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    saristo4nari

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    saristo4nari

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    ごちゃごちゃになったけどもったいないから供養

    #うちの子
    myChild
    #ラン
    run
    #ルイス
    lewis.
    #オリキャラ
    original characters
    #四ツ国
    japan

    出会いと別れとこれからとここ最近の知り合いに、昔はこれでも泣き虫で、人見知りだったのだと言って、信じる者はどれだけいるのだろうか。実際わざわざ幼いころの黒歴史とも言えるようなそれを口にすることはないが、もし言ったのなら「意外」という反応をもらうだろうことが容易に予想できる。
    父と大喧嘩をした母に連れられ、母の実家のある翠の国へとやってきて、留学生としてそのままその国の貴族の子息の通う学園に入学したころ。寮に所属することになったが、親と離れるということに対する悲しみなどは特になかった。貴族として生まれたせいか、勉学の時間は親よりも使用人と共にいたし、そもそもそれ以前に父と兄と別れている。今更母や祖父母と別れたからといって特別思うことがあるわけでもなかった。なにより、家にいれば母や祖母の趣味なのか、はたまた本気なのか、病気にならないためと女児の格好をさせられるというのが当時は大きかったかもしれない。
    では何が問題だったか。人間にはきっとわからない問題だ。
    鳥人族には、生まれつき大きな羽根を持つ者が多い。勿論中にはそうではない鳥人族もいるにはいるが、金の国の鳥人族の宗家であるリオシェン家に生まれると必然的に大きいそれを持つこととなった。成長するにつれさらに大きくなるとはいえ、小さな体にはそれでも大きい。そして、それをしまう術も未熟だ。その中でも特に自分はそれが苦手で、コンプレックスでもあった。背にある大きな羽根を上手く扱えず、例えば振り返った拍子に何かに当たって落としてしまったり、人に当たってしまったり。暫くしまえても気が抜けた瞬間に出てきてしまったり、後ろから見えない邪魔だという目で見られたり。自分が悪いとわかっているからこそ、そういう性格になったのかと今ならわかるだろう。できるだけ後ろの席に座り、授業を終えればさっさと寮の自室に帰る。友人など作ることをはじめから諦めていたようなものだ。かわいらしい獣人の耳や尻尾とは違う。綺麗な白い羽根でもなく、真っ黒で、どこか不気味ささえ与えるものだと思っていたのだ。
    そんな生活も、数日で諦めざるを得なくなったのだが。
    入学し数日たてば、元々家庭教師などから教育を受けていた者が多い学園だ。それなりの授業が本格的に始まる。学業から剣術馬術など様々だが、特に後者は一人で受けることはまずできなかった。模擬戦をするにも教師の都合にしても、2人以上のペアを組むことが求められる。基本的には個々の自由であり、生まれた時から関わりのある家同士の子息で組むことが多かったが、金の国の貴族である自分にそんな知り合いなどまずいるはずもない。翠に取引のある貴族がいないかと問われれば別にそういうわけではないのだが、同年代の子息は覚えがなかった。
    そんな時に声をかけてきたのが、白銀の肩甲骨ほどもある髪を高く一つに結わえ、真紅の薔薇に例えられる瞳を持つ少年、20年以上経っても付き合いの続くことになったルイス・サーリストだ。自分とは違いこの国の貴族であり、比較的交流も広いらしい、とはそれまでのクラスの様子を見ればよく分かっていた。なにせ、いつ見ても誰かしらと話し囲まれているのだ。それなりにこの国の中でも有名なのだろうか、とそのくらいはちらりと見て考えたこともあった。
