黒ひげ危機一髪顔に一文字の傷をこさえた男は柏木といった。
東城会直系風間組二代目組長であり、構成員3万人いる東城会の若頭を務めている。トップの会長はまだ若く、彼が助言をしている面も多い。本人は口外はしないが、実質的に関東で最も力を持つヤクザである。
表向きは穏健派として通っているが、裏では少し簡単には言えないシノギをいくつか請け負っているらしい。仕事は徹底的にやらせるようにしており、今まで闇が明るみになったことはない。
裏社会はもちろん、政界を始めとした各方面にも顔が利く。最早ヤクザとして力も金も全てを手に入れたといっても過言ではないだろう。
そんな柏木が今難題に直面していた……
午前2時、柏木は左腕の違和感に目を開けた。二の腕から手先にかけてひどく痺れている。原因は極めて単純、左腕に真島の頭が長時間乗っているせいであった。
(調子乗って腕枕なんてするもんじゃねぇな)
柏木は腕を動かそうとするが、下手に動くと真島の頭が落ちてしまいそうなのに気づいた。いま真島はすやすやと心地良さそうに眠っている。そういえばベッドに入る前、真島が最近眠れないと言うのでメープルホットミルクを作ってやったことを思い出した。折角眠りについた真島を起こす訳にはいかない。
このまま真島の寝返りを打つのを待ちたいが、痺れはどんどん増し痛みに変わってくる。
(ちっ、仕方ねぇ)
1ミリずつ慎重に手を引き抜いていく。身体の正面を真島の方に向けて横向きに寝そべり、痺れた左腕が反射的に動かないよう右手で押さえた。
(やっとここまでか)
何とか肘まで来ることができた。しかし、関節部分を通り抜けたとしても、次に来る筋肉の膨らみに引っかかり上手く抜けられなくなるかもしれない。
柏木は考えあぐねた結果、そのまま腕を引くのではなく、上方向にスライドさせることにした。腕の代わりに枕を差し込んでやれば段差を感じにくいだろう。
腕を動かしたその時、関節の窪みに真島の頭が丁度はまってしまい、左腕に鋭い痛みが走る。その反動で想定よりも大きく動いてしまった。
(!?まずい……)
起こしてしまったかと恐る恐る腕の中を覗くと真島は眠ったままだった。一先ずほっと安心し、休憩がてらじっと真島を見つめる。
(いつもあんなに騒がしいのにな…)
息が漏れる唇が可愛い。キスしたい衝動に駆られるが今はそれどころではないと自分を律した。
ふと腕に振動を感じた。遂に痺れが限界にきたかと焦るが、自分のものではないようだ。
「ふ…ひひ……」
見れば、さっきまで眠っていたと思っていた真島が必死に笑いを堪えていた。表情だけでなく、肩をプルプルと震わせている。真島はもう耐えられないとゲラゲラ笑い始めた。
「おい!お前ずっと起きてたのか!」
「ヒヒヒ!だって柏木さんがあないな真剣な顔してはるん、もうおもっ、おもろ過ぎるて……!」
やいのやいの言っている間にもう腕の痛みはすっかり引いていた。真島に全部見られていたのは痛手だったが、年甲斐もなくお互いはしゃぎ疲れたのかそのまま昼まで眠った。