夏の不運な休日「あぢぃ~………」
不運というのは重なるものとは言うけれど、こうも重なると笑えない、と、俺は大の字で床で寝転がりながら不満を口に出す。
今朝エアコンが壊れた。それまでも最悪なのだが、押し入れにしまっていた扇風機は断線していたのか、使えなかった。
窓を全開にして氷水を作り、氷嚢で乗り切ろうとしたが、お昼、あまりの暑さからなのか、冷蔵庫も壊れた。
最悪だ。対して中身は入っていなかったから、折角買っていたビールがぬるくなってダメになってしまう程度だが、今は生命に関わる。なんてことだ。
エアコンの修理業者は今日は予約がいっぱいで、明日にしか来られない。仕方ないと、扇風機だけでも買いに出て見れば、近所の電気屋は何故か軒並み今日が定休日だった。
こんなことってある?
いや、今更か。俺はそういう星の下の人間だった。
「あ~………死ぬ……」
せめて水と塩だけはと気を付けてはいるけれど、それにしたって暑い。
折角の休日も、こんなうだる暑さの中過ごさなければいけないなんて、悪夢でしかない。
こんな事なら、冷房のしっかり効いた会社で、朝から晩までパソコンと向き合っていたほうがましだった。
何本目かわからないペットボトルの水をあおっていると、ピロン、と、携帯に通知が入る。
『門倉ぶちょ~。遊びに来てあげましたよ』
可愛いうさぎのスタンプと共に入って来たメッセージは非常に上から目線で、別に遊びに来いとも何とも言っていないのだが、と言いたい所なのだが、今の俺には皮肉を返す気力もない。
『ぶちょ~?ちょっと、来読無視ですか?ぶっとばしますよ?』
『ねぇ、ちょっと!部長!』
『今からそっち行きますからね!』
怒涛の通知を見て「あー…俺死んだかな」と思いながら、バゴン、と、家の扉が開かれる乱暴な音が熱気の籠る部屋に響いた。
「門倉部長、アンタ、いい根性してますね……って、暑ッ!!」
「……あー……」
「ちょっと、門倉部長!何してるんですか!」
「……つい……」
「当たり前でしょ!今日最高気温38度ですよ!?クーラー付けずに何やってるんですか!」
「こわれた……」
「はぁ!?」
俺の言葉を聞いて、慌ててクーラーのリモコンをいじるが、宇佐美は呆れたように盛大な溜息をついた。
「だとしても、扇風機とかあるでしょう」
「こわれてた……でんきやも……やすみ……」
「貴方……相変わらずというか……」
まったく。
そう言って、宇佐美は俺を担ぎ上げる。
「……?」
「このままだと本当に貴方熱中症で死にますよ。優しい僕がやって来た事、感謝してくださいよね」
「なに……」
「僕の家に避難させてあげますよ」
「うさみの……」
え、と、俺が意外そうな顔をすれば、なんですか、と宇佐美は口を尖らせた。
「なんですか?不満ですか?」
「いや……ちがう、けど」
「なら大人しく運ばれてください」
俺を背負いながら、宇佐美はいつの間にか作っていた俺の家の合鍵を、片手で器用に閉める。
なんというか、いつもなら恐怖すら感じるこの理不尽の塊のような男が、今は神様か何かのように見えた。
こんな中年の男をわざわざ背負って自宅へ連れて行ってくれるなんて。
こんな優しさがある男だったのだな、と感心していると。
「あ、滞在料と宿泊料は体で払ってもらえば大丈夫ですからね」
前言撤回。
暴れる力すらない俺は、今後待ち受ける別の地獄に震えながら、出荷される羊の気分で宇佐美の家へと運ばれていった。
END