    声をかけられれば、それを逃せばペアなど作れるはずもないとわかっていれば、断れるはずもない。彼と繋がりを作るように家ででも言われていたのだろうか、何やら視線を感じたが、彼にも断らせないような謎の圧を感じたためそちらを優先してしまった。後からわかったことであるし、彼自身の自覚は皆無だったが、彼はそれまで一人息子としてとにかく愛され甘やかされてきていた。欲しいものならば大抵は手に入るし、むしろ子供に売れるのではと商売にするような家だ。その家柄や特色から勉学は厳しかっただろうが、彼はそれほど勉学を嫌いではなかったというし苦行ではなかっただろう。つまりは、無意識下だろうが断られるだなんて考えていなかったのかと考えられる。閑話休題。
    こくりと頷けば嬉しそうに目を輝かせ、やったなどと笑う。何が目的なのか、さっぱり見当などつかなかったが、課題を2人で特に問題などなくこなしながら暫く逡巡した後、ふと聞いてみたのだ。そうすれば、こちらが聞くかどうか迷っていたことなど馬鹿らしくなるようなきょとんとした顔を浮かべ、当たり前かのようにさらりと答えが返ってきた。
    「なんで、って…ずっときになってたんだ、おまえのそのはね。ほら、ふわふわできもちよさそうだろ?それにぼくはにんげんだから、はねも、けもののみみとかしっぽも、もってないからよくわからないけど、でもはえてるってことはあったかいんだろうな、とか」
    でもお前、すぐ帰るから、なんて、幼子特有の柔い頬を軽く膨らませ少し拗ねたように文句を言われれば今度はこちらがきょとんとする側だった。そりゃあ、生きているのだから羽根もある程度は暖かいだろう。恐らく、平均体温も少しだけだろうが高い方だと思う。それはまだ子供だからかもしれないが。気持ちよさそうか、と聞かれればそれはどうかはわからないが、まぁ、毛並み、と言うべきか、それは悪くはないと思う。毎日専用のブラシで梳いているのだし。
    あぁいや違う。そこじゃあない。あまりに予想外のことに混乱してしまった。
    結局、上手い返事など思いつかず、暫くもごもごと口を動かし目線をうろつかせる。
    そして、「さわる…?」と片翼を恐る恐る差し出した。

    ルイスと、やがてもう一人、ハツカネズミの獣人の血筋のクラスメイト、ヘレディウムもといヘレンも含め段々と仲良くなっていった。お互いのことも会話に混じるようになってくる。その中でもルイスが特に嬉しそうに話してきたことが、そろそろ妹が生まれる、と言う事だ。まだ生まれていないのなら弟かもしれないのに、とヘレンと共に首を傾げれば、どこから来るのか不思議な自信で「ぜったいいもうと!」と断言するのだ。そして妹が生まれることを前提にした未来の話を楽しそうにするのだ。わかるわけないのに、なんて呆れながら聞いていたが、実は兄も当時、不思議と「弟だ」としきりに言っていたようであるし、意外とわかるのかもしれない。
    そしてもう一つわかったことは、ルイスはいつも複数人に囲まれていたが、実際のところそのパーソナルスペースは広いということだ。仲良くなったところで初めはそう毎日毎時間共にいるわけではない。とはいえ彼ら以外に特別話すような友人もまだそれほどいなかった身としてはなんとなく他の友人たちに囲まれている彼に目が行くというもの。初めは特に気にしなかったのだが、共にいる時間が少しずつ長くなるにつれ、その表情が自分たちに向けてのものと他の友人に向けてのもの、変わってきていることに気が付いた。表情だけではない、話す内容も、人によって変えていた。それが意識的か無意識的かはわからないが、どれだけ”自分”のことなのか。弟妹が生まれるという話は、そしてそれに関する未来の話は、その中でもルイス自身に近しいこと、だと理解する頃にはかなり親しくなっていた。段々と学園に慣れても来ており他の友人だってできたが、やはり一番仲が良いのは彼らだった。
