手で自分の顔を覆う。
彼は私に随分感情を見せてくれるようになった気がする。気持ちが見えなくても、彼がやわらかい部分を見せてくれるのは、嬉しい。
「少しだけやってみない? ね?」
「そう、だね。悪くないかもしれない」
彼の手を引いて中庭に降り立つ。少し肌寒い気がしたけど、湯冷ましには丁度いい。
手を取って、どこかで見た記憶を頼りに揺れてみる。素人でもわかる拙い動きに、お互いに笑いが込み上げてきた。
良かった、笑ってくれて。
彼の微笑みを月にも見せたくなくて、よろけた振りをして抱きついた。