    ルイスによるやはり妹だった、と報告と、それから始まる妹自慢が暫くしたころ。長期休暇に入るころだ。そのころにはそれぞれお互いの家、と言ってもこちらは寮の部屋なのだが、に訪れるほどに、親友と言える存在になっていた。やがて首が座り、はいはいができるようになったルイスの妹が、くりくりとした大きなその目に入るたびに彼の両親や彼、そしてヘレンや自分について回るのが面白くて可愛いと思った。自分には妹も弟もいないが、彼が毎日のように頬を赤くして嬉しそうに語る理由がわかった気がした。

    妹が生まれてから、ルイスは変わった。例えば一人称を僕から俺に変えたり、少しだけ大人びた口調を意識したり。そして、悪く言えば自己犠牲的な性格になったように思う。とはいっても「妹のため」という可愛らしいものであり、少し自分を後回しにする程度。ヘレンは何やらずっと心配していたが、自分は献身的だななんて見守っていただけだった。それが、行き過ぎたものになったのは8年後のことだ。
    多くの貴族の子息は成人前後には家の仕事を手伝うようになる。ルイスは貴族としてというより貿易商としての面で経験を積む必要があると、10になった頃からそれがあった。そして、大抵そういう場合は学園を欠席することも少なくない。彼が朝登校してこなかったその日も、その一環かと思っていた。2日、3日と連続で来なくとも疑問にも思わなかった。せいぜい、今回は時間がかかるんだな、と言った程度だ。4日目、この日も来ないのか、と思いながら席につけば、ふと耳に届いた噂話。
    「父上から聞いたんだが…あの、サーリスト家が事故にあったらしいぞ」
    「あぁ、僕も聞いた。死者も出たらしい…本当に事故なのか…?」
    血の気が引く、とはこういう事かと思った。隣にいたヘレンと顔を見合わせる。
    サーリストは彼の家の名だ。事故?死者?まさか。
    全て噂だ。噂だと、そう処理できればどれだけよかったか。
    比較的閉じた空間ともいえる学園では噂話など簡単に発生する。どれだけ尾鰭が付いたものがあるのか、と呆れるほどだ。しかし今回のそれは、寮に住む自分には一切入らず、貴族の家にて親から伝わってきている。子供である自分たちにとって、その信憑性は学園内の噂よりも高い。
    噂する彼らを問い質したところで正しい情報は手に入らないだろうことは簡単に予想がついていたが、とにかく親友が無事であることを、そもそも事故自体嘘であってほしいと、せめて死者という部分だけでも、と祈ることしかできなかった。本当であれば彼の家に向かおうかとも思ったほどだったが、もし、を考えるとそれすら恐れて足がすくんでしまったのだ。
    数日後、見えた姿に安堵する前に愕然とした。腰ほど、とまではいかないがまっすぐ長く伸び、緩く結うことを好んでいた細い銀糸はバッサリと切られ、何より、この数日で随分と痩せたように、というよりやつれたように見えるし、目の下には隈がはっきりと見える。心配したと寄ってくる友人たちに、自分たちにとっては気味が悪いほど貼り付けた笑みで返している。
    これは誰だ、と思った。目の前にいるのは、心配かけたか、と笑っているのは、誰なのだと。そう思うほどに、彼は変わってしまったように見えた。
    はくりと息を不器用に飲み込めば、そのいやに細く感じる手首を無理矢理掴んで教室を出る。後ろからヘレンが追ってくるのが気配で分かった。ルイスからの抵抗は、なかったわけではないのだろうが、あまりに力が入っていなかったと感じる。こちらも咄嗟のことに力加減などできなかったし、そもそもそんなもの今まで意識したことなどなかったため、後から気が付いたがその手首には軽い痣ができていた。
    この時初めて、授業をサボったかもしれない。邪魔の入らない場所、と言えば寮の自室しか思い当たらなかった。遅刻しかけているのか急いでいる別の友人に3人とも体調不良だと伝えるようすれ違いざまに伝え、ルイスが後ろで文句でも言っているのか、それでも力強さも、いつもの強引さも皆無の彼を連れ込んだ。
    とにかく足取りさえ怪しいようにも感じる彼を適当な椅子に座らせ、こちらは向かいにある自分のベッドにでも腰掛ける。ヘレンは扉の近くで立ったままだが、冷たい目線が彼に降り注がれているとわかるだろう。尋問のような形に混乱しているようではあるが、頭の回転は速い彼のことだ、こちらの方も混乱しているし、なにより心配しての行動だと理解はしただろう。
    何があったのか、噂はなんだったのか、怪我は、その有様はなんだ、と矢継ぎ早に聞いてしまう。彼は、暫く何かを言おうとして言えず、呼吸も時折乱れながら、しかしこちらも引かない様子に観念したようにぽつぽつと応えてくれた。
    あの、彼の両親が亡くなったと。自動的に当主の座を継ぎ、とにかくその処理をしていたと。完全に引き継ぎなど成人すらまだ迎えていない年齢的にありえないのだから知らないことばかり、昔から仕えている使用人の力を借りても、知らぬことは存在し、それを無理矢理頭に詰め込んで。髪は、邪魔だと切ってしまったらしい。
    出てくるのは、とても自分が何かを言えるような内容ではなかった。余所者が口を挟んでいいわけがない。
    「……あした、葬儀があるんだ。これ以上は、遺体の状態もあるから、伸ばせなくて…でも、その前に、お前らに会えば少しは落ち着くかと思って」
    だから来たんだが、と弱々しい乾いた笑みはあまりに泣きそうで。それでも、彼は泣いていなかった。もう、簡単に泣いていい、弱みを見せていいような立場ではないのだ。自分とはもう、明確に立場が変わってしまった。今までだって、嫡男と第2子だ。それでも、あくまで同じ”貴族令息”だった。しかし今は、”当主”と”令息”だ。同じ立場にはもういない。それでも、涙はなくとも弱みが見れているのは、それを見抜けるだけの時間を過ごしてきたから、というだけなのだろう。
    「…………ちゃんと食べてるの?睡眠は?」
    会えば落ち着くなどと言われても、何かをしてやれることなどない。余計なことはさらに傷つけるだけだと、身近な親族を亡くしたことなどない自分でもわかる。結局何も言えなかった自分とは違い、ヘレンがポツリとそう尋ねた。
    「ノーラにはちゃんと食べさせてるし、寝かせてる。時々魘されてるが、頭を撫でてやれば…」
    「違うよ。ルゥくん、君のことを聞いているんだ。」
    つらつらと、聞いていないとわかっていて話を逸らそうとするのは彼の悪い癖だ。都合の悪いことは話を逸らす。彼の得意分野ではあるが、今のような下手くそなそれを、自分が見抜けないとわからない彼ではないだろう。ヘレンが言葉を遮るように更に口を開けば、浮かんでいた笑みが引き攣り、消えた。
    「君は、どうなの」
    「……食べては、いる。が、すぐ、吐いてしまうんだ。胃には入れようとはしてるんだがな。睡眠は…忙し、くて、だから…」
    渋々、と答えたそれに、そうだろうな、と唇を噛む。どう見ても痩せこけたのは、この数日まともどころか、ほぼ栄養を吸収できていないのだろう。眠っていないのだから隈だってできるに決まっている。忙しいと言っているのは本当だろうが、それ以上に単に眠れていないだろうことは簡単に予想がついた。一応努力はしている分厄介だ。このままでは、諦めて努力すらやめかねない。そんなことになれば、人間など簡単に命を落としてしまう。
    とにかく、彼を休ませないといけない。
    ベッドから立ち上がり「いいから一回寝ろ」と自らのベッドをさす。ぽかんとした後渋るルイスを二人がかりでいいから、と布団に放り込んだ。ヘレンは元々小柄だったし、この時は自分よりもルイスのほうが背が若干高かったのだ。きっと体重もかなり落ちているだろうし一人でもなんとかなったかもしれないが、確実性と少しの意趣晴らしをかねての行動だった。
    「ここなら仕事もないし、勉強だって、体調不良で休みってことにしてるし、平気だよ。心配いらない。妹ちゃんもいないからお兄ちゃんもしなくていいよ。ほら、ちゃんと布団被って、目閉じて」
    ヘレンがまるで小さな子供に言い聞かせるように、布団をかけルイスの目元を掌で隠す。実際のところそれによって起き上がることができないようにしている時点でなかなかに強引だ。とはいえ、大人しくはなったものの、上手く眠れないのだろう。やはり体は限界なのか一瞬意識を飛ばすも、数分後にはハッとしたように目を覚ます。本来なら何か食べさせてからのほうがいいのかもしれないが、きっとすぐ戻すことになるだろうからそれもできない。仕方ない、とばさりと自らの翼を発現させ、片翼を彼の上にそっと置いた。いいなぁ、なんて羨ましそうにこちらを見てくるヘレンにはもう片翼で軽くはたいておく。
    「お前、俺の羽根好きだろ。貸してやるから。何かあっても俺らがいる、お前ひとりくらい守ってやる。」
    とにかく今は、恐れている彼を落ち着かせることが最優先だ。何に怖がっているのかはよくわからない。守られたいと思っているわけでもないだろうこともわかっている。それでも、それ以上の上手い言葉など思いつかなかった。そのことは全部彼らにバレているのか、くすくすと笑われれば少々居心地が悪い。顔を軽く反らし受け流してどれくらい経っただろうか。やっと、少しだけ早い寝息が零れ始めた。ヘレンが起こさないようそっと外した掌の下の目元はげっそりとしており、一気に老けてしまったようにも見える。呼吸が少し速いのは体調不良と栄養不足からか上手く酸素を取り込めていないのだろう。
    「……まさか、あの方たちが亡くなったなんてね…」
    ぽつりと、ヘレンが零す。ルイスの家に遊びに行けば、忙しそうにしていることもあったがよくしてくれていた。そんな彼らが、こんなに早く逝ってしまうだなんて、考えたこともなかったのだ。そして、ルイスがここまで追い詰められるとは、気付いてやれなかった。もう少し早く、彼の家に訪問していれば、もっと事態はマシになっていたかもしれない。今だって限界だったからなんとか眠れただけで、きっと暫くまた眠れないのだろう。この眠りだって、きっと数時間が限界だ。圧倒的に睡眠時間が足りるはずもない。
    「あーあ、心配だなぁ…こんなんじゃ、ぼくが死んじゃったら、ルゥくん、大丈夫かな…」
    起こさないように小声で、しかし静かな部屋の中ではよく聞こえる言葉に、ひゅ、と息が止まる。
    なにを、言っているのだろうか。
    死んだとき?誰が?ヘレンが?どうして?
    「あれ、ランくん、どうし……あ、言ってなかったっけ?」
    きょとんと、何を驚いているのかわからないというように、普通にそう返してきた彼は、ふと思い出したかのようにこてんと首をかしげながら口を開く。
    「ぼく、もともとすごく寿命が短い種族だからさ。20まで生きられればいい方なんだ。あ、別に普通の寿命だから、悲しいとかもないよ。来年、子どもも生まれるし。」
    「…………はっ、っ?!」
    大声で叫びそうになり、ギリギリで目に入ったルイスを起こさないよう口を慌てて手で押さえる。
    あまりに情報過多だ。ルイスの事態だけでももうこちらは精一杯だというのに、もう一人の親友の寿命やら、それに、子どもやら。
    阿保のような顔をしているであろうこちらを見てヘレンはけらけらと笑う。そんなに驚かなくても、と。
    驚くなと言う方が無理だろう。寝耳に水なのに。
    だが、寿命だというのなら仕方ないのだろうか。人間であるルイスだって、150年は生きるであろう自分に比べれば早く死ぬ。生きていればいつか必ず死ぬのなら、それが少し、短いだけ。少しすれば、大分落ち着いてきた。
    「成人を迎えたら婚約者と籍入れるから、子どもも多分そのころだね。これでもうちの家系じゃ遅い方なんだよ。婚約者が年下だからなんだけど…生まれたら会わせてあげる」
    「あ、あぁ…
    その、驚いて悪い、が、タイミングを考えてくれ…」
    きっと何もない時に、普通に教えてくれたのなら、驚かないとは言わないがきっとまだ少しはマシだったはずだ。何もこんな、正直こちらも消耗している時に言わなくても。
    「うん、多分、僕もそのつもりだったんだけどねぇ…心配になっちゃって。」
    「これだけ憔悴してたらなぁ」
    「あぁいや、それもなんだけど…ほら、ルゥくんってすごく甘えただからさ」
    まったくしょうがない、とでも言いたげに目を細めながらの言葉に、否定などできずに黙り込む。実際、本人はわかっていないだろうけれど、その通りだったから。
    「パーソナルスペースもすごく広い癖に、一度一線を越えることを許したら結局全部許しちゃう…一度許した存在が、大切になった存在が、自分から離れていくことを何よりも恐れてる。
    …でも、死は避けられない別れだ。ご両親も、冷たいかもしれないけど、もういないのなら慣れるしかない。」
    「おい、そんな言い方…」
    黙って聞いていたが、思わず口を挟む。だが、だからと言って反論というほどのものは思いつかない。自分は身近な存在を亡くしてはいないからわからないけれど、確かにその通りなのだろう。引きずっていてはだめだと、他人事でも思うくらいだ。それをわかっていてもできるかと言われればまた違うだろうが。ヘレンの一族は寿命が短いと言った。20生きればよい方だと。だが、それはつまり彼自身ももう両親などいないという事だろう。
    こちらの言いたくても言えないことなどお見通しだというように苦笑したヘレンは、そのまま言葉を続ける。
    「ルゥくんはずっとずっと愛されて育ってきたから、甘えただ。でも、甘えたのルゥくんが甘えられる人はもういない。あの家にはルゥくんより上に立つべき存在はもういないってことだから。甘えられないってことは、全部をさらけ出せる人がいないってこと。ルゥくんたら、良くも悪くも隠すのすごく上手だから。」
    その通りだった。寿命が短いということは、きっと見た目は同年代でもその精神年齢は自分たちよりもずっと大人なのだろう。成績は3人の中では最下位でも、全体から見れば頭だって悪くはない。だからこそ、見えなかったものも、見ることを避けていたことも、無慈悲に口にする。それが見なくてはいけないものだとわかるから。
    「きっとさ、ルゥくんは、みぃんないなくなっちゃったら壊れちゃうと思う。まだ、妹ちゃんがいるから踏みとどまってるだけ。…でも、もし壊れても、どれだけ逃げようとしても、”家”からは逃げられない。こんなの、呪いだよね。……僕たちは逃げれるのに。ランくんも、進路、そう考えてるでしょ」
    眠れていないのに、食べれていないのに、壊れていないと言えるかはわからないけれど。それでも、まだ確かにルイスは生きようとしていた。そうせざるを得ないから。
    そして、大量の人々の人生を抱える家を捨てることなど、許されない。生まれた時から決まっている。確かに、呪いと言えるだろう。
    自分は次男で、兄が家を継ぐことが決まっている。婚約者だってもういるのだ。ヘレンも、三番目。婚約者はいても、家は捨てても替えはいる。それが事実。実際、今考えている進路に進めば実家など疎遠になるだろう。元々半分出ているようなものではあるが、本格的に。
    「ルゥくんには、無理矢理でもさらけ出させてくれる人がいないとだめだよ。一人じゃないって、分からせてあげないと。体裁じゃない、ルゥくんが隠しても見つけられる人じゃないと。……きっとそれはさ、僕たちなんだ。ルゥくんの親友は僕たちだけだもんね。」
    そうだな、と俯きポツリと返す。本来なら、全てを一番わかってやれるのは妹だろう。だが、ルイスは決して本当の弱音を妹に見せることはないと断言できる。それは彼の兄としてのプライドだ。誰に許されても、たとえ妹本人が望んでも、ルイス本人が許さない。
    だが、彼が一線を許した自分たちになら。意地は大分和らいでいるだろう。気を張ろうとしても一線の中にいる自分たちに彼は上手く取り繕えない。否、取り繕っても、全てわかって、無遠慮に暴いていく。それが許される場所に自分たちはいる。ルイス本人に依存癖があるであろうことはヘレンとの間では周知のものだ。きっと離れられないとわかっている。依存の先がかなり限られているから誰も、本人でさえ知らないだけのこと。される側になると意外とわかるものだ。
    「でも、僕は長くは傍にいられない。それが運命だからね、悔しいとも思わないけど…ランくんは、そばにいてあげてね。絶対、急に、ルゥくんより先にいなくなっちゃ、ダメだよ。そんなことしたら僕死んでから呪っちゃう。」
    もしかしたら、ルイスがこれから先誰かを愛するようになったのなら。それが、彼が守らなくてもいい存在なら、きっとこの約束は無効になるはずだ。誰か一人でもいればいい。だが、今現在その保証なんてものはどこにもないわけで、ルイスが妻を娶ったとしてもきっと彼にとっては守るべき存在に入るだろう。妹と同じで、弱音は見せないだろうとすぐに予想はついた。
    呪っちゃう、なんて冗談だとわかっていても、残念ながらこの小柄で温厚で、でも実は自分たちの中で一番言う事を聞かせることに長けている彼のことだ、何処まで本気なのやら。今は冗談でもその時になれば有言実行、と言ってもおかしくない。
    「……あぁ、わかった。俺がお前の分もこいつのこと面倒見てやるよ。」
    二人だけの約束。当事者だけが知らない、いや、敏い彼のこと、いつかはもしかしたら気付くかもしれないが、それだけは言ってやらない。少しだけ仲間外れにしても許されるとわかっているし、何より彼のためのものだ。
    「とりあえず、ルイスが起きたらお前のこと、ちゃんと話しておけよ。数か月後でもいいから。」
    「わかってるよぉ。ほんと、ランくんてばおかあさんみたいなんだから」


    数年後、ヘレンは子どもと妻に見送られ緩やかに旅立った。わかっていても、苦しんでいないと理解していても、少しだけ泣いてしまった。ばかだなぁ、なんて笑う顔が見えた気がしたけれど、うるさいばか、と返しておいた。ルイスは、泣いてはいなかった。泣けないのか、両親が亡くなった時泣けなかった自分を未だに許していないのか。それはわからないけれど。
    あれから、ルイスの仕事が落ち着くことはなかった。当然だ、どの仕事も、数日、数か月で終わるものではない。最低でも数年単位の仕事ばかり。ただ、慣れては来ているのだろう。時折仕事を無理矢理詰め込んだり、その結果体を壊したりという悪癖は出るが、そのたびに家に赴き叱ってやる。その情報源は、本人には内緒だ。もしかしたら既に把握していてもおかしくはないが、何も言わないのならそれでいい。
    大学に進学しこちらも忙しくなればその頻度も下がったし、ルイスも学園がなくなれば成績など考えなくていいため重荷も減っていることだろう。
    お互い忙しくなり、少しずつ接する時間が減って、それでも長く、親友として、腐れ縁として。

    あと、十年もすればヘレンの息子たちもその一生を閉じるのだろうか。だがきっとその前に孫たちを見ることになるだろう。
    ルイスにも、実の、ではないが息子ができた。その分抱え込むものもやはり大きくはなっているが、大人になるにつれその扱い方も掴んできている。仕事が詰まるとやはり眠らなくなったり、食べはするがまともなものを食べなかったり、まだまだ気は抜けないけれど。
    それでも、毎年春になるともう一人の親友の墓参りに二人で行く。エレオノーラもついてくることはあるが、短時間だけだ。そこからは男たちのただの酒盛りが始まる。何も隠さなくていい、さらけ出していい、むしろそれをしなければ、故人に怒られてしまう。
    それら全てが実は故人が仕組んでいることなのだから、やはり怖いやつだなんて毎回ひとり笑う。

    聡い同級生がいたのなら、こう言うだろうか。
    「彼らはヘレンが一番上だよ。ランは、2番目っぽいけど、どっかお母さんだなって感じる時もある。……ルイス?ルイスは、まちがいなく一番下だね。2人が面倒見てる。実際は彼だけが長男なのに、変だと思うだろ?僕もそう思う。でも、7つまで一人っ子なら、それまでに会った友達の前じゃ一人っ子のままなんじゃないかな。…というより多分、二人が二人の前じゃ、兄じゃいられなくしたんじゃないかな。洗脳…確かにそうかも。でもいいんじゃない、それでうまくいってるんだから。」